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いすゞ・ジャーニーK

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

いすゞ・ジャーニーKJourney K)はかつていすゞ自動車が製造・販売していた中型バス。

歴史

BK30

1972年、中型トラックTYをベースにしたBY30/31のコンポーネントを元に、いすゞ初の中型リヤエンジンバスとして登場。車体は川重車体工業(以下川重)が架装し、トップドア・引き違い窓のみの設定で車高が低く、自家用としての需要が殆どで営業用としての導入は一部に留まった。

CCM/CDM系

1976年、BK30の後継として登場。ホイールベースは3.7m(CCM370)と4.1m(CCM410)の2種類。側窓が2段サッシ、前中扉及び前後扉仕様の路線車がラインナップされる。エンジンは6BD1(直接噴射式160PS)を搭載。

1980年、昭和54年排出ガス規制に適合し、K-CCM370/410となる。

1982年、CCMの後継としてCDM登場。エンジンが170PSの6BF1に変更されているが、ボディはCCMからのものを継承している。

車体

川重と北村製作所(以下北村)が架装し、川重製の路線車は当初、方向幕の左右にルーバーがあり、2段サッシに丸みがあった。北村製は角張ったボディで当時としては斬新なものだった。1981年から西日本車体工業製(以下西工)も登場し、川重と同一のボディを架装している。 Image:JRsikoku CCM410 kawasaki.jpg|川重車体
CCM410
JR四国 画像:Yamanashikotsu C486 restored.jpg|川重車体
CCM410
山梨交通 画像:K-CCM370-Kitamura-Gumma-Bus.jpg|北村車体
CCM370
群馬バス 画像:K-CCM410-Nougata-Kotsu-1560.jpg|西工車体
CCM410
直方交通

LR系

1984年、CDMの後継として登場。昭和58年排出ガス規制に適合。川重製はスケルトンボディにフルモデルチェンジされ、エアサス車、ターボ車も設定されるが、ホイールベースは3.75mと4.3mに変更された。型式はリーフサス車がP-LR312、エアサス車がP-LR212、ターボ車がP-LR311。1986年に指定車体メーカーである川重はいすゞとの合弁会社アイ・ケイ・コーチ(後のいすゞバス製造)へ移管される。

1990年、平成元年規制適合でU-LR332(リーフサス)、U-LR232(エアサス)、U-LR312(リーフサス・ターボ車。ホイールベース4.3mのみ)、U-LR212(エアサス・ターボ車。ホイールベース4.3mのみ)となる。ラジエータグリルの位置が変更される(ターボ車は除く)。

1995年、平成6年規制適合。エンジンを1種類に統一し、KC-LR333(リーフサス)、KC-LR233(エアサス・ホイールベース4.3mのみ)となる。末期はワンステップバスも設定され、1999年に路線用がエルガミオに、観光・自家用がガーラミオに移行する形で生産を終了している。LRには富士重工業製や西日本車体工業製のボディを架装した例もある。富士重工業製は1994年までは16型(6Eまたは6B)、その後は18型(8Eまたは8B)を架装する。 画像:Chiba-chuo-bus-KC-LR.JPG|路線仕様
KC-LR333J
千葉中央バス 画像:Ccity_c131.JPG|路線仕様ワンステップバス
KC-LR333J
ちばシティバス 画像:P-LR212J-Azuma-Bus.JPG|観光仕様
P-LR212J
東運輸バス 画像:IwatekenKotsu U-LR332J No.459.jpg|観光仕様
U-LR332J
岩手県交通 画像:KC-LR233J-Azuma-Bus-from-HatoBus-R.JPG|観光仕様
KC-LR233J
東運輸バス(元はとバス)
画像:NanbuBus P-LR312J-FHI Hassyoku200yenikaBus.jpg|富士重工6E架装車
P-LR312J
南部バス 画像:Kominato lr8e.JPG|富士重工8E架装車
KC-LR333J
小湊鐵道 ? 画像:Ccity_c117.jpg|富士8Eワンステップ車
KC-LR333J
ちばシティバス 画像:Tobu bus yoshikawa2444.JPG|富士重工8E架装車
KC-LR333J
東武バスセントラル

関連項目

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