読み込み中...社会主義(しゃかいしゅぎ 英:socialism)とは、生産手段の社会的共有・管理などによって、平等な社会を実現しようとする思想・運動の総称である。
「社会主義」にはさまざまな定義や潮流があるが、ここでは比較的一般的と思われる説明を記載する。
狭義では、生産手段の社会的共有・管理を目指す共産主義、特にマルクス主義とその潮流を指す。日本では歴史的経緯により、この狭義を指すことが多い。
しかし広義では、トマス・モア、フェビアン協会、北欧諸国などの社会改良主義や社会民主主義、一部のアナキズム(無政府主義)、上記のマルクス主義などを含めた総称である。ヨーロッパではこの広義を指すことが多い。
歴史的には、市民革命では市民が基本的人権など政治的(理念的)な自由と平等を獲得したが、資本主義が進むと少数の資本家(ブルジョワジー)と大多数の労働者などの貧富の差が拡大して固定化し、社会不安が増大したため、労働者階級が経済的(実質的)な平等と権利を主張したものとされる。市民革命と社会主義は、啓蒙思想と近代化では共通するが、初期の資本主義が経済的には自由放任主義(夜警国家)を主張したのに対し、社会主義は市場経済の規制(場合によっては廃止して計画経済化)や福祉国家を主張する。
政治的には「左翼」と呼ばれ、労働組合の結成と労働条件の改善、社会保障による富の再分配、教育や医療の無償化、教会権力に対する政教分離、主要産業の国営化や計画経済による近代化、帝国主義戦争に対する反対と国際主義、などを主張する。
第一次世界大戦の末期にはロシア革命が発生して、マルクス・レーニン主義を標榜する社会主義国が誕生し、第二次世界大戦後は社会主義(共産主義)陣営と資本主義(自由主義)陣営の間で冷戦や、朝鮮戦争やベトナム戦争などの代理戦争が続いた。西側諸国内でも資本主義勢力と社会主義勢力と社民主義勢力の対立が生まれ、東側諸国でもソ連型社会主義と自主管理社会主義の対立、中ソ対立などが起こった。一方で非共産主義諸国でも、西側諸国でのニューディール政策など混合経済化が進んだ。
しかし、共産党一党独裁のもとに中央集権型の官僚主義が構築されたソ連型社会主義は、特にレオニード・ブレジネフ指導体制の成立後は停滞する。1989年には東欧革命が、1991年にはソ連崩壊が発生し、「社会主義」のイメージは世界的に失墜した。共産党独裁体制が続く中華人民共和国やベトナムは市場原理の導入を進め、事実上の混合経済体制を築いている。
現在では、社会民主主義では市民主義、軍縮、反原発、環境問題、反グローバリゼーションなども主要なテーマとなっており(ただしこれらのテーマは本来の社民主義とは別の概念)、一部はアナキズムの潮流とも関連する。また従来の社会民主主義に新自由主義の市場原理主義を取り入れた「第三の道」路線も登場している。
一方、狭義の社会主義政権は中南米諸国で伸張が著しい。ベネズエラなどでは選挙を通じて社会主義を掲げる政権が成立し、社会主義路線を進めている。
主な潮流には以下がある。ただし各潮流の定義や範囲はさまざまな考えがあり、また時期によっても変化している。
シャルル・フーリエ、アンリ・ド・サン=シモン、ロバート・オウエンらに代表される、初期の社会主義思想。ただしこの空想的社会主義なる名称は、自らを科学的社会主義と称するマルクス主義の立場からの呼称であり、中立的なものとは言えない。
社会民主主義は議会政治を通した民主的な変革を目指し、マルクス主義の暴力革命論を否定する(反共産主義)。社会改良主義、民主社会主義などや、広義にはマルクス主義から転じた修正主義、構造改革主義、ユーロコミュニズムなども含む。国際組織に社会主義インターナショナルなどがある。
アナキズム(無政府主義)は個人主義的な立場、自由主義的な立場、社会主義的な立場など多様な思想の総称だが、社会主義的な立場では権力の集中に反対して地域コミュニティや労働組合主義などを目指す。マルクス主義を権威主義と批判する。アナルコサンディカリスムなど。
