読み込み中...うどん(饂飩)とは、日本旧来の麺類のうち、小麦粉を原料とし、ある程度の太さ、幅を持った麺のことを指す。この麺を調理したものも、うどんと呼ばれる。
うどんの麺は、薄力粉・中力粉に若干の塩を加えた生地から作られる。生地に加えた塩分の大部分は茹でる間に麺から失われる。茹であげた麺は、「うどんつゆ」を張ったうどん鉢に入れて供される(かけうどん)。うどんつゆは、西日本では昆布と煮干で取った出汁を淡口醤油で調味したもの、東日本では昆布と鰹節の出汁を濃口醤油で調味したものが用いられることが多い所さんの目がテン! 2001年10月28日放送 大阪うどんより。。
手軽な庶民食、米食の代用食として、また祝い事に際して振る舞われる「ハレ」の食物として、古くから日本全国で食べられてきた。地域によって、調理法や具材が違う。
乾麺については、日本農林規格(JAS)の『乾めん類品質表示基準』にて、小麦粉に食塩と水を混ぜてよく練った生地を帯状に細く切って乾燥させる製法で機械にて製造しているものは機械麺に分類し、長径丸麺では断面の直径、角麺では幅を指す。が1.7mm以上に成形したものを「うどん」としている。また、長径1.3mm以上〜1.7mm未満に成形したものは「ひやむぎ」の基準でもあるが、それを満たしている場合「細うどん」とも表示可能である。手延べうどんについては、小麦粉に食塩と水を混ぜてよく練った生地に、でん粉や食用油又は小麦粉を塗付して、よりをかけながら引き伸ばして乾燥、熟成させる製法で長径1.7mm以上の丸棒状又は帯状に成形し、『手延べ干しめんの日本農林規格』の詳細を満たしているものが該当する。
生麺・茹で麺等(半生・冷凍麺等も含む)については製麺法を問わず『生めん類の表示に関する公正競争規約』にて、『この規約で「うどん」とはひらめん、ひやむぎ、そうめんその他名称のいかんを問わず小麦粉に水を加え練り上げた後製麺したもの、又は製麺した後加工したものをいう』となっているので、この規約上「ひやむぎ」や「そうめん」はうどんに分類されており、狭義では「生麺・茹で麺タイプはうどんのみ存在する」とも解釈できる。しかし別項にて『一般消費者に誤認されない名称に替えることができる』となっている為、それにより「ひやむぎ」や「そうめん」の名を使用することも認められているでは一部特産品を除き「太さに関する具体的な数値による基準」や「形状に関する具体的な規定」を設けていない為、「うどん」「細うどん」「ひやむぎ」「素麺」等は見た目の形状や製造・販売業者の意向等により、一般消費者に誤認されない範囲で自由に選択して名付けられる。。
かつては製法の違い(麺棒や機械で生地を伸ばしてから切るか、細く丸めた生地を引いて伸ばすか等)、社会通念上も、細い麺の「細うどん」と「ひやむぎ」は明確に区別されていたが、現在では「うどん(細うどん)」と「ひやむぎ」の名前の区別は基準・規約に沿った上で取り扱う業者に委ねられているため、乾麺・生麺等において曖昧となっている部分がある。
うどんやそばが食文化として広がったのは江戸時代中期のことである。それ以前にうどんは室町時代に現在と同様なものが存在していたようである。
昔は「切麦(きりむぎ)」と呼ばれていた。うどんと呼ばれるようになったのは江戸時代に入ってからであり、切麦を暖かくして食べる「温麦」と冷やして食べる「冷麦」は総じてうどんと呼ばれた。 後に、日本農林規格等により、うどんが区別されるようになった。うどん=西日本、そば=東日本というのは正確ではなく、東日本にも、うどん処として知られている地域が多い。それに関しての理由は定かではないが、元来西日本で発達したものが江戸時代に西から東へ広まったという説がある。江戸時代には既に西と東の物資の交流は盛んであった(「富士見酒」などは、その代表)。
