読み込み中...プレイバイメール (play by mail 略称 PBM) は、郵便やその他の通信媒体を用いて遠隔地のプレイヤー同士が遊ぶゲームの総称。狭義には、メールゲーム、メールRPGなどと呼ばれる多人数同時参加型ゲームを差すことがある。この場合のメールは電子メールではなく通常の手紙であり、電子メールを使用する場合は別にPBeMとすることが多い。日本におけるPBM主催団体の第一人者である遊演体は、同様のゲームを差してネットゲームの呼称を用いていたが、これは同社の登録商標である。
元々は、ボードゲームなど複数のプレイヤーが一堂に集まる必要のあるゲームを、同じ日に長時間集まることのできないメンバー同士の間でプレイできるように、欧米のゲームファンの間で工夫され広まった遊び方のことである。
すなわち、対象となるゲームについて「自分は自分の手番でどんな行動をとるか」を宣言する手紙をプレイヤーの間でやりとりし、その結果も手紙で相互に伝える、と言う手段を採ることで、遠隔地にいても同じゲーム展開を共有することができる。
この方法は、集まることが困難な場合の代替策として編み出されたものであり、代わりの手段が登場すれば不要のものではあったが、シミュレーションゲームやテーブルトークRPGなど、遊ぶゲームによっては長くプレイの手段として用いられた。
日本においては、行動宣言と結果通知の手段として郵便が使われる、「メールゲーム」「メールRPG」として知られる多人数同時参加型ゲームが、このジャンルの中心となった。
これらの郵便を利用したゲームの総称として「プレイバイメール」(略してPBM)という。
現在では、上記タイプのゲームを同様に遊ぶ場合の多くは、電子メール・WWW・各種専用クライアントなど、インターネットのリソースを手段として使うように様変わりしている(オンラインゲームの項も参照)。
それらのうち、プレイヤーと主催者の間で行動宣言をやりとりする昔ながらのタイプのものを、プレイバイメール時代にならって「プレイバイeメール」「プレイバイウェブ」(各々PBeM,PBW)「定期更新型オンラインゲーム」などと呼ぶ言い方もある。
インターネット、そしてADSLなどの定額高速通信設備の急激な普及に伴い、ネットワークRPGなどが手軽に楽しめるようになった今日においては、同様の存在でありながら郵送事務の手間や高額な料金を必要とするPBMの立場は危うい物になりつつある。
# 以上の情報を元に、再びPCの行動を決定する。これを定められた期間(1年間12回のゲームが多い。間に1月の休みを挟んで13ヶ月間で行うゲームもあった)繰り返す。
PBMでは、「グランドマスター」と呼ばれる統括責任者によってゲーム全体の流れを管理され、明確にゲームのゴールを設定されていることが多い。各マスターはプレイヤーをそのゴールへ向かって誘導しつつ、PC自身が主人公として、主体的に物語を解決することが求められる。
各社の運営作品についてはプレイバイメールのタイトル一覧を参照されたい。
なお、この分野の草分け的ゲーム「ネットゲーム'88」から、黎明期には「ネットゲーム」と言う呼称も用いられていた。
1990年代前半は遊演体やホビー・データらが毎年新しい作品を競って展開していたが、昨今はオンラインゲームに圧されるようになって久しい。電子メールやウェブサイトなどを利用したプレイバイウェブ型のものも増えつつあるが、サーバでの自動処理を使ったものなどオンラインゲームとの切り分けは曖昧である。
上記のように企業が利益を上げるために運営していた物とは別に、個人によって運営されていたPBMも全国的に多数存在する。一般的にこれらは「同人PBM」「同人メイルゲーム」などと呼ばれている。それらは運営者個人の趣味でリプレイ小説作成が行なわれているケースがほとんどで、それにより参加費も企業運営の物よりもはるかに安いケースが多い。利用料金は一年間で無料から4000円程度で、5000円を超えるケースは確認されていない。一方、企業運営のPBMは一年間で25000円程度かかるのが一般的である。
ただし、個人の趣味で開催という都合上、どうしても学業や仕事の片手間で運営という形にならざるを得ない。そのため企業運営のPBMと比べるとなど、問題も多く見られる。中には仕事や学業との両立が不可能になってPBM自体が中止になってしまったり、またマスターや運営責任者が激務による過労とストレスで入院してしまうというケースも実際にあった。
とはいえ、企業運営のPBMと比べると遥かに手軽で参加しやすいという利点もある。1ゲームあたりの参加者は企業運営のPBMよりも遥かに少なく、1つのシナリオにつき3〜8人程度なのだが、それにより自分のPCが小説に登場する機会が企業運営のPBMよりも遥かに多いのが特徴である。