共産主義は、産業の共有による平等社会を目指す。フランス革命時のバブーフは「土地は万人のものである」として物品の配給による平等社会を目指し、「共産主義の先駆」とも呼ばれる。またシュタインの著作は共産主義を体系的に紹介し、カール・マルクスにも大きな影響を与えた。
マルクス主義は共産主義の潮流の一つであり、階級闘争論により生産手段の社会的所有を目指す。既存の社会主義潮流を「空想的社会主義」と呼び、マルクス主義のみを「科学的社会主義」と自称する。共産党を唯一の前衛党とし、アナキズムを批判する。暴力革命とプロレタリア独裁を主張し、社会民主主義を修正主義と批判する。なおマルクスの著作の大半は資本主義のメカニズムの分析と革命の方法論であり、革命後の社会体制への具体的な言及はほとんど無い。
マルクス・レーニン主義は「マルクス主義の継承と発展」を標榜するが、帝国主義論を基本として「資本主義は独占資本主義段階となった(既に自由主義経済は後退して、独占資本は封建主義勢力とも結託し、植民地の収奪で延命している)ため、革命は先進国以外でも発生する」とする。ソ連型社会主義の基礎となる主義であり、後のスターリン主義、毛沢東主義、トロツキズム、新左翼などもそれぞれ「マルクス・レーニン主義の継承と発展」を標榜している。
主体思想(チュチェ思想)は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の独自の思想で、当初はマルクス主義の発展と自称していたが、現在では「マルクス主義を基礎にしながらもすでにそれを超克した」と称している。
アラブ社会主義は、1950年代〜1960年代に広まった、国有化など反植民地ナショナリズムの傾向を持つ社会主義。
キリスト教社会主義は現在では中南米の解放の神学など。貧困や抑圧からの解放のためには、階級闘争を含む福音の実践が必要とする。
国家社会主義は、ムッソリーニやナチスによるファシズム、日本での北一輝による「国体論及び純正社会主義」や、統制派による統制経済、更にはアジア諸国での開発独裁などを指す。反共主義や極端な民族主義・国家主義などを掲げるため、右翼(極右)とされる場合が多いが、国家による統制経済(集産主義)や全体主義などはソ連型社会主義とも共通しており、社会主義の側面も持つ。戦前の日本社会党 も一時期は国家社会主義路線を進めていた。
正確には「社会主義へのビルマの道」と呼ぶ。1962年にビルマ(ミャンマー)でネ・ウィンがクーデターを起こし政権を掌握。反共主義を唱えながらも社会主義路線を採った。科学的社会主義を否定し、(ビルマ族の主要宗教である)仏教を社会主義の根幹に据えた。
思想的にはいわゆる仏教社会主義に拠っている側面が大きい。しかし現実的には農業を中心とした統制経済を実施し(ただし、農業は国有化が実施されず、農作物の政府による強制買取にとどまった)、企業の国有化を行なうなど上記の国家社会主義等からの影響が強く、この点は戦前の日本からの影響も指摘される場合がある。。
民族主義的政策として、外国資本の排除の他、外国人の短期入国さえも拒否して事実上の「鎖国」体制を築いた。また、反共主義という面では中華人民共和国から多大な支援を受けていたビルマ共産党と激しく軍事衝突している。外交的には旧東側諸国とは旧ユーゴスラビアを除いて疎遠であり、限定的にアメリカや東南アジア諸国と外交関係を築いていた。
61年のクーデターによって政党は全て解散・糾合・非合法化されて、表面的にはビルマ社会主義計画党による一党独裁制となった。しかし現実的にはネ・ウィンの支持基盤は軍部であり、官僚に軍人を登用させるなど軍人の権限を大幅に強化する事に努めた(これらは後の軍事政権の大きな足がかりとなった)。
1980年代にはいずれの政策も行き詰まりを見せ、1988年には軍部のクーデターによりネ・ウィンは形式的には引退に追い込まれ、ビルマ式社会主義は終焉した。
