読み込み中...クリスマス()とは、イエス・キリストの降誕(誕生)を祝うキリスト教の記念日・祭日である。「神が人間として産まれてきたこと」を祝うことが本質である。12月25日がこれに当たるが、キリスト教に先立つユダヤ教の暦では日没を一日の境目としているので12月24日夕刻から朝までをクリスマス・イヴとして祝う。ムスリムも、主要な預言者イーサ(イエス)の生誕として、クリスマスを祝う。
日本語の「クリスマス」は、英語の「」に由来し、語源は「キリストのミサ」()にある。日本語では他に、降誕祭、聖誕祭、聖夜などの呼び方がある。「クリスマス」にあたるドイツ語は「(ヴァイナハテン)」、フランス語は「(ノエル)」、スペイン語は「(ナビダー)」、ラテン語は「(クリスティ・ナタリス)」であるが、語源は必ずしも同じではない。「Christ」はギリシア語の「Xristos」に由来するので、場合によっては「X」で略記されることもなくはない。
英語のの略記として、19世紀の英語圏では「Χ」にアポストロフィを付けてとしたり、「」の末字"t"を「Χ」に上付き添字したとする表記が多用されていたAlfred John Kempe: The Looseley Manuscripts, London: John Murray, 1836.William H. Safford: The Blennerhassett Papers, Cincinnati: Moore Wilstach Keys, 1861.John Yonge Akerman: Moneys Received and Paid for Secret Services of Charles II and James II, London: Camden Society, 1851.。現在の英語圏では、あるいは、と綴る。また、フランスでは、と表記する例も散見される。非キリスト教圏である日本・台湾・東南アジアではとの略記が見られる(この略記については、現代の英語圏で使用されないことからEngrishと見なしたり、誤用と明記する日本の辞書も存在する研究社の英和辞典)。なお、日本では「Xマス」とも略記する。
これらの略記における「X」は、ローマ字の「X(エックス)」と同じ形であるギリシャ文字の「Χ(カイ)」に由来する。すなわち、英語の「」を、ギリシャ語原表記「」の頭文字であるΧ(ローマ字でのchに相当)を以って表したものである。これは略記であるため、正式な場や文脈では避けられる。
ロシア語での「クリスマス」の略記は、「ハリストス(キリストの現代ギリシャ語・ロシア語読み)の降誕」を意味する「」の頭文字からとった「」で表される。ロシアでは、聖堂などに「РХ」とネオンサインで表示する様子がしばしば見られる。
新約聖書には、イエスの誕生日を特定する記述は無く、この日がいつにあたるのかについては様々な説がある。キリスト教においてもクリスマスは降誕(多くの教派で、「誕生」ではなく「降誕」の語を用いる)を記念する祭日として位置付けており、救世主イエス・キリストの誕生日として位置付けられている訳では無い。
降誕祭とは別に、1月6日にキリストの公現を祝う(公現祭)。12月25日の生誕祭は、遅くとも345年には西方教会で始まった。ミトラ教の冬至の祭を転用したものではないかと言われている。
キリスト教圏では、クリスマスには主に家族と過ごし、クリスマスツリー(常緑樹で、一般にモミの木)の下にプレゼントを置く。プレゼントを贈る気持ちである「愛」の日でもある。
クリスマスの飾り付けなどの習慣は、もともと太陽神崇拝などキリスト教以前の宗教に由来しており、聖書に由来するものではない。サンタクロースは、キリスト教の聖師父である奇蹟者聖ニコライ(ニコラウス)の伝説が起源とされる。
正教会では、正式なフルネームとしては「主神我が救世主イイススハリストスの降誕祭」として祝われる(イイスス・ハリストスはイエス・キリストのギリシャ語読み)。エルサレム総主教庁、ロシア正教会、グルジア正教会と、非カルケドン派教会であるコプト正教会は1月7日(ユリウス暦の12月25日に当る)に降誕祭を祝うが、ギリシャ正教会、ブルガリア正教会などではグレゴリウス暦の12月25日に執り行う。正教会では、降誕祭と神現祭(主の洗礼祭:降誕祭の12日後)とは奉神礼として一連のものであり同様の構造を持つ。降誕祭の祭前期には「聖列祖の主日」で原祖アダム以来のキリストの肉に縁る先祖を、「聖世祖の主日」では神の祖父母イオアキムとアンナら歴代の義者を祭る。
