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ボストン

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

ボストンBoston)は、アメリカ合衆国北東部にある都市。マサチューセッツ州の州都、サフォーク郡郡庁所在地で、人口は589,141人(2000年国勢調査)。ボストンの都市圏(MSA)の人口は4,392,340人に上り、全米第10位の規模。マンチェスタープロビデンスなどの他州の主要都市も含めた広域都市圏(CSA)の人口は7,476,689人で、全米5位の規模(いずれも2000年国勢調査)になる。メガロポリスの北端に当たる世界都市

近辺の経済金融の中心だけでなく、アメリカ発祥の地として有名で、英国をにおわせるような古い町並みが至る所に残る東海岸有数の観光都市としての性格を見せる。ケンブリッジブルックライン(Brookline)、そしてサマービル(Somerville)といった数々の近郊小都市を含めてボストン圏(Greater Boston)と呼ばれる。

ボストン市及びその近郊には、ボストン大学(ボストン市)、ハーバード大学(ケンブリッジ市)、マサチューセッツ工科大学(同前)やタフツ大学(メドフォード市)といった著名総合大学に加え、ボストン・カレッジ(チェストナッツ・ヒル市)やブランダイズ大学(ウォルサム市)等の名門大学が軒を連ねる為、ボストン圏はアメリカ一番の学術都市として知られている。ジャズの名門、バークリー音楽大学もボストン市にある。

歴史

ボストンは、1630年9月17日イングランドからやってきた清教徒たちの手によって築かれた。マサチューセッツ湾植民地(Massachusetts Bay Colony)の入植者たちは、それに先駆けること10年、1620年11月21日に、プリマス植民地(現在のマサチューセッツ州ブリストル郡プリマス郡バーンステーブル郡)を築いた入植者たちと混同されることがある。しかし、この2つの集団は、異なる宗教的実践を行った人々であり、区別されなければならない。マサチューセッツ湾植民地とプリマス植民地は、1961年マサチューセッツ湾岸県が築かれるまで、別個の地域として存在してきた。

Wikipedia画像へのリンク(1775年ごろのボストン地図、湾に突き出た半島になっている)
Wikipedia画像へのリンク(1842年のボストン地図、チャールズ川の埋め立て前)
Wikipedia画像へのリンク(1880年のボストン地図、大規模な埋め立ての後)

ボストンは、その地に住んでいた原住民ショーマットと呼ぶ半島に築かれた。早い段階にヨーロッパから渡ってきた初期の入植者たちは、この地をトリマウンテンと呼んだが、イングランドから有名な人々が移民してきて以来、この地はイングランドのリンカンシャー郡ボストン市の名をとって、ボストンと呼ばれるようになった。ボストン建設期の市民の多くは、清教徒であった。マサチューセッツ湾植民地の初代総督、ジョン・ウィンスロップは、ボストンは神との特別な契約を結んでいるという考え方を提示した「キリスト教的慈愛の模範(A Model of Christian Charity)」と題した説教を行った。またウインスロップは、都市誕生における重要な文書であるケンブリッジ協定の調印も行った。清教徒の倫理観により、ボストンにきわめて安定し、きちんと組織だった社会を築いていった。例えば、ボストン入植のすぐ後、清教徒たちは、1635年にアメリカ最初の公立学校であるボストン・ラテン・スクールと、1636年に最初の大学であるハーバード大学を創立させた。勤労、道徳的高潔、教育の重視といった文化は、今もボストンに健在である。

1770年代には、イギリスが13植民地の支配権を確立しようと、重税を課す政策をとった。これにより、ボストン市民たちは、アメリカ独立革命への道を歩んでいくことになった。ボストン虐殺事件ボストン茶会事件に加え、レキシントン・コンコードの戦いバンカーヒルの戦いボストン包囲戦など、都市の近郊でいくつかの衝突が沸き起こった。この時期に、ポール・リビアが英国軍の進撃を伝えるるために徹夜で馬を飛ばしたのは、有名な出来事である。

