読み込み中...軽自動車(けいじどうしゃ)は、日本の自動車の分類の中で、最も小さい規格に当てはまる自動車。また、125cc超250cc以下の二輪車のこと。四輪のものを軽四輪、二輪のものを軽二輪ともいう。
海外でも例のあるキャビンスクーターなどは、バブルカーと呼ばれ、日本の軽自動車もかつてはこの一種であったが、現在はより本格的な自動車として別種のものと認識されている。
となっている。
ナンバープレートの色は、自家用は『黄色地に黒文字』、事業用は『黒地に黄色文字』である。
なお、この条件を一つでも超えると自動車の扱いになり『白地に緑文字』または『緑地に白文字』登録となる。詳しくは、ナンバープレートを参照。
1910年代から1930年代にかけて、サイドカーを含む自動二輪車の延長線上、あるいは、三輪を含む自動車のダウンサイズ版として、それらのギャップを埋める簡易車両が多数誕生した。その後、オースチン・セブン(1922年 - 1939年)やシトロエン・5CV(1922年 - 1926年)に代表される、「まともな」四輪大衆車の量産化による高品質と、低廉な価格を前にしては、競争力は最早なく、急速に衰退している。
第二次世界大戦後、敗戦国を中心に、二輪車や航空機の余剰部品や材料を利用した簡易車両が、庶民の足として生まれ、経済復興とともに再び隆盛を極める。日本と同じく、第二次世界大戦における敗戦国であるドイツやイタリア、植民地運営が行詰り、不況となったイギリスやフランスなどにも見られた。
自動車史では、これらの車両をサイクルカー、キャビンスクーター(独語ではカビネンローラー)、バブルカー、マイクロカーなどと呼び、現在では、自動車趣味の一ジャンルとして定着し、大切に保存されている。
thumb・スカウティー R現在では、発展途上国の手軽な移動手段としてのほか、省資源の観点から、先進国でも超小型自動車を見直される気運が高まりつつあり、新規開発も増えている。
戦後の経済成長の一助となるよう決められた軽規格であったが、運転免許証も普通車、小型車とは区別され、時期や地域によっては、実地試験が免除となり、費用負担も少ない「軽限定免許」なる優遇措置が存在した。
1958年に「スバル・360」が登場し、軽規格内でも充分に本格乗用車の製造が可能であることが証明された。その後、各社とも貨物車の開発にも力を入れ、「軽トラ」は日本の経済活動にとって欠かせないものとなった。また、ホープ自動車のホープスター・ON型4WDが後にスズキ・ジムニーとなり、オフロード車としても成功を収め、以降、業務用からレジャー用のバギーカーまでが出揃うほどの多様な車種展開を見せ、その発想は現在の車種にも受け継がれている。
「サイクルカー」が姿を消していく中、日本の「軽自動車」は、本格的な自動車としての生き残りに成功した。その後、三度にわたって大幅に規格拡大されて、現在に至る。
ナンバープレートは、自家用、貸渡用、駐留軍は黄地に黒字、事業用は黒地に黄字。ただし、このナンバープレートに切り替わる以前に製造された軽自動車は、新規にナンバープレートを発行する場合でも従前どおり白と緑の配色で250cc以下の軽自動二輪車と同じ小型のナンバープレートを使用している。理由は現行のナンバープレートが構造上取り付けられないため。これは、時代考証や趣味の面でも重要な用件となる。
登録車のような所有権の登録制度がないので、届出に際し印鑑証明は不要である。また登録車と違い、保管場所証明を申請する義務はないので車庫証明も不要である(ただし、現在は、おおむね人口10万人以上の市や東京都特別区でナンバープレート交付後の届出が必要)。
軽二輪とは、125cc超250cc以下の自動二輪車のことである。この排気量帯の二輪車については、普通自動二輪車を参照のこと。
軽自動車の発展は、まだ日本の自動車普及率が高くなかった1950年代のモータリゼーション推進と日本の道路事情に見合った車の開発をめざした「国民車」構想の延長にあると、従来言われてきた。しかし、実際には、この構想において成功した自動車メーカーは皆無であった。富士重工業における「スバル360」の開発は「軽自動車の枠で、普通乗用車と同じ能力を」という前提で開発されており、最初から国民車構想をさらに上回る企画であった。
また、平均的日本人に於ける成人男子の体格が世界的に見て小柄であったことも、同車種が日本国内の市場に受け入れられた遠因に挙げられているが、当時のスバルやホンダの軽自動車がほぼエンジンのみを拡大して450cc〜600ccとし、そのまま北米などに輸出され好評であったことから、欧米人の体格でも日本の軽自動車サイズで問題はなかった。
過去三度における大幅な規格拡大も、排気ガス抑制のための4サイクルエンジンへの移行促進(360cc→550cc)、高速道路網の拡張への対応やカーエアコンの普及による馬力荷重の悪化(550cc→660cc)、衝突安全性の確保(660cc旧→660cc新)等が主たる理由である。
スバル360と同時期に発表されたイギリスの「BMC・Mini」は、エンジンこそ850ccであったが、室内容積は日本の軽自動車と同等であった。
などである。
マイカーの利便性が高い(道路が発達して渋滞が少ない、ロードサイド店舗が発達している、公共交通機関の便が悪い)地方では、個人の通勤・買物等での移動手段という文字通り「足」として、一世帯で複数台の自動車を所有することが一般的である。その際コストを抑えるため、セカンドカー(一世帯で保有する二台目以降の車)に軽自動車を購入する例が多い。セカンドカーの使用者は、女性或いは運転免許を取得して間もない若年者などであり、軽自動車の中心的購買層である。
