読み込み中...カルピスとは日本の飲料メーカーであるカルピス株式会社および、同社が製造販売し主力製品とする乳酸菌飲料の名称である。ローマ字表記はCALPIS。日本以外ではCalpicoとも。
カルピス本社は、東京都渋谷区に所在している。英文名称はCalpis Co., Ltd.。1991年に味の素グループ入り、2007年10月に味の素が完全子会社化した。
「カルピス」の名称は同社の登録商標である。
企業のカルピスの創業者は、僧侶出身の三島海雲。創業初期は国分グループだった。名付け親は、山田耕筰と渡辺海旭(当時芝学園校長)。創業時より「初恋の味」で知られる世界初の乳酸菌飲料「カルピス」を生産していた。これと共に、脱脂乳の生産の際に副産品として製造を開始したとされるカルピスバターが主力商品である。
味の素との提携後、近年はカルピスを水で希釈調合しすぐに飲めるようにした清涼飲料水「カルピスウォーター」の生産やミネラルウォーターの「エビアン」やワインの輸入、カクテル「カルピスサワー」などのアルコール飲料にも進出している。
Calpisが英語圏では「cow piss(カウ ピス=牛の尿)」と聞こえることから、CALPICO(カルピコ)という名称で販売される。なお、製造情報の欄には輸出会社として「CALPIS CO.,LTD.」と書かれている。
味の素は、2007年6月11日に同年10月1日付でカルピス社を完全子会社化することで合意したと発表した。カルピス経営陣は他社との提携も考慮したが今後の少子高齢化で懸念される日本市場の規模縮小とそれを補うための海外市場展開、更にはいわゆる「三角合併」の解禁による海外企業の買収攻勢への対応を見据えこの統合案しかないと表明。苦渋の決断だったとしている。1902年、当時25歳の三島は内モンゴル(現在の中華人民共和国・内モンゴル自治区)を訪れそこで口にした飲み物をもとにして1919年に乳飲料・カルピスを開発、発売しこの飲料と同名の企業の創業者となったと伝えられている。脱脂乳を乳酸菌で発酵(酸乳)しこれに加糖、さらに馬乳酒と類似する酵母による発酵がカルピス独特の風味に不可欠であることは長く企業秘密とされていたが、1990年代半ばに公開された。
社名は、「カルシウム」とサンスクリット語の「サルピス」(salpis、漢訳:熟酥(じゅくそ)、次位の味の意味)を合わせたものである。サンスクリット語「サルピル・マンダ」(sarpir-manda、漢訳:醍醐、無上の味の意味)を使用し、「サルピス」・「カルピル」とする案もあった。同社では重要なことを決める際にはその道の第一人者を訪ねる「日本一主義」があり音楽の第一人者の山田に社名について相談したところ、「カルピス」が最も響きが良いということで現行社名・商品名になったという。
元々は、パナマ帽を被った黒人男性がストローでグラス入りのカルピスを飲んでいる様子の図案化イラストが商標だった。これは第一次世界大戦終戦後のドイツで苦しむ画家を救うため、社長(当時)の三島が開催した「国際懸賞ポスター展」で3位を受賞した作品(ドイツ人デザイナーのオットー・デュンケルスビューラーの手によるもの)を使用したものだが、「黒人マーク」と呼ばれるようになり1989年に“差別思想につながる”との指摘を受けて現行マークに変更された。もちろん差別を意図したマークではない。また、カルピスは「黒人マーク」を白黒反転させたマークも商標登録している。
乳酸菌飲料のカルピスは、原液は非常に高濃度でそのままでの飲用は推奨されていない。水、湯または牛乳で5倍程度に希釈して飲用とする。かき氷のシロップとして、またカルピスハイなどの材料にも使われる。原液はその濃さから常温保存しても腐敗しにくい性質があり戦前から一般家庭の常備品として広く使われ、戦後は贈答用としても広く使われている。
飲料のカルピスは1919年7月7日に販売が開始された。カルピスのパッケージの水玉模様は、発売日の七夕にちなんで天の川(英語ではMilky Way(ミルキーウェイ))をイメージしたもの。最初は青色地に白い無地玉であったが1953年に色を逆にし、白地に青い水玉とした。
ただし、その後の生活様式の変化で飲用する際に希釈が必要な原液のカルピスは次第に一般家庭において飲まれなくなっていった。そのため1973年には炭酸水で希釈したカルピスソーダを発売している。普通の水による希釈では長期の品質維持に問題があったため炭酸水で希釈していた。この問題が解決され、1991年にカルピスウォーターが発売され大ヒット商品となった。
原液のカルピスは瓶詰めの商品であったが、平成に入ってからは瓶は重いことなどから紙パック入りが販売の主体となっている。これにより、商品のコンパクト化が実現された。