読み込み中...エスペラント()はラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語。
| 言語のシンボル | |
|---|---|
| 緑星旗 | ユビレーア・スィムボーロ |
| Wikipedia画像へのリンク( [[画像:Jubilea_simbolo.svg) |
ザメンホフは世界中のあらゆる人が簡単に学ぶことができ、世界中で既に使われている母語に成り代わるというよりは、むしろすべての人の第2言語としての国際補助語を目指してこの言語をつくった。現在でも彼の理想を追求している使用者が多くいる一方、理想よりも実用的に他国の人と会話するためや、他の国や異文化を学ぶためのものと割り切って使っている人もかなりいる。今日では異なる言語間でのコミュニケーションのために、旅行、文通、文化交流、ラジオ、インターネットテレビなど様々な分野で使われている。 英語を国際共通語として当然視してしまう姿勢への対抗的姿勢が、多くの場合に、とって代わるべき国際補助語としてこのエスペラントを持ち出している。
エスペラントは1880年代にラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフによって創案された。最初の文法書は1887年に発表された。
彼は一つ一つ別々に覚えなければならないと思われていた単語を、接辞を使って一つの単語から一連の単語群として作り出せるようにする方法を考えた。基本となる語彙は、多くの言語(ただし、ヨーロッパの言語に限られる)で使われているものを採用した。
1878年、現在のエスペラントのプロトタイプといえるLingwe uniwersala(リングヴェ ウニヴェルサーラ)を、ザメンホフはギムナジウムの同級生たちに教えた。その後6年間、まず各民族語の文学作品の翻訳と詩作に取りかかり、新しい言語の欠陥や運用上の扱いにくさを無くすことにした。ザメンホフは後の1895年にロシアのエスペランティスト、ニコライ・ボロフコに宛てた手紙に「私は6年間を言語を完璧にするために費やした。たとえそれが1878年の段階で既にできあがっていたとしても」と書いている。彼はもう既に自らの言語を公表できる準備ができていると考えていたが、ロシア政府の検閲がそれを許さなかった。これにより公表が遅れたが、その間、彼は旧約聖書やシェークスピアの作品などをエスペラントに翻訳し、言語の改良も重ねていった。1887年、ようやく出版されたUnua Libro(最初の本)でエスペラントの基礎について紹介した。こうして今日話されているエスペラントが世に出された。
最初のうち、エスペラントの話者どうしの交流の手段としては、文通か雑誌『La Esperantisto』(1889年から1895年まで発行)ぐらいしかなかった。1905年までに17のエスペラント関係の雑誌が発行された。活動は最初ロシアや東ヨーロッパに限られていたが、次第に西ヨーロッパやアメリカ、アジアに広がっていった。日本では1906年に二葉亭四迷が日本最初のエスペラントの教科書「世界語」を著した。
1904年小規模な国際会議が開かれ、それが1905年8月、フランスのブローニュ=シュル=メールで行われる最初の世界エスペラント大会の開催につながる。このときは33の国から688人が参加した。大会でザメンホフは、エスペラント運動の指導者としての地位を公式に放棄した。ザメンホフ自身がユダヤ人であったため、反ユダヤ主義による偏見が言語の発展を妨げるのを恐れたためである。彼はエスペラント運動の原理に基づいたブローニュ宣言を提案し、大会出席者たちはこれを採択した。
1905年にフランスのブローニュで開催された第1回世界エスペラント大会で、『エスペラントの基礎』の変更を制限する宣言が採択された。宣言は、言語の基礎をザメンホフが出版した『エスペラントの基礎』( フンダメント デ エスペラント)から変更してはならないとし、いかなる者もこれを変える権利を有しないとした。この宣言は使用者が適当と思うように新しい考えを発表しても良いとしているが、本来の形を奨励している。
