読み込み中...じゃんけんは、手だけを使い三種類の指の出し方(グー、チョキ、パー)で互いに牽制しあう三すくみを用いた拳遊びの一種。
簡便な勝ち負けを決める手段として用いられるほか、じゃんけんを複数回行ない何連勝できるかなどゲームとして用いられる。多くは、偶然によってなんらかの物事を決定する必要がある時に使われる。コイントスやくじなどのように道具を必要とせず、短時間で決着が付くため、現代では日本だけでなく世界的にも普及している。アメリカ等では"rock, paper, scissors"(RPS)、イギリス等では"scissors, paper, stone"という呼称がある。
現在行われているじゃんけんは意外に新しく、近代になって(19世紀後半)誕生したものである、今でも西日本に多く残る拳遊びから(日本に古くからあった三すくみ拳に17世紀末に伝来した数拳の手の形で表現する要素が加わって)考案されたと考えられる。極めて完成度の高い拳遊びだったために、日本の海外発展や柔道など日本武道の世界的普及、漫画やアニメに伴い急速に世界中に広がった。
元禄年間に本拳或は長崎拳、崎陽拳、数拳などと呼ばれる拳遊び(お座敷遊び)が長崎を通じて中国より伝来し酒席で遊ばれ、天保年間に盛んになったことからじゃんけんの発明は、それ以降のこととなる。明治中期に全国の子供の拳遊びを研究した本が出版されていることから、じゃんけん発明はこのころと考えられる。(明治5年とする説もある)日本の拳遊びには、数拳(本拳・球磨拳・箸拳他)と三すくみ拳(虫拳・蛇拳・狐拳・虎拳他)がある。
じゃんけんでは数拳の1,3,4は省かれ、判りやすい0と5と中間の2を残し、新しく意味を「石」「鋏」「紙」として三竦みを完成させた。
チョキは元々人差し指と親指を伸ばす数拳での2を表す方式「男チョキ」であったが、日本国内を伝播するうちに人差し指と中指を使うもの「女チョキ」が派生した。じゃんけんの基と成った遊びの多くが九州を中心とした西日本に多く分布し、古い形態である「男チョキ」も九州を中心とした西日本に多いので(韓国でも「男チョキ」が行われている)、九州がじゃんけんの発祥の地として最も有力である。
なお、日本7(平良市などのブーサ)奄美方言分類辞典(笠間書院)に「奄美に本土(九州)からじゃんけんが伝わったのは明治の末である」と記されており明治の初期〜中期に九州で発明されたとする説を裏付けている。
「皇都午睡」嘉永年間に「近頃東都にてはやりしはジヤン拳也、酒は拳酒、色品は、蛙ひとひよこ三ひよこひよこ、蛇ぬらぬら、ジヤンジヤカ、ジヤカジヤカジヤンケンナ、婆様に和藤内が呵られて、虎はハウハウツテトロテン、なめくでサア来なせへ、跡は狐拳也」とあるが、これは現在のじゃんけんとは別もので虫拳の類ではなかったのかと推定される。
一方、明時代末期に書かれた『五雜俎』によると、漢の時代手勢令と呼ばれるゲームがあった。『五雜俎』では、「手掌を以て虎膺とし,指節を以て松根とし、大指を以て蹲?とする」などの手勢に関する詳しい記載があるが、遊び方に関して「用法知らず」とされ、当時「捉中指」という遊びのルーツではないかと作者が推測している。『全唐詩』の八百七十九巻に「招手令」に「亜其虎膺,曲其松根。以蹲??虎膺之下」、そのルールと思われる記述がある。「蹲?を以て虎膺の下とす」から、三すくみ的要素を見て取れるが、これも内容から見て現在のじゃんけんとは別ものである。
日本や世界一般では、3つある手はそれぞれ「石」「鋏(はさみ)」「紙」に由来すると説明されるが、中国や朝鮮では「石」「鋏」「布」で、日本から朝鮮へ伝播した際に「紙」が「布」に置き換わった。日本の和紙は大変丈夫であったが、じゃんけんが伝わった当時一般の朝鮮人が使用していた朝鮮の紙は質が悪く実情に合わなかった。中国や朝鮮だけが「布」であることはじゃんけんの発祥が中国や朝鮮でないことを示している。19世紀後半の明治になるまで鎖国していて一切の日本人の外国への渡航を禁止していた日本に対し、19世紀中ごろの米大陸横断鉄道建設の労働者等、欧米に早くから多くの移民を送り出してきた中国式の「石」「鋏」「布」が世界標準とならなかったのは、当時の中国人がまだ現在のじゃんけんを知らなかったからであり、中国に現在のじゃんけんが伝来したのは、日本の明治以降のことだからである。また現在の中国西部地区(新疆ウィグル)や中央アジアでは未だにじゃんけんがほとんど普及していない。
