読み込み中...アンカレッジまたはアンカレジ(Anchorage)はアラスカ州の南部に位置する港湾都市。
アンカレッジは、アラスカ州における商工業、金融の中心地でもある(ただし州都はジュノー)。人口は約27万人(2004年)で、アラスカ州の半数近くを占める。なお、人口統計は1975年に市部と郡部が合併しため、基本的に都市圏人口で計測される。
同市の主要産業は州の主要産業でもある石油・天然ガスの採掘とその関連事業である。ほかに金融・通信の中枢としても発達している。また、国際貿易港としての役割も強い。また、政府は所得税・消費税の免税、産業開発の優遇策を実施しており、多くの投資家や起業者が集まっている。一方で、古くからの水産業・林業も盛んで、特に水産品は日本向けに多く輸出されている。
また、同市のテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港は、かつて北極圏回りヨーロッパ便が給油の為に寄港し、現在でも航空貨物のハブ空港であるなど、世界的に重要な空港である。そのため、同市には航空貨物業も発達している。
アラスカ州南部のクック湾の湾奥に位置し、北緯60度とかなり高緯度である(西経は150度)。ケッペンの気候区分では冷帯湿潤気候 の北部気候に(Dfc)に属しており、夏は冷涼、冬はひじょうに寒い(最暖月・7月は14℃、最寒月・1月はマイナス8.9℃)。北方には北アメリカ大陸の最高峰、デナリ(マッキンリー山)、東部にはロッキー山脈の高峰がそびえ立つが、西部は原野が多い。州北端のプルドーベイ(北極海油田)からはパイプラインが走っている。
1914年、アラスカ鉄道建設が始まり、資材搬入のための臨時の投錨地 (anchorage) がこの地に置かれた。そのとき作成された地図で、anchorage とすべきところを Anchorage と誤記してしまったため、一般名詞の投錨地ではなく地名のアンカレッジと思われ、定着してしまった。
のちに、1778年にこの地を訪れたキャプテン・クックが投錨した土地だという伝承が生まれた。
1778年にキャプテン・クックがアリューシャン列島からアラスカに到着し、アンカレッジ湾内を航海した(投錨したという記録はない)。
1867年に、アメリカがロシアからアラスカ州を購入、その後金鉱脈の発見によりゴールドラッシュが起こり、多くの移民がアラスカに訪れた。1915年には鉄道建設の中心となったアンカレッジに都市が誕生した。戦時中は軍需産業の発展によって都市が発達、空港、港湾の建設が進んでアラスカ州の中心地として繁栄した。
1964年にアラスカ地震が発生、壊滅的な打撃を受けるも1970年代から北極海沿岸の油田開発とパイプライン建設によって、多くの労働者が流入し、都市は今までの3倍の規模になった。今日では観光にも注力しているほか、前述のように貿易(航空貨物)拠点として重要性を増している。
1990年ごろまで(冷戦時代)は、日本・ヨーロッパ間の航空便の経由地として頻繁に使用されていた(ソビエト連邦領空を飛行できなかったため)。現在では旅客便にはあまり使用されていない。
アラスカ州は先住民族であるエスキモー、アサバスカ人などが拓いた土地であり、現在も人口の約10 %は先住民である。彼らは先人らが築き上げた多様な文化を脈々と受け継いでおり、それを紹介するアラスカ民族文化センターがある。
なお、エスキモーの主要な民族として、カナダを中心に分布するイヌイットがいるが、アラスカ・エスキモーにはイヌイット、ユピクなど複数の民族が含まれるため、彼らを総称してイヌイットと呼んではならない。
アンカレッジ公立学区のマグネット・スクールには、全米でも数少ない幼・小・中・高一貫の日本語イマージョン・プログラムがある。