この同人PBMも企業運営のPBMと同様、現在は手軽にオンラインゲームが楽しめるようになった事が影響してあまり日の目を見なくなってしまった。何よりも主催者側やマスターに運営の責任が重くのしかかり、大きな負担がかかってしまうのが問題であった。現在は携帯電話を使ったものなど新たなゲームが登場しており、プレイ時間が長期間に渡るPBMの運営を趣味の範疇で予定通りにこなすのは困難であると言わざるを得ない。
上記でも触れたとおり、PBMの今後の見通しは明るいとは言えない。定額高速通信設備の急激な普及により、ネットワークRPGなどのオンラインゲームが誰でも手軽に安価で楽しめるようになり、中には無料で楽しめる物もある。それに比べると、参加費が一年間で25000円前後かかる企業運営のPBMは敬遠されがちである。
PBMの面白さとしては、下記のような意見がよく聞かれる。
しかし、これらの意見はほぼ全て、現在のネットワークRPGで再現できるものばかりである。唯一「無限に変化するシナリオ」だけはコンピューターRPGでは困難だろうとの声もあるが、これも「追加シナリオ」による拡張が可能である。つまり、運営が続きさえすればいくらでも新鮮なシナリオを楽しむ事が出来るのである。また、同じシナリオでも協力する(または敵対する)PCが違えば異なる経緯と結果を楽しむことができ、楽しさは無限に変化する。他のプレイヤーとはリアルタイムで交渉できるので、仲間集めが容易である。これでは、高額な参加費を要求する企業運営PBMを遊ぶプレイヤーが減少するのは自明の理である。
ただし、現状のMMORPGには、かつて人気のあった、現在も人気のある商業PBM・PBWほど濃密で筋の通った世界観・シナリオを実現できているものは少なく、またプレイヤーの行動が世界を大きく動かすほどの影響力を及ぼせる作品も少ない。一部の企業では「イラストレーターに自分のキャラクターのイラストを発注できる」など、他に類を見ない独自の付加サービスがあるケースもある。
まだまだ発展途上であり「数字が全て、レベル上げだけが全て」になりがちなMMORPGに対し、それ以外の楽しみ方を幅広くサポートできる事がPBM・PBWの強みであろう。
逆に言うと、これら「PBMならではの面白さ」を各運営会社が死に物狂いでアピールしていかなければ、今後MMORPGに客層を完全に奪われてしまう危険がある。
ここではPBMの魅力や達成感、共有感について、また、MMORPGとの明確な違いについて詳述する。
PBM経験者によると、MMORPGに参加してもPBMと同じような達成感は全く得られないとの感想を聞かれることがある。
まず、PBMがMMORPGと大きく違う点として、誤解を恐れずに言えばMMORPGはその経営上、明確な目的がなく、細かいイベントはあるがあまり重要性はなく、ただ毎日が進んでいくだけのものであり、いつかは運営終了し何も残らないという性質を持っている(コンシューマゲームのように明確なエンディングを設定すると、そこでゲームサービスが終了してしまう。そこで、ゲームそのものは終了しない小さなイベントを積み重ねていくことになる。結果、プレイヤーの目的は、レベルを上げてひたすら強くなったり、他のプレイヤーと交流を深めたりすることに終始することになる)。
PBMは明確な始まりと終わりがあり、ストーリーという活字になった成果物が残る。こういう点では、PBMはMMORPGよりはTRPGにより近い存在であると言える。
また、PBMは参加者を選ぶゲームでもある。 ただ単に、無難な行動を書き連ねるキャラクターは、名前程度しか出てこない。ゲームを終了しても、何が面白かったのか実感はできない。
PBMとは発想と発想との勝負であり、他プレイヤーやマスターに対して、自らのキャラクターの行動をぶつけ、ゲーム内の歴史を決定していく、やり直しのできないゲームである。
当然、誰もが考え付かなかった(一貫した)行動をとった者、(行動に)カリスマのあるキャラクター、情報の中心にいるキャラクターは、他プレイヤーの関心を集め注目される。
ターン数が3〜4回目ともなれば、ほぼ全員の目にキーキャラクターが誰であるか分かる。このキーキャラクターは、初期キャラの能力値やたまたまスポットが当たったと程度で決定されるものではなく、説得力のある行動をとった「生きた」キャラクターであり、マスターが続きを書かずにはいられない気を起こさせるキャラクターであることが必須条件である。
PBMで誤解を受けやすいのが能力値である。 普通のMMORPGやRPGでは、能力値は絶対のものであり、知恵や勇気や愛だけでは能力値を超える行動はできない(ただし、例外として、TRPGではその行動をゲームマスターが認めた場合や、サイコロなどによる乱数の値によって成功することはありえる)。