http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/rpsmap.html 赤は存在が確認された国.ピンクは,少なくとも一部の人は知っている国.黄色は存在が否定的な国。 日本と密接な関係を持っていた英国の旧植民地等にじゃんけんが分布しているのが判る。紙,はさみ,石のじゃんけんは日本起源で,近代以降,日本人の移民や交流で世界各地に広がり、日本との接触が少ないところでは,紙,はさみ,石のじゃんけんは普及していない。またこの図では未調査に成っているが南米でも日本人が入植した地域を中心にじゃんけんが行われている。 ○○拳は、中国では主に拳法のことであるが、中国でも明代に書かれた『六研斎筆記』に「謂之豁拳」の記述があり、拳遊びのことを「猜拳」「画拳(かくけん)」「豁拳」などと呼んでいた。拳遊びを○○拳と呼ぶのは、中国の影響が考えられる。現代の中国語でもじゃんけんは「猜拳」である。中国では現在のじゃんけんも昔の拳遊びも「猜拳」なのでじゃんけんが中国で考案されたと誤解している人もいる。 frame 2002年、世界各地のじゃんけん系ゲームのルールを統一し、世界大会を開くためとしてthe World Rock Paper Scissors Society(略称WRPS)がカナダで結成された。WRPSは元々は1842年にイギリスで設立されたと主張しているが、1842年にはまだ現在のじゃんけんはこの世の中に存在していなかったので、これはWRPSのジョークである。WRPS自体が冗談で創られたものである。じゃんけんが1842年当時イギリスで既に行われていたなら、旧大英帝国領を中心にじゃんけんは普及しているはずであり、他のヨーロッパ諸国にもイギリスから伝わった明らかな痕跡が見られるはずであるがそのような事実はない。ヨーロッパ諸国のじゃんけんは「女チョキ」しかなく関東地方から伝わったようだ。日本ではじゃんけんに限らずパーを出す場合は指が離れるように広げるが、WRPSのじゃんけんでは、パーは指をそろえる。これはパーは紙であるとの意味しか伝わらなかったために生じたものであろう(日本国内で伝播するさいに鋏のイメージから「女チョキ」が生まれたのと同じ)。このようなことからも、WRPSの歴史が極めて新しいことが分かる。数十年前に日本人が海外での体験を書いた書物を調べると、日本人同士がじゃんけんをしていると欧米人が不思議に思い、何をしているのかと質問されたとの記事が散見され、最近まで欧米ではじゃんけんがほとんど知られていなかったことが確認できる。チョキを示す「鋏拳」(じゃーちゅあん)が変化したとする説、「石拳」(じゃくけん、いしけん)の「じゃくけん」が変化した説、「蛇拳」(じゃけん)説、じゃんけんの広東語「猜拳」(チャイキュン)説や他にも多くの説があるが不明である。
じゃんけんぽんの語源にも仏教語の料間法意(りゃけんほうい)説や長崎の唐人が伝えたという様拳元宝(ヤンケンエンポウ)説、一般的な掛け声のホイが転化したという「じゃんけん+掛け声」「じゃんけんほい」説があるが不明である。
以下のようにグー・チョキ・パーはすべて日本語であるという説もある。じゃんけんは2人以上の参加者によって行う。参加者は向き合い(あるいは円になり)、片腕を体の前に出す。参加者全員で呼吸を合わせ、「じゃん、けん、ぽん」の三拍子のかけ声を発し、「ぽん」の発声と同時に出した腕の先に「手」を出す。この「手」の組み合わせによって勝者と敗者を決定する。
勝負が決定しなかった場合を「あいこ」と言う。あいこのときは「あい、こで、しょ」のかけ声を同様に行い、「しょ」で再び「手」を出す。「あいこでしょ」は勝敗が決定するまで繰り返される(通常通りじゃんけんのかけ声を繰り返すこともある)。 時折、何度もあいこが繰り返されると「しょ」だけしか言わなくなることもある。「あいこでしょ」のかけ声を使わない場合は「ぽん」や「ぽい」だけとなる。じゃんけんの「手」は指の動きによって表わされ、以下の三つがある。
他にも、グーから親指を立てた爆弾も存在する。言うまでもなく原則的に無効。また、その他にもグーから親指と小指を立てた台風、左右の手を同時に出し爆弾を表現する原爆といったさまざまなバリエーションが(各地で勝手に)作られているが、これらはほぼ全て1発ネタである。
2人の時は、以上に加え、両者が同じ手を出した時には「あいこ(引き分け)」となる。
3人以上の時は、全員が出した「手」が三つのうち二者だけであった時に勝負が決する。たとえば、5人中2人がパー、3人がグーを出したならば、パーを出した2人が勝者となる。全員が同じ手を出した時や、グーチョキパー全てが出た時には「あいこ」になる。
一見して分るとおり、グー・チョキ・パーの三者は三すくみの関係にあり、三つの「手」の間には特別な有利不利はない。この三者の関係は、そのモデルである「石」「はさみ」「紙」を考えると理解しやすい。つまり、という関係である。
なお、「ぽん」のタイミングに「手」が出なかった時はやり直しになる。特に、意図的にタイミングを遅らせて、あいての手を見てから自分の手を出す行為は「遅出し/あと出し」という反則になり、負けと見なされることがある(逆に、親の出した手を瞬時に判断し、勝てる手を出すあと出しじゃんけんもある)。
上で述べたルールによれば、対戦者が増えるほど「あいこ」になる確率が増えるため、決着が遅れることがある。このため次のような対策がとられるのが普通である。
