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アンカレッジ

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
Wikipedia画像へのリンク(アンカレッジの衛星写真)

アンカレッジまたはアンカレジ(Anchorage)はアラスカ州の南部に位置する港湾都市

解説

アンカレッジは、アラスカ州における商工業、金融の中心地でもある(ただし州都ジュノー)。人口は約27万人(2004年)で、アラスカ州の半数近くを占める。なお、人口統計は1975年に市部と郡部が合併しため、基本的に都市圏人口で計測される。

同市の主要産業は州の主要産業でもある石油天然ガスの採掘とその関連事業である。ほかに金融通信の中枢としても発達している。また、国際貿易としての役割も強い。また、政府所得税消費税免税、産業開発の優遇策を実施しており、多くの投資家や起業者が集まっている。一方で、古くからの水産業・林業も盛んで、特に水産品は日本向けに多く輸出されている。

また、同市のテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港は、かつて北極圏回りヨーロッパ便が給油の為に寄港し、現在でも航空貨物のハブ空港であるなど、世界的に重要な空港である。そのため、同市には航空貨物業も発達している。

地理

アラスカ州南部のクック湾の湾奥に位置し、北緯60度とかなり高緯度である(西経は150度)。ケッペンの気候区分では冷帯湿潤気候 の北部気候に(Dfc)に属しており、は冷涼、はひじょうに寒い(最暖月・7月は14℃、最寒月・1月はマイナス8.9℃)。北方には北アメリカ大陸の最高峰、デナリ(マッキンリー山)、東部にはロッキー山脈の高峰がそびえ立つが、西部は原野が多い。州北端のプルドーベイ(北極海油田)からはパイプラインが走っている。

地名の由来

1914年アラスカ鉄道建設が始まり、資材搬入のための臨時の投錨地 (anchorage) がこの地に置かれた。そのとき作成された地図で、anchorage とすべきところを Anchorage と誤記してしまったため、一般名詞の投錨地ではなく地名のアンカレッジと思われ、定着してしまった。

のちに、1778年にこの地を訪れたキャプテン・クックが投錨した土地だという伝承が生まれた。

歴史

Wikipedia画像へのリンク(1964年アラスカ地震後のアンカレッジ)

1778年にキャプテン・クックがアリューシャン列島からアラスカに到着し、アンカレッジ湾内を航海した(投錨したという記録はない)。

1867年に、アメリカロシアからアラスカ州を購入、その後鉱脈の発見によりゴールドラッシュが起こり、多くの移民がアラスカに訪れた。1915年には鉄道建設の中心となったアンカレッジに都市が誕生した。戦時中は軍需産業の発展によって都市が発達、空港港湾の建設が進んでアラスカ州の中心地として繁栄した。

1964年アラスカ地震が発生、壊滅的な打撃を受けるも1970年代から北極海沿岸の油田開発とパイプライン建設によって、多くの労働者が流入し、都市は今までの3倍の規模になった。今日では観光にも注力しているほか、前述のように貿易(航空貨物)拠点として重要性を増している。

1990年ごろまで(冷戦時代)は、日本・ヨーロッパ間の航空便の経由地として頻繁に使用されていた(ソビエト連邦領空を飛行できなかったため)。現在では旅客便にはあまり使用されていない。

文化

アラスカ州は先住民族であるエスキモーアサバスカ人などが拓いた土地であり、現在も人口の約10 %は先住民である。彼らは先人らが築き上げた多様な文化を脈々と受け継いでおり、それを紹介するアラスカ民族文化センターがある。

なお、エスキモーの主要な民族として、カナダを中心に分布するイヌイットがいるが、アラスカ・エスキモーにはイヌイット、ユピクなど複数の民族が含まれるため、彼らを総称してイヌイットと呼んではならない。

教育

アンカレッジ公立学区マグネット・スクールには、全米でも数少ない幼・小・中・高一貫の日本語イマージョン・プログラムがある。

姉妹都市

外部リンク

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