しかしながら実際には、現代のエスペラントの使い方は『エスペラントの基礎』で示された「お手本」と完全に一緒というわけではない。例えば「私はこれが好きです。」の一文をエス文に翻訳するときを例に説明する。『エスペラントの基礎』に沿って訳せば(ミ アーマス チ ティーウン)となるが,これは「私はこれを愛しています。」の意味となり、少し意味が強すぎてふさわしくないと感じるエスペランティストが多く、実際には(ミ シャータス チ ティーウン)で代用することが多いが、これは元来「私はこれを高く評価します。」という意味であり、元の意味からは少しずれている(ただし,現行の辞書では動詞を「好きだ」の意味で使うことを追認している)。また、(チ ティーウ プラーチャス アル ミ)と訳すこともある。逐語訳すれば「これは私に気に入る」であり、完全に同じ意味ではないが、こちらの訳の方が「私はこれが好きです。」の意味に近い。
ほかの慣習的な変化としては、国名を表す接尾辞がからに変わったことがある(例: → )。また、厳密に言えば、エスペラント化された単語のうちで終わる単語はすべて形容詞であるが、ヨーロッパ諸語でののようにで終わる名前や、それ以外の言語での人名なども、現在では慣習的にエスペラント化された名詞として認められている。『エスペラントの基礎』に従うなら、エスペラント化された名詞は、すべてのようにで終わらなければならないはずである。またĥの発音がとりわけ難しいとされてkに置き換えられるなど、語形変化も起こっている。
加えてエスペランティストたちは、新しく登場した事物や概念、外来語を表すために、さまざまな新語を取り入れた。これらはそのまま使うのではなく、可能な限りエスペラントの造語法などに従った形で取り込まれている。例えば、コンピュータ(computer)は(コンプティーロ)といった具合である(道具を意味する接尾辞を使っている)。これにより、テレビやウェブやウィンドウズやマックなど、ザメンホフの時代には存在しなかった事物も自由に表現できるようになっている。「CD-ROMの中のbinというフォルダにあるボールペンのアイコンをダブルクリックするとウィンドウズにワープロのプログラムやファイル、フォントなどがインストールされます。このときインターネットに自動的にアクセスするので、通信を許可するようにファイアウォールを設定してください。」といった文章も、現代のエスペラントでは表現できるのである。
新語の導入はエスペランティストなら誰でも提案することができ、最終的には一種の「競争原理」を勝ち抜いて人口に膾炙するようになったものが受け入れられる。例えば「コンピュータ」に関しても、komputmaŝino、komputatoro、komputero など様々な提案が行われた>が,最終的にエスペランティストにとって最も簡潔と思われるが勝ち残ったのである(この際,動詞「計数・計量する」に「計算機で計算(演算)する」という意味が付け加えられた)。エスペラントの言語としての統制機関としてアカデミーオ・デ・エスペラントが在るが、個々のエスペランティストをがちがちに縛り付けるようなことはしていない。
新語はどんなものでも受け入れられるとは限らない。例えば「安い」を意味する新語(チーパ・英語のcheapに由来)は、長たらしい(マルムルテコスタ:=「(反対)・多く・費用・(形容詞)」)に代わるものとして造られたが、あまり使われていない。
1905年以降、世界エスペラント大会は二つの世界大戦の間を除き、毎年開催されている。
1920年代、国際連盟の作業語にエスペラントを加えようという動きがあった。日本の新渡戸稲造をはじめ10人の各国代表者が賛同したが、フランスの代表者ガブリエル・アノトーの激しい反対にあい、実現しなかった。フランス語は英語に国際語の地位を脅かされつつあり、エスペラントを新たな脅威とみなしていたからである。
その後、アドルフ・ヒトラーとヨシフ・スターリンはエスペラントの人道主義性・博愛性に危険を感じ(ほとんど「言いがかり」である)、エスペランティストたちを粛清した。ヒトラーは『我が闘争』の中で「エスペラントは離散したユダヤ人を結集させる国際語だ」とし、スターリンは「エスペラントはスパイの言語だ」と明言した>。
