埼玉県(さいたまけん)は、
日本の
関東地方中央西側に位置する
県である。日本の都道府県中
人口と県内総生産は共に第5位、人口密度は第4位でいずれも内陸県の中では最も多い。また農業産出額は第6位で、首都圏へ供給される
農産物の最大の生産地となっている。南部は人口密集地域として繁栄する一方、北部は
農地が、西部は山が多い。
県庁所在地であるさいたま市は、内陸県にある最大規模の都市であり、内陸県唯一の政令指定都市でもある。
県名の由来
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埼玉県(現在の埼玉県の東半分)設置当時の県庁を南埼玉郡岩槻町(現:さいたま市岩槻区)に置く予定であっため、その郡名から埼玉県と名付けられた。
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* 但し、県庁として使える建物がなかったため、実際の県庁業務は北足立郡浦和宿(現:さいたま市浦和区)にある旧浦和県庁舎で行われた。その後、熊谷県が群馬県と旧入間県部分(現在の埼玉県の西半分)に分けられ、旧入間県部分が埼玉県に編入された際、県庁所在地は引き続き浦和宿のままとなったため、岩槻町(資料により岩附とも記す)が実質的な県庁として機能することはなかった。1890年(明治23年)9月25日には、勅令により正式に浦和町が県庁所在地となった。
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埼玉の名前の由来は諸説あるが、発祥の地は「北埼玉郡埼玉(さきたま)村」(現:行田市大字埼玉)である。
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* 埼玉古墳が由来とする説や、幸福をもたらす神の働きを意味する「幸魂」(さきみたま)から名づけられたとする説がある。魂は玉の意でもあり、県章である勾玉に関連する。
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* 奈良時代の『万葉集』に「前玉」「佐吉多万」(さきたま)という記述がある。また、平安時代の『和名類聚抄』には「埼玉」「佐伊太末」(さいたま)という郡名があり、当時、既にさいたまと呼ばれている事が分かる。
地理
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埼玉県は日本の関東地方に属する県で、北関東エリアの中心地である。
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埼玉県は関東地方の中央西側に位置する内陸県であり、東西約103km、南北約52kmと東西方向に長い。日本の都道府県中面積が9番目に狭いが、最も狭い都道府県である香川県の約2倍の面積を有する。
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旧律令国においては、現在の埼玉県の領域は下総国に含まれていた東端部の江戸川沿いの地域を除き、武蔵国に含まれていた。武蔵国には東京都、及び神奈川県の北東部も含まれることから、埼玉県は武蔵国の中部・北部にあたるといえる。
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東側では江戸川を境に千葉県に接し、北東側には茨城県・栃木県ともわずかに接する。北側および北西側は概ね利根川、神流川(利根川の支流)といった河川、および荒川・神流川の分水嶺を境として群馬県に接している。南側はほぼ東西に真っ直ぐに東京都・山梨県と接している。この南境は、西部では荒川と多摩川あるいは笛吹川の分水嶺にあたるが、東部では一部が荒川となっている他は河川や分水嶺などの地形に見いだすことは難しい。
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埼玉県の地形は、児玉・小川・飯能を走る八王子構造線によって、その東側の平地部と西側の山岳部に分けられる。
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東側の平地部は古来利根川や荒川、入間川などの流域であり、低地や台地(大宮台地など)が広がるほか、一部に丘陵(比企丘陵など)もみられる。江戸時代、徳川家康により現在の古利根川の流路に近かった利根川の流路は、渡良瀬川(現在の江戸川の流路に近い)、ついで鬼怒川(毛野川)に導かれ、また現在の元荒川の流路に近かった荒川の流路は入間川に導かれ、現在の河川形態となった(利根川東遷事業)。
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西側の山地部は関東山地に含まれ、その中央部に秩父盆地がある。秩父盆地東側の比較的標高の低い山塊は特に外秩父山地とも呼ばれる。西側の長野県境は日本海側との分水嶺を形成しており、その南端に位置する甲武信ヶ岳は千曲川、荒川、笛吹川(富士川の支流)の源流であるとともに、埼玉県・長野県・山梨県の県境となっている。その北には県最高峰である三宝山(2,483m)がある。
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海に接していないため、内陸性の気候(夏は高温多湿、冬は低温乾燥、昼夜の寒暖差の激しい気候)を呈する地域も見られ、特に海からの距離が離れた県北側・西側でその傾向が強い。
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県内部の地域区分としては、中央部、西部、秩父地方、北部、東部の5つに分けられることが多い。
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中央部は、郡・旧郡による地区分類では概ね北足立地区にあたる、おおむね荒川と綾瀬川とに挟まれた地域である。その広がりは南は川口から北は鴻巣にわたり、南北に細長い。浦和以北では、この南北に細長い地域の中央を大宮台地(北足立台地)が走っている。江戸時代以降、五街道のひとつである中山道がこの台地上を通り、現在ではこの旧中山道に沿って京浜東北線・高崎線が通っている。これら南北に結ぶ交通路を中心に形成された市街地は、県内最大規模を有する。この中心となっているのが県庁所在地であるさいたま市であり、さいたま市は2003年に政令指定都市となった。このような市街地は現在では東京のベッドタウンとしての性格が強く、近代以降の東京の郊外拡大に伴い人口・経済規模が著しく増大してきた。工業の中心は、鋳物などから携帯電話等の精密機械の製造へと重心が移っている。