以下は社会主義に対立する存在であり、通常は「社会主義」とは呼ばれないが、社会主義的側面を持っているとも言われる。
社会主義はヨーロッパや北アメリカにおける近代資本主義社会の形成、特に産業革命の進展と市場経済の発展に伴って顕在化してきた貧困や階級対立といった社会的な矛盾や社会問題に対する批判の思想・原理として生成し、構築されてきた。
社会主義の考え方の背景には、共同体が解体される以前の相互扶助的な村落社会への憧憬が存在すると指摘される。しかしながら、そうした村落社会に見られる家父長的な支配・服従への反発も同時に存在する。このことから、平等で豊かなユートピアとして過去を幻視する視点が、社会主義には秘められており、そこから未来への展望を拓いていく側面があると言える。
社会主義のそうしたユートピア(理想主義)的な側面は、19世紀前半において、ロバート・オーウェンやサン=シモン、シャルル・フーリエらが提唱した社会主義の構想にみることができる。
これらとは別に、フランスのバブーフやブランキなどの社会主義や、亡命ドイツ人のヴァイトリング、ヘーゲル左派から出たモーゼス・ヘスの社会主義など、マルクスに先行した社会主義は、マルクス主義の立場からは「初期社会主義」とも呼ばれる。プルードンやバクーニン、クロポトキンも社会主義者だが、彼らは初期社会主義とは別に無政府主義(アナキズム)とされている。
マルクス主義はカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによって主張された。彼らは私有財産の発生による階級闘争の歴史と、発達した資本主義社会では必然的に社会主義革命が発生すると主張し、更に従来の社会主義を「空想的社会主義」と呼び、自らの唱えた社会主義のみが「科学的社会主義」であり、唯一正しいと主張した。このマルクス主義は、それまでの多くの社会主義が持っていた階級闘争や労働組合運動、政治運動についての理論に、資本主義の分析を理論的武器として提供し、ヨーロッパを始め全世界的規模で広範な影響力を持った。当時のさまざまな社会主義の潮流のなかで、マルクスとエンゲルスは、ロレンツ・フォン・シュタインの社会主義と共産主義の当時の解説本を参考に、かれら自身を「共産主義者」として規定した。共著の『共産党宣言』には、プロレタリアートによるブルジョア的生産関係の変革と階級差別の廃止が謳われた。
他方、マルクス主義の暴力革命論などに同意しない社会主義論は社会民主主義などの潮流となった。1862年には多数の社会主義者が集合して第一インターナショナルが結成された(後に分裂)。1871年にはパリ・コミューンにより一時的ではあるが世界初の共産主義革命政権が誕生した。1889年にはマルクス主義者を中心に第二インターナショナルが結成されたが、1914年の第一次世界大戦で瓦解した。その後、社会民主主義政党の国際組織である社会主義インターナショナルが結成された。
ウラジーミル・レーニンの指導したロシア革命により、世界で最初の社会主義国家であるソビエト社会主義共和国連邦が誕生し、第二次世界大戦後は、東欧や東アジアなどに次々と社会主義国家が誕生した。1919年にはソビエト共産党主導で第三インターナショナル(コミンテルン)が結成されたが、対立するファシズム勢力よりも社会民主主義勢力への攻撃を優先する社会ファシズム論が展開され、各国で社会主義者間や社会主義政党間の抗争が激化した。またスターリン批判、ハンガリー動乱、中ソ対立、中越戦争など社会主義諸国間の対立や紛争が発生し、一部の社会主義者は既成の社会主義国を批判する新左翼となった。日本では民主社会主義の民社党、社民主義の日本社会党(右派)、社会主義の日本社会党(左派)、一時の分裂と混乱を経た後自主独立路線を固めて中ソ批判を続けた日本共産党などが、相互に対立した。