エスペラントは人工言語であるため、公式にはどの自然言語とも類縁関係にないとされている。どの国の言語でもないため言語による民族感情に左右されず、特定の民族に有利になったり不利になったりしないため、だれでも使用の恩恵を受けられると言われている。しかし実際には文法、語彙ともにヨーロッパの諸語、とりわけロマンス語を基礎に成立しているため、既存の語族に分類した場合、エスペラントは印欧語族に分類されるであろう。そのため非ヨーロッパ言語の話者には習得や運用が難しいという、日本を含む非ヨーロッパのエスペランティストからの指摘もある。これに対し、「完全に中立な言語は、どの自然言語からも遠く、誰にとっても難しい悪平等の典型のようになる」として、ある程度の不平等性はやむを得ないとする意見も根強く存在するが、それに対しては、「『母語よりも簡単な部分』というものを無視している(例えば、名詞の性別がないエスペラントは、そのぶん名詞に性別がある言語のネイティヴにとって難しいなどということはない)」という反論もあり得よう。ただ、一つ言えることとして、近年の語彙論における「少数総合的言語/少数分析的言語」や脳科学における「ブーバ/キキ効果」などから新たな語彙体系を作ると、もはやエスペラントではなくなってしまうだろう。
発音体系はスラブ語の影響を受けているが、語彙は主にロマンス語(フランス語・スペイン語等: 約75%)、ゲルマン語(ドイツ語・英語等: 約20%)から採用している。ザメンホフが定義していない文法上の語用論や相については、初期の使用者の母語、すなわちロシア語・ポーランド語・ドイツ語・フランス語等の影響を受けている。特にフランスやハンガリーなどのエスペランティスト達の働きは無視できない。
ラテン語及びギリシア語等と同様、語順は比較的自由であるが、慣習上、英語と同じようなSVO文型が圧倒的に多く、形容詞が名詞の前に立つことが多い。主格及び対格以外の格は、前置詞によって示される。印欧語特有の屈折語的性格と、語幹に接辞が付属していく膠着語的性格とを併せ持つ(特に膠着語的性格が際だっている)言語であり、これはドイツ語などとも共通する点が多い。(ちなみに英語は孤立語と屈折語の性格を併せ持っている。)エスペラントの使用者人数調査は、ワシントン大学の心理学教授シドニー・S・カルバートによって行われた。彼自身エスペラント大会に出席したことがあるエスペランティストであった。カルバートは160万人の人々がエスペラントを "Foreign Service Level 3" の能力で使いこなすことができると結論づけた。これは「専門的で堪能な」(エスペラントで挨拶と簡単な表現ができることにとどまらず、実際に意思伝達ができる能力を有する)人々に限定した数字である。この調査はエスペラント使用者を探し出すものではなく、多くの言語の世界的な調査の一部分が元になっている。この数字は Almanac World Book of Facts と Ethnologue にも登場した。この数字は世界人口の大体 0.03 % に相当する。この数字では、ザメンホフが目指した普遍語には程遠い。Ethnologue はこのほかエスペラントを母語として育った、エスペラント母語話者が 200 から 2000 人いると言及した。
カルバートは研究の結果だけ公表し、調査方法の詳しい点については明らかにしなかった。それゆえ、彼の研究の正確性は疑われている。ドイツのエスペランティスト、ツィコ・ファン・デイク(Ziko van Dijk)はこの数字を疑い、調査して『神話なしのエスペラント(Esperanto sen mitoj)』の中でその結果を発表した。「もし、100 万人のエスペラント話者が世界中に平均的に散らばっているとしたら、ケルンには 182 人いることになる」と予想した。ズィコゼックは 30 人しか流暢に話す人を見つけることができなかった。そして、この数字は世界の平均的な地方よりも高い方である、と言及した。彼はまた、「さまざまなエスペラントの組織の登録者数が 20,000 人おり、組織に登録されていないエスペランティストもたくさんいるだろうが、登録されている人の 50 倍もいるとは考えにくい」ということも言及した。他のエスペランティストたちも組織の登録者数と非登録者数がそんな比率で存在しないと考えている。カルバート教授のデータ、あるいはその他のデータもエスペランティストの人口を確実にはじき出すことは不可能である。