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西部は荒川から外秩父山地の東側手前に至る地域であり、郡・旧郡による地区分類では入間地区、比企地区にあたる。また、北足立地区の荒川西側、即ち当初は新座郡であった地区もこれに含むことが多い。東端の荒川沿いの低地から西に行くにつれ台地―丘陵と遷移し、秩父地方と接する西端は一部山地にかかる。東京のベッドタウンとしての性格が強い一方、関東旧来の生活風俗が色濃く残る地域でもある。東武東上線を中心とする都市軸、西武池袋線・西武新宿線を中心とする都市軸の二つの都市軸が形成されている。このうち小江戸と呼ばれる川越藩の城下町川越をはじめ志木・坂戸・東松山などが前者、西武ドームのある所沢をはじめ狭山・入間・飯能などが後者に属する。農業については、関東ローム層に属する水はけの良い地質のため、ゴボウ・ニンジン・サツマイモなど根菜類の生産が盛んである。また戦後早くから製造業を中心とした大企業が生産拠点を神奈川や多摩など同じ首都圏西部に比べて地価も安いこの地域に進出するケースが多く見られた。ホンダ(狭山市・和光市)や西武鉄道(所沢市)の本拠地。柳瀬川流域(志木市・新座市・所沢市)には現在も武蔵野の原風景を残している地区があり、宮崎駿監督のアニメーション映画「となりのトトロ」ではその舞台ともなった(所沢市松郷周辺など)。
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秩父地方は県の一番西側に位置する。郡・旧郡による地区分類では概ね秩父地区がこれにあたる。関東山地やその周辺の山々とそれらに囲まれた秩父盆地からなり、秩父巡礼などの観光産業が発達。結晶片岩の岩畳を特徴とする長瀞の景勝地は、サメなどの古生物の化石が発掘されることから「日本地質学発祥の地」「地球の窓」とも呼ばれ有名である。
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北部は郡・旧郡による地区分類では概ね大里地区・児玉地区がこれにあたる。北端を利根川、南を荒川が流れており低地や台地を主体とするが、秩父地方に接する南西側に近づくにつれ丘陵へと遷移する。熊谷の商業地を中心に、周辺都市や隣接する群馬県から消費者が流入。工業は各地の工業団地を中心に発達。ナシ・ミカン・ネギなどの生産が盛ん。
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東部は旧日光街道の沿線を中心とする地域であり、中部同様やはり南北に細長い地域である。郡・旧郡による地区分類では概ね南埼玉地区・北埼玉地区・北葛飾地区がこれにあたる。江戸川・中川などの河川が南北に流れ、流域は低地となっておりその立地を生かした米を中心とした農業が盛んな地域である。そのような立地条件から東京との近接性の割に宅地化は遅れ気味であったが、高度経済成長期以降東武伊勢崎線沿線を中心に、草加市・越谷市・春日部市・久喜市などで急速な宅地化をみた。
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このように上記の中央部・西部・東部の南側の地域は日本の首都である東京に近く、近代以降の大都市圏の拡大に伴い、1970年代を中心に急激な人口流入と都市化をみてきた。県の広い範囲がこのような地域に含まれていることから、埼玉県はこの特徴をもって「郊外県」と称されることもある。このようにして形成された市街地は、その多くがスプロール現象によるものであり、このような地域では現在も道路などの社会基盤の整備に難を抱える。
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県内は首都高・東京外環・関越・東北・常磐・圏央道などといった高速道路や自動車道が多く集まり、高速道路が比較的整備されているが、一般道については十分に整備されていない地域が多く、自動車の増加や大規模商業施設の郊外立地化に伴い各地で道路渋滞が慢性・深刻化している。また道路・鉄道ともに東京方向の交通網は発達しているが、県の東西を結ぶ鉄道・道路はそれに比べて貧弱なものが多い。
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埼玉県の諸都市の特徴のひとつに、同様の人口を持つ自治体が多数存在することが挙げられる。県庁は浦和市にあり、経済規模では大宮市が優位で、市制施行は川越市が最も早かった。一方、2001年に大宮市・浦和市・与野市の合併で「さいたま市」となり(その後岩槻市を2005年に編入)、政治・経済共に中心と呼べる自治体区域が誕生した。国などの関東地方出先機関が集まるさいたま新都心も造成されたことで、東京のベッドタウンから関東地方において独自の重要性を持つ地域になりつつある。
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現在こうした県東西の移動・交流の活発化、既存交通網の混雑緩和を狙った「東西交通大宮ルート」と「東西交通県南ルート」と呼ばれる2つのLRT整備計画が検討されている。
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* 「東西交通大宮ルート」は所沢〜上福岡〜大宮、大宮〜さいたま新都心〜浦和美園、浦和美園〜越谷〜吉川の3区間で構成される。大宮〜浦和美園区間の11.4kmについては、2015年の開業を目指して調査・検討がなされている。
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* 東西交通県南ルートは川口〜南鳩ヶ谷〜草加の8.9kmとなっている。
自然公園
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国立公園
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* 秩父多摩甲斐国立公園
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県立自然公園
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* 狭山自然公園、奥武蔵自然公園、黒山自然公園、長瀞玉淀自然公園、比企丘陵自然公園、上武自然公園、武甲自然公園、安行武南自然公園、両神自然公園、西秩父自然公園
歴史
古代
県域は隆起と海退によって形成された。海面は、現在よりも高く、東京都江戸川区から県域南東部を中心とした海抜の低い地域は、古東京湾の入り江が大きく入り込んでいたため、海底だったと考えられている。その影響は縄文・弥生時代まで続いたとされる。