1990年代にはソビエト社会主義共和国連邦や東欧の社会主義国家は次々に崩壊し、現在、社会主義を称える国は中華人民共和国、ベトナム、ラオス、キューバ、北朝鮮などとなり、その中でも中華人民共和国やベトナム、ラオスは市場経済を導入し、政治的には共産党一党独裁を堅持しながらも一種の混合経済化が進んでいる。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は独自の「主体思想」による鎖国的な独裁体制を堅持している。日本の社会民主党は社会主義インターナショナルに加盟している。
一方、中南米ではキューバの社会主義政権存続に加え、1990年代末より市場開放による国内産業の壊滅や貧富の差の拡大もありベネズエラ、エクアドル、ニカラグアなどで社会主義路線を拡大する国が続いている。
社会主義の多くの潮流は啓蒙主義(進歩主義、社会改良主義)であり、歴史や人間を社会の観点で見る場合が多い。特にマルクス主義は「下部構造と上部構造論」で「経済の発展段階のみが社会(政治・法律・文化など)を決定し、時代や地域での多少の相違は本筋ではない」とした。
このため人文主義の保守主義者から「善政を行った権力者や労働条件の向上を目指す資本家もいる」、「歴史は多様で、人間の幸福感も色々である以上、個々人のあり方が重要である」などと批判される。
これへの反論には「歴史の潮流と個々の出来事は別である」、「下部構造を無視した単なるブルジョワ主義である」、「個人の努力だけでは解決できない貧困や格差もある以上、社会的な改良は必要である」、「マルクスは哲学者・経済学者としての視点で分析したので、文化の視点とは違う」などがある。
初期資本主義では自由放任主義による過酷な労働が社会問題化したため、労働組合運動などが中心となった。当時の論点には、労働者を保護しながらも社会主義を弾圧した保守的な教会やビスマルクなどと協調すべきか対決すべきか、あるいは社会主義の路線や組織論などがあった。
マルクスは資本主義による近代化・国際化の進展を評価した上で、「発達した資本主義社会では、矛盾の拡大により必然的に共産主義革命が発生する」とした。このため各国の共産党や共産主義者を含め「仮に必然ならば、何故革命運動が必要なのか」などの論議がされたが、多くの共産党では「長期的には革命は必然だが、時期は諸条件で変わるので、革命運動で早めるべき」とされた。
次にレーニンは「資本主義は独占資本主義による帝国主義段階となり、自由経済は歪められ、植民地の富の収奪などで延命している。このため世界規模で反帝国主義革命を連帯すべきであり、各国の経済発展段階と革命の時期は必ずしも均等ではない。いずれ先進国でも必ず革命が発生するので支援すべき。」として、後進国でのロシア革命を正当化した。
更にスターリン主義は、ソ連は一国でも社会主義建設ができるという一国社会主義論を唱え、トロツキーの世界革命論と対立した。
一方、社会民主主義では市場経済の枠内での改革、あるいは社会主義を目指す場合でも平和革命が主張された。
以上のように、多数の現状認識論や路線が発生したため、各国の社会主義者や共産主義者で深刻な対立や分裂が続いた。
日本では、民社党は自由主義体制内の構造改革を唱えた。日本社会党の左派(社会主義協会)は主に先進国の社会主義革命の立場を採用した。日本共産党は自主独立・民族解放の傾向があり、独占資本と対米従属を現状認識とした。新左翼各派は日本帝国主義の復活を現状認識し、反帝国主義、トロツキズム、反スターリン主義などを主張したが、その位置づけや路線では相互に対立している。
社会主義の多くの潮流は、必ずしも明確な経済理論は持たない。しかしマルクス主義は剰余価値説により、労働力のみが価値を生むが、最低限の賃金以外は搾取されるとする。
このため「機械化(無人工場など)やコンピュータによる効率化を説明できない」、「需要と供給だけでは流行やブランドなどを説明できない」とも批判される。