エスペラントを公用語としている国は無いが、20世紀の初めモレネの公用語をエスペラントにする案が提案された。アドリア海の人工島、ローズ島に短命ながら存在したミニ国家”ローズ島共和国”は1968年にエスペラントを公用語として採用した。非政府組織、特にエスペラント関係団体などでは作業語として使われている。最も大きいエスペラントの組織、世界エスペラント協会(UEA)は、非政府組織の一つとして国連とユネスコと協力関係にある。
UEAにおいて日本を代表する国別団体として財団法人日本エスペラント学会が日本で活動している。2005年12月末現在の会員数は1344人である。財団法人日本エスペラント学会『エスペラントの基礎』はエスペラントを改造することを認めていない。しかしながら、年月がたつに従って、たくさんの団体・個人がエスペラントの「改善」を旗印に、エスペラントの改造案を提示した。改造案のほとんどは失敗か計画段階にとどまったが、唯一1907年にパリで行われた国際語選定代表者会で発表されたルイ・ド・ボーフロンによるイド改造案(イド語)はある程度の支持者を得た。イドの主な改造はアルファベット(特に,字上符付き文字の撲滅)と幾つかの文法事項の変更であった。初期には比較的多くの人がイド改造案に賛同したが、この運動は改造に次ぐ改造を呼び次第に分裂していった。今なお、250 から 5,000 人がイド語を使用しているとされるが、使用人口・影響力ともエスペラントとは比較にならず、これもまた「成功した」とは言い難い。
Fasileなどの新しい国際言語案もエスペラントを意識したものと言えるが、これもエスペラントを脅かすレベルまでには全く到達していない。
ちなみに q、w、x 及び y の名称は、それぞれ q クーオ、w ドゥオブラ・ヴォー(又はヂェルマーナ・ヴォー若しくはヴァーヴォ)、x イクソ、及び y イプスィローノ(又はイ・グレーカ)である。
英文タイプライターなどでダイアクリティカルマークが付いた文字が表示できないとき、別の文字に置き換えてダイアクリティカルマーク付き文字を表現することを代用表記(Surogata skribosistemo)と呼ぶ。h, x あるいは ^ などを文字の後ろ(又は前)に加え、ダイアクリティカルマーク付き文字であることを示す方式が主流だが、を w に置き換えるなど、エスペラントで使用しない文字に置き換える方法もある。何を後置するかによって、H-方式、X-方式のように呼ぶ。現在はUnicodeが普及したことにより、コンピュータの上では代用表記の使用は少なくなってきている。
H-方式(H-sistemo)またはザメンホフ方式(Zamenhofa sistemo)は h を後置する方法で、唯一『エスペラントの基礎』で定義されている方法である。そのため「第2の正書法」とも呼ばれる。ただし u にだけは後置しない。flughaveno(空港)のように代用表記に見える綴りがあると紛らわしいという欠点がある。エスペラントで使用する文字を使用するこの方式が採用されたのは、活字の数を増やしたくなかったためと言われている。
X-方式(X-sistemo)は x を後置する方法である。x はエスペラントでは使用しないため(エスペラント文に限れば)置き換えるのが簡単であるという利点から、インターネットなどで広く使われている。ただし、フランス語の人名や名詞・形容詞(特に複数形)には -(e)aux, -eux または -oux で終わるものがあるため、このような置き換えたくない文字の処理をどうするかが問題になる。この問題を避けるため、を ux と書かずに vx と書く方法があるが、あまり広まっていない。
エスペラント版のウィキペディア、ウィクショナリーには、X-方式が使われていて、cx を 、gx を と、x が付いた文字を自動的に字上符付きのものに置きかえる機能がついている。置き換えたくないとき、編集ページで uxx と入力すれば本文中で ux と表示される。置き換え処理は何度か改良されている。以前のバージョンでは
^-方式(^-sistemo)は、c^, g^ のように ^(キャレット)を後置する方法である。 については u^, u~ の双方が見られる。H-方式などに比べて見栄えが良くないという欠点はあるが、キャレットがサーカムフレックスと同じ形であることから、初心者やエスペラントを知らない人でも容易に理解できる利点があり、こうした人々を読者に想定した文書などでよく使われる。