古代の国選史書である『日本書紀』にある安閑天皇元年(534年)に、「閏の十二月…(中略)…是の月に武蔵国造笠原直使主と同族小杵と国造を相争いて年経るに定めがたし」云々とあり、鴻巣市笠原地区付近に居を構えていたとされる豪族、笠原直使主と同族の小杵による武蔵国造の勢力争いが起き、朝廷の力を借りた直使主が勝利し、武蔵国造となった使主は朝廷に横渟(多摩郡または横見郡)・橘花(神奈川県橘樹郡)・多氷(多摩)・倉樔(神奈川県久良郡)の四箇所を屯倉として差し出した。と記述されていることや、6世紀に突如現れたこの地の巨大古墳郡、および後述の鉄剣などから大和朝廷の直接支配まで、長らく武蔵国における中心だったと考えられる。
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本域は、律令制以前は、毛野国と呼ばれ、筑紫や吉備に比肩する大国であったとされ、大和朝廷との関係において高い地位にあり、現在の東京地域よりも繁栄していた。
1978年には、行田市埼玉にある さきたま風土記の丘(現さきたま古墳公園)の稲荷山古墳のなかから、錆びた鉄剣が発掘され、のち奈良にある元興寺文化財研究所へ持って行き調べた所、表裏に金象嵌で115文字の銘文があることがわかり注目を浴びた。その文中にある「獲加多支鹵大王(ワカタケル大王)」は『記紀』に出てくる雄略天皇であり、『宋書』倭国伝に見える倭王武である。また、冒頭の「辛亥の年」は471年である。との学説が主流である。古代史ブームの巻き起こる中で、鉄剣の解釈をめぐりさまざまな議論がある。
中世
中世にはそれまで原野であった北武蔵の丘陵地や台地を開拓した武蔵武士が出現し、畠山氏や河越氏ら諸氏を分出した秩父氏の一族や、同族集団として形成された武蔵七党など中小規模の在地土豪となった。平治の乱を経て武蔵国が平氏の知行国になると武蔵守には平氏一門が任じられると武蔵武士は被官化し、新恩地を得て西国へも進出した。治承4年(1180年)の源頼朝の挙兵後に服従した豪族には、県域に勢力を持っていた秩父一族が主に頼朝に味方し、治承・寿永の内乱における合戦に参戦した。畠山氏や比企氏、足立氏らは鎌倉幕府の創設期に重用されて政務に参画するが、幕府権力の確立課程ではそれぞれ没落し、武蔵武士の地位は低下した。
中世には鎌倉幕府の成立を契機に街道が整備され、北武蔵には南北に鎌倉街道の上道や中道が通じて奥州方面と結ばれ、物資の流通路となったほか軍事的にも重視され、沿道には城館が分布する。幹線道の整備に伴い脇道や水上交通も発達し、多くの市や宿が成立した。
北武蔵は、古くから後北条氏の領国として繁栄、天文10年(1541年)には重要拠点の川越城を巡り関東管領の上杉憲政や古河公方と結んだ扇谷上杉氏と城の救援に向かった北条氏康との間で川越夜戦が行われ、敗北した扇谷上杉氏は滅亡した。後北条氏の勢力圏となった北武蔵には多くの支城が築かれ、氏康は扇谷上杉氏を支援した上杉憲政を圧迫する。憲政は越後国守護代の長尾景虎(のちの上杉謙信)を頼り、関東管領職と上杉家家督を譲り受けた景虎は関東出兵を行い氏康と争った。後北条氏は甲斐国の武田氏や駿河国の今川氏と三国同盟を結び景虎と争っていたが、同盟破綻後の永禄12年(1569年)には越後と和睦して越相同盟を結び、武田氏の秩父方面への侵攻を招いている。後北条氏は天正年間には関東の大半を支配し豊臣(羽柴)家に次ぐ全国第二位の勢力となるが、豊臣秀吉は天正18年(1590年)天下統一の最後の戦いとなる小田原合戦において北条氏直を破り、北条氏を滅亡させる。後北条氏の滅亡後、北武蔵を含む関東へは徳川家康が移封され、徳川氏の家臣団が配置された。
近世
江戸時代になると江戸幕府により江戸を起点とした五街道の整備が進められ、埼玉県内には中山道に9つの宿場(蕨宿、浦和宿、大宮宿、上尾宿、桶川宿、鴻巣宿、熊谷宿、深谷宿、本庄宿)、日光街道(奥州街道)に6つの宿場(草加宿、越ヶ谷宿、粕壁宿、杉戸宿、幸手宿、栗橋宿)が置かれた。五街道に準ずる脇往還は、県内では川越往還、川越児玉往還、日光脇往還、日光御成街道、関宿往還、秩父往還、秩父甲州往還が整備された。
川越藩や岩槻藩・忍藩といった城下町が発展。他に岡部藩があり、特に川越は江戸北方の防衛拠点として親藩・譜代の重臣が治め、「小江戸」と呼ばれ栄えた。
明治時代以降
明治時代の1883年から85年にかけて、秩父地方で
松方財政の不況の中借金に苦しむ負債農民が困民党を結成して
秩父事件とよばれる騒擾を起す。
最近の出来事
人口
年齢構成
平均年齢
41.6歳(男40.7歳、女42.5歳) [平成18年1月1日現在]
行政
歴代知事(公選制以降のみ)
詳細は
埼玉県知事一覧を参照。
財政
議会
詳細は
埼玉県議会。
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定数:94
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所在地:さいたま市浦和区高砂3-15-1
県内の主な施設
産業
国の研究・研修・行政機関
交通
など
名産品
食品
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深谷ねぎ(深谷市)
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草加せんべい(草加市)
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さつまいも料理・芋菓子(芋羊羹・芋せんべいなど)(川越市)
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五家宝(熊谷市)
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狭山茶(入間市・所沢市・狭山市ほか)
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天然かき氷(秩父郡長瀞町)
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忠七めし(比企郡小川町) - 日本五大名飯の一つ
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武蔵野うどん(比企郡)
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加須うどん(加須市)
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秩父そば(秩父市、秩父郡)
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おっきりこみ(秩父市、秩父郡)- 平めんの煮込みうどん
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蒲焼(さいたま市浦和区、川越市ほか)
