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ゲイ・パレード

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
ゲイ・パレードは、同性愛者など性的少数者LGBT レズビアン ゲイ バイセクシュアル トランスジェンダー インターセックス)による存在アピール運動を目的とした、パレード形式のイベント。また、近年では、同性愛者以外のLGBTや異性愛者をも包含する言葉として、プライドや(多様性を意味する)レインボーをその名に冠するパレードが、世界的な趨勢として増えてきている。

ゲイ・パレードの起こりと展開

1969年6月28日未明、アメリカ合衆国ニューヨーク市、クリストファー・ストリートゲイバー「ストーンウォール・イン(Stonewall Inn)」に警察の弾圧的手入れが行われた。折りしも、それが当時のゲイ・アイコン、ジュディ・ガーランドの葬儀の夜と重なったこともあり、多く喪に集まっていたLGBTたちがそれに反発・抵抗、数千人規模の暴動に発展して以後3日間にわたる抗議行動となった。これは The Stonewall Riot(ストーンウォール暴動)もしくは The Stonewall Rebellion(ストーンウォールの反乱)と呼ばれる。結果としてこれが世界の同性愛解放運動を一気に推進する大きな契機となった。その事件の翌年(1970年)に行われた1周年記念デモが、現在、世界に広がる性的少数者の近代示威行動の始まりとされる。

現在のパレードは、アメリカではニューヨーク市のほかにサンフランシスコなど、性的少数者の多いとされる大都市部で毎年6月の最終日曜日に大規模に開かれているほか、地方の小都市でも開かれる傾向にある。アメリカ以外では、シドニーオーストラリア)、トロントカナダ)、ベルリンドイツ)、パリフランス)、サンパウロブラジル)、バンコクタイ)などのパレードが有名である。

最近では、LGBT(I)全般の人権パレードである実態を重視し、大規模なパレードは、「プライド・パレード」(例:ロンドン・ニューヨーク・トロント・サンフランシスコなど)や、「レインボーマーチ」(札幌)「レインボーパレード」(関西)という名称を使用するなど、同性愛者以外のセクシュアリティに対する配慮もなされるようになっている。東京についても、2007年から「東京プライドパレード」に名称を変更した。

サンパウロのように、百万人単位という動員を果たし、外貨獲得に貢献しているパレードもあれば、シドニー・マルディ・グラやロンドン・プライドのように、財政難から開催に黄信号がともったり、あるいはモスクワ・プライドのように、当局から弾圧されるパレードもあり、経済・政治の影響を大きく受けつつ、世界各地において、新しい時代にふさわしいパレードのあり方が模索されている。

東京レズビアン・ゲイ・パレード

日本におけるゲイパレード(性的少数者のデモ行進)の最初は、ILGA日本(代表:南定四郎)が中心となった実行委員会によって主催された「東京レズビアン・ゲイ・パレード」(1994年〜1999年)なのである。

回数を重ねる毎に参加者数が増えたパレードであったが、1996年の第3回開催時に内部紛争があり、翌年以降は目立った告知もされず、労働組合などとの共闘も模索されたが、小規模開催となって実質的に消滅した。2005年に再開したパレードと異なり、「レズビアン」と「ゲイ」の間に「&」がない。

札幌のパレード

1994年1995年の東京レズビアン・ゲイ・パレードに参加した、札幌ミーティングのメンバー有志は、地元である札幌でパレードを開催することを決意する。そうした有志を中心とする実行委員会によって1996年6月に開催されたのが、「第1回レズ・ビ・ゲイ・プライドマーチ札幌」である(タイトル中の「ビ=bi」はバイセクシュアル(両性愛)の意である)。

その後、1997年6月・1998年8月は「セクシャル・マイノリティ・プライドマーチ」の名称で開催。1999年からは、現在の名称である「レインボーマーチ」で毎年9月(「運営側の充電」を理由として休止した2000年を除く)に開催されている。主催元は「レインボーマーチ札幌 実行委員会」。

2003年(第7回)から毎年、現職の札幌市長である上田文雄がパレード直後の集会にてスピーチを行なっている。これは、当時のレインボーマーチ実行委員会が、2003年春の札幌市長選挙&北海道知事選挙の候補者に対してLGBTに関する政策アンケート調査を実施したことに端を発している。このアンケート調査に上田候補が好意的な回答を寄せたことから、当選後、実行委員会が交渉を行い、札幌市長としての上田のスピーチが実現した。日本におけるゲイ・パレードで現職の自治体首長が挨拶を行なっているのは、現在のところ、この上田が唯一の事例である。また、2005年(第9回)のレインボーマーチの公式ガイドブックには、上田に加えて、北海道知事高橋はるみもメッセージを寄せている。

日本のゲイ・パレードにおいてフロート(トラックやオープンカーに派手な飾り付けをした、華やかな車両)が登場したのは、1999年の第4回レインボーマーチ in 札幌が初めてである。また風船飛ばしは、2001年の第5回レインボーマーチ in 札幌から開始された。

なお、レインボーマーチ札幌の実行委員経験者によって2006年3月、「NPO法人at」(公式ホームページ)が立ち上げられた。NPO法人atの正式名称は「特定非営利活動法人 札幌レズビアン・ゲイ コミュニティサポートセンター」であり、2007年3月現在、第11回レインボーマーチ実行委員会はNPO法人atと同じ事務所・電話番号等を使用している。

東京レズビアン&ゲイパレード(TLGP)

  • 2000年〜2002年、2005年・2006年

1999年9月のレインボーマーチにて、砂川秀樹が、翌年夏に東京でパレードを開催することを宣言した。そして2000年8月、砂川を実行委員長とする実行委員会により「東京レズビアン&ゲイパレード(以下、「TLGP」と略)2000」が開催され、約2000人の人々が渋谷界隈を歩いて性的少数者の存在をアピールした。

