エキノコックス症(えきのこっくすしょう)とは、エキノコックスという寄生虫によって引き起こされる感染症の一つである。エキノコッカス症、包虫症とも呼ばれる。キタキツネやイヌ・ネコ等の糞に混じったエキノコックスの卵を水や食物などからヒトが経口感染する事によって起こる人獣共通感染症である。卵は人の体内で幼虫になり、肝臓に寄生する。肝臓内で増殖し、致死的な肝機能障害を引き起こす。エキノコックスは扁形動物門条虫綱多節条虫亜綱円葉目テニア上科テニア科エキノコックス属に属する動物の総称である。
単包条虫(Echinococcus granulosus)による単包性エキノコックス症と多包条虫(Echinococcus multilocularis)による多包性エキノコックス症がある。単包性エキノコックス症は牧羊地帯に発生し、輸入感染症とされている。
分類
#単包条虫 (
Echinococcus granulosus)
#*形態
#**虫卵は直径約35μmで、六鉤幼虫が中に入っている。虫卵の形態は単包条虫の物も多包条虫の物も類似しており、両種の虫卵の区別は困難である。
#**成虫は約7週間で体長2.5mm-9.0mmに成熟し、終宿主の腸内に虫卵を放出し始める。終宿主に大きな病害を与えることはない。
#*生活環(ライフサイクル)
#**終宿主(=イヌ、オオカミ、ジャッカル、コヨーテ、ハイエナ、ディンゴ、キツネといったイヌ科の肉食獣)
→終宿主の糞便中に虫卵が排出され、周囲の地面や水や植物等を汚染する。
→虫卵が粉塵、飲水、食物などとともに中間宿主に経口摂取される
→中間宿主(=ヒツジ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、トナカイといった草食獣や、ヒト)
→宿主の十二指腸・小腸上部で孵化。
→終宿主が単包虫を含む中間宿主の臓器を食べる。
#*ヒトへの感染経路
#*病態
#**虫卵から放出された六鉤幼虫が腸壁に侵入し、血流もしくはリンパ流にのって諸臓器 (肝、肺、脳など) に運ばれ幼虫期である単包虫を形成する。単包虫は様々な大きさの球形の限局性嚢胞性病変を形成する。嚢胞は漿液性の包虫液で満たされており、その中に多数の原頭節が生じる。
#多包条虫 (
Echinococcus multilocularis)(日本(北海道)に生息)
#*形態
#**虫卵は虫卵は直径約35μmで、六鉤幼虫が中に入っている。
#**包虫は嚢に包まれ、包虫嚢胞を形成する。包虫嚢胞内の包虫には頭部しかない。
#**成虫の体長は単包条虫より短く1.2mm-3.7mmであり、体節が数個という小ぶりな条虫である。
#*生活環(ライフサイクル)
#**終宿主(=イヌ、キツネ、オオカミ、コヨーテ、タヌキ、ネコ)
→糞便中に虫卵が排出され、周囲の環境を汚染
→虫卵が粉塵、飲水、食物などとともに中間宿主に経口摂取される
→中間宿主(=本来自然界におけては野ネズミ(北海道において重要な役割を果たしているのはエゾヤチネズミ)であるが、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ウシなどの家畜哺乳類やヒトを含む霊長類)
→虫卵は小腸で孵化して、多包虫という幼虫になる
→終宿主が多包虫を含む中間宿主の臓器を摂取する
→小腸内で原頭節は約5週間で成熟成虫となり虫卵の放出を始める
#**多包条虫の成虫が終宿主に大きな病害を与えることはない。
#**終→中間→終→…という形でしか感染しないので、終宿主であるイヌやキツネに虫卵を食べさせても通常は感染は成立しない。しかし少数例であるが、幼虫がイヌやキツネの内臓に寄生したことが報告されている。
#*ヒトへの感染経路
#**虫卵に汚染された飲水や食物を摂取したり、成虫が感染している犬との接触によって虫卵が経口摂取されることによって、感染が成立する。経皮感染はしない。幼虫が感染している中間宿主の食肉や内臓をヒトが食べても感染は成立しない。終→中間→終→…という形でしか感染しないので、ヒト同士の接触によっては感染しない。
#*病態
#**虫卵から放出された六鉤幼虫が腸壁に侵入し、血流もしくはリンパ流にのって諸臓器 (肝、肺、脳など) に運ばれ包虫を形成する。多包条虫は小嚢胞が多数集合した蜂巣状構造を形成する。まれに脳、骨、骨格筋、腎臓、脾臓、その他の組織からも検出される。
症状
患者の98%が肝臓に病巣を形成される。
感染初期の嚢胞が小さい内は無症状だが、やがて肝臓腫大を惹き起こして右上部の腹痛、胆管を閉塞して黄疸を呈して皮膚の激しい痒み、腹水をもたらす事もある。次に侵され易いのは肺で、咳、血痰、胸痛、発熱などの結核類似症状を惹き起こす。経過は成人で10年、小児で5年以上かかるといわれている。そのほかにも、脳、骨、心臓などに寄生して重篤な症状をもたらす事がある。また、嚢胞が体内で破れ、包虫が散布されて転移を来たす事もしばしばある。内容物が漏出するとアナフィラキシーショックとなる。本虫の惹き起こす症状は大型の条虫よりも重篤である。
診断
-
血清検査
-
*ELISA法により血清中のエキノコックス抗体を検出する。
-
*ウエスタンブロット法(WB)により抗体陽性確認を行う。
-
問診
-
*北海道在住か北海道への旅行歴がある。(北海道に生息しているキタキツネがエキノコックスに感染している場合があるため)
-
理学的所見
-
*関節に骨性の肥大が見られる。
-
胸部レントゲン撮影、胸部CTスキャン、腹部レントゲン撮影、腹部CTスキャン、カソニ皮内試験、間接血球凝集検査
-
*嚢胞の存在と位置を確認。
-
腹部エコー所見
-
