読み込み中...

御嶽山

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
Wikipedia画像へのリンク(八ヶ岳から見た御嶽山(左)と乗鞍岳(右)。両山の間には稜線らしき峰々がほとんどないため、北アルプスには含まれないとされている。)
Wikipedia画像へのリンク(王滝口登山口)

御嶽山(おんたけさん)は、長野県木曽郡木曽町王滝村岐阜県下呂市の境目にある山である。木曽御嶽山御嶽ともいう。また、嶽の字体を新字体で表記した御岳山御岳などと表記されることも多い。最高地点の標高は3,067m。(三角点は3063.4m)日本百名山の一つ。

概要

古くから信仰として信者の畏敬を集めてきた巨峰で、いくつものを連ねてそびえる活火山である。

なお、最高地点の剣ヶ峰は県境から外れ、長野県木曽町内にある。また、北部の継子岳の岐阜県側は、高山市となっている。

御嶽山は、北アルプスこと飛騨山脈の延長線上にあり、北アルプスに含めるという説もあるが、北側の乗鞍岳との間には稜線らしき峰々はほとんどないため、一般的には御嶽山は北アルプスには含まれないというのが定説である。しかし、間を横切る河川は1本もないのも事実であり、明確な結論は出ていない。著名登山家でも意見は分かれている。なお、ガイドブック等で日本アルプスを3つに分けて紹介する場合、中央アルプスの山数が少ないので御嶽山を中央アルプスと合わせて掲載されるケースが多々ある。このため、御嶽山を中央アルプスの山と思いこんでいる人も数多く存在するが、中央アルプスとの間には木曽川が流れており、明らかに中央アルプスには属さない。また、国立公園に指定されている北アルプスや南アルプスこと赤石山脈と異なり、中央アルプスとともに国定公園にさえも指定されていない。長野県の御岳県立自然公園および岐阜県の御獄山県立自然公園には指定されているものの、国立・国定公園に指定されなかったのは、木曽ヒノキを主とする林業の盛んな地域であるという事情がある。

標高の高い山の為、幾つかのスキー場が整備されている。2008年現在、御嶽山の山腹にあるスキー場は、長野県側のおんたけ2240(旧おんたけスキー場)、御岳ロープウェイスキー場開田高原マイアスキー場と岐阜県側のチャオ御岳スキー場の4施設がある。すべて標高の高い位置にあるため雪質が良く、遅い時期までの滑走が可能である。

著名な民謡である木曽節にもこの山の名が歌われており、神聖な信仰の山であるとともに、木曽を代表する山として親しまれている。

自然

Wikipedia画像へのリンク(三ノ池と継子岳)

剣ヶ峰を主峰にして、摩利支天山(2959.2m)、継子岳(2858.9m)、継母岳(2867m)の4峰があり、南北約3.5kmの山頂部による台形の山容である。北端の継子岳は比較的新しい山体の成層火山で、北側山麓から見ると、他の峰が隠れて見えないためきれいな円錐形をしており、日和田富士とも呼ばれている。なお、長野県側に寄生火山として三笠山、小三笠山がある。

御嶽山には、5つの火口湖があり、一ノ池から五ノ池の名前がついている。そのうち、水をたたえているのは、二ノ池、三ノ池、五ノ池である。二ノ池は、日本で最も高いところ(2,905m) にある湖沼である。四ノ池は、高層湿原となっていて、小川が流れており、高山植物の花畑となっている。なお、二ノ池北西の斜面の下、賽の河原との間に小さな窪地があり、多雨期には水がたまる。これを、六ノ池と呼ぶことがある。賽の河原の西端、シン谷へ落ち込むところに日本最高所の滝(2,800m) がある。この谷は兵衛谷となり濁河川と合流し小坂川となって、飛騨川に注いでいる。よく、四ノ池から落ちる滝が日本最高所の滝と言われているが、四ノ池の標高は2,690mであるため、誤りである。

「御嶽山は滝の山である」と言われるほど、御嶽山を源とする河川にはが多い。地形が急峻で高低差が大きいこと、独立峰で山体が大きいこと、降水量が多いこと、豊かな森林を育んでいて水が涸れることがないことなどがその成因となっている。なかなか人が行けないところにあるものが多いが、黒沢口から油木尾根の遊歩道沿いにある百間滝や、御嶽教の行場となっている新滝・清滝、濁河温泉付近の仙人滝・緋の滝、日本の滝百選に選ばれた根尾の滝など、比較的簡単に目にすることができる滝もいくつかある。

一ノ池を中心として、摩利支天山、継母岳、王滝頂上を結ぶ外輪山の内側がカルデラであると推測される。カルデラ形成前の姿は、富士山に匹敵する高さの成層火山であったと推測される。大爆発によって崩壊した土砂は大土石流となって川を流れ下ったと思われる。岐阜県各務原市付近の各務原台地は、御嶽山の土砂が堆積しており、水流によってできた火山灰堆積物地層となっている。この大爆発によって、剣ヶ峰、摩利支天山、継母岳の峰々が形成された。

