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鍵 (道具)

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

(かぎ)と錠前(じょうまえ)は、扉や物品などに取り付けて、他者が容易に移動や開閉できないようにするための道具。自動車などのエンジンを始動する場合にも鍵が使われる。人身や財産の保護、保安などの目的で用いる。

日常会話では、鍵と錠前をまとめてと呼ぶ場合が多い(例:「鍵を掛ける」)。

携帯電話などで実用化されている生体認証技術も、広義の鍵に当たるといえる。

鍵と錠前

錠前は固定を行う機構の側であり、はそれを開閉(開錠、施錠)するための道具である。建築物や自動車の扉に使われているほか、金庫やスーツケース、机、鞄など、日常生活のあらゆる場所に設置されている。錠前によっては合わせ数字などで開閉を行うため、鍵と錠前が一体のようになっている物もあり、これを符号錠という。

現在、よく使われている鍵はシリンダー錠である。シリンダー錠は筒を組み合わせた形状の錠前で、これに鍵を差し込み、回転させることで開閉する。シリンダー錠の内部には、普段は開閉をさえぎるためのピンが複数本あり、このピンはそれぞれ一定の押し具合により開く構造になっている。シリンダー錠の鍵は、このピンを押し、全てのピンが同時に開いて錠前が回転するように働く。

江戸時代の日本の鍵

江戸時代の日本では、庶民にとって鍵はほとんど必要のないものだった。当時の治安は大変よかったうえに、用心する際はほとんど心張り棒で戸締りをしていたからである。鍵をかけるのは当時の金持ちがにかけるぐらいであったが、その鍵は手で簡単に開けられるようなものなど、防犯の意味をあまり成さず、ほとんど飾りだけのようなものが多かった。ただし、城門の閂(かんぬき)には頑丈な錠前が備え付けられていた。

武器の需要が減り、仕事が減った刀鍛冶ら武器職人によって、和錠と呼ばれる手の込んだ造りの錠前が作られるようになった。

和錠

和錠と呼ばれる当時の錠の構造は、内部の重ね板バネを鍵で挟むことによって抜けるようになっているものが多い。和錠には、知恵の輪のような鍵や、豪華に金箔が張られた錠、重さが数キログラムもある錠、が描かれた芸術性のある錠、仕掛けを解かないと鍵穴が見つからない錠、一つの鍵穴に複数の鍵を順番に差し込まないと開錠できない錠、等、様々な錠前と鍵が存在した。現在でもそれらを収集するコレクターが存在する。

南京錠

南京錠もしくは西洋錠は、シリンダー錠の一種で、箱状の本体とU字型の金属の足(ツル)からなる錠。鍵で内部のシリンダーが動かすことにより、ツルが持ち上がり、一方の足と本体の間に空間が生まれる。この空間にチェーンなどを組み入れてロックさせる。既に、江戸時代初期には伝来していたと考えられており、海外から伝わった「小さい」、「珍しい」という当時の意味で南京と名付けられている(他の用例: 南京豆南京虫など)。南京錠が、現在の南京市の名産であったという意味ではない。同じく江戸期に発展した和錠とは対なす意味となる。

Wikipedia画像へのリンク(シリンダー錠の構造)

鍵の種類

鍵の歴史

鍵の歴史は古く、世界で最も古い鍵はエジプト錠と呼ばれるもので、紀元前2000年ごろには存在していたといわれる。それ以前は紐を複雑な結び目で結んで鍵の代わりとしていた。

ルイ16世 (フランス王)の趣味は鍵と錠を制作することであった。

中世ヨーロッパにおいて、家の鍵は妻の象徴だった。なぜなら、鍵は家の財産を管理する事を象徴するものであり、家(いわゆるウチ)の諸事を取り仕切るのは家長の妻だったからだ。夫婦が離縁するとき、妻は夫の家に鍵を置いて出て行くことで離縁の意思表示をした。 また、鍵は錠前に差し込んで結界を生成したり解除したりするので、簡単な魔除けにもされたといわれている。(狼男に打ち込む銀の銃弾の材料に、十字架が調達できない場合は鍵を使えばよいといわれていた。)

日本では古くは「」・「」とも表記され、地方を治める国府では、国司の印と正倉の鑰が、令制国統治の証明とされていた。

また、中世都市の城門の鍵は、都市の象徴であった。その名残で、現在でも姉妹都市の提携をするときには、鍵を交換する。

関連項目

外部リンク

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