読み込み中...フジサンケイグループ(英訳表記: Fujisankei Communications Group)は、マスメディアを中心とするコングロマリットである。従業員の数は約10000名強。
1967年に株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」)、株式会社ニッポン放送(株式会社ニッポン放送ホールディングスを経てフジテレビに吸収合併し消滅。以下「ニッポン放送」)、株式会社産業経済新聞社(以下「産経新聞社」)、株式会社文化放送らを中心に結成され、グループ議長に鹿内信隆(当時のフジテレビ社長)が就任、グループ会議内に総務、人事、経理委員会を置いた。1985年に議長の座は長男の鹿内春雄に引き継がれたが、1988年の急逝に伴い信隆が一時的に復帰した後、1989年に娘婿の鹿内宏明に引き継がれた。しかし、1992年に宏明は産経新聞社会長職を取締役会で解任されたことを契機に、グループ議長を始めとするグループ各社の役職の辞任を余儀なくされた。その後は長らくニッポン放送の筆頭株主としての存在感を誇示していたが株式公開を機に徐々に持ち株比率は低下し、2005年に宏明夫妻が保有していた、250万株以上のニッポン放送の株式を大和証券エスエムビーシー株式会社に売却し、鹿内家のグループに対する影響力は益々弱まった。
2005年1月17日にフジテレビは同社の発行済株式総数の22.51%を有す筆頭株主であるニッポン放送の株券の公開買付け(TOB)を発表(証券取引法に基づく公開買付届出書の提出は翌1月18日付)。しかし、同年2月8日に株式会社ライブドア(現・株式会社LDH)及び株式会社ライブドア・パートナーズ(株式会社LFホールディングスを経てフジテレビに吸収合併し消滅)がニッポン放送の株式を合計約35%を取得し、同社の筆頭株主となったと発表した。これに対しフジテレビはTOBの目標を「25%超以上」に変更してニッポン放送を媒介にしたライブドアの自社への影響を排除する方針を固め、TOBの結果、フジテレビはニッポン放送の株式の36.47%を取得。この結果、商法第241条第3項に基づき、ニッポン放送の有するフジテレビの株式の議決権は失われ、名実共にフジテレビがグループの中核企業となった。2005年5月23日にフジテレビが株式会社ライブドアフィナンシャルホールディングス(現・かざかフィナンシャルグループ株式会社)からライブドア・パートナーズ(同日にLFホールディングスに改称)の全ての株式を取得。この結果、ニッポン放送がフジテレビの子会社となり、フジテレビを頂点とするグループ体制に移行した(ニッポン放送の経営権問題も参照のこと)。
2008年10月1日にフジテレビは商号を株式会社フジ・メディア・ホールディングスに変更。日本初の認定放送持株会社となり、現業部門については新設会社「株式会社フジテレビジョン」を設立して完全移管及び放送免許の承継を行った。
フジサンケイグループ各社は、プロ野球に積極的に関わっている。
1963年、産経新聞及びフジテレビは国鉄スワローズ球団に出資し、国鉄本社に代わって事実上経営の肩代わりを行った。両社に文化放送、ニッポン放送を加えた4社は明治神宮及び学生野球関係者に働きかけ、神宮第二球場の整備を行う事で、神宮球場の国鉄スワローズによる使用を認めさせる。こうして、1964年に国鉄スワローズの本拠地は日本テレビが中継権を独占する後楽園球場から神宮球場に移り、フジテレビによる試合中継が可能となった。
1965年5月10日に産経新聞は国鉄球団を正式に買収、シーズン途中から球団の名称をサンケイスワローズに変更し、フジサンケイグループによるプロ野球球団が誕生した。翌1966年に当時産経新聞で連載され、且つフジテレビで放送されていた漫画「鉄腕アトム」に肖(なら)って、球団の名称をサンケイアトムズに変更した。
しかし、肝心の成績が低迷し球団経営も悪化。水野成夫の後を受けた鹿内信隆はグループ事業の見直しを断行。1969年に水野と旧知の関係にあった南喜一が経営する株式会社ヤクルト本社に球団を事実上譲渡し、名称も1969年に限りの暫定でニックネームの「アトムズ」だけで1年通したが、その後ヤクルトアトムズ(1974年「スワローズ」に戻り、2006年「東京ヤクルトスワローズ」に再改称)に変わった。正式に譲渡した1970年以降もフジテレビやニッポン放送、文化放送との優先中継権は残り、関係は継続された。