その後も2001年8月、2002年9月にTLGPが開催され、3000名を超える参加者を動員した。また、パレード同日の夜に新宿二丁目にて開催される「東京レインボー祭り」(主催:新宿2丁目振興会)とも事実上連動し、好評を博した

なお、TLGPが休止した2003年・2004年においても「東京レインボー祭り」は8月に開催された。更に2005年、「東京レインボー祭り」はTLGPの翌日に開催された。

しかし、ボランティアベースによる寄付金に頼る運営体制の困難さなどから、2003年は年頭に休止が予め決定、2004年は開催案が企画されるものの、最終的には休止となった。この開催休止を教訓とし、2004年の秋から冬に掛け、2000年〜2002年の実行委員経験者の有志による「準備会」が開かれた。その結果、TLGPを運営する母団体として「TOKYO」が設立されることとなる。

運営母体である「TOKYO Pride」が委嘱する形で、TLGP2005の実行委員長決定。更に実行委員長と「TOKYO Pride」メンバーが相談する形で、「TLGP2005実行委員会」が組織され、2005年8月13日、東京における3年ぶりのゲイ・パレードTLGP2005が開催された。動員3,500人(主催者発表)。TLGP2006は、2006年8月12日に開催された。動員3,800人(主催者発表)

賞賛する意見の一方で、厳しい批判も数多く寄せられている。

まず、その「政治的意味」について、二つの相反する意見が寄せられている。一つは、シュプレヒコールプラカードの中には政治的メッセージが織り込まれているものもあり、政治的デモとしての色彩が強いのではないかという批判。もう一つは、お盆休みで多数の政治家が帰省している時期に、官庁街でもゲイタウンでもない原宿で行進することは、あまりにも政治的なアピールに欠けるのではないかという批判である。後者は、札幌・大阪と異なり東京では開催地の首長の参加はおろか、メッセージすら得られていない点、また、国会所在地でありながら国会議員の参加がわずか一人(2006年。05年はゼロ)にとどまった点からも伺える。また、復活した05年はまだしも、06年はマスコミからほぼ完全に無視されたことで、一部の参加者から、パレードを報道しないマスコミに対する抗議の声が上がったほどである。しかし、これに対しても、首都圏の当事者人口からみてパレードの動員数はあまりに少なく、マスコミがニュースにしないのは当然で、抗議は八つ当たりだろうという批判もある。

とくに「TLGP」の名称(レズビアン&ゲイ)については、現在の名称は他国(プライド)や札幌・大阪(レインボー)などに比べて閉鎖的・排他的であり、他のセクシュアリティも包含する名称が良いのではないかという観点からの批判が根強い。この批判を受け、2007年開催より、「プライド」に名称を変更することになった(後述)。

東京プライドパレード

関西レインボーパレード

大阪市扇町公園で毎年開催されている、HIV予防・啓発イベントPLuS+(プラス)(2006年は10月21日に開催。2006年10月で3回目を迎え、14300人(実数で4000〜6000人)の参加者で大きな盛り上がりを見せた。)に併せ、2006年10月22日、大阪市中心部で、中之島からなんばに至る御堂筋で開催された。動員約900人(主催者発表)。大阪府知事、及び、大阪市長両氏のメッセージが紹介された。

短期間の準備にも関わらず、人口規模からみて東京以上の動員を果たした点や、地元を中心としたマスコミにも大きく取り上げられた点から「成功」と評価する声もあるが、当事者(レズビアン)である当時現役府議会議員尾辻かな子が事務局長という重要ポストにつき、実行委員会の会合に開催地の大阪市内ではなく堺市の議員事務所を使ったことで、「結局、この議員の政治活動・宣伝の一環ではないか」との批判もある。

2007年も「関西レインボーパレード2007」が開催され、1326人(主催者発表)の参加者があった。事務局長は尾辻かな子に代わり、永井よしひろが務める。東京・札幌とは違い、共同代表制を採用。2007年は岡亜沙美(レズビアン代表)、AKIYOSHI(ゲイ代表)、赤羽けいじ(バイセクシュアル代表)、仲川孔望(トランスジェンダー代表)の4名が共同代表を務めた。

日本における、その他のパレード

1998年10月、レズビアン・バイセクシュアル女性を中心とするパレード「ダイク・マーチ」が東京で開催された。

2006年5月13日には、関西で初のパレードである「神戸ゲイパレード」(前記の関西レインボー・パレードよりも5ヶ月前)が開催された。このパレードは、神戸の大きな祭である「第36回 『緑と海、そして愛』 神戸まつり おまつりパレード」に参加する形を取った。2007年5月12日に「LGBTIQプライドマーチ in 神戸 2007」として開催予定であり、2007年3月現在で準備会も開かれている(要参照:公式ホームページ)。

2007年5月4日には、福岡で初のパレードである「クィア・レインボー・パレード in 博多 」(主催団体「QF3」)が行われた。このパレードは、全国的に有名な博多どんたく中での参加型パレードであり、参加者は100名をこえた。2008年の2回目のパレード開催を目指す。

また、立命館大学ジェンダー/セクシュアリティにまつわる活動をしている有志の学生組織「立命館大学」が主催するパレード「レインボーパレード」が、学園祭にあわせて2004年から毎年11月にそれぞれ京都市内で開催された(この「レインボーパレード」は、性的少数者や何らかの当事者性には捉われないとのこと)。

また、WADN「世界エイズデー」が12月1日世界エイズデー)に名古屋市内で開催するパレードでは、同性愛者によるHIV/AIDSの予防・啓発団体などが運営参加している(2005年・2006年)。

外部リンク

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