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ゼリーフライ(行田市)
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行田のフライ(行田市)
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東松山焼きとん(焼き鳥)(東松山市) - 豚カシラ肉の焼き鳥風串焼き(店独自の味噌で食す)
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十万石まんじゅう(行田市) - テレビ埼玉で放映されるCMで県民には有名
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煮ぼうとう(深谷市)
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なまず料理(吉川市)
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鮎料理・鮎飯(大里郡寄居町)
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秩父味噌・秩父おなめ(秩父市、秩父郡)
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秩父酒造 -秩父ワイン、秩父錦、武甲正宗など
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四里餅(飯能市)
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袋屋すまんじゅう(秩父郡長瀞町)
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うまい棒(八潮市)
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ガリガリ君(深谷市)
民芸品
有形文化財建造物
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重要伝統的建造物群保存地区
観光
名所・旧跡
遊園地等
自然・公園
祭事
関東の駅百選
都市景観100選
その他
言語
明治41年(1908年)の国語調査委員会報告以来、関東地方における京阪式アクセント使用地域(主として旧葛飾郡域にて。実態は東京式アクセントの一段階変化形特殊アクセントであった)として注目を集めたが退潮著しく、ほぼ全域にわたって東京式アクセントによる東部方言の西関東方言が用いられる。東京に近い上に県外からの転入者が多いことから共通語の影響が強く、西関東方言も衰退し、いわゆる「首都圏方言」が使われているところも多い。
スポーツ
野球
(2006年以降名称を「埼玉西武ライオンズ」とした)
(古田兼任監督就任後「東京ヤクルトスワローズ」とした)
サッカー
ラグビー
バレーボール
バスケットボール
ハンドボール
姉妹提携都市
地域
県内は、県庁によって地勢的に中央(約243万人)・東部(約175万人)・西部(約225万人)・北部(約53万人)・秩父(約11万人)の5つの地域に区分されている(
地図)。それらは、更に9つの広域行政圏に細分化されて、「大都市周辺広域行政圏」と「広域市町村圏」の2つに類型化されている。以下に地域・広域行政圏を記載する。括弧内は、大都市周辺広域行政推進協議会、または、広域市町村圏組合の所在地。人口は2006年7月1日現在の推計人口(埼玉県の総人口 : 7,071,715人)
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大都市周辺広域行政圏 6,191,660人
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* 埼玉中央(蕨市) 2,434,830人
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* 埼玉西部第一(川越市) 1,645,491人
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* 埼玉東部(越谷市) 1,089,078人
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* 埼玉県利根(久喜市) 661,695人
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* 埼玉西部第二(鶴ヶ島市) 360,566人
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広域市町村圏 880,055人
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* 大里(熊谷市) 387,635人
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* 比企(東松山市) 239,091人
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* 児玉郡市(本庄市) 139,714人
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* 秩父(秩父市) 113,615人
県下には、以下の40市9郡29町1村がある。町の読み方は「ちょう」ではなくすべて「まち」である。地域圏・広域行政圏ごとに記載する。なお、埼玉県は日本の都道府県の中で「市」の数が一番多い。
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中央地域 2,434,830人
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* 埼玉中央広域行政圏 2,434,830人
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** さいたま市(10区) - (県庁所在地、政令指定都市)
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*** 西区 - 北区 - 大宮区 - 見沼区 - 中央区 - 桜区 - 浦和区 - 南区 - 緑区 - 岩槻区
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** 川口市 - (特例市、彩の国中核都市)