キリスト教の中でもカトリックの影響の強いイタリアやフランス、スペインなどでは、クリスマスは12月25日に始まり、1月6日の公現祭に終わる。クリスマスの飾り付けは23日頃に行う。24日はクリスマス・イヴとして夜を祝う。子供達がプレゼントをもらうのは1月6日である。飾り付けは1月6日を過ぎてから取り払われる。
キリストの誕生の話に登場する場所や人物の人形を飾り付け、赤ん坊のキリストだけは24日から25日に日付の変わる深夜に登場する。このとき三人の東から来た王様は、離れた場所に置かれ、毎日子供達は王様を少しずつキリストの生まれる厩へと近づけて行く。1月6日に三人の王様はキリストに出会い祝う。子供達はこの三人の東から来た王様からのプレゼントを朝に見つけることになる。しかし、イタリアの大部分ではプレゼントを持って来るのは魔女ベファナ(Befana)とされる。 オランダやドイツの一部地域などでは12月6日がニコラウスの日で、子どもたちはプレゼントをもらう。ドイツでプレゼントを持ってくるのは北部ではヴァイナハツマン(Weihnachtsmann、「降誕祭の男」)、南部ではクリスト・キント(Christkind、「キリストの子」)と呼ばれている。プレゼントをもらえるのは過去一年に良い行いをした子供だけで、悪い子は石炭を与えられたり木の枝で打たれることになっている地域もある。
イギリスではサンタクロース(Father Christmas)が12月25日にプレゼントを持って来る。米国では、イギリス流のクリスマスが一般的で、日本のクリスマスも米国流を受け継いでいる。またこの日には、クリスマスの挨拶にとクリスマスにちなんだ絵はがきやカード(グリーティングカード)を送る習慣がある。米国では、クリスマスプレゼントを家族全員で交換し合う習慣がある。外出するのは教会に行く時くらいで、家庭料理を味わったりするなど家族で過すのが一般的である。
欧米では、クリスマスの日にヤドリギを室内に飾り、その下で出会った男女はキスをしてもよいとする習慣がある。
近年米国では、宗教的中立の観点から、ユダヤ教の祭日ハヌカーがほぼ同じ時期であることもあり、クリスマスを祝わない立場の人に対して「メリー・クリスマス」の代わりに「Happy Holidays ハッピー・ホリデーズ」(「楽しい休日・祝日を」)の挨拶を用いる場合がある。1990年代後半から、政教分離の原則のもと、公的な空間に飾られたクリスマスツリーを「ホリデー・ツリー」と呼びかえるケースが出てきたが、キリスト教系の団体から批判を受けている(ポリティカル・コレクトネスを参照)。また、1960年代からアフリカ系アメリカ人の間で、クリスマスの翌日からアフリカ民族の伝統を祝うクワンザという行事を家庭で行うことが増えている。欧米諸国、さらに韓国、中華人民共和国香港特別行政区、同マカオ特別行政区では、クリスマスは法定祝日である。ヨーロッパでは12月24日(イブ)から1月1日(元日)までクリスマス休暇が続く。25日にはロンドンの地下鉄やバスが全線運休になるAll About 2005年12月20日『クリスマス休暇中の運行・営業時間に注意』。一方、アメリカでは25日と1月1日だけが祝日で、後は個人で各々有給休暇を取得して休むのが一般的である月刊しまね いわみマガジン『石見男Noviからのミシガン便り』米の企業、クリスマス休暇。軍も休暇となり基地は閉鎖され、派兵中でない兵士達は自宅へ戻る。
オーストラリアなど南半球の国々では、クリスマスは真夏となる。そのためクリスマスパーティーは屋外やプールなどで開催されることも多いが、サンタの衣装は北半球と同じと言われている。
正教会圏に含まれるロシアでは、クリスマスは「冬祭り」、サンタクロースは「マロース爺さん」(ロシア語で、マロースは「吹雪」の意味)と呼ばれている。また、ロシアのクリスマスは1月7日である。