江戸時代の江戸の市中においても、うどんは一般に普及していた。特に江戸前期にはまだ麺類としてのそば(そば切り)が一般に普及しておらず、 そばがきとして食べられていたこと(記録としては蕎麦がきの様なものが麺状に切られたのが「1574年(天正2年)初めの建物修復工事完成に際しての寄進物一覧の中に「振舞ソハキリ 金永」というくだりが確認できる)から、麺類としてはうどんに人気があったようである。しかし、のちに麺類としてのそばが普及したこと、またそばとそば屋が独自の文化を育む母体となっていったこと、脚気防止のためにそばが好まれたことなどにより、うどんは江戸における麺類の主流としての地位をそばに取って代わられる。
大阪、京都を初めとする近畿圏内ではうどんは麺類の主役として、今も老若問わず根強い人気を誇る。これは近世以前より近辺には播磨や河内など良質の小麦産地が多かったこと、関東ローム層による火山灰土の影響で硬水が主となる関東地方とは異なり、近畿地方から採れる地下水は軟水であったため昆布との相性が良かったことなど、美味しいうどんを作るのに最適な条件であったことが挙げられる。そのため、関西、とりわけ大阪では麺よりだしに重きを置き(後述)、うどん玉はだしを吸いやすいように、しなやかで柔らかい麺が好まれるようになった。腰がないといわれる(とりわけ、讃岐うどんと比較して)のは、このような文化的な背景があるためである柔肌の大阪うどんより 。
現在、東京周辺、近畿ともにうどんの専門店は従来の店とチェーン店がある。また日本全国にうどんとそばの両方を供する「そば屋」と称する店が多いが、近畿ではうどんを注文する客のほうが多いため「うどん屋」と呼ぶことが多い。
関東地方でも東京都多摩地区(東村山市など)、埼玉県西部及び北部、群馬県などでは、そばよりもうどんを中心としている店が珍しくない。実際、平成16年度のうどんの生産量でも1位は讃岐うどんで知られる香川県だが、2位は埼玉県であり、群馬県もベスト5に入っている香川県庁のサイトよりhttp://www.pref.kagawa.jp/toukei/zuiji/udon/files/udondr04.xls。これらの地域では二毛作による小麦栽培が盛んで、うどんは日常的な食事だったのである。
香川県農政水産部の見解によれば、20世紀後半から21世紀初頭にかけて4回の讃岐うどんブームが起きている讃岐うどん#讃岐うどんブームより。。また、讃岐うどん風のうどんを供するチェーン店が2002年に首都圏に開店したのを皮切りに日本各地で次々とオープンし、2005年頃まで続いた讃岐うどん#現代より。。香川ではうどんの専門店が多く、そばとうどん両方を供している店は少ない。
西日本方面の人々は、うどんといなり寿司をセットにして食べることを好み、ほとんどのうどん屋にいなり寿司が売られている。立ち食いうどん店でさえ小さないなり寿司を二つずつ載せた小皿を用意しているのが普通である。さらに近畿では、うどんとかやくご飯(但し、うどんがカレーうどんである場合は白飯を用いる)をセットにしたものをうどん定食と称して出している店も多い。
うどんの薬味として普遍的なものは刻みネギであろう。地域で主に産出するネギの種類に起因し、関東では白ネギが、近畿では青ネギ、ワケギなどが好んで使われる傾向にある。
うどん用の香辛料として江戸時代中期までは胡椒が用いられたが、近世以降現代までもっとも一般的なのは、粉末状の赤唐辛子(一味唐辛子や七味唐辛子)である。これとあわせておろし生姜も用いられる。
関東では濃口醤油を加熱しながらみりんや砂糖を加えてつくるかえしと呼ばれる下地を用いる(加熱しない「生がえし」を用いる場合もある)。このかえしを基本に、昆布、鰹節を基本としただしで割って作っている。つゆの色は濃く艶やかである。
醤油を使ったかえしが登場する以前、うどんがすでに存在した室町時代にたれみそと呼ばれるものが存在した。そのたれみそはみそに水を加えて煮詰め、布袋に入れて吊るし垂らして作っていたものである。種類としてはたれみそをそのまま火を入れずに作る生たれと生たれに削った鰹節を入れて煮詰めて作る煮貫(にぬき)の2種類あった。(つゆの歴史についてはつゆの項目を参照)。