アメリカ独立革命以後、ボストンは世界でも指折りの国際貿易港となり、繁栄を極めていった。ボストンは、アメリカで最もヨーロッパに近い場所に位置していたためである。羊肉タバコなどを輸出した。この時期、初期の入植者の子孫たちは、国の社会的/文化的エリートと見なされていた。彼らは後に「ボストン・ブラーミン」と呼ばれるようになっていく。1822年、ボストンは市となった。1800年代後半には、国際貿易に代わり、製造業が主要な産業となった。1900年代初めまで、ボストンはアメリカの製造業の中心としての1つであり、繊維皮製品機械などの生産で有名であった。都市の境界線に走る水路網が製品の輸送を容易にし、加工場や工場の建設ラッシュを招いていった。さらにその後の鉄道網の整備も、都市の工業や商業の発展を加速させていった。19世紀中頃から終盤にかけ、ボストンは文化的な繁栄を迎え、洗練された文学と、数多くの芸術保護活動で知られるようになった。また、この時期のボストンは、奴隷制度廃止運動の中心地でもあった。

1820年代、ボストンの民族構成は、ヨーロッパからの移民の第1波到来によって、劇的な変貌を遂げていく。アイルランド系やイタリア系などの移民たちは、ボストンにローマ・カトリックを持ち込んだ。現在では、カトリックは、ボストンにおける最大の宗教集団であり、20世紀初頭から、ケネディーティプ・オニール、ジョン・F・フィッツジェラルドなどのアイルランド系の人々は、ボストンの政治における重要な役割を果たしてきた。

1630年から1890年まで、ボストンは、特に、ウォルター・ミューア・ホワイトヒル曰く、「丘の土で、入り江を埋めろ」方式で、臨海地域に広がる湿地、沼地、波止場の切れ込みなどを埋め立てるなどの土地の埋め立てを通じて、その面積を3倍に広げた。1800年代に、ボストンの埋め立ては、最盛期を迎えた。ビーコン・ヒル地区の高台から運ばれた土で、50エーカーの土地が埋め立てられ、後にヘイマーケット・スクエア地区となる土地が築かれた。現在の州庁舎は、この低くなったビーコン・ヒルの上に建っている。19世紀中頃の埋め立ての結果、現在のサウス・エンド地区、ウエスト・エンド地区、フィナンシャル・ディストリクト地区、チャイナタウン地区の大部分が誕生した。1872年ボストン大火の後、その瓦礫の山を、臨海部にあるダウンタウンの埋め立てのために利用した。19世紀の中頃から終わりにかけて、ニーダム・ハイツ地区の丘から鉄道で輸送した土を使って、ボストン・コモンの西に広がるチャールズ川の沼地を埋め立て、600エイカーの土地を造成した。加えて、ボストンは、1868年ロックス・ベリー1870年ドーチェスター1874年ブライトンウエスト・ロックス・ベリーチャールズタウンハイドパークといった近隣の町と、次々に合併していった。

20世紀の初めから中頃にかけ、工場が老朽化し時代遅れなものとなり、企業が安い労働力を求め、他の地域へと移転していく中で、ボストンは衰退期を迎えた。ボストン市は、様々な都市再生計画を実施することで、この問題に取り組んでいった。例えば、ウエスト・エンド地区にあった老朽化した建物は取り壊され、ガバメント・センター地区へと生まれ変わった。1970年代、30年間に及ぶ衰退期を乗り越え、ボストンは景気を取り戻していき、投資信託の中心都市となった。この時期までに、ボストンは、優れた医療ケアで名高い都市として知られていた。マサチューセッツ総合病院ベス・イズリアル・ディーコンネス医療センターブリガム・アンド・ウイメンズ病院などの病院は、医療革新や患者ケアの分野で、最先端を行っている。ハーバード大学マサチューセッツ工科大学ボストン・カレッジボストン大学などの大学の所在地であるという事実は、多くの学生がボストンに憧れる理由である。このような光の部分の影で、1974年に人種差別廃止に向けたバス通学を巡る対立が生じた。1970年代中頃には、公立学校の周辺で不穏な雰囲気が立ち込め、暴力事件も発生した。この混乱により、ボストンに潜在してきた人種間の対立が露になってしまった。