「じゃんけんぽん」の前には互いのリズムを確認するために、近年、「最初はグー」などのかけ声とともに互いにグーを出し合う儀式を行うこともある。「最初はグー」のかけ声は、1981年にザ・ドリフターズのコントで志村けんと仲本工事が行なったものが全国的に広まったものとされている。
これのバリエーションとして、「最初はグー、またまたグー、いかりやチョースケ、頭はパー、正義は勝つ」の後にじゃんけんを始めることもある。「いかりやチョースケ」のときはチョキ、「頭はパー」の時はパー、「正義は勝つ」の時はグーを出す。こちらは相手を焦らす場合に用いられる。「正義が勝つとは限らない」(じゃんけんポリポリ、かとちゃんぺ、最初はグー、じゃんけんぽん)と続くこともある。
また、誰もが「最初」と言われるとそのあとは「グー」を期待することを利用して、最初に出す手を変えたり(「最初はパー」など)、通常は「ジャンケンポイ」といい3拍で出すのに対し、「じゃんけん」といって2拍で出したり、「最初から」と言って自分はパーを出し、勝とうとすることもある(よく引っかかる人がそれを逆手にとってチョキを出す場合もある)。この場合、かけ声通り最初から勝負が行われているが、大抵は無効とされ、やり直す(じゃんけんの目的によっては有効とされる)。
また、やりたくない仕事を誰がやるかなどを決めるときに、最初に「出さなきゃ負けよ」をつけることによって、負けてしまうのが怖くてジャンケンをすることを拒む人がいた場合にも強制的にジャンケンに参加させることができる。 これによって、ジャンケンにわざと参加せず、それによってそのジャンケンを無効化させ、いつまでたっても勝敗が決まらない、ということが起きなくなった。複数回の勝負の結果によって究極的な勝敗を決めるものもある。
かけ声はそれぞれ「さ ん ま」「ご お ま」の3拍子。ごまの場合は対戦回数が多いため、数回目(通常3回)からは「ま」としか言わなくなることもよくある。さんまも、3回目を「ま」だけにすることもある(2回目からのときもある)。他に非常にマイナーだが7回のなま(生)9回のくま(熊)などもある。
関東の一部に見られることもあるローカルルールでは、上記の3つの手の他に井戸という手がある。親指と人差し指で輪を作り、他の三指は伸ばして小指の側を下に向ける形で表される。勝敗については「グーとチョキに勝ち、パーに負ける」(「石」と「はさみ」は「井戸」に落とされ、「紙」は「井戸」の口を塞ぐ)。
となる。
じゃんけんは偶然性に多くを支配されるゲームである一方、心理戦の側面も有している。これは、競技の性質上、相手が何を出すのかが事前に分かっていれば確実に勝つことができるため、それを何らかの方法で読み取ろうとする努力が時になされるためである。
例えば、2人での勝負において、2回連続で互いにグーであいこになったとする。この時、相手は何を出すかを考えると、一番単純なのは相手がまたグーを出すことだから、それに勝つパーを出す作戦が考えられるが、相手も同じ考えをして来るならばパーに勝つチョキを出すべきである。更に、相手がそこまで見越してチョキを出してくることを想定して、再びグーを出す作戦も考え得る。このように、競技の性質から、思考は堂々巡りに陥ることになるが、相手の人となりを知っているのなら、そこから「どこまで考えを巡らす人物であるか」などを考慮に入れ、最終的に相手が出すであろう手を予測することになる。
また、1回目がグー・2回目がチョキであいこになったとすれば、「グー・チョキ・パー」という語呂から3回目にはパーが出てくる可能性が高い。特に、「あいこでしょ」がテンポ良く行なわれている場合には、別の手を出すまでに考えが至らないことも多く、テンポに乗せられてパーを出してしまう可能性も多い。テンポが速い場合には、手の決定は瞬間的・反射的に行なわれることが多いため、こういった予測が一層効果的であるとする考え方もある。
複数ラウンドによる勝負では、心理戦の要素は一層高まる。相手の性格と前回相手が出した手から、次に出す手を判断しそれに勝つであろう手を出すという作戦をとることができる。特に子供同士でじゃんけんを行なっているときやお酒が入るなど、判断力が低下した場でのジャンケンは顕著に性格が出るため、たとえば前回相手が負けたなら、その負けた手に勝つ手を出すという作戦をとることができる。例えばパー対グーで負けたときにはパーに勝つ為に相手はチョキを出すと予想し、グーを出すという作戦である。
1回勝負であったとしても、心理戦の要素を持ち込むことができる。実際のじゃんけんに入る前に、相手に「何を出すのか」と尋ねたり、「自分はグーを出す」などと相手に宣言するなどして、相手がそれに対してどう判断するかを予測したりして、心理戦を生じさせることができる。
じゃんけんをする前に、プレイヤーは、次に何を出したら勝てるかを占うことがある。
