芝(しば)は、東京都港区にある地名。2008年3月現在の住居表示では一丁目から五丁目まである。当地域の人口は、10,957人(2008年4月1日現在、住民基本台帳による。港区調べ)。狭義には現在の住居表示の町名(芝一〜五丁目)を指す。また、広義には旧東京市芝区の範囲全域を指す。かつての芝区の範囲とは、現在の港区の範囲のうち、赤坂・青山・麻布・六本木を除くすべての地域のことである。本稿ではおもに現行の芝について述べる。
概要
港区の東部に位置し、町域内にJR山手線・京浜東北線の田町駅と都営地下鉄浅草線・三田線の三田駅があり、交通の要所となっている。田町駅・三田駅周辺を中心として商業地・飲食店街・ビジネス街として栄えており、大通りの裏には古くからの住宅街も混在している。最近では再開発にともない、NECスーパータワー(NEC本社)・セレスティンホテル・中央三井信託銀行本社などの大型ビルが増えている。
歴史
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戦国時代までに、荏原郡柴村として成立する。柴村は後に豊島郡の所属となる。
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江戸時代、東海道の整備によって柴村は急速に発展し、柴町・芝町とも呼ばれるようになる。またこの頃から、柴村の周辺地域も「芝」と呼ばれるようになる。
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寛文2年(1662年)、豊島郡柴村が町奉行支配となり、本芝7ヶ町が成立する(本芝一〜四丁目・本芝入横町・本芝下タ町・本芝材木町)。また同時に荏原郡金杉町・荏原郡上高輪村も町奉行支配となり、金杉11ヶ町(芝金杉通一〜四丁目など)・芝田町などが成立する。
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明治元年(1868年)、東京府成立にともない、当地域は東京府の所属となる。
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明治2年(1869年)、芝金杉地区に町域統廃合が行われ、芝金杉一〜四丁目・芝金杉川口町などが成立する。
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明治11年(1878年)、芝区の成立にともない、当地域は東京府芝区の所属となる。
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明治22年(1889年)、東京市成立にともない、当地域は東京市芝区の所属となる。
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明治44年(1911年)、町名より「芝」の冠称が省かれる。
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昭和22年(1947年)、芝区が麻布区・赤坂区と合併して新たに港区が成立する。それにともない町名に再び「芝」の冠称がつく。
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昭和39年(1964年)1月1日、住居表示の実施にともない、本芝地区・芝金杉地区・芝三田四国町などをあわせて現在の芝一〜五丁目が成立する。
住居表示実施前後の町名の変遷
| 実施後 |
実施年月日 |
実施前(各町名ともその一部) |
| 芝一丁目 |
1964年1月1日 |
芝金杉一〜四丁目、芝金杉浜町、芝金杉川口町 |
| 芝二丁目 |
芝金杉一〜四丁目、芝金杉河岸、芝新堀町、芝新堀河岸、芝西応寺町、芝三田四国町 |
| 芝三丁目 |
芝新堀町、芝新堀河岸、芝松本町、芝三田四国町 |
| 芝四丁目 |
本芝一〜四丁目、本芝入横町、本芝下町、本芝材木町、芝三田四国町 |
| 芝五丁目 |
本芝四丁目、本芝入横町、芝田町一〜三丁目、芝三田四国町、芝三田同朋町、芝通新町、芝横新町 |
芝区
芝区は現在の港区の前身となった3つの区(芝区・赤坂区・麻布区)のひとつである。明治11年(1878年)11月2日、郡区町村編制法によって発足した。その範囲は、現在の港区の範囲のうち、赤坂・青山・麻布・六本木を除くすべての地域にほぼ一致する。
芝区の沿革
地区内の施設・名所
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芝一丁目
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芝二丁目
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芝三丁目
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芝四丁目
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芝五丁目
関連項目
ギャラリー
画像:Mitsui Trust Hldg Head Office.jpg|中央三井信託銀行本社ビル
画像:NEC Super Tower.jpg|NEC(日本電気)本社
画像:Tokyo-Tamachi-station Mita-exit.jpg|田町駅
画像:Morinaga plaza building.JPG|森永プラザビル(森永製菓本社)