*石灰化陰影が粒状に認められる。
-
腹部X線所見
-
*肝臓の部位に一致して卵殻状の石灰化が見られる。
-
腹部CT所見
-
*嚢胞壁に石灰化が見られる点が特徴的である。
-
末梢血所見
-
*好酸球増多
-
生検
-
*腹腔鏡
治療
発症前の診断と治療開始が重要。
放置した場合の五年後の生存率は30%といわれている[エキノコックス症バイエル薬品株式会社 動物用薬品事業部]。
根治治療
-
手術療法
-
*有効な治療であるが、臨床症状が出現した時点ではもはや取りきれない事が殆どである。また嚢胞の位置と患者の状態から外科的切除が困難な場合がある。
-
化学療法
-
*手術療法が困難な場合に行われる。本症に対する内服薬は、1981年にアルベンダゾールalbendazoleが開発され、欧米で用いられてきた。日本でも1994年に認可され、使用が可能となっている。
根拠
-
治療の有効性については質の高い根拠が得られている。
予後と転帰
嚢胞を外科的に手術した場合の結果は良好だが、自覚症状が出現した(2次的嚢胞が発達)場合にはそれほど良くない。
疫学
シベリア、南米、地中海地域、中東、中央アジア、アフリカに多い。米国ではミシシッピ川下流域、アラスカ、およびカナダ北西部で見られる。危険因子は牛、羊、豚、鹿との接触、または犬、狼、コヨーテの糞との接触がある。発生は100,000人に1人の割合。
日本では
4類感染症に指定されている。多包条虫が北海道などの緯度の高い地域(38度以北)に生息し、キタキツネの30%-60%にエキノコックスが感染している。飼犬と野犬の感染率はほぼ同じである。毎年約20名がこの寄生虫に感染しているが、保健衛生指導と犬の定期的な条虫駆除で予防できる。他に生水を飲まない、発生地の沢水や井戸水は加熱してから使用する、人家にキツネを近づけない、山菜などは良く洗うか火を通して食べる、などの予防法がある。熱には弱く、60度10分間加熱で死滅する。症状が出てからの治療は困難な為スクリーニング検査が重要であり、北海道では広く行われている。
歴史
日本では
-
単包性エキノコックス症は1881年に熊本で日本最初の症例が報告。
[感染症の話2001年第48週国立感染症研究所 感染症情報センター]
-
多包性エキノコックス症は1936年に礼文島出身の女性が本症と診断されたのが最初。1924年から1926年に千島列島の新知島から野ねずみ駆除と毛皮養殖用に移入した12尾のベニギツネが感染源になった。1963年頃までに約200名の島民が本症で死亡したが、現在は密猟者によるキツネ狩りがキツネを根絶した結果、本症も根絶され礼文島は非汚染地域。
-
北海道本島(道東)では別ルートで侵入(複数の説がある)した感染キツネの生息範囲が拡大した結果、1965年から対策を行ったが現在では北海道全域で多包条虫が見られる。
[北海道における多包性エキノコックス症国立感染症研究所 感染症情報センター]
-
長い間屋内で飼育されている飼い犬はエキノコックスに感染する可能性が小さいと考えられてきたが、屋内で飼育されていた飼犬にも感染が確認された。郊外で放して遊ばせたりした際に、野ネズミを捕まえて食べたものと考えられる。
-
1994年には、旭山動物園において、ローランドゴリラ、ワオキツネザルが相次いで感染・死亡した上に、人間への感染不安が高まり、同動物園は8月27日に営業休止に追い込まれた。
-
1999年に青森県で、養豚場のブタ3頭が感染していることが判明した(感染経路は不明)。ただし、周辺の野生動物の調査では検出されておらず、本州に定着したとは考えられていない。2003年には、北海道に住んだ経験のある関東地方のイヌが1頭感染していたことも判明。
-
1999年に秋田県で本症感染が報道されたが、肝蛭(Fasciola sp.)であった。
[最近秋田県においてエキノコックス症と判断された症例について感染症の話 2000 年第30週 国立感染症研究所]
-
2003年に畑正憲が北海道から東京に「ムツゴロウ動物王国」を移転させる計画を発表した時に、同氏が飼っている動物がエキノコックス症に感染しているのでは、と問題になった。しかしながら、北海道から本州へ移動した犬、これから移動する犬は他にも多数いるはずであり、引き続き調査や監視が必要と思われる。
-
2004年10月からは、犬のエキノコックス症を診断した獣医師には届出が義務付けられた。
-
2005年9月8日本州への拡大が懸念されており、埼玉県が県内の野犬からエキノコックス虫卵が検出されたと発表した。
-
2007年8月29日には、北海道大学の研究チームが、北海道内の600匹の飼い猫を調べたところ1匹の猫からエキノコックス虫卵が検出されたことを発見した。
-
北海道のいくつかの地域では、駆虫薬入り餌の散布による、野生キツネからのエキノコックス駆虫が行われ始めている。
その他
-
診察した獣医師、医師は患者本人の同意を得られない場合でも地元の保健所を通じて7日以内に都道府県に届け出る義務がある。
[感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について厚生労働省]
-
厚生労働省はイヌや野ネズミがエキノコックスを本州に運ぶ危険性を強く警告している。
-
疾病コード:未定
脚注
参考文献
| 書籍名 | 発行 | 版 | ページ | 著者 | 出版 |
| STEP内科(2)感染症・血液 | 1998年11月27日 | 初版 | P.169-P.170 | 監修:松岡 健 他 | 海馬書房 |
| Daily Yomiuri | | | | | |
外部リンク