読み込み中...サロマ湖(さろまこ)は、オホーツク海岸の北見市、常呂郡佐呂間町、紋別郡湧別町にまたがる湖。佐呂間湖、猿澗湖など複数の標記がなされるが、いずれも同じ湖をさす。面積は約152km²で、道内で最も大きな湖であり、琵琶湖、霞ヶ浦に次いで日本で3番目に大きく(日本の湖沼の面積順の一覧参照)、汽水湖では日本最大である。
湖は東西に長い。湖岸線を見る限り1つの大きな湖盆に見えるが、湖底地形を見ると南岸東寄りから突き出たキムアネップ岬付近に浅い部分があり、これにより東西二つの湖盆に分けることができる。西の大きな湖盆には芭露川、計呂地川などが流れ込み、新湖口から流れ出る。東の小さい方の湖盆に流れ込む佐呂間別川は流入河川の中ではもっとも大きな川であり、河口にできた三角州上には佐呂間町浜佐呂間の市街が広がる。
海と湖を仕切る砂嘴は長さ25kmにも及び、貴重な植物の宝庫である原生花園となっている。特に湖の東側に位置するワッカ原生花園は北海道遺産となっている。湖岸各地に景勝地があり、特に南東側の北見市常呂町栄浦は、湖に落ちる夕日の美しいことで知られる。
ホタテガイ、牡蠣の養殖が盛んである。漁業法上は海面に指定されている。
オホーツク海の湾入部が堆砂によって海と切り離された海跡湖。豊富な海産物を求めて古くから集落ができており、特に常呂町栄浦では続縄文時代からオホーツク文化、アイヌ文化と続く建物跡やそれに伴う遺物が狭い範囲から多量に発掘されており、考古学的に貴重。東京大学文学部の施設がある。
かつては恒久的な湖口を持たず、春になると砂州東端の鐺沸(とうふつ)近くに湖口が開き、秋になると漂砂で閉塞していた。湖水位の上昇を防ぐため、毎年融雪期になると住民達は人為的に湖口を開削していた。
1929年、湧別町の住民達が西寄りにある三里番屋付近に新たな湖口を試削したところ、これが永久湖口となり、以降鐺沸湖口が開かれることはなくなった。1979年には常呂町(現・北見市)側に第二湖口が開かれた。
永久湖口の開削以降サロマ湖への海水の流入は増え、湖水の塩分は海水に近いものとなり、海水魚も多く入り込むようになった。
キムアネップ岬付近にはアッケシソウの群落があり、秋には群落ごと赤く染まる(このためアッケシソウはサンゴ草とも呼ばれる)。
湖の南岸地域には網走市・紋別市に通じる国道238号が走り、石北本線網走駅・北見駅ほかからバスも運行されている。238号沿いの佐呂間町字浪速には物産館や宿泊研修施設を備えた道の駅サロマ湖、湧別町にはレストランや遊園地を備えた道の駅愛ランド湧別がある。
かつては湖に沿って国鉄湧網線が走っていたが、赤字により廃止された。