近畿では昆布、鯖節、鰹節などのだしを基本にしており、椎茸や炒り子(イワシの煮干しを炒ったもの)を使う。椎茸は甘味、炒り子は辛味が出る。醤油は薄口醤油を使うことが多い。つゆの色は薄く澄んでいる。また、それをつゆと呼ばずに「だし」と呼び、つゆと呼ぶと、つけ麺などに用いる調味料を指すことが一般的である。
近年では、東京方面でもうどん専門店が増えた影響からか、一部には「関東風」と「関西風」の2種類のつゆを選べる店舗も出てきた。特異な例として神奈川県平塚駅ホームのスタンドではいわゆる「関西風」に近い薄口のみ使用している。 塩分濃度については、つゆの色の印象から「東日本の方が高い」一例として、2001年10月28日放送『所さんの目がテン!』(テーマ:大阪うどん)にて、関西(大阪)と関東(東京)にある店のうどんつゆの醤油使用量と塩分濃度を調査すると、醤油の使用量が関東は関西に対し4倍以上あり、塩分濃度は関東が関西の2倍以上高いという結果が出ていた。、薄口醤油の塩分濃度に由来して「西日本の方が高い」、「どちらもあまり変わらない」等様々な意見があり、はっきりしない。つゆの関東風と関西風との境界線は、はっきりしていない。人により様々な判断があり、一概ではない。三重県の布引山地説、滋賀県の米原説うどん出汁つゆ境界線はどこ?(きもの風土記)、滋賀県・岐阜県境の関ヶ原説日清のどん兵衛|うどん・そばトリビア|素朴なQ&Aより。、電力周波数の境界と同じ富士川説、大井の渡しによって分断されていた大井川説たっぷり静岡(NHK静岡放送局)2006年12月7日放送「神門に教えて!「あなたの家のうどんのつゆは、関西風?関東風?」より。、さらに西側の豊川説、岐阜県内、木曽郡など、諸説紛々である。これに東海地域を中間とせず、東海風、もしくは名古屋風と別個にすべきとの説もある。
これらの事から、鉄道交通関連の店舗において関ヶ原より東京側の名古屋、岐阜、大垣の各駅付近以東では関東風の濃口、関ヶ原を越えた米原より大阪側は薄口を使用していると考えられ、また、関西線や北陸線などにも関東風・関西風境界線が実在する。
他に日本海側でも関東風・関西風つゆ境界線が実在し、かつて富山県のローカル番組で富山県内の高速道路のサービスエリア・パーキングエリアで販売されているうどんつゆの色を調べたところ、ものの見事に東から西に行くにつれ薄くなっていったことや、新潟テレビ21「小野沢裕子のいきいきワイド」取材に基づく立ち食いそば・うどん店#つゆより。事等から、富山県内が分岐点と考えられる。
カップうどんについてもつゆの境界線や地域分けが存在する。
麺につゆをかけ、刻みネギ以外にはほとんどなにも入れない、基本となるうどん。東日本では「かけうどん」、西日本では「素うどん」と呼ばれることが多い。
ただし広義には、「かけうどん」は温かいつゆをかけるうどんの総称で、以下のように様々な具を載せたものも含む。特に他と区別して「かけうどん」と呼んだ場合のみ、つゆだけをかけたもの(関西で言う「素うどん」と同じもの)を指す。
「たねもの」・「かやく」と呼ばれる具を数種類入れたうどん。具は、なると、ほうれん草、鶏肉など様々で、「五目うどん」と呼ばれる。特に具の種類の多いもの(八種類以上)については、東京や西日本の一部地域で「おかめうどん」(おかめ八目に由来)と呼ばれることもある。具の事を関西では「加薬(かやく)」と呼ぶことが多い。関東では具の入ったうどんを「種物(たねもの)」と呼ぶ。
細かくきざんだ油揚げを載せたうどん。ただし、油揚げに味付けはされていないことがある。近畿地方では「きつね」とは別メニューとして供される。牛丼チェーン店のなか卯が、うどんのメニューに入れていたことがある。
生卵を割って出汁を入れた麺の上に落としたうどん。卵の卵白(白身)を雲、卵黄(黄身)を月に見立てたことから月見と呼ぶ。卵の下に夜空に見立てた海苔が敷かれることもある。
「卵(玉子)とじうどん」ともいう。麺及び出汁の上に半熟の卵で閉じたもの。このような基本的なものだけでなく、卵でとじた上に三つ葉を上に載せ蒲鉾や椎茸を入れた「木の葉うどん」や、卵でとじた上に梅干を添えた「梅とじうどん」などもある。
天ぷら(エビやイカ)、かき揚げなどを載せたうどん。店によっては薩摩揚げを載せることもある。
