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鎌と槌

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
Wikipedia画像へのリンク(一般的な「鎌と槌」の図像)
Wikipedia画像へのリンク(ソ連国旗に表された「鎌と槌」、鎌の形が若干違い、握りがより明確に描かれている)

鎌と槌(かま・と・つち)または鎌とハンマー(かま・と・ハンマー)は、共産主義共産党とを表すために使われたシンボルである。このシンボルでは、の上に重ねて置かれている。鎌は農民の、槌(ハンマー)はプロレタリアートの象徴であり、これらを組み合わせて置くことは農業労働者と工業労働者の団結を表したものである。

このシンボルはソビエト連邦の国旗において、赤旗の上に赤い星と組み合わせて使われていたため良く知られている。また、他の共産主義国家や他の国の共産党の旗や国章、党章としても使われている。

このシンボルは共産主義運動の中で広く使われてきたが、その意味するところがカール・マルクスの信念を否定してしまうものであることには注意を要する。マルクスは革命は完全にプロレタリアートの手によって起こされると考え、農民は革命に反対する保守的勢力と考えていた(ただし、共産党宣言では「農業と工業の結合」が掲げられている)。マルクス主義の形を変え、革命の原動力に農民を含めようとしたのはレーニンの発想である。農民は、中華人民共和国における共産主義(毛沢東思想)の中でも重要な位置を占めている。

ユニコードでは、「鎌と槌」のシンボル「?」は、U+262Dで表される。

ソビエトとロシアでの使用

Wikipedia画像へのリンク(モスクワの全ロシア博覧センター(旧・全ソビエト展示センター、All-Soviet Exhibition Centre)の入口にある巨像(現在解体修復中))
Wikipedia画像へのリンク(中国共産党の党旗、鎌の持ち手がソ連国旗より短い)

「鎌と槌」の前には、もともとは鎌と(すき)を組み合わせたシンボルが使われ、鎌と槌同様に労働者と農民の団結を意味していた。鎌と槌は1917年から1918年の間から使われるようになったが、1922年までは鎌と鋤が公式のシンボルであり、赤軍などの軍服や帽子、勲章に用いられていた。

1917年までに鎌と槌(ロシア語:серп и молот)はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(RSFSR)の象徴の一つとなった。当初はRSFSRの国章にあしらわれ、労働者と農民の団結が国家の基礎であると宣言された。鎌と槌は1918年に創設された赤軍の象徴の一つにもなった。

鎌と槌は、1923年ソビエト連邦国旗案にも適用され、1924年に制定されたソビエト連邦憲法によって最終的に国旗のデザインの一部とされた。同年、ソビエト連邦構成共和国のおのおのの旗にも鎌と槌は適用された。これ以前は各共和国の旗は、1918年の最初のソビエト憲法で規定されたとおり赤旗の上に共和国の名を金色で書いただけのものが多かった。

ソビエト連邦の国章、および連邦を構成する各共和国の国章は鎌と槌をあしらっていた。赤軍の制帽のバッジの「赤い星」にも鎌と槌のデザインが入っており、同様の「赤い星の中に鎌と槌」のマークは至る所に使われていた。また鎌と槌に翼をあしらったマークは国営航空のアエロフロートに使われていた。ロシア連邦の時代になっても、アエロフロートはこのマークを使い続けている。その他、鎌と槌(серп и молот)はソ連各地の工場(例えばロシア最古の「モスクワ冶金工場」社、別名「鎌と槌工場」)や鉄道の名前にも使われている。

また、5月9日の対独戦勝記念日の軍事パレードのときには鎌と槌の紋章が登場し、旧ソ連軍の軍装をしたロシア兵が行進をする。

コミンテルンコミンフォルムに参加した世界の共産党も鎌と槌をシンボルに使うようになった。また中国共産党も鎌と槌を使うため、中国の指導を仰ぐ党も鎌と槌のシンボルを使っている。モスクワにも北京にも反対する共産主義政党ですら鎌と槌を使っていた。それゆえ、鎌と槌は、傾向の差こそあれ多くの共産主義者のシンボルとなっている。

鎌と槌に似たシンボル

正確に鎌と槌を使っていなくても、似たようなデザインと意味合いのシンボルを使っている国家や政党は多い。例えば、アンゴラの国旗にあしらわれたデザインは歯車であり、工業と農業の団結のシンボル、共産主義の象徴である。アメリカ共産党も赤い歯車、鎌、槌のマークを採用している。

同様に様々な道具を交差させたシンボルのバリエーションには、例えば赤旗に黄色いの三つを交差させた朝鮮労働党の党旗や、円の中に(spade)、たいまつを組み合わせた1983年までのイギリス労働党のロゴ、ライフルを組み合わせたモザンビークの国章、の穂とコンパスを組み合わせた旧東ドイツの国章などがある。これらは工業労働者と農民のほかに、兵士や知識人を象徴させたものである(なお、旧東独国章は農民の象徴に農具ではなく農作物を用いている。これは稲穂と歯車を組み合わせた党章を用いている日本共産党も同様である)。極東共和国つるはしを交差させたシンボルを使っていたが、これは漁民と鉱山労働者の団結を象徴するものだった。キリスト教共産主義では、鎌と槌のかわりに、鎌と十字架を組み合わせたものをシンボルに使っている。

1990年ネルソン・マンデラが監獄から釈放された後、ケープタウンでの南アフリカ国民への演説において、彼の立つバルコニーからは鎌と槌の旗が掲げられていた。

なお、オーストリア国章王冠をかぶった鷲が(交差していない)鎌と槌を両方の鉤爪に握っているデザインである。これは共産主義とは関係がないが、このデザインは制定当時(第一次世界大戦直後)のオーストリアの三つの主要な階級(農民、労働者、ブルジョワ)が共和国内で共存することを表したものである。

日本の五円玉は稲穂(農業)、歯車(工業)、海(水産)、木の芽(林業)がデザインされている。

鎌と槌に対する反発

冷戦下、旧ソ連と共産主義政権によって抑圧されてきた東ヨーロッパの一部では「赤い星」および「鎌と槌」など共産主義のシンボルに対する忌避感情も強い。このため、EUにおいてドイツ国内同様ハーケンクロイツなどナチスのシンボルを禁止しようという提案がなされたとき、東欧のいくつかの国は同様に共産主義の諸シンボルを公の場で使用することも禁止しようと提案したことがある(ヴィタウタス・ランズベルギス参照)。西欧各国の共産党やロシアの反発が強かったほか、ハーケンクロイツ禁止の提案自体が盛り上がらず、結局、共産主義シンボルの禁止提案も実現しなかった。

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