しかし、PBMでは全ての能力値よりも実際の行動内容が重視される。能力値は、主にマスターにとってリアクションを書くための補足説明や行動資格にすぎない。
つまり、一貫した(ゲーム内での目標や目的を明確に持った)行動を取り、その卓越した発想力と人心を集める努力をした者が、シナリオに深く関わり、物語は彼らを重要人物として進んでいく(このようなPCを「キーキャラクター」と呼ぶ)。
行動がうまく進んだときの達成感。他プレイヤーとの協力による大きな行動と結果。ライバルキャラクターとの妨害合戦の末の意外な結末。マスターとのシナリオをめぐる攻防。自分の作り出したキャラクターが、マスターの書き上げるその世界で暗躍し、名声(悪名かも知れないが)を高め、他プレイヤーの賞賛を得る。これがPBMの醍醐味であり、最大の魅力なのである。
プレイヤーの自由な発想や秀逸な考察が生かされ、後に公式設定と認定されたものも少なくない。新しい魔法やアイテム等のアイデアを募集する事も広く行われ、人気を博した。マスターが認めれば、技能や魔法を運営側が当初予想していなかった奇想天外な形で応用する事さえ可能であった。その自由度の高さは、現在のMMORPGでは実現不可能なレベルにあると言って良い。
経営側の運営姿勢によるものが最も大きい原因であると考えられているが、もうひとつ大きな原因として、ゲームへの参加に積極的ないわゆる「パワープレイヤー」をマスターへ起用したことが上げられる。
常に締め切りに追われ続ける運営側は、PBMの人気とは裏腹に過酷な業務状態にあり、慢性的なマスター不足に悩まされていた。そこで、キープレイヤーとなるほど積極的な行動力を持つプレイヤーをマスター側に引き抜いたのである。
中には成功したマスターも存在したが、大抵のプレイヤー出身マスターは特別な訓練も実績もなかったため、締め切りを守れない、リアクションの内容が稚拙であるなどといった混乱が生まれた。中には、途中でマスターを放棄した人間まで現れた。
パワープレイヤーが引き抜かれたため、ゲームを牽引するキープレイヤーが激減した。このため、平凡な行動を取るプレイヤーが多くなり、結果的に何の盛り上がりもなく終了するゲームが多くなった。これではPBMの魅力が十分に伝わらず、続けてゲームをやろうという気を起こさせなくなってしまい、さらにプレイ人口が減るという悪循環に陥った。
くわえて遊演体・ホビーデータ以外の運営会社が乱立し、パワーユーザーをマスターに迎える現象が加速され、マスター・プレイヤー共に魅力のない平坦な物語が多くなってしまった。運営会社は年会費だけ集めれば経営は成り立つため、さらに質の劣化を招いた。
また、経営会社は封筒重量による郵送料金の増加を一切認めなかったため、リアクション枚数は多くても6〜8枚程度に制限された。内容を面白くするためには特定のキャラクターの記述を厚くする必要があり、結果的に多くの没行動が生まれ、大多数のPCは自分の考えた行動をリアクションへ反映させることができなくなった。
ここで各プレイヤー達の不満が発生し、お金を払ってるのだから、各キャラクターの活躍する文字数は等しくならなければならない。そこで、原則全てのPCをリアクションへ反映させるとうたったゲームも登場したが、これが逆に更なる質の劣化を招く結果となった。小説で全キャラクターが平均的に活躍する作品などあり得ないからである。
この問題を解決するために、個人文章が1枚ずつ付けられるサービスもあるが、それらは個人的な活躍を記したものであり、直接シナリオや世界を動かすような活躍を望む参加者を満足させにくいといえる。
現実的にも若年層の参加者が多い企業運営のPBMの参加費用は平均して年25000円前後は決して馬鹿にできない金額で、それだけの金額を払っているにも関わらず、充分な見返り、すなわち内容のあるリプレイ小説やゲームとして楽しめる要素が得られないために引退する参加者はさらに増大した。
これらの要因により、多くのプレイヤーはゲームを引退し、PBeM、PBW等の多くの個人PBMが乱立したが、結局は個人マスターの負担が大きすぎ、自然消滅を迎えた。個人運営のPBMの中には現在も細々と運営を続けている、または運営自体は終了してもPBMで出来上がった物語の続編小説を定期的に作成し、インターネットで無料で公開している例もあるが、昔に比べると激減した。
しかし、以上のような問題点を抱えつつ、現在でもPBMを運営する会社は存在しており、それらの参加者もいる。これにはPBMの参加者の多くが、他のゲームでは提供されない面白さと達成感を知っているからともいえる。