読み込み中...

ベンジャミン・ブリテン

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

エドワード・ベンジャミン・ブリテン OM, CHEdward Benjamin Britten OM, CH, 1913年11月22日 サフォークローストフト - 1976年12月4日 サフォーク州オールドバラ)はイギリス作曲家指揮者ピアニスト。名前は、ブリトゥンと表記されることがある。

解説

代表作としては 歌劇『ピーター・グライムズ』 や 『シンプル・シンフォニー』、 『戦争レクイエム』、 ヘンリー・パーセルの歌劇『アブデラザール』(Abdelazar) から主題を引用した 『青少年のための管弦楽入門』 が知られている。

1910年代生まれの音楽家はジョン・ケージのような例外を除いて前衛の時代に馴染めず、また同世代が戦禍の犠牲になるなど不遇の者が多い。そのような状況下でブリテンはイギリスの保守性を上手く活用し、機能和声語法を突き詰めることに成功した。彼のせいでイギリスの音楽事情は世界から後退したというのは事実であるが、同時にイギリス人の音楽観をこれほど世界中に広めた人物も皆無である。

ただし作品の中で前衛とまでは言わないものの無調的であったり、機能和声とは逸脱したパッセージを時折覗かせるようにブリテン本人は前衛への志向も持っていた。自身でも「私はアルバン・ベルクに弟子入りしたいと願っていた。しかし作曲の師であるフランク・ブリッジらの反対と、ベルクの急死で果たせなかった」とコメントしている。

なお、ブリテンは猛烈な反戦主義者であり、イギリスが第二次世界大戦にのめりこむ事に悲観し、兵役拒否の意味合いで一時アメリカ合衆国に移住したこともあった。帰国後、「良心的兵役拒否」として公的に認められている。

テノール歌手のピーター・ピアーズは盟友として知られ、「ピーター・グライムズ」「戦争レクイエム」等ほとんどの歌劇・声楽曲は彼の演奏を前提に書かれており、彼が初演を担当した。またピアーズは演奏のみならず、作曲の段階においても関わった。しかし、両者の死後、彼らが仕事の面のみならず私生活においてもパートナーであったことが公然と論じられるようになり、大きなスキャンダルとなった。

小惑星(4079)のブリテンは、彼に因んで命名された。

ブリテンは後半生をサフォークオールドバラで過ごし、グスターヴ・ホルストの娘で同地出身のイモージェン・ホルストと共同で音楽活動をすることも多かった。ブリテンの墓はオールドバラの聖ペテロ聖パウロ教会に、ピアーズやイモージェンの墓とともに置かれている。2003年に、彫刻家マギ・ハンブリングによってオールドバラの海岸にブリテンを記念した彫刻「The Scallop」が作られた。

日本との関係

1956年に来日し、NHK交響楽団を指揮して『シンフォニア・ダ・レクイエム』を日本初演。2月9日にピアーズとともにNHKホール(内幸町)で行った演奏が、2007年1月28日NHK教育テレビで『思い出の名演奏』として放送された。また、1964年に発表された『カーリュー・リヴァー』は滞在時に鑑賞した隅田川能楽)の印象を基にしている。

日本では、2006年11月22日に『日本ブリテン協会』が発足した。

主な作品

:en:List of compositions by Benjamin Brittenも参照のこと。

歌劇

合唱曲

  • みどり児はお生まれになった 作品3 A Boy Was Born(1932-33/55)
  • 聖母讃歌 A Hymn to the Virgin(1930/34)
  • 大いなる神の栄光に Ad majorem Dei gloriam(1939)
  • キャロルの祭典 作品28 A Ceremony of Carols(1942)
  • 婚礼のアンセム A Wedding Anthem(1949)
  • 春の交響曲 作品44 Spring Symphony(1949)
  • 戦争レクイエム 作品66 War Requiem(1960〜61)
  • 聖コロンバ讃歌 A Hymn of St. Colomba(1962)
  • ウィールデン・トリオ A Wealden Trio(1929/67)

管弦楽曲

室内楽曲

  • 弦楽四重奏曲第1番ニ長調 作品25(1941年)
  • 弦楽四重奏曲第2番ハ長調 作品36(1945年)
  • 弦楽四重奏曲第3番 作品94(1976年)
  • チェロソナタ ハ長調 作品65 (1960)

器楽曲

  • 無伴奏チェロ組曲第1番 作品72(1964)
  • 無伴奏チェロ組曲第2番 作品80(1967)
  • 無伴奏チェロ組曲第3番 作品87(1972)
チェロ交響曲を含む一連のチェロ作品はチェロの名手ロストロポーヴィチとの出会いに触発されたものである。
  • ラクリメ―ダウランドの歌曲の投影 作品48 Lachrymae - Reflections on a Song of John Dowland(1950)
ヴィオラとピアノのための作品で、作曲者自身による管弦楽伴奏の編曲が存在する。

ピアノ曲

  • 12の変奏曲(1931)
  • 組曲「休日の日記」 作品5(1934)
  • ソナティナ・ロマンティカ(1940)
  • ノットゥルノ(1963)

歌曲

声楽曲

  • カンティクル 第1番《愛する人は私のもの》作品40 Canticle I: My Beloved Is Mine(1947)
  • カンティクル 第2番《アブラハムとイサク》作品51 Canticle II: Abraham and Isaac(1952)
  • カンティクル 第3番《なおも雨は降る》作品55 Canticle III: Still Falls the Rain(1954)
  • カンティクル 第4番《東方の博士の旅》作品86 Canticle IV: The Journey of the Magi(1971)
  • カンティクル 第5番《聖ナルキッソスの死》作品89 Canticle V: The Death of St. Narcissus(1975)
  • 他多数

劇付随音楽

  • アテネのタイモン Timon of Athens
  • 復活祭1916 Easter 1916
  • アガメムノン Agamemnon
  • F6登攀 The Ascent of F. 6
  • 暗い谷 The Dark Valley
  • 双頭の鷲 The Eagle Has Two Heads
  • アーサー王 King Arthur
  • 支配者 The Dynasts
  • 任命 Appointment
  • Out of the picture

映画音楽

  • 王の切手 The King's Stamps(1935)
  • 電報 Telegrams(1935)
  • トッカー(1935)
  • 正餐の時間 Dinner Hour

編曲

指揮者ブリテン

ブリテンは指揮者としても有能であった。比較的早いときから指揮者活動をしており、のちにイギリス室内管弦楽団を手兵として指揮活動を続けた。レパートリーも自作自演のほかにはハイドンモーツァルトバッハ、そしてイギリス作品などを得意にしていた。また、クリフォード・カーゾンジュリアス・カッチェンといった名ピアニストとも共演を重ねている。

早い時期から指揮活動をしていたせいであろうか、若い頃のある時、ブリテンはエイドリアン・ボールトの指揮ぶりを軽いノリで批判したことがあった。これにボールトは激怒。以後、ブリテンの作品を完全に無視してしまった。

2006年にはデッカから没後30年を記念して、ブリテンの主要な録音がリリースされた。その中には、日本初お目見えのものも数点含まれている。

外部リンク

 読み込み中...

ブログレシピコミュニティお小遣いふくびき壁紙写真

Copyright(C)2008 GMO Media, Inc. All Rights Reserved.