に周防国山口(現在の山口県山口市)において宣教師コメス・デ・トルレスたちが日本人信徒を招いて降誕祭のミサを行ったのが日本で初めてのクリスマスである。しかし、その後江戸時代に幕府がキリスト教を徹底的に弾圧したことから、明治のはじめまでまったく受け入れられることはなかった。
日本でクリスマスが受け入れられたのは、に明治屋が銀座に進出し、そのころからクリスマス商戦が始まったことが大きな契機であった。大正時代になると、児童向け雑誌や少女雑誌の十二月号には、表紙をはじめとしてクリスマスにまつわる話や挿絵がたくさん導入された。に日本で初めてクリスマスシール(結核撲滅の寄付切手)が発行される。
大正天皇が崩御した12月25日が、1926年(昭和元年)〜1947年(昭和22年)までの期間に新たな祝日「大正天皇祭」とされ、この新たな状況もクリスマス普及に大きな役割を果たしたとされる。の朝日新聞には「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるまでに普及していたクラウス クラハト、克美・タテノクラハト『クリスマス〜どうやって日本に定着したか』角川書店、1999、ISBN 4-04-883598-X 。
昭和初期の頃、銀座、渋谷道玄坂から浅草にいたるまでの多くのカフェや喫茶店においてはクリスマス料理の献立を用意し、その店員はクリスマスの仮装をして客を迎えた。この様子をの都新聞は、「七千四百余のカフェと二千五百余の喫茶店に華やかにクリスマスが訪れサンタ爺さん大多忙を来たす」と報じた。
現代の日本では新婚カップルの実に64%(2008年リクルート調査)が十字架の前で永遠の愛を誓うようになり、クリスマスは年中行事として定着した。商業施設では早いところは11月上旬からクリスマスツリーが飾られ、クリスマスセール等が行われる。店内にはクリスマスソングが流れ、洋菓子店ではクリスマスケーキが販売される。街中では街路樹に豆電球(近年は省エネに配慮してLED照明)が飾り付けられる(イルミネーション)。庭のある家庭では、庭木などに電飾を施すこともある。商業施設などの場合、12月24日のクリスマス・イブにイベントなどを開くことがある。イギリスおよびイギリス連邦諸国では12月26日に使用人や配達人などにプレゼントを渡すボクシング・デーがある。1月6日までをクリスマス期間ともしているカトリック教圏では、クリスマスプレゼントはクリスマス期間初日の12月25日ではなく、同期間最終日である1月6日に渡される。東方教会やアルメニア教会では1月6日当日がクリスマスにあたるのに対して、日本では12月25日を過ぎるとクリスマスの飾りが一転して門松などの正月飾り(日本の神道式)に付け替えられたり、小売店などでも正月準備用や大掃除用商品の陳列・販売が中心となる、BGMも「お正月」が流れる、という点が特異である。近年ではカウントダウンイベントが盛んになる12月31日深夜までイルミネーションがそのままにされているところも出てきている。
一般にキリスト教の教会堂は、クリスチャンであるかないかに関わらず門戸を開いており、クリスマスのミサや礼拝に出席することは可能であり、クリスマスらしい特別な雰囲気を味わうことができる。例えば東京ならば、正教会のニコライ堂などで行われている晩祷・聖体礼儀や、カトリック教会の聖イグナチオ教会聖イグナチオ教会のクリスマスのページ。2006年のクリスマス・イブのミサの様子の映像も掲載されている。(上智大学キャンパス内)のミサを見ることができる。また、聖公会・プロテスタントの諸教会でも、信徒のみならず非信徒をも歓迎しているところが多い。
日本人男女を対象としたの統計調査によると、クリスマスは誰と過ごすか、との質問に対し「家族」との答えが約6割と圧倒的多数を占め、またクリスマスの過ごし方は「家でのんびりする」がダントツの1位(66%)となるなど、日本人がクリスマスを家庭で過ごす傾向が明らかになったhttp://research.rakuten.co.jp/report/20061208/。また子どもたちにとってはサンタクロースがプレゼントを持って来てくれる嬉しい日である。