インスタントうどん、あるいは安価な立ち食いでは、コストなどの関係から、揚げ玉を寄せ集めて成形し、固めただけのものを用いることが多い。
「たぬきうどん」の場合、地域によって意味合いが異なる。一般に天かす(揚げ玉)を散らしたうどんのことを指す場合が多いが、京都では細切りの油揚げを載せて、くずあんを掛け、おろし生姜を添えたうどんを指す。大阪では「たぬきうどん」がメニューに存在しない店が多い。天かすを散らしたうどんは大阪でははいからうどんと呼ばれることもあるが、ネギや天かすが入った器が席に常備され、客が自由に入れることのできるる店舗が多いので(北部九州地方も同様)、天かす入りのうどん・そばには特に名称がないのが普通である。大阪では「たぬき」の語は「たぬきそば」(油揚げを載せたそば)のみに使用する。
だし汁にカレー粉を加えてカレー風味にしたものか、だし汁で延ばした和風カレーをつゆとして用いたうどんである。麺が蕎麦に変わると「カレー南蛮」になる。ただし最近では「カレー南蛮うどん」「カレー南蛮そば」の両方をメニューに加える店もあり、前者つまりカレーうどんと同じものを「カレー南蛮」と称する例も出てきた。
カレー南蛮の「南蛮」は唐辛子のことではなく「なんば」が転じたもので、ネギ(長ネギ)のことを指し(「鴨南蛮」「かしわ南蛮」に同じ)、元来は大阪・難波の近くで採れた長ネギを指した。現在でも「鴨なんば」「カレーなんば」など、「なんば」の名称を用いている店もある。長ネギではなく玉ねぎを使ったものをカレーうどんと区別する店もある。
近畿では、関西風のだしを利かせた薄口醤油を基本としたつゆにカレー粉を入れ、片栗粉ないしは小麦粉でとろみをつける。具は牛肉を主体に青葱、玉葱を入れるのが主流。店によっては薄揚げを入れる店もある。
単に通常の御飯にかけるカレーソースをうどんにかけただけという場合もある。大衆食堂や学生食堂・市井のうどん屋などで、カレーライスとカレーうどんのソースを共用している場合にしばしば見られる例である。
なお、カレーうどんは明治時代に作られたものだが、当初はゲテモノとして扱われていたという。現在では大半のうどん店で扱っているほど、一般的なうどんの一種となっている。最近ではチーズ入りなどのバリエーションも出てきている。
カレーうどんを食べる際、箸から麺を取り落としやすく、あるいはどんぶりからカレー汁を跳ねさせるなどの原因で、衣服を汚してしまうことがしばしばある(これを嫌ってカレーうどんを食べない者もある)。このため、カレーうどんの客には特に紙製のエプロンを用意する店も時折見られる。
焼きうどんを供する店で、味付けにカレーパウダーを使ったドライカレーうどんを供する場合もある。
北海道上川支庁美瑛町では、「美瑛カレーうどん」と称して独自のカレーうどんを観光振興に用いている。小麦と野菜の産地であることから発案された。ざるうどんのように、冷やした麺をめんつゆ代わりのカレーにつけて食べる。太い麺と、カレーに野菜などの具が多く入っていることに特徴がある。
醤油で味付けして煮た牛肉、馬肉または豚肉を具にしたうどん。肉はおおむね甘口に煮付ける。
餅が入ったうどん。他の具と組み合わされる場合も多い。近畿での呼び方の「かちん」とは、「餅」を指す女房言葉から。通常は焼き餅が乗せられることが多いが、近年は揚げ餅が乗せられることもある。
京都の卓袱うどんは、しいたけの煮付け、かまぼこ、ゆば、板麩、三葉などを載せたもので、つゆは他のうどんと変わりがない。讃岐・京都などに伝えられており、地域によって具・出汁など内容が異なる。山形にも「しっぽく」が訛ったと推定される「すっぽこうどん」がある。元々は江戸時代に卓袱料理の影響を受けて京阪地区で考案されたうどん日本麺類業団体連合会ホームページ・そばの散歩道 - しっぽく 日本辞典・卓袱うどん。
くず粉や片栗粉などをつゆに入れてとろみをつけた餡をかけたうどん。京都では細切りの油揚げを載せて、くずあんを掛け、おろし生姜を添えたうどんを「たぬきうどん」と呼ぶのだが、そこから油揚げを除いた物のことを「あんかけうどん」呼ぶ。