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** 鳩ヶ谷市
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** 蕨市
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** 戸田市
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** 上尾市 - (彩の国中核都市)
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** 桶川市
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** 北本市
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** 鴻巣市
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** 北足立郡
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*** 伊奈町
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西部地域 2,245,148人
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* 埼玉西部第一広域行政圏 1,645,491人
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** 川越市 - (中核市)
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** 所沢市 - (特例市、彩の国中核都市)
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** 狭山市
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** 入間市
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** 富士見市
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** 新座市
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** 志木市
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** 朝霞市
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** 和光市
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** ふじみ野市
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** 入間郡(毛呂山町と越生町は西部第二)
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*** 三芳町
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* 埼玉西部第二広域行政圏 360,566人
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** 坂戸市
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** 鶴ヶ島市
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** 飯能市
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** 日高市
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** 入間郡(三芳町は西部第一)
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*** 毛呂山町 - 越生町
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* 比企広域市町村圏 239,091人
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** 東松山市
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** 比企郡
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*** 滑川町 - 嵐山町 - 小川町 - 川島町 - 吉見町 - 鳩山町 - ときがわ町
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** 秩父郡(東秩父村以外は秩父広域)
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*** 東秩父村
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東部地域 1,750,773人
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* 埼玉東部広域行政圏 1,089,078人
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** 越谷市 - (特例市、彩の国中核都市)
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** 草加市 - (特例市、彩の国中核都市)
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** 春日部市 - (特例市、彩の国中核都市)
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** 三郷市
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** 八潮市
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** 吉川市
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** 北葛飾郡(松伏町以外は利根広域)