21世紀になり、ボストンは、学術的/科学技術的/政治的中心地となっている。その反面、1990年代から急激な上昇を続ける家賃や地価など、都市の高級住宅地化物価の急騰の問題に直面している。2004年、ボストン都市圏は、アメリカで最も物価の高い地域であり、マサチューセッツ州は、人口が減少している唯一の州である。

地理

Wikipedia画像へのリンク(プルデンシャル・センターと遠方のダウンタウン)

アメリカ合衆国統計局によると、この都市は総面積232.1 km² (89.6 mi²) である。このうち125.4 km² (48.4 mi²) が陸地で106.7 km² (41.2 mi²) が水地域である。総面積の45.98%が水地域となっている。

アメリカ合衆国の北東部、ニューイングランドと呼ばれる地域の中核都市で、大西洋に面している。市内をチャールズ川が流れ、河口近くの右岸がダウンタウンとして古くから開けている。ローガン空港は大西洋上の島にある。

ボストン市のダウンタウン地区と言えば、ファイナンシャル・ディストリクト地区、ガバメント・センター地区、チャイナタウン地区を指す。

パブリック・ガーデン地域の西側に位置するバック・ベイ地区は、アメリカでも指折りの高級住宅街である。ビーコン・ヒル地区も高級住宅街であり、マサチューセッツ州庁舎が建っている。バック・ベイ地区とビーコン・ヒル地区には、政治家、著名な作家、企業経営者たちが暮らしている。

バック・ベイ地区の南に位置するサウス・エンド地区は、かつては商業漁業に従事する中流階級の居住地区であった。しかし現在では高級住宅地化が進み、同性愛者やトランスジェンダーの人々が集まっていている。また、地区には芸術家ヤッピーアフリカ系アメリカ人ヒスパニック系の住民も多く、数多くのレストランが建ち並び、奔放主義的な雰囲気も感じられる。

ノース・エンド地区やイースト・ボストン地区には、イタリア人街が形成されている。ノース・エンド地区にはイタリア料理屋が軒を連ねると共に、数多くの民族的/文化的行事が執り行われている。チャールズ川の北側の土手には、アイルランド系住民の集住地区であるチャールズ・タウン地区がある。ミッション・ヒル地区は、ドーチェスター地区と並び、最も多様な人々の住む地区となっている。また地区内には、世界的な規模を誇る[[医療施設が置かれている。地区内の高台から見下ろすボストン市内の眺めが絶景である。

オールストン地区やブライトン地区には、近郊のノースイースタン大学ボストン大学ボストン・カレッジの学生や卒業生たちが暮らしている。ドーチェスター地区の隣には、サウス・ボストン地区がある。ここにも多くのアイルランド系アメリカ人が暮らしている。ダウンダウン地区の南側に位置するロックス・ベリー地区やマッタパン地区は、アフリカ系アメリカ人やヒスパニック系の人々が多く住んでいる。他にも、ボストン市内には、ベイ・ビレッジ地区、ジャマイカ・プレイン地区、フェンウェイ/ケンモア地区、ハイド・パーク地区、ロスリンデイル地区、ウエスト・ロックス・ベリー地区などがある。

人口動勢

2000年現在の国勢調査GR2で、この都市は人口589,141人、239,528世帯、及び115,212家族が暮らしている。人口密度は4,696.9/km² (12,165.8/mi²) である。2,008.5/km² (5,202.5/mi²) の平均的な密度に251,935軒の住宅が建っている。アイルランド人はボストン市内で最大の民族グループである。ボストンは "Irish America" の首都である。この都市の人種的な構成は白人54.48%、アフリカン・アメリカン25.33%、先住民0.40%、アジア7.52%、太平洋諸島系0.06%、その他の人種7.83%、及び混血4.39%である。ここの人口の14.44%がヒスパニックまたはラテン系である。

この都市内の住民は19.8%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が16.2%、25歳以上44歳以下が35.8%、45歳以上64歳以下が17.8%、及び65歳以上が10.4%にわたっている。中央値年齢は31歳である。女性100人ごとに対して男性は92.8人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は90.2人である。