茶碗蒸しの材料にうどんを入れたもの。うどん入り茶碗蒸しを「おだまき蒸し」と言うのに対し、おだまきうどんはあくまでうどんが主体である。「おだまき」は「小田巻」と漢字で書かれることが多いが、うどん玉が麻糸を空洞の玉のように巻いた様に似ていることから「苧環」と名付けられたという説もある。大正期までは大阪で盛んに供されたが、特に高価な品であったという。しかし手間がかかることが嫌われ、現在では正規のメニューに載せている店は非常にまれである。
「雑炊うどん」ともいう。文字通り、おじや(雑炊)とうどんが一緒になったもの。きつねうどんの発祥であるうさみ亭マツバヤが元祖とされる。
基本的に土鍋で煮込んだうどんの事を言うが、スーパーマーケットなどで売られているものはアルミ製の鍋(皿)である。蕎麦屋、うどん屋に出前を頼むと、煮込んでから届けるか、煮込まずに届けるかを尋ねられることがある。
「牛すきうどん」などともいう。すき焼きにうどんを入れたもの。具はすき焼きと同じく牛肉、白葱、焼き豆腐、また春菊を入れる場合もある。溶いた卵にうどんをつけて食べる。
各地で食べられているうどんには小麦の生産される土壌、気候、醤油などの醸造業や漁業などの地場産業、流通を担う商人などの存在により、その地域独特の郷土料理となっているものと、村おこしとの一環として地域の名物としているものなど様々な種類がある。
秋田県の手延べ製法の干しうどん。ひやむぎより若干太い。製造工程は、食用植物油を使用せず打ち粉としてでん粉を使う点や平べったい形状を生み出す乾燥前のつぶす事が特徴。食感は滑らか。稲庭うどんについて記述のある「稲庭古今事蹟誌」によると、寛文年間以前に秋田藩稲庭村小沢集落(現:秋田県湯沢市稲庭町字小沢)の佐藤市兵衛によって始まると伝えられている秋田県稲庭うどん協同組合より。秋田ひとくち知識「稲庭うどん」(秋田物産館)より。。また、その製法技術は、日本海交易により福岡からもたらされたとする説や山伏から教えられたなどの諸説がある。
山形県の郷土料理。茹で上がったうどんに納豆やサバ缶などを混ぜて作ったたれを使って食べる。「ひきずりうどん」とも呼ばれている。
二毛作による粉食文化のある群馬県・埼玉県北部・秩父地方の野菜煮込みうどん。ほうとうと類似する。
群馬県館林市地方は小麦の産地であり東洋大学 研究プロジェクト「うどん文化の活性化」、日清製粉グループ本社の前身であった「館林製粉」発祥の地であった事、歴史的にうどん食文化があった事(江戸時代中頃より館林藩の名物として将軍家に献上されたとの記録がある)麺のまち「うどんの里館林」振興会八王子市公式サイト より。等の理由から、1994年(平成6年)より町おこしの観光資源としてうどんが活用されている。乾麺が中心となっており、特徴としては変わりうどんが多数ある事うどん辞典:全国ご当地うどん<前編>(金トビ志賀)。個人店では、まゆ玉が入ったうどんがある。
群馬県桐生市地方も小麦の産地であり、そちら中心とした地域で食べられているやや太めのうどん。「ひもかわ」と呼ばれる幅広なうどんもある。ざるうどんのほか、「きのこうどん」として食べられる。
群馬県渋川市伊香保町水沢特産のうどん。 今では観光客向けである。
埼玉県秩父市とその周辺(県西部)、大宮市、川越市、加須市辺りで、主に夏に食されるざるうどん状の家庭料理All。
埼玉県や多摩地域伝統のうどん。地粉を使った黒っぽいものが多い。以前は小麦の生産が多かったために良く食べられていた。この地域の旧家では冠婚葬祭には必ずうどんを出したという武蔵村山のうどん解説。
山梨県全域で作られる郷土料理。各地に伝わるふるさとの味として、2007年農林水産省により「農山漁村の郷土料理百選」として選ばれた。かぼちゃや根菜類など季節野菜主体とした味噌汁に、生地に塩を練りこまずコシを作らない状態で幅広に切った麺を、打ち粉が付いたままの生状態から入れて煮込む。またこの調理法のために汁にとろみがある。おやきやおねりと言った粉食料理の範疇と捉えられており、一般にはうどんの範疇とは認知されてはいない参考文献:影山正美「ホウトウ」『山梨県史民俗編』。