地方分布としては、西日本で保有率が高い。中国・四国地方、九州地方での軽自動車保有率は近年50%に迫る勢いとなっている。これらの地方では積雪がほとんどないため、冬季の事故の不安が少ないこと、また可住地面積が狭く、江戸時代からの旧市街の街並み保全に努めている都市が多いため、道路の狭い都市が多いことなどが原因とも言われる。ただし、積雪のある北日本でも除雪作業が行き届くようになったため、保有比率増加が顕著である。
職業別では、農家の軽自動車保有に特徴があり、作業用に軽トラック(軽トラ)を所有している例が多い。軽トラは、価格面の他に、幅員の狭い農業用道路を楽に往来できるというメリットもある。未舗装の悪路が多いため、4WDが設定され、副変速器を持つものもある。
実際にフルモデルチェンジ後のオプティは4人乗りでありながられっきとした独立したノッチバック形状のトランクを持っていたが、1990年代末期〜現在の基準としては比較的狭いものであった。
ただし過去、とりわけボンネットバン黄金時代以前(1970年代前半以前)は、乗用の軽自動車はトランク付のノッチバック車およびセミノッチバック車が主流で、ハッチバック車や1ボックス車は商用と言う風潮が強かった。 当時はまだ日本人の平均体型もあまり大きくなかったため、4人乗りで独立したトランクルームを備えても、それなりの居住性は確保できたのである。もちろんそれだけではなく、かつての360cc時代のような「(クルマに)屋根が付いてて(クルマが)走れればそれだけでいい」だけではなく、現在は快適性や居住性、果ては日常での使い勝手の優位性が求められており、顧客が求めているものが違っていることも要因に挙げられる。
軽乗用車として最初に成功したスバル360はリアエンジンの後輪駆動(RR)であった。前輪駆動(FF)はまだ普及期になっておらず、RRは当時の小型乗用車のトレンドでもあった。1967年にホンダがFFのN360を発売し、軽乗用車首位の座をスバルから奪い、さらに後継車であるライフが今日の前輪駆動車の標準とも言えるジアコーザ式レイアウトを採用した。1970年代はRR、FF、FRのそれぞれの駆動方式が入り乱れていたが、1980年代にはほとんどがジアコーザ式FFとなり今日に至る。軽商用車(トラック、1BOXバン)では大型トラックとも同様のキャブオーバー式FRが主流で、ホンダがミッドシップ(MR)、スバルがRRを採用している。
軽自動車が360cc程度だった頃までは別にして、軽自動車のボディが規制変更で大きくなり、さらには1990年代に入ると衝突安全性などの各種安全性と言った制約が加わり、ボディがより大きく重くなっていった。エンジンも360ccから550cc、さらには660ccと大きくなっていったが、その規格内で作られた自然吸気エンジンでは、大型化したボディを満足に動かせるほどのトルクを稼げず、1人乗車ならいざ知れず、定員いっぱいまで乗った場合、出足が遅い、坂道で速度が上がらないなどが問題であった。
これを克服するために、1980年代後半頃以降の車種では、エンジン出力を稼ぐために550ccや660ccのエンジンにターボチャージャーやスーパーチャージャーを装着した車種が多い(2007年12月現在、スバル以外はターボチャージャー)。この風潮は現在でも強く残っているが、安全性を維持したまま車体を軽量化する技術の進歩やエンジン技術の進歩により、自然吸気エンジンでも普段乗る程度なら十分なトルクを稼げるようになったため、過給器搭載車種は一時期ほどではない(大体の乗用軽自動車は過給器ありとなしの2タイプがラインアップされている)。
しかし運送業や遠出する人などにはやはり過給器付きの方がトルクがあり、積載時や高速での運転が楽になるため、運送業で使われている軽トラックや軽ワンボックスは大抵過給器が付いている。
規格改定により,室内の広さは1000ccクラスの小型登録車(例・トヨタ・パッソ、ダイハツ・ブーン、日産・マーチ、スズキ・ソリオ等)と比べ,支払う税金の差ほどではなくなっており、優遇税制の見直し論議も高まっている。
2005年頃からのガソリン価格の高騰により、軽自動車以外の登録車の売れ行きの減少に対し、軽自動車の売れ行きが伸びており、過去最高の軽自動車ブームとなっている。特に2006年の軽自動車の新車販売台数は202万3,619台となり、初めて200万台を突破。登録車も含めた国内新車販売台数における軽自動車の比率も35%を突破した。一方で今後の国内市場が縮小するのを見越してスズキは、軽自動車部門の生産数の抑制とグローバル展開を見越して、登録小型車開発および生産に重点を置く経営方針を表明している。
韓国にはキョンチャ()と呼ばれる日本の軽四に似た小型車の規格がある。「、取得税 登録税免除」「高速道路通行料50%割引」「公営駐車場50%割引」「が経済だ」というコピーで利点を強調したマティスの韓国国内向けCMも存在していた。(主な乗用車両はヒュンダイ・アトス、キア・ピカント、デーヴ・マティスなど)。大宇国民車・ティコ(=3代目アルト5ドア)など日本の軽自動車の現地生産車も車種数として過去のモデルに多く存在するが、排気量上限が1000cc(当初は800ccだったがその後改定)であるのが日本のものと大きく異なる点である。
クワドリシクルとは、フランスを中心に日本の軽自動車に近い規格で造られている車のこと。かつては排気量50cc、125ccまでの2種類の規制であったが、現在は400ccまでを上限にと規制緩和されている。最も大きな特徴は、法的には自動車扱いされていないため、16歳以上なら無免許で運転出来ることにある(簡易的な講習を受けることが推奨されているが、義務ではないので受けなくても運転は出来る。)。但し最高速度は45km/hまでに限定され、無論ハイウェイを走ることは出来ない。主なメーカーはエグザム、かつてF1チームを率いていた事で知られるリジェ、MCCなどがある。