かごめかごめは、こどもの遊びの一つ(後ろの正面という呼び名もある)。または、その時に歌う歌。
鬼は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回る。歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ(つまり
後ろの正面)に誰がいるのかを当てる。各地方で異なった歌詞が伝わっていたが、
昭和初期に記録された
千葉県野田市地方の歌が全国へと伝わり現在に至った。
野田市が発祥地といわれることから、
東武野田線の
清水公園駅の前に「かごめの唄の碑」が建立されている。
歌詞
地方により、歌詞が異なることが多い。
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かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?
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かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?
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かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に つるつる滑った 鍋の鍋の底抜け 底抜いてたもれ
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かごめかごめ 籠の中の鳥は いつもかつもお鳴きゃぁる(お鳴きやる) 八日の晩に 鶴と亀が滑ったとさ、ひと山 ふた山 み山 越えて ヤイトを すえて やれ 熱つ や(お灸を据えて、やれ熱や)
なお、文献では、このかごめかごめは江戸中期以降に現れる。『後ろの正面』という表現は、明治末期以前の文献では確認されていない。さらに、『鶴と亀』『滑った』についても、明治以前の文献で確認されていない。
「かごめかごめ」に関する俗説
この歌の歌詞が表現する一風変わった(ある意味神秘的な)光景に関しては、その意味を巡って様々な解釈がある。ただ、『鶴と亀』以降の表現は明治期以降に成立したと思われるため、それらの解釈に古い起源などを求めることは困難である。また、この歌の発祥の地についても不詳である。
姑によって後ろから突き飛ばされ流産する妊婦や、監視された環境から抜け出せない
遊女、
徳川埋蔵金の所在を謡ったものとする俗説などがある。
歌詞の解釈
解釈に際しては、歌詞を文節毎に区切り、それぞれを何かの例えであると推定し、その後で全体像を論じる形をとっているものが多い。以下に一部を紹介する。
文節毎の解釈
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かごめ
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籠目、すなわち竹で編まれた籠の編み目を表す。
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「囲め」が訛ったもの。つまり、かごめ遊びをする際に、皆で「囲め、囲め」と呼び合っている。
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「屈め」が訛ったもの。つまり、かごめ遊びをする際に、オニに対して「屈め、屈め」と言っている
[この説をとるものとして、例えば、柳田國男「こども風土記」がある(定本柳田國男全集21巻8頁)。]。
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処刑場を囲んだ竹垣を表している。
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籠目の形、すなわち六角形のことである。
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籠目の形、すなわち六芒星のことである。
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「籠女」と書き、籠を抱いているような女性、すなわち妊婦のことである。
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かごのなかのとり
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「籠の中の鳥」であり、当時の風俗から考えて鳥は鶏である。
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かごめ遊びの中で、オニとなった人を「籠の中の鳥」に喩えている。
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「籠の中の鳥居」と解釈し、籠に囲まれた小さな鳥居、もしくは竹垣に囲まれた神社を表している。
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ある点を籠目の形(六角形または五芒星)に結んで出来た図形の中心に存在する物を指している。
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籠目の形をした空間の中心に存在する物を指している。
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籠女の中にいるもの、つまり胎児のことを指す。
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子供のことである。
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いついつでやる
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「何時、何時、出会う」であり、「何時になったら出会うの?」「いつになったら出て来るの?」と疑問を投げかけている。
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「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行くの?」と疑問を投げかけている。
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「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行けるの?」と疑問を投げかけている。
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「何時、何時、出やる」であり、「何時になったら出るのかな?」と疑問を投げかけるのであるが、「出やる」の「やる」は西日本で、目下の者や愛玩動物に対して親しみを込めて使う敬語的語彙であり、共通語で的確な訳語がないが、「出やがる」に親しみのニュアンスを持たせたとでも云うべき意味を持つ。
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よあけのばんに
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「夜明けの晩」つまり「夜明けとも言える晩」であり、午前4時前後の時間帯を指している。
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「夜明けの番人」であり、籠の中の鳥、つまり鶏のことである。