山梨県富士吉田市で作られる郷土料理。強いコシ、硬さ、太さを特徴としており、慣れないとすすったうどんが噛み切れないほどである。煮干や鰹節を出汁とした味噌あるいは醤油味の汁で食べる。当地は富士北麓は冷涼な気候と溶岩台地の地理的条件から稲作が困難であったが、水掛麦による麦作が行われ伝統的に粉食料理が食べられていた。
長野県埴科郡坂城町周辺で作られる料理。ねずみ大根という辛い大根をすりおろした汁に信州味噌を溶かしたつゆにつけて食べる。
富山県氷見市で作られる手延べ式の細いうどん。加賀藩献上御用うどんとして藩政期より250年以上の歴史があり氷見うどん高岡屋本舗より。、麺の細さから「糸うどん」と言われる事もある。出汁は、魚介類を原料とする地元産の魚醤「いしる」を使う。「氷見うどん」の名称は商標登録されており、多くの店で使用されていない。
名古屋名物の平らな麺で、「うどん」とは別物と主張する者もいる。
愛知県の郷土料理のひとつで、赤味噌(八丁味噌)仕立ての汁と腰の強い麺が特徴。
三重県伊勢市周辺に伝わる、柔らかくゆでた極太の麺に黒く濃厚なタレを絡めて食べるうどん。
「腰がない」とよく表現される麺は、だし(関西ではつゆのことをだしと呼ぶ)がからみやすく、まただしを吸いやすいようにとの工夫であるCOMZINEより。駅すぱあとアンテナ2006年10月号より。関西のうどんについて-うどん出汁を中心に-(2006年11月21日 第39回MKCRセミナー)より。。それほど、関西のうどんはとにかく麺よりだしにこだわりを見せ、昆布と削り節(鰹節、鯖節など)をベースに、炒り子(うるめいわしなど)、椎茸、エビなどを合わせるなど、各店で工夫が凝らされるくいだおれ大阪 食のライブラリより。また、吸い物のように飲み干せるように工夫されており、ごはんや寿司(巻き寿司、押し寿司、ちらしなど)と共に食することも多い。また、関西では柔らかく茹でた中華麺をうどんつゆで食べることも一般的であり、大衆食堂などでは「黄そば」という名で親しまれている。
大阪の南河内地域で食べられてきたうどん。だしの中に、細切れにした牛の小腸(ホルモン)を油で揚げた「油かす」が入っており、独特の風味がする。大阪市内では2000年代に入ってから、このうどんを出す店が増えている上原善広『被差別の食卓』(新潮社、2005年6月) ISBN 4-10-610123-8こちら文芸&学芸書籍編集部(SOFTBANKより。。
京阪神のうどん店でよく見られるメニュー。「とろろ昆布」、あるいは「おぼろ昆布」をうどんに乗せて供する。関西では昆布を「こぶ」と呼ぶことが多く、このメニューも「昆布うどん」とは呼ばず「こぶうどん」と呼ぶ。チェルノブイリ原子力発電所事故後、大阪市内の一部の立食うどん店で「放射能よけうどん」として売られていたことがある。
うどん中心の寄せ鍋風のもの大阪の料理店「美々卯」の主人・薩摩平太郎が1928年頃に考案した。本来この「うどんすき」という呼称は美々卯の登録商標であったが、やがて同様の調理法が多数の飲食店で供されるようになり、他店のメニューにも「うどんすき」と表示されるようになった。このため美々卯と他店との間で訴訟となったが、1997年に東京高等裁判所は「うどんすきという料理名は既に一般名詞化している」という判断を下し、実質的には商標権が喪失された状態となった(のち1999年に上告棄却で確定)。。
鴨方うどん、備中鴨方うどん、かも川うどんとも呼ばれる、岡山県浅口市鴨方町およびその周辺で作られるうどん。この地域は、古くから手延麺の産地であり、手延そうめんや手延ひやむぎと共に手延うどんも製造されている。
江戸時代、天領だった倉敷に来た代官に差し出されたうどんが原型という説があるぶっかけうどん物語。江戸の蕎麦を由来とする汁であるため、讃岐など他近辺地域のぶっかけうどんよりも濃く甘味が強い汁で、また具が多めである。古くから倉敷の地で食べられていた郷土料理だったが、地元のうどん店「ふるいち」が倉敷名物として売り出し、定着した。