1930年代から、パートナーのいる人にとっては着飾ってパートナーと一緒に過ごしたり、プレゼントを贈る日であった。その一方でには、パートナーのいない"不幸な青年たち"には方々のレストランが「一円均一」のクリスマスディナーを売り出すなどして歓迎した、とも報じられた出典:1931年12月25日付 報知新聞(音楽レコード盤がちょうど一円の時代である)。
に行われた1都3県の20歳〜39歳の独身男女計474名のインターネット利用者を対象とした調査では調査対象者の約7割が「クリスマスは恋人と過ごしたい」と考えていると回答したとされたが、実際に相手がいるのはその半数以下の44%にとどまる、ともされたマッチ・ドット・コム インターナショナル リミテッド社調べ「独身男女のクリスマス動向調査」(2005年11月調査、2006年11月発表)。また、同調査によると、実態としては最近はクリスマスの過ごし方は多様化しており、家族と過ごす人、恋人と過ごす人、友人と過ごす人、家で独りで過ごす人など様々である。
新約聖書には、イエスの誕生日に関する記述はないが、10月1日か10月2日が誕生の日と推測する説もある。1993年9月15日に、イギリスの天文学者D・ヒューズが聖書中の天文現象の記述から、イエスの誕生日は紀元前7年9月15日とする説を発表した。また、羊飼いが誕生を祝ったあと夜中の見張りに戻ったとあり、羊を放牧するのは4月から9月の間で、冬の寒い時期には小屋に入れて外に出さない事から、夜中の羊の見張りを行う4月から9月までの間とする説もあり、確定しているのは12月ではない事ぐらいである。
1月1日が12月25日と1月6日のちょうど中間にあたることから、キリスト歴の1月1日を定める時に中間の日を妥協案として選んだという説があるが、これは単なる俗説である。ローマ帝国で使用されていたユリウス暦は、紀元前45年から1月1日を年初日に設定しており、キリスト教との因果関係はあり得ない。ただし、1月1日は丁度クリスマスの8日後にあたり、主の割礼祭(ユダヤ教の律法において、生後8日目に割礼を施すことが慣わしになっている)としての祝日になっている。
西暦1年は、キリストの生まれた年と決められており、紀元前を表すB.C.は「Before Christ」すなわち「キリスト前」という意味である。しかし実際には、キリストが生まれた年は紀元前8年から紀元6年ごろまで諸説ある。
キリスト教はローマ帝国の国教として定められ、当時ローマ帝国の支配にあったヨーロッパ全域に広がっている。しかし、当初はローマ帝国はキリスト教を迫害したため、キリスト教徒はローマから離れた地方に逃げており、スペインにはローマ帝国において変化する前の古いキリスト教が起源と思われる習慣も残っている。元々ローマのサトゥルヌス祭(サートゥルナーリア)がこの時期だったのでクリスマスもこの時期になった。
西暦の1月1日を新年として祝うのは王政ローマで紀元前713年ごろから始まった。のちに年初日はそれ以前の年初日であった3月1日に戻ったが、古代ローマ共和国時代、紀元前153年1月1日からローマでは年初日が1月1日に戻った。多くのキリスト教国や日本はそれに倣っている。例えばヒンドゥー教徒やイスラム教徒は、現在でも1月1日を通常の日と同じように過ごし、それぞれの新年の日を別に持っている。
現在のローマ教皇であるベネディクト16世は、12月8日の「無原罪の聖マリアの祭日」とクリスマスの間の「聖なる降誕祭を準備する期間」について以下のようなコメントを発している。
ベネディクト16世は、『現代の消費社会の中で、この時期が商業主義にいわば「汚染」されているのは、残念なこと。』と発し、降誕祭の精神は、「精神の集中」と「落ち着き」と「喜び」であり、この喜びとは、内面的なもので、外面的なものではないとしている教皇ベネディクト十六世の2005年12月11日の「お告げの祈り」のことば。
この映画で流された主題歌「ホワイト・クリスマス」(歌・ビング・クロスビー)は後にクリスマスソングの超スタンダードナンバーとなり、レコード、CDはクリスマスの時期に必ず売り出され、ミリオンヒットを記録している。