長らく死火山だと思われていたが、1979年水蒸気爆発を起こし、実は活火山であることが判明した。以降、死火山、休火山、活火山という定義そのものが見直され、現在では、活火山以外の言葉は使われなくなった。

1984年9月14日に発生した長野県西部地震により、剣ヶ峰南南東の伝上川上流で山体崩壊が発生し、岩屑なだれが流れ下った王滝川沿いの山麓に多大な被害をもたらした。この際、濁川温泉(現存せず)が流失し、経営者一家が行方不明になった。

信濃毎日新聞2007年4月30日の紙面に掲載された記事によると、岐阜県の調査によって、剣が峰北西6キロの下呂市小坂町内において、約6,000年前の火砕流堆積してできた地層が発見され、五ノ池火口からの噴出物と考えられる火砕流の痕跡が確認された。最近の2万年以降の活動は水蒸気爆発と限定していた岐阜県長野県それぞれにおいて、火砕流も想定しての、ハザードマップなど防災に関する見直しが行われる可能性が指摘されている。

2007年5月10日、日本の地質百選選定委員会が「日本の地質百選」の第1期選定として全国83箇所を選定(3月)した結果が発表されたが、その1つとして、御嶽山も選ばれた。

歴史・信仰

Wikipedia画像へのリンク(登山道沿いにある優覚講霊神場)

剣ヶ峰には、御嶽神社奥社がある。

通常は富士山白山立山で日本三霊山と言われているが、このうちの白山又は立山を御嶽山と入れ替えて三霊山とする説もある。

開山は、7世紀初期とされ、室町時代には修験者の登拝が盛んになった。御嶽信仰の山として一般にも開放されるようになったのは江戸時代で、1786年覚明行者によって黒沢口が開かれた。その後、覚明行者は、1791年小坂口を開いた。1792年普寛行者が王滝口を開き、この3つの道が長く使われてきた。

主な登山口

御嶽山への登山口は木曽側から3つ(王滝口、黒沢口、開田口)、飛騨側から1つ(小坂口)が昔から利用されていたが、その後日和田口が比較的新しく開かれた。

王滝口
田の原 - 7合目大江権現 - 金剛童子(8合目下) - 9合目石室 - 王滝頂上 - 剣ヶ峰
御嶽山への車道としては、最も高い標高地点(2160メートル)まで登ることが出来、また剣ヶ峰へのアプローチは最も短い。途中での眺望が優れており、登山口から王滝頂上までのコースが常に上から下まで見渡せる。登山口の田の原から王滝頂上までの間には8合目と9合目に無人の山小屋しかない。山開きに相当する開山祭は7月1日に行われる。
黒沢口
中の湯(6合目)またはロープウェイ飯森駅 - 行場山荘(7合目) - 女人堂(8合目) - 石室山荘(9合目) - 覚明堂 - 剣ヶ峰
覚明行者によって開かれた最も古い登山道。御嶽教木曽御嶽本教に最も関わりの深い登山道でもある。有人山小屋が合目ごとにある。現在は7合目付近にロープウェーの飯森駅(標高2150メートル)ができ、王滝口登山口の田の原とほぼ同じ標高まで歩かずに登ることができるようになったため、大半の登山者がロープウェイを利用するようになったが、6合目から歩く登山者は現在でも少なくない。山開きに相当する開山祭は王滝口と同じ7月1日に行われる。
開田口
開田口4合目 - 7合目避難小屋跡 - 三ノ池避難小屋 - 賽の河原 - 二ノ池 - 剣ヶ峰
木曽側の3つの登山口のうち、唯一、信仰のためでなく作られた登山道。営林署(現・森林管理署)の作業道として開かれた。距離は長いが、大自然を満喫することが出来る。ただし、時期によってはルートの一部が不明瞭になることがある。登山口の標高が低く(1500メートル)標高差が大きいため、健脚向き。
小坂口
濁河温泉 - 湯の花峠 - のぞき岩避難小屋 - 飛騨頂上(五の池小屋) - 賽の河原 - 二ノ池 - 剣ヶ峰
剣ヶ峰へのアプローチが長いためか、現在は信仰登山者はほとんど見かけず、一般登山客が多い。このルートの山開きは、6月15日。下山時に温泉を楽しめるのが魅力のコース。なお、登山口を胡桃沢とし、のぞき岩避難小屋下で濁河温泉からの道と合流するコースもあるが、このコースを特に胡桃沢コースと称することもある。
日和田口
日和田口またはゴンドラリフト山頂駅 - 継子岳 - 飛騨頂上(五の池小屋) - 賽の河原 - 二ノ池 - 剣ヶ峰
継子岳頂上を目指して登るコースで宗教登山に由来しないコースのひとつ。1998年チャオ御岳スキー場の開発に伴い、通年運行されるゴンドラリフトの「フライングチャオ」を利用することが多くなり、旧来の登山口からの登山は減った。ゴンドラリフトを使用した場合は王滝口とほほ同じ標高(2190メートル)まで登ることができるが、継子岳から最高峰剣ヶ峰までの距離が長い。また、ルートは他のコースに比べてあまり手入れがされていない。