TeXでエスペラントを記述する場合にはH-方式もX-方式も使いにくいと言うことで、babelパッケージでは独自の方式を使うことになっている。この方式では字上符が付くべき文字の直前に ^(サーカムフレックス)を置いて表す。この方式とX-方式はsedやawkなどの簡単なスクリプトで相互に変換することができる。
エスペラントのアクセント(強勢)はakcento(アクツェント)と呼ばれ、日本語のような高低アクセントではなく、英語などと同じ強弱アクセントである。英語では同音でアクセント位置によって意味が異なってしまうdesert(砂漠)とdessert(デザート)を、エスペラントではdezertoとdesertoのように音を変えて取り入れている。この例は、フランス語の音(それぞれ /dezEr/, /desEr/)から、またはその中間形を、取り入れたとも考えられる。アクセントの位置によって単語を区別する必要がないため、人によって高低アクセントになってしまったり、あまり注意が払われない場合もある。
綺麗に発音するためイタリア語などと同じように、アクセントのある母音を心持ち長めに発音するのが推奨されている(母音の長短そのものは意味の違いをもたらさない)。ただし、最後と最後から2番目の母音の間に子音が2個以上あるときはアクセントのある母音を短く発音し、子音が無いか1個だけのときに長く発音する。これに加えて、最後と最後から2番目の母音の間の複子音の第二要素が l, r のものと kv , dz である場合はアクセントを長く発音するというものもある。
また、特に詩などで、語末の母音を省略することがある(母音が省略されていることを ' アポストローフォで示す。)が、その場合でもアクセント位置は変わらない。
最初のエスペラントの語彙は、1887年にザメンホフが出版したLingvo internaciaの中で定義されている。初期には900語定義された。しかしながら、言語の使用者は必要に応じて多くの言語で国際的に最も使われている単語を取り入れて使うことが、文法規則(エスペラントの基礎、文法第15条)によって許されている。1894年、ザメンホフは最初の5カ国語(仏・英・独・露・ポーランド)のエスペラント辞書Universala Vortaroを発表した。そのときから特に西ヨーロッパの言語から多くの外来語がエスペラントに取り入れられた。より多数の使用者が取り入れた単語が人気を得て広まっていった。近年では、新しい外来語や造語のほとんどは技術用語または科学的な用語である。日常的な用語は既にある単語から合成して造られるか(例: komputilo)、あるいは既存の単語に新しい意味を追加して使う傾向にある(例:muso: 鼠、はコンピュータの入力装置の意味も持つようになった)。
新しい外来語を取り入れるか、それとも既存の単語から新しい単語を合成したり、既存の単語に新しい意味を加えたりして対応する方が良いのか、この種の議論には限りが無い。エスペラントを学ぶ人は基本単語に加えて、単語が結合する規則なども覚えなければならない(例:eldonejoはそのまま訳すと"出す所"で、それは「出版社」や「発行所」を意味する)。
すべてのエスペランティストが新しい単語を創り出す権利を持っているので、造語法を学ぶことは非常に重要である。新しい単語はエスペラントのコミュニティで使われていく中で次第に淘汰され、ほとんどの場合、最終的に一つの形に落ち着くことになる。例えば「コンピュータ」に相当する語は最初、、komputilo、komputatoroなどいろいろな形が使われたが、最終的にkomputiloに落ち着いた。しかし「データ」を表すdatenoとdatumoなど、複数の形が併存している例も見られる。
幾つかの単語はそのままの意味の他に慣習的な意味を持つものがある。例えば、ワニを意味する"krokodilo"から派生した"krokodili"と言う動詞は、「エスペラントを話さなければならないところで自国語を話す」という意味がある。
