読み込み中...ジブチ共和国(ジブチきょうわこく)、通称ジブチは、アフリカ北東部の国。首都はジブチ市。エリトリア、エチオピア、ソマリアと接し、紅海、アデン湾に面する。
正式名称はフランス語で、République de Djibouti(レピュブリク・ドゥ・ジブティ)。通称、Djibouti(ジブティ)。アラビア語で、??????? ??????(ジョムホーレイヤ・ジブーティ)。
公式の英語表記は、Republic of Djibouti(リパブリック・オヴ・ジブーティ)。通称、Djibouti(ジブーティ)。
日本語の表記は、ジブチ共和国。通称、ジブチ。
19世紀後半、フランスはスエズ運河の建設が始まるとタジュラ湾のオボック港を租借、周辺に勢力を拡大しフランス領ソマリランドとして植民地化した。また、タジュラ湾岸に港町ジブチを開き、エチオピアのアディスアベバと結ぶ鉄道が建設されるとジブチ港の重要性は高まった。
第二次世界大戦後、アフリカ各国の独立がすすんだが、フランス領ソマリランドにはイッサ族とアファル族の対立があり、独立問題は複雑でフランスの海外県にとどまっていた。
1967年、住民投票によって引き続きフランス領であることを選択したあと、フランス領アファル・イッサと改称された。その後、議会選挙でアファル族の進歩党が圧勝。また、イッサ族を基盤とする独立アフリカ人民同盟も勢力をのばし独立を要求。
その結果、1977年、ジブチ共和国として独立し、イッサ族出身のグレドが大統領に就任した。しかし、部族対立はおさまらず、1991年内戦が勃発。グレド大統領は脱部族政策を打ち出すとともに大統領の直接選挙制をも導入し、1993年に4選された。
その後、グレド大統領の後継ゲレが1999年に大統領に当選、2001年に内戦が終結した。
現在も少数のフランス軍が駐留していて、フランス陸軍の第5海外混成連隊及び第13外人准旅団の2個連隊が派遣されると共にフランス空軍のミラージュF1戦闘機がジブチの防空任務を行っている。対テロ戦争の一環として、ソマリア牽制の意味でアメリカ軍特殊部隊が駐留している。
国境を巡って隣国エリトリアと対立しており、1990年には二度の軍事衝突が起きている。停戦が成立したが、国境線を巡る緊張は続いた。2008年6月に再び両軍の間で戦闘が起きた。ジプチ政府はエリトリアが再び国境線に軍を増強しているとして非難し、国際社会の介入を求めた。
ジブチは共和制、大統領制をとる立憲国家である。現行憲法は1992年9月4日に制定されたもの。
国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出され、任期は6年。3選は禁止されている。首相と閣僚は大統領が任命する。
議会は一院制で、定数65議席(イッサ人議員33議席、アファル人32議席)。議員は国民の直接選挙で選出され、任期は5年である。
ジブチは1992年の新憲法制定以来、複数政党制を導入しているが、進歩人民連合 (RPP) が事実上の一党支配を続けている。その他の政党には親RPP派の統一民主回復戦線 (FRUD) 、国民民主党 (PND) 、反RPP派の民主共和同盟 (ARD) 、民主改革開発運動 (MRDD) など。
ジブチは、5つの州と1つの市に分かれている。そして、さらに15の地区に区分される。
狭義のアフリカ大地溝帯の北端に位置する。アデン湾に望み、海沿いは平野が広がり、西部には高原が広がる。
気候の厳しさなどの要因から、食料自給率はきわめて低い。
構成民族は、ソマリ人系のイッサ人が60%、エチオピア系のアファル人が35%である。残りは、ヨーロッパ人、アラブ人、黒人などである。イッサ人とアファル人の対立から、1990年代に内戦が起こった。
宗教は、ムスリムがほとんどであり、ヨーロッパ人を中心とした少数のキリスト教徒がいる。
公用語は、フランス語とアラビア語だが、ソマリ語とアファル語が広く使われている。
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 5月1日 | メーデー | Fête du Travail | |
| 6月27日 | 独立記念日 | Fête du l'Indépendance |