小坂口、日和田口利用者の中には、剣ヶ峰まで登らずに、飛騨頂上・継子岳あるいは、摩利支天山までの登山を目的とする登山者も多い。

以前は、王滝川の支流の濁川に沿って濁川温泉(現存せず)を経て、剣ヶ峰と継母岳の鞍部に登る松原新道があったが、1984年の長野県西部地震により発生した伝上崩れにより崩壊し、廃道となった。

山小屋

御嶽山は宗教登山が盛んであるため、山小屋も宗教施設としての側面がある山小屋が多い。それらの山小屋は大広間や客室内に御嶽神社の掛け軸などが祀られている。また、王滝口・黒沢口の開山祭の7月1日以降の営業開始となる小屋が多く、営業終了は山小屋によって差があるものの、8月末から9月末までの間が多い。御嶽神社・御嶽教・木曽御嶽本教は山開きを7月10日から9月10日までとしているため、その間は特に白装束の宗教登山者の宿泊利用や立ち寄り利用が多い。なお、五の池小屋は例外的に例年6月1日から10月15日までの営業と、長期間の営業を行っている。8合目と7合目の山小屋は紅葉シーズンも営業する。宗教施設としてのの側面が多い山小屋群の中で、五の池小屋は御嶽山では唯一アルプススタイルの山小屋である。

山頂地域に多くの有人山小屋があるが、黒沢口には途中にも合目ごとに有人山小屋が営業している。二ノ池の水を飲料水などの水源としている山小屋が多く、二ノ池から遠い「五の池小屋」や7合目以下の山小屋以外の山小屋は「二の池水組合」を設立し、共同で水道施設の設置・維持・撤去を行っている。また、日頃の水源ポンプ施設の操作は「二ノ池本館」のスタッフが行っている。豊富な水を使って「二ノ池本館」「二ノ池新館」「石室山荘」「覚明堂」では、宿泊者向けの風呂を毎日用意するほか、宿泊者が少ない時のみ宿泊者にスタッフ用の風呂を提供する山小屋もある。

有人山小屋

  • 王滝口・・田の原登山口2軒(田の原山荘および御嶽観光センター・ただし山小屋とされないことが多い)・王滝頂上(王滝頂上山荘)・剣ヶ峰山頂(御嶽剣ケ峰山荘・旧称「剣ヶ峰旭館」)
  • 黒沢口・・6合目(中の湯・近年はロープウェイ完成による利用者の減少により、平日は営業しない日もある)・7合目(行場山荘・旧称「一ノ又行者小屋」または「覚明行場小屋」)・8合目(女人堂・別称「金剛堂」)・9合目(石室山荘)・9合目半(覚明堂・「覚明堂休泊所」とも)・剣ヶ峰山頂(御嶽頂上山荘・王滝口の御嶽剣ケ峰山荘の隣)
  • 小坂口・・飛騨頂上(五の池小屋)
  • 二ノ池周辺・・池畔(二ノ池本館)・飛騨側(二ノ池新館)(なお、二ノ池本館と二ノ池新館は全くの別経営である)

焼印

多くの有人山小屋や山頂神社社務所では、宗教登山に使われる金剛杖に焼印を押印するサービスを有料で行っている。富士山で特にポピュラーなサービスであるが、御嶽山でも実施する山小屋を少し減らしながらも現存しており、貴重な存在である。ただ、富士山ほど押印希望者は多くなく、希望者が現われてから焼印を加熱するところが多いため、焼印に時間がかかることが多い。また、押印の料金も富士山よりも割高になっている。

撮影ポイント

画像

画像:Ontake.jpg|木曽谷から 画像:OntakeSanS.jpg|御嶽山遠景。航空機より。(2007年2月撮影) 画像:KisoDani.jpg|奥から御嶽山、木曾谷、木曽駒ヶ岳(2006年11月撮影) 画像:YariKamikohchiTagged.jpg|北アルプス上空より見る御嶽山。説明付。(2007年2月撮影) 画像:AlpsTagged.jpg|日本海側より見る御嶽山。(2006年11月撮影) 画像:Ontake-air.jpg|王滝村(南東側)上空より見る御嶽。(2005年1月撮影) 画像:Ontake-tanohara.jpg|田の原より見る御嶽。(2004年8月撮影)

関連項目

外部リンク

御嶽山の関連ワード
 読み込み中...
ブログ検索
御嶽山
に関するブログを検索!
コミュニティ検索
御嶽山
に関するコミュニティを検索!
スポンサーサーチ

ブログレシピコミュニティお小遣いふくびき壁紙写真

Copyright(C)2008 GMO Media, Inc. All Rights Reserved.