読み込み中...マリア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ(/Maria Nikolaievna Romanova, 1899年6月26日 - 1918年7月17日)はロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の三女。
ニコライ2世の家族の絆は強かったといわれている。4人姉妹はいつも仲良しで、マリア皇女は特に妹のアナスタシア皇女と仲が良く、1つの寝室を共用していた。姉のオリガ皇女とタチアナ皇女も2人で1つの寝室を共用しており、彼女らが「ビッグ・ペア」と呼ばれていたのに対し、下の2人は「リトル・ペア」と呼ばれていた。
気立てがよく優しく、姉妹の中で一番美しかったマリアは、皇族や従者など周囲から一番愛された皇女だった。
革命後、皇帝夫妻が身柄をトボリスクに送られる際、皇女として唯一同伴した(他の皇女と弟のアレクセイ皇太子は後に合流している)。
美人の誉れ高く、従弟であるルイス・マウントバッテンは生涯彼女の面影を追い、肖像を部屋に飾っていたとも言われる。
結婚して幸せな家庭生活を送る事を夢見る皇女だったが、その夢が叶う事のないまま1918年7月17日、エカテリンブルクで家族、従者と共に殺害された。
ニコライ2世一家の遺骨は1989年にエカテリンブルク郊外で発見されたが、このときマリアとアレクセイ皇太子の遺骨は発見されていなかった。2007年8月、2人のものと思われる遺骨が発見され、2008年4月に「DNA鑑定の結果、遺骨はアレクセイ皇太子とマリア皇女のものであることが確認された」とスヴェルドロフスク州知事によって公表され、皇帝一家の遺骨は全員揃ったとされている。
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