1998年、フジテレビは再びヤクルト球団の株式の約20%を第三者割当により取得。業務提携を行い、関係を強化した。
一方、国土計画オーナーの堤義明は大洋ホエールズ球団株式の約45%を保有していたが、1978年国土計画が福岡の球団、クラウンライターライオンズを買収し、西武ライオンズが発足。堤は野球協約で同一企業、あるいはその関連会社が複数の球団を経営する事を禁じていた関係で大洋ホエールズ株を放出せざるを得なくなり、ニッポン放送が約30%、株式会社東京放送(TBS)が約15%をそれぞれ引き受ける事になった。
大洋ホエールズは1960年以来TBSと深い関係にあったが、1975年にテレビの独占中継権は金銭関係で日本教育テレビ(現・テレビ朝日)に移り、さらに1978年ラジオの巨人軍主催試合の中継権に絡む読売新聞社・ラジオ日本と在京3局との係争関係で、TBSラジオが抜け駆けして読売陣営に鞍替えしたため、報復処置としてニッポン放送が大洋ホエールズのラジオ独占中継権を獲得し、1979年以降大洋ホエールズとニッポン放送・フジテレビとの関係が深まった。
こうして、フジテレビが東京ヤクルトスワローズを運営する株式会社ヤクルト球団(20%)に、ニッポン放送が横浜ベイスターズを運営する株式会社横浜ベイスターズ(30.77%)にそれぞれ出資していた。
なお、2001年のシーズンオフに横浜ベイスターズの株式の53.85%(70万株)を保有していたオーナー企業のマルハ株式会社が球団の株式をニッポン放送へ譲渡する事となり一度は合意したが、堤の事例と同様に巨人軍オーナーの渡邉恒雄が野球協約の縛りを持ち出し、異議を唱えたため問題となり、断念。代わって、球団の第3位の株主であったTBSが47万株、TBSの持分法適用関連会社の株式会社ビーエス・アイが23万株(17.69%)を引き受ける事となった。この結果、TBSが従来から保有していた20万株(15.38%)を合わせて51.54%の筆頭株主(TBSグループとして69.23%)となり、オーナー企業となった。
その後も野球協約に抵触する問題として本件が議題となることが多い。2006年4月にはフジテレビがニッポン放送の資産を吸収する事で、フジテレビが東京ヤクルトスワローズと横浜ベイスターズ両球団の株式を保有し、野球協約に完全に抵触する事になるため、ベイスターズ株式を他社に売却する事も検討されている。
なお本項に関しては「東京ヤクルト球団・キーワード」及び「横浜球団・出来事」のそれぞれの項目も併せて参照されたい。
株式会社産業経済新聞社(産経新聞社)を中心とし、17の株式会社で構成する。
株式会社サンケイビルを中心とし、10の株式会社で構成する。主なものは次の通り。
4の財団法人及び1の社会福祉法人並びにこれに関連する1の株式会社で構成する。
株式会社文化放送を中心とし、4の株式会社で構成する。但し、文化放送グループは、フジサンケイグループに含める場合と含めない場合がある。
フジサンケイグループに属する放送事業者は、フジ・メディア・ホールディングス傘下のフジテレビジョン(フジテレビ)、ニッポン放送、BSフジ及びサテライト・サービス(持分法適用会社)、産経新聞グループの大阪放送、文化放送グループの文化放送である。この内、ニッポン放送及び文化放送はNRNのキー局、大阪放送はNRNの準キー局、フジテレビはFNSのキー局である(文化放送を中心とする文化放送グループは、フジサンケイグループに含める場合と含めない場合がある。)。
NRN及びFNSに加盟する他の放送事業者は、フジサンケイグループに属していない。例えば、FNSの準キー局である関西テレビ放送株式会社(関西テレビ)は阪急阪神ホールディングス株式会社の持分法適用関連会社であり、阪急阪神ホールディングス、エイチ・ツー・オーリテイリング株式会社及び東宝株式会社を中核とする阪急阪神東宝グループに属している。但し、関西テレビの2007年11月1日現在の筆頭株主はフジテレビであり、一方、関西テレビは同年9月30日現在でフジテレビの第8位の株主である(ちなみに東宝はフジテレビの筆頭株主である)。
リビング新聞社グループで述べたもの以外に「○○リビング新聞社」と称する会社が存在するが、フランチャイズであり、サンケイリビング新聞社と資本関係がないかあっても議決権の割合が低い為、フジサンケイグループに属していない。