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*** 松伏町
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* 埼玉県利根広域行政圏 661,695人
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** 久喜市
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** 蓮田市
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** 幸手市
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** 行田市
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** 加須市
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** 羽生市
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** 北埼玉郡
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*** 騎西町 - 北川辺町 - 大利根町
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** 南埼玉郡
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*** 宮代町 - 白岡町 - 菖蒲町
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** 北葛飾郡(松伏町は東部広域)
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*** 栗橋町 - 鷲宮町 - 杉戸町
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北部地域 527,349人
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* 大里広域市町村圏 387,635人
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** 熊谷市
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** 深谷市
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** 大里郡
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*** 寄居町
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* 児玉郡市広域市町村圏 139,714人
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** 本庄市
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** 児玉郡
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*** 美里町 - 神川町 - 上里町
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秩父地域 113,615人
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* 秩父広域市町村圏 113,615人
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** 秩父市
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** 秩父郡(東秩父村は比企広域)
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*** 横瀬町 - 皆野町 - 長瀞町 - 小鹿野町
地域振興センター
地域振興センターは、
2008年4月に設置された、県の行政機関。それまで設置されていた地域創造センターと産業労働センターを再編した。政令市であるさいたま市を除いた市町村を管轄している。(
太字:センター所在市町村)
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川口市、蕨市、戸田市、鳩ヶ谷市
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朝霞市、志木市、和光市、新座市、富士見市、ふじみ野市、三芳町
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春日部市、草加市、越谷市、八潮市、三郷市、吉川市、松伏町
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鴻巣市、上尾市、桶川市、北本市、伊奈町
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川越市、坂戸市、鶴ヶ島市、毛呂山町、越生町
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東松山市、滑川町、嵐山町、小川町、川島町、吉見町、鳩山町、ときがわ町、東秩父村
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所沢市、飯能市、狭山市、入間市、日高市
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行田市、加須市、羽生市、久喜市、蓮田市、幸手市、騎西町、北川辺町、大利根町、宮代町、白岡町、菖蒲町、栗橋町、鷲宮町、杉戸町
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熊谷市、深谷市、寄居町
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本庄市、美里町、神川町、上里町
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秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町
その他
埼玉県を舞台にしたマンガ・アニメ作品