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「夜明けの晩に」は「夜明けから晩に至るまで」という意味であり、「朝早くから夜遅くまで」という時間の経過を表している。
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つるとかめがすべった
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「鶴と亀が滑った」であり、縁起の良い象徴の2つが滑るということで、吉兆(もしくは凶兆)を表している。
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「鶴と亀が統べた」であり、鶴および亀に象徴される為政者(または建造物)を表している。
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京都に伝わる童謡の歌詞「つるつる つっぱいた」が変化したもので、「ずるずると引っ張った」という意味である。
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清元節の浄瑠璃「月花茲友鳥」より、「つるつるつるつっぱいた」が変化したもので、「するすると突っ込んで入っていった」という意味である。
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「鶴と亀が滑った」であり、長寿の象徴である2つが滑るということで、死を表している。
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うしろのしょうめん だあれ
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「後ろの正面」は、真後ろを表し、「真後ろにいるのは誰?」と問いている。
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江戸時代、京都で「正面」と言えば方広寺大仏殿を指し、正面の後ろに葬られた人物(豊臣秀吉)を連想させている。
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斬首された首が転がって、体は正面を向いているけれど首が後ろを向いて、「私を殺したのは誰?」と問ている。
歌全体の解釈
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元々児童遊戯の歌として成立したとする説(国語辞典などが採用)
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籠の中の鳥=オニであり、「囲め、囲め、オニの人は何時になったら次の人と交代して出て来ることができるのでしょうか。後ろの正面は誰?」と解釈する。ただし「鶴と亀がすべった」の部分については「語呂やリズムを合わせる為」と曖昧にしているものが多い。
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一日中(夜明けの晩に)男性の相手をさせられ(鶴と亀が滑った)、いつここから抜け出せるのだろう(いついつ出やる)と嘆いているうちにもう次の相手の顔(後ろの正面だあれ)が見え隠れしている、という自由のない遊女(籠の中の鳥)の悲哀を表している。
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日光東照宮説(提唱者不明。埋蔵金と結びつけてテレビ番組等で紹介されている)
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日光東照宮の三神庫と呼ばれる建築物群や奥院には鶴と亀が対になって飾られている所があり、歌詞中の「鶴と亀が統べった」はこの彫刻を指しているとしている。
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正面とは京都の豊国神社周辺(現在の正面通り)を指し、徳川家康を神格化する際に邪魔となった豊臣秀吉を神の座から引き摺り降ろす為に行われた、豊国神社の打ち壊しと、秀吉の棺を掘り返して庶民と同じ屈葬にして埋め直した事件を表したものである。
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「鶴と亀」はそれぞれ芦名家の城の別名であり、埋蔵金の隠し場所を示している。
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「かごめ」は籠女と書いてお腹に籠を抱いているような女=妊婦を示し、「かごの中の鳥」とはお腹の中にいる子供を示す。その妊婦の家は相続争いで争っている最中で、1人でも相続人の候補が増えることに快く思わないものもいた。出産予定日もそろそろというある夜明けの晩、階段を降りようとした妊婦は誰かに背中を押されて落ちて流産してしまった。自分を落とし子供を殺したのは誰だという母親の恨みの歌という説である。
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かごめは、籠つまり牢屋を指していて「籠め籠め」と牢屋に聞いている様。籠の中の鳥=オニは囚人である。鶴と亀が滑った=縁起の良くないこと、つまり脱走や死刑を表す。後ろの正面だあれ=死刑囚を呼びにきた監視、又は脱獄の手助けをするもの。いったい誰が来るのか?どんな運命になるのか?という説である。
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「かごめ」は徳川家康のことであり、「いついつでやる夜明けの晩に鶴と亀が滑った」は家康と明智光秀が統べる東軍勢は明朝出陣するという意味。これは光秀が南光坊天海という説であることが前提である。「後ろの正面はだあれ」は東北に控えている西軍側の上杉景勝が戦の準備を終えているという意味を持たせた暗号だという説。
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南光坊天海の正体が明智光秀であることを示唆しているとする (日光東照宮説、関ヶ原の戦いの暗号情報説とも関係する)。鶴と亀には、日光東照宮の彫刻の他に敦賀と亀岡の意味もあるとする。
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鶴と亀は超大国であるアメリカとソビエト連邦を指しており、両者の対決による最終戦争を予言しているという説。ソビエト崩壊以前に流布したが、ソビエトを中国に変換した説もある。
歌詞解釈以外の俗説
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「カゴの中の鳥は」と歌っているところで円の中に人がいなければ霊を呼び出すという、コックリさんと同様の交霊術に使われる歌であるという説もある。
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真ん中の子供に神様を宿らせるまじないであったとする説。
脚注
参考文献
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日光東照宮の謎 宮本健次 ISBN 4-396-31307-1
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定本柳田國男集 筑摩書房
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関裕二『かごめ歌の暗号』東京書籍,2007.