この都市の世帯ごとの平均的な収入は39,629米ドルであり、家族ごとの平均的な収入は44,151米ドルである。男性は37,435米ドルに対して女性は32,421米ドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入 (per capita income) は23,353米ドルである。人口の19.5%及び家族の15.3%は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の25.6%及び65歳以上の18.2%は貧困線以下の生活を送っている。

文化

メディア

主要記事::en:Media in Boston, Massachusetts

ニューヨーク・タイムズによって所有されているボストン・グローブ、及び ボストン・ヘラルドはボストンの2大日刊新聞である。ボストン市はThe Boston Phoenix、The Improper Bostonian、及び The Weekly Digのような多数の小規模な新聞もサービスされている。

ボストンはアメリカ合衆国内で11番目に大きなラジオ放送局市場であり、ニューイングランド地域で最大な放送局市場を有している。いくつかの主要な AM 放送局は トークラジオ WRKO 680 AM, スポーツ/トーク放送局 WEEI 850 AM、及びニュースラジオ WBZ 1030 AM を含んでいる。多様な FM ラジオ形式NPR 放送局 WBUR 及び WGBHが同地域をサービスしている。大学ラジオ放送局は WZBC (Boston College)、WERS (Emerson)、及び WUMB (UMass Boston) を含んでいる。

ニューハンプシャー州マンチェスターを含む、ボストンのテレビジョンDMAはアメリカ合衆国内で5番目に大きな市場となっている。この都市はWBZ 4 (CBS)、WCVB 5 (ABC)、WHDH 7 (NBC)、WFXT 25 (Fox)、WSBK 38、及び WLVI 56 (CW) を含む主要なAmerican network を代表する放送局によってサービスされている。ボストンにはWGBX 44も運営している、PBS放送局 WGBH 2 の本部が設置されている。この WGBH は主要な PBS プログラムを制作している。多くのボストンのテレビジョン放送局は近郊のNeedham 及びニュートンに送信所を置いている。

スポーツ

チーム リーグ 開催地 設立日 優勝
ボストン・レッドソックス MLB野球 フェンウェイ・パーク 1901年 7 回
ニューイングランド・ペイトリオッツ NFLフットボール ジレット・スタジアム 1960年 3 回
ボストン・セルティックス NBAバスケットボール TDバンクノース・ガーデン 1946年 17回
ボストン・ブルーインズ NHLアイスホッケー TDバンクノース・ガーデン 1924年 5 回
ニューイングランド・レボリューション MLSサッカー ジレット・スタジアム 1995年 0 回
Boston Cannons MLLラクロス ニッカーソン・フィールド 2001年 0 回

MLBボストン・レッドソックスNBAボストン・セルティックスNHLボストン・ブルーインズMLSニューイングランド・レボリューションおよびNFLニューイングランド・ペイトリオッツが市内あるいは近郊にフランチャイズを置いている。野球、フットボール、バスケットボールが盛ん。

音楽

社会基盤

教育

Wikipedia画像へのリンク(市内の大学エリア)

ボストンは、アメリカのアテーナイとも呼ばれ、その都市圏に集まった100校以上の高等教育機関で教育や研究活動が行われている。ボストン市とケンブリッジ市の高等教育機関に通う学生は、25万人を超える。

市内では、大規模な私立大学ノースイースタン大学フェンウェイ地区にキャンパスを構えている。チャールズ川のほとりには、世界で最も大規模な大学の1つであるボストン大学の校舎がコモンウエルス通り沿いに建ち並んでいる。ロングウッド・メディカル地区にあり、1996年に大学間協定を結んだ6つの大学の「カレッジイズ・オブ・フェンウェイコンソーシアムホイーロック・カレッジサイモンズ・カレッジマサチューセッツ・カレッジ・オブ・ファーマシー・アンド・ヘルス・サイエンスエマニュエル・カレッジマサチューセッツ・カレッジ・オブ・アートウエントワース工科大学は、ノースイースタン大学に隣接している。法科大学院で知られているサフォーク大学は、ビーコンヒル地区にキャンパスを持っている。ボストン・コモン近郊に建つ小規模な私立大学のエマーソン大学は、舞台芸術新聞映画などの領域で名声を得ている。