岡山県倉敷市の玉島にある曹洞宗の名刹円通寺の修行僧が江戸時代に食していた「一筋一椀」と呼ばれるうどんの別称。
徳島県鳴門市を中心に食べられているうどん。藩政時代〜昭和後期まで鳴門市は塩田地帯として栄えたが、塩田での重労働を終えた人々向けにこなれの良い食物として提供されたものとされるよしのがわ(国営吉野川下流域農地防災事業)より。。腰がほとんどなく細い麺。だしは煮干しなどを用いあっさりしている。具は細かく刻んだネギ・チクワ・油揚げなど徳島県上勝町在住のフリーカメラマン中野晃治氏が、地元タウン誌「月刊タウン情報トクシマ」で3年以上にわたってこの鳴門うどんの探訪記を連載し、2006年春『鳴門のちゅるちゅるうどん探訪記 鳴ちゅる(なるちゅる)』(メディアコム、ISBN 978-4903506005)出版。「鳴ちゅる」とは著者が名づけた鳴門のふぞろい細麺のこと。。
徳島県北東部の土成地区の郷土料理よしのがわ(国営吉野川下流域農地防災事業)より。。うどんをゆで汁ごと大きなたらいにあける。そのたらいを数人で囲み、つけ汁に付けて食べる。つけ汁の出汁には川魚が使われる。
香川県特産のうどんで、腰が強く滑らか。トッピングは種類が多く、食べ方もかけ、ざるのほか、釜揚げうどん、生醤油うどん、釜玉うどんなどと富んでいる。
讃岐うどんのバリエーションで、根菜・里芋・かしわ(鶏肉)などを煮たスープをだしとするうどん。東讃地方などで主に冬に食べられる。
福岡・北九州方面で食べられているうどん一部の博多の人は濁音を嫌う傾向があり、うどんを「うろん」と発音する高齢者などもいる。。大きな特徴として一般的に腰が弱めで柔らかいものが多い日本コナモン協会:コナモザイク(コナモン図鑑)「博多うどん」より。長谷川法世(「博多っ子純情」作者、博多町家ふるさと館館長)・福岡市麺類協同組合理事長 対談より。毎日jp 2008年1月28日掲載 グルメ都市福岡:「うどんも、まんじゅうも発祥」ミス福岡がイベントPRより。福岡うどんDB「福岡うどん」より。。
発祥としては1241年(仁治2年)に宋より帰朝した聖一国師円爾(しょういちこくしえんに)などの僧により茶・饂飩・蕎麦・饅頭が日本にもたらされ、博多はこれらの発祥だという説がある(詳細は博多#日宋貿易の項目を参照)。円爾が開山した「承天寺」には「饂飩蕎麦発祥之地」という石碑がある但し、日本のうどんの発祥は「弘法大師(空海)が唐から伝えた」という説が讃岐地方ではよく語られているため、1241年説が否定されることがある。。
「腰が弱めで柔らかい」特徴に至った経緯にはなどの諸説がある。
汁は昆布・鰹節・うるめ・鯖節・いりこ・あじこ・あご(トビウオ)等を使用し薄口醤油で仕上げる。具としては「丸天」や「ごぼ天」が一般的である(後述)。薬味として柚子胡椒が用意されている店も多い。福岡県を中心とした地域のうどん。薩摩揚げに類似する、魚のすり身を円形にして油で揚げた練り物(揚げ蒲鉾)日清製粉東京営業部副部長「讃岐に待ったをかける博多うどんの逆襲」 JMAマーケティングeニュースレター167号(2005年6月13日)・マーケティングホライズン(日本マーケティング協会)2005年5月号が載っている。当地では揚げ蒲鉾一般のことも「天ぷら」と称することに由来する。九州地方では、「天ぷらうどん」と称する場合、この丸天うどんのことを指すことがある。
福岡県を中心にした地域のうどん。うどんの上に笹がきごぼうをかき揚げにした(もしくはバラバラに揚がった)天ぷらが乗っているもので、九州北部地方の大方の店舗で扱っている。ごぼ天うどんと呼ぶこともある。
長崎県五島列島で産するうどん。厚めに丸く伸ばした生地を鎌で渦巻き状に切り出した後(この工程から『鎌切りうどん』とも言われる)、少し力を加えながら横に並べた二本の棒に8の字にかけてから、棒の間隔を少しずつ引き伸ばした後、一旦、生地を外してからまた力をかけながら生地を棒に8の字にかけていく、というそうめんや稲庭うどんのような手延べ製法で作られる。このため普通のうどんより細く、断面が丸いのが特徴。手延べの際に粉をふらず五島産の椿油を使用している。たっぷりのお湯で茹で上げたあつあつの釜揚げうどんをしょうゆやあご(飛魚)だしのたれで食べる「地獄炊き」が代表的な食べ方である。弘法大師伝来を称する讃岐うどんに対し、五島うどんは地理的に大陸から独自ルートで直接伝来したと言われる長崎県五島手延うどん振興協議会「五島手延うどんの歴史」より。。