最大のエスペラント辞典はLa Nova Plena Ilustrita Vortaro de Esperanto(SAT, 2002, ISBN 2-9502432-5-8)であり、16,780個の語根と46,890個の複合語句が記載されている。2005年、最新の改訂版が出版された(ISBN 2-9502432-8-2)。これは英語などの辞書と比べると非常に少ないように思えるが、実際にはエスペラントの造語法に従って自由に複合語をつくることができるので、実際に世界で使われている語彙は数十倍にのぼると考えられる。
エスペラントは印欧語を基にしているため屈折語的性格を持っていると言われることがあるが、文法上の性を持たず、語幹に一定の接辞(接頭辞・接尾辞)や文法語尾を付け加えて語の意味を限定したり拡張したりするなど、膠着語的性格を遥かに色濃く有しており、実際にはほとんど膠着語であると言って差し支えない。名詞及び形容詞は主格及び対格の二つの格を持つ。名詞及び形容詞には更に単数(singularo)及び複数(pluralo)の区別があり、形容詞はそれが関わる名詞に合わせて格と数の変化をする。対格語尾には、移動の目標を表したり任意で適切な前置詞の代わりをしたりする働きもある。対格があるので、ロシア語、ギリシア語、ラテン語又は日本語等のように語順は比較的自由である。なお、動詞は人称変化しない。
エスペラントでは全ての名詞、形容詞、動詞と、形容詞等からの派生副詞は、語幹(radiko)とその単語の品詞をあらわす品詞語尾()の組み合わせによって構成される。例えば forto(力)はfort-という語幹と名詞を表す語尾-oから成り立っている。品詞語尾によって単語の品詞がわかり、また品詞語尾を換えることにより品詞を変化させることが出来る。例えば forta とすると「強い」という意味になる。
品詞語尾-oは名詞(substantivo)、-aは形容詞(adjektivo)、-eは副詞(adverbo)をそれぞれ表す。名詞あるいは形容詞の品詞語尾の後ろに-jを加えると複数形になる。対格にするには-nを名詞あるいは形容詞語尾の後ろにつけ、複数形の場合は複数形語尾の後ろにつける。動詞には法や時制を表す6種類の語尾がある。
形容詞は名詞の数と格に一致させる。すなわち修飾する名詞が複数形の場合は形容詞も複数形にし、対格の場合は形容詞も対格にする。bona(良い)、tago(日)を例に一致の変化を示す。| 主格 | 対格 | |
|---|---|---|
| 単数 | bona tago | bonan tagon |
| 複数 | bonaj tagoj | bonajn tagojn |
| 単数 | 複数 | |
|---|---|---|
| 1人称 | mi - 私 (I) | ni - 私たち (we) |
| 2人称 | vi - あなた/あなたがた (you) | |
| 3人称 | li - 彼 (he) | ili - 彼ら/彼女たち/それら (they) |
| ŝi - 彼女 (she) | ||
| ĝi - それ (it) | ||
| oni - ひと/人々 (one, people; 仏語 on) | ||
| 再帰 | si - 自身 (self, own; 独語 sich) | |
2人称複数の代名詞viを一人の相手にも使うのが普通である。
対格にするには-nをつける。「私を」はminとなる。所有格(所有形容詞、属格)にするには形容詞語尾-aをつける。「私の」はmiaとなる。所有形容詞は形容詞の一種なので、普通の形容詞と同じように複数語尾や対格語尾の変化があり、miajn librojn 「私の本(複数)を」のように、名詞の数と格に一致させる必要がある。
また,仮定形は「仮定法」と,命令形は「意志法」と呼ばれる。
動詞(verbo)に関しては,平叙文での動詞の位置は原則として文の要素のうち2番目に置かれるのが普通であるが,実際にはかなり自由である。エスペラントには助動詞(helpverbo)と明確に呼ばれる品詞が無い。povi、devi及びvoli等は、下に示すように西欧語等での助動詞と同じような意味・用法を持っているが、他の動詞と活用上区別されない。同様に、存在動詞にも活用上の区別がない。英語などとは異なり、自動詞と他動詞の区別は厳格である。英語やフランス語などにあるような「時制の一致」はない。不規則動詞は全く存在せず、世界一不規則動詞が少ない言語として、ギネスブックに登録されている。動詞は人称変化しない。例としてkanti(歌う)を使って変化を示す。