ボストン市内には、複数の音楽大学芸術大学も存在している。先に挙げたマサチューセッツ・カレッジ・オブ・アートに加え、ニューイングランド音楽学校(アメリカで最古の私立音楽学校)、ボストン音楽大学ボストン美術館大学バークリー音楽大学などがある。ボストンの公立高等教育機関は、ドーチェスター地区にあるマサチューセッツ大学ボストン校に加え、ラックスベリー・コミュニティ・カレッジバンカー・ヒル・コミュニティ・カレッジがある。

ボストン市外にあるいくつかのアメリカを代表する大学は、抜群の存在感を誇っている。アメリカの高等教育期間で最も長い歴史を誇っているハーバード大学は、ボストン市からチャールズ川を挟んで対岸に位置するケンブリッジ市にある。ハーバード大学のビジネススクールメディカルスクールはボストン市内にあり、ボストン市内のオールストン地区に進出する計画もある。マサチューセッツ工科大学(MIT)は、創立当初は市内にキャンパスを構えたことから、ボストン・テクとも呼ばれている。1916年にチャールズ川対岸のケンブリッジ市にキャンパスを移動した。タフツ大学は、タフツ・ニューイングランド医療センターの隣で、メディカルスクールとデンタルスクールを運営している。市内最初の高等教育機関であり、アメリカ最古のイエズス会系列の大学であるボストン・カレッジは、チェストナット・ヒル地区にある。近年、ボストン・カレッジは、キャンパスをボストンで最も繁栄している地区の1つであるブライトン地区まで広げている。

ボストンの公立学校は、アメリカで最高の公立学校制度である。幼稚園から高校まで、58600人の児童/生徒が在籍している。145校の学校があり、その中にはボストン・ラテン語学校(1635年創立でアメリカ最古の公立学校であり、第7学年と第9学年時に行われる試験に合格した生徒が在籍し、第7学年(中学校1年相当)から第12学年(高校3年相当)までの教育が行われている)、イングリッシュ・ハイスクール1821年創立のアメリカ最古の公立高校)、マザー・スクール1639年創立の最古の公立小学校)などが含まれる。市内には、私立学校、教区学校チャーター・スクールもある。METCOプログラムを通じて、3000人の人種的マイノリティ集団の子どもたちが郊外の学校に通っている。2002年フォーブス誌は、ボストン市の公立学校制度を82%の卒業率を誇る、アメリカで最も優秀な学校制度と格付けした。

健康及び医療

交通機関

空港

鉄道

Wikipedia画像へのリンク(路面電車「T」グリーンライン)
  • アムトラック
  • * サウスステーション(South Station)
  • *: ニューヨークワシントンD.C.方面に向う北東部幹線の起点となっている。D.C.行きの「アセラ・エクスプレス」が一日数本あり、同じくD.C.行きの夜行特急「トワイライト・ショアライナ(Twilight Shoreliner)」も一日一往復している。
  • * ノースステーション(North Station)
  • *: マサチューセッツ州北部、コンコードセーラムへ向う幹線の起点となっている。
  • 地下鉄
  • 「T(Transitの略)」の愛称で親しまれている。空港、サウスステーションをはじめ、市内の要所、観光名所などをほぼ網羅しており、本数も多い。各路線には「レッドライン」、「ブルーライン」など色の名前がついており、各々の色を使った車輌が走っている。西に向うグリーンラインは途中から路面電車となる。市内および近隣は$2.00(2008年7月現在)の均一料金で現金かCharlie Ticketでパスを購入して改札内に入る。
  • コミュータレイル

フリーダム・トレイル

フリーダムトレイルはボストン中心部の道路に描かれている赤い線で、これを辿ることで市内の主要な観光地を巡ることができる。

公益事業

その他

1980年代より、市街地を走る州間高速道路(93号線)を地下化・拡張して、跡地を公園再開発する「Big Dig」(w:Big Dig (Boston, Massachusetts))という大規模な公共工事が行われている。

出身の有名人

姉妹都市

ボストンはSister (SCI)によって指定された、8つの姉妹都市を有している:

この都市はアメリカ合衆国内で最も古く敬意のある都市賞、All-America City Awardを何度も受賞している。

関連項目

外部リンク

公式
日本政府
観光

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