1つの方法は、片方の手を開いて、手の甲が自分に向くように自分の前に差し出し、手の甲の中ほどに人差し指をおいて少し上向きの力を加え、手にできる皺の数や形を観察するものである。
別の方法は、自分の前で両手の手のひらを、右手の手のひらが左側に、左手の手のひらが右側になるような形で合わせ、両手の指を結び合わせ、ひじと手首を曲げながらその結び合わせた手を自分の顔の前に持ってくるものである(手を一旦下方に動かしてから自分の前に持ち上げる形をとる)。結び合わされた手は、小指の側が自分の顔に近く、親指の側が自分から遠くにあるが、その手を覗き込むようにして、結び合わされた親指の隙間から見える光の形を見る。
じゃんけんを基本ルールにした遊びとして最も有名なものとしてはあっち向いてホイがある。
その他、グリコ、たたいて・かぶって・ジャンケンポン、グリンピースじゃん、軍艦じゃんけん、ドンパッパ、ビームフラッシュなど。また「脚じゃんけん」「舌じゃんけん」など、手以外の体の部分を使って遊ぶことがある。
また、「最初はグー じゃんけんポンとだすアホがおる」などというひっかけのじゃんけんもあった。
脚で行うじゃんけん。各人が同時にジャンプし着地した時の両足の形で勝負を決める。両足を閉じた形をグー、前後に開いた形をチョキ、左右に開いた形をパーとする。
日本ではじゃんけんだけの大会が開かれることはほとんどないが、近年じゃんけんが普及した地域では新知識に対する感動が大きく、世界大会(カナダ大会?)が開かれるようになった。日本ではグーパーじゃんけん等があるので大人数でもじゃんけんのトーナメントはほとんど行われなくなったが、世界大会はトーナメントで戦われている。
| 開催年 | 開催地 | メダル | チャンピオン | 性別 | 国籍 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2002 | トロント | Wikipedia画像へのリンク(Gold) |
Peter Lovering | 男 | カナダ |
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Moe Asem | 男 | カナダ | ||
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Dave Ferris | 男 | カナダ | ||
| 2003 | Wikipedia画像へのリンク(Gold) |
Rob Krueger | 男 | カナダ | |
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Marc Rigaux | 男 | カナダ | ||
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Patrick Merry | 男 | カナダ | ||
| 2004 | Wikipedia画像へのリンク(Gold) |
Lee Rammage | 男 | カナダ | |
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Heather Birrell | 女 | カナダ | ||
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Chris Berggeren | 男 | アメリカ | ||
| 2005 | Wikipedia画像へのリンク(Gold) |
Andrew Bergel | 男 | カナダ | |
Wikipedia画像へのリンク(Silver) |
Stan Long | 男 | アメリカ | ||
Wikipedia画像へのリンク(Bronze) |
Stewart Waldman | 男 | アメリカ | ||
| 2006 | Wikipedia画像へのリンク(Gold) |
Bob Cooper | 男 | スコットランド | |
Wikipedia画像へのリンク(Silver) |
Bryan Bennett | 男 | アメリカ | ||
Wikipedia画像へのリンク(Bronze) |
Tom Smith | 男 | アメリカ |
じゃんけんにおける心理戦の側面や、勝敗に伴い何らかの利得を得、または負担を負うことを約して勝負を行った場合の「ギャンブル」としての側面などを題材としたフィクションが存在する。じゃんけんの特性上、それを題材として中長編の作品を作ることは困難であるため、作中の一エピソードとして、または短編として扱われる場合が多い。
また、じゃんけんのルールとは関係なく、攻撃手段をそれぞれグー・チョキ・パーに見立てた必殺技が登場する作品がある。ドラゴンボール(鳥山明)の孫悟空の「ジャン拳」、HUNTER×HUNTER(冨樫義博)のゴンの「ジャジャン拳」が代表的である。