奈良時代の文献には「麦縄」としてうどんが書かれており、これは長崎の五島うどんや島原そうめんに見られる「手延製法」と一致すると考えられる長崎手延うどん「長崎とうどんの歴史」より。。
大分県の佐伯市発祥のうどん。焼いたエソ類などの魚の身、ごま、醤油等を混ぜ、擂り潰して作られる「ごまだし」と呼ぶ物を湯に溶き、つゆとして用いる。
沖縄県の郷土料理。蕎麦粉は使用せずに小麦粉とかんすい(鹹水)を使用して作った中華麺の一種であるが、風味や食感はラーメンよりやや「うどん」に近い。
韓国では20世紀前半に日本統治時代が長かった経緯から、現在でも韓国旧来の麺である(ククス・guksu、同種の呼称として韓国語で包丁など刃物を意味する「カル」を付けて「カルグクス」、それが少し変化した「カルグッス」があり、そちらの方が一般的である)と並んで、日本式のうどんも(ウドン・udong)の呼び名で親しまれている。ソウルではだし汁にコショウが入っているのも普通で、味は似て非なるものが多い。しかし、釜山地方では日本のうどんと同様のだし汁に、キムチがたっぷりのうどんに出会える。ただし、韓国では日本流に丼を持ち上げて食事をすることは非常な不作法になるため、たとえ立ち食いスタンドの日本式うどんであっても、カウンターに置いたままの丼に覆い被さって啜ることになる。韓国でも「ハレ」の食物として麺類が用いられる風習が一部にあり、結婚式、誕生日、還暦等の祝い事の席やそれが終わった後にククスやうどんが振舞われる事がある西日本新聞公式サイト「わかなの韓式クッキング」(2005年2月8日掲載)2007年6月9日放送『サタデーホットリクエスト』(NHK-FM)「金智子のHOT K-POP」コーナーより。
香港では「」と書いて、広東語読みで「ウードンミン」と発音する。香港の日本料理店で使われ始めた表記だが、現在では中国大陸でもみかける表記となっている。他に「」という表記が使われる場合もあるが、これでは読みが「ウーロンミン」と訛る。
台湾では、もしくはという名称で親しまれている。スープはやや現地化されているが、基本的には日本のうどんと大差はない。
明治から昭和初期にかけて多くの日本人の移民先となったハワイには、サイミンと呼ばれる麺料理が存在する。現在では中華麺が用いられるが、だしの味は明らかに和風であり、日本人を中心とした各国の移民たちの交流の中で形成されていった料理であると考えられている。
戦前に日本の委任統治を受けていたパラオにもUDONと称する麺料理がある。日本のうどんと同様の醤油味だが、沖縄そばの影響(過去、沖縄からの移民が多かったため)か汁は少なめで、また現地で入手しやすいスパゲッティの麺が使われている点に大きな特徴がある。
東西冷戦時代はソ連(現ロシア)上空を米国の旅客機が飛行できなかったため、日本からヨーロッパへの給油基地としてアンカレッジ国際空港が利用されていた1960年代から1980年代、日本国外では日本料理が一般的でなく、それを扱う料理店がほぼ皆無であったが、その空港内にはうどん屋が存在しておりヨーロッパ航空航路#北回りヨーロッパ線より、客のほとんどは日本人であったという。うどんと名乗っていながらラーメンにも類似した味であったらしく、しかも当時の円ドル換算ではかなりの高級品であったが、多くの日本人欧州帰国者にとって、最初あるいは最後の日本料理として評判を呼び、そこで日本を懐かしんだという。
このほか、中央アジア全域で広く食べられている「ラグマン」やチベット文化圏のトゥクパなど、うどんに類似している麺料理は他にも存在し、ラグマンは讃岐うどんのルーツの一つとなった可能性が指摘されている讃岐うどん#その他より。