| 不定形 | -i(kanti) |
| 現在形 | -as(kantas) |
| 過去形 | -is(kantis) |
| 未来形 | -os(kantos) |
| 仮定形 | -us(kantus) |
| 命令形 | -u(kantu) |
| 分詞 | 能動態 | 受動態 |
|---|---|---|
| 継続相(進行相) | -ant- 〜している (kantanta) | -at- 〜されている (kantata) |
| 完了相 | -int- 〜した (kantinta) | -it- 〜された (kantita) |
| 将然相 | -ont- 〜しようとする (kantonta) | -ot- 〜されようとする (kantota) |
分詞は態(能動・受動)と相(継続・完了・将然)によって6種類存在する。これは現在分詞(能動態継続相)と過去分詞(受動態完了相)しか持たない英語などの言語とは大きく異なる点であり、これらの分詞と動詞esti(複合時制を作る助動詞のように働く)の3時制(現在形・過去形・未来形)との組合せによって、エスペラントでは非常に精密な時制表現をすることができる(能動態・受動態のそれぞれに9種類ずつのバリエーションができる:現在継続(進行)形,現在完了形,現在将然形,過去継続(進行)形,過去完了形,過去将然形,未来継続(進行)形,未来完了形,未来将然形。必要なら現在完了進行形のような複複合時制を作ることもでき,バリエーションは更に増える)。ただし、分詞を使った複合時制はエスペラントでは好まれず、英語なら現在進行形や現在完了形など複合時制を義務的に用いる場合でも、エスペラントでは単純時制(にアスペクトを表す副詞を組み合わせたもの)で済ませてしまうことのほうが多い。
受動態用の分詞が一通り揃っているにもかかわらず、受動文もエスペラントでは避けられる傾向にある。
上の例では分詞の形容詞形(分詞形容詞)を掲げてある。分詞形容詞は形容詞の一種なので、関連する名詞に合わせて性・数の変化をすることに注意されたい。これら分詞形容詞から派生した分詞副詞・分詞名詞も存在する。いずれも語末の品詞語尾を付け変えるだけで簡単に作ることができる。分詞副詞(例えば kantante「歌いながら」)はフランス語のジェロンディフやイタリア語のジェルンディオ等のようなもので、文の主動詞に対する同時性等を表したり、分詞構文を作ったりする。分詞副詞は性・数の変化をしない。分詞形容詞・分詞副詞ともに、対格目的語を取る動詞(他動詞)から作られたものは、対格目的語を取ることができる。
分詞名詞(例えば kantanto「歌っている人」)は分詞形容詞や分詞副詞よりも動詞的性格の薄れた完全な名詞であり、たとい他動詞から作られたものであっても対格目的語を取ることはできない。たいていの場合、その動作をする人物を表す。そして分詞名詞じたい複数形になったり対格形になったりすることができる。
エスペラントには4つの法が存在する。
ドイツ語などのように,近い過去や近い未来、確定した未来を現在形で言ってしまうことはない。過去はあくまでも過去,未来はあくまでも未来である。確定した未来か未確定の未来かは、エスペラントでは区別されない。
不定法(不定詞・不定形ともいう。, infinitivo)の品詞語尾は -i であり、辞書に載っている形である。動詞句をつくることができるが、定動詞とは異なり、主文をつくることはできない。
エスペラントの不定詞(不定形)には時制がない。ちなみにイド語の不定詞には現在、過去、未来の区別がある。
単純な仮定法では時制はないが、厳格に現在、過去、未来の時制を表したい場合は複合時制を使う方法がある。
動詞esti は、ラテン語のsum, esse, fui、フランス語の 、イタリア語の essere、英語の beなどに相当するものである。日本語では「ある」と訳されることもある。 非常に重要な動詞で存在を表現したり、コピュラ文の他、分詞形容詞を伴って複合時制の文を作ることが出来る。for-est-i, est-ont-aのようにesti自体に接辞を付ける事ができる。コピュラは2つの名詞句をつなぐ。
世界エスペラント協会にはZEOを扱う委員会がある。
最初のZEOは1896年に進水したスペインの船舶「エスペラント」である。