これへの反論には「機械化は単なる迂回生産で、必ず元の開発者や現在の運用者がいる」、「独占資本は市場競争回避のため流行などを利用するが、単なる延命である」などがある。
なお、従来「資本主義の矛盾」とされた景気循環による定期的な不況や失業は、第二次世界大戦後は「ケインズ主義や社会保障などで緩和された」と考えられてきた。しかし新自由主義による格差社会の拡大と世界金融危機 (2007年-)の発生により、「労働者の自己責任」だけでは説明できない社会的な不況や失業の悪循環が深刻化している。このため社会主義者側だけでなく資本家などの側からも、社会や経済の安定のため、新自由主義の見直し、社会保障、セーフティネットの強化などが主張されている。
社会民主主義では、市場経済社会における議会制民主主義による改革や、平和革命を認めている。しかしマルクス主義ではこれらをブルジョア民主主義として否定する。更にマルクス・レーニン主義では各国共産党で民主集中制が採用された。続くスターリン主義では大規模な人権侵害が長期に継続し、スターリン批判で暴露された。これらは各国の共産党や支持者を含め議論となり、ユーロコミュニズムは民主主義を認めた。
このため自由主義者や民主主義者は「ソ連型社会主義は非民主的である」、「民主主義は人権である」と批判する。
これへの反論には「資本主義諸国では多数の貧困者は発言する手段も無く生存が脅かされており、この方が人権問題である」、「社会主義国では大多数の国民は安定して暮らせている。政府批判は西側に扇動された者を含めたごく少数者である。」などがある。
なお資本主義側でも時期と地域によってはファシズム、マッカーシズム、開発独裁などがある。ソ連型社会主義は革命直後の干渉戦争とその後の冷戦により、戦時共産主義体制が継続したものとも言われる。
社会主義や共産主義は多数の潮流がある。しかしマルクス主義は党派性を徹底し、職業革命家による共産党のみが前衛党であり、自派以外を「空想的社会主義」「修正主義」と批判した。またマルクス・レーニン主義の二段階革命論は、フランス革命やロシア革命などと同様に「広範な反政府勢力と連帯して政権転覆後、他派を弾圧して権力を独占する」とも警戒された。更にスターリン主義の社会ファシズム論では社会民主主義への攻撃を最優先したが、新左翼内部の内ゲバでも同じ論理が見られる。
このため「一般の労働者を党から排除している」、「独善と謀略で、非人間的である」、「内部抗争を優先して逆に権力者を利している」などと批判されている。
これらへの反論には「修正主義などは最後には権力に寝返るので、事前に潰す必要がある」、「権力と真に対決する党ほど、弾圧や分裂策動などの謀略を激しく受けるので、防衛するしかない」「人権などのブルジョワ民主主義より革命の実現が優先される(目的は手段を正当化する)」などがある。
社会主義の潮流には、トマス・モアや解放の神学、仏教社会主義、イスラム教社会主義など、宗教を母体とした社会正義の追求も多い。しかしまた潮流の多くは近代主義でもあり、自由主義と同様に無神論(神を認める場合でも自助を説く)が多い。特にマルクスは唯物論を唱え、「宗教は(中略)阿片である」と主張し(反宗教主義)、多くのソ連型社会主義諸国では宗教は抑圧された。
このため「信教の自由は人権である」、「人間は物質だけでは幸福になれない」、「マルクス主義も一宗教である」などの批判がある。
これへの反論には「宗教は人間を隷属させ、科学に反する」、「当時は教会が特権階級・反動勢力で社会主義を弾圧した」、「最低限の物質(生存)は、精神(宗教)の前提である」、「社会主義諸国でも信仰の自由は(表面的には)保障されている」などがある。
なおマルクス主義とキリスト教の歴史観は、終末論の面で類似性が指摘されている。「最初は原始共産社会だったが、私有財産の発生で階級闘争が生まれ、矛盾が限界に達すると革命が発生して、理想的な共産社会が到来する」と、旧約聖書でのアダムとイヴ、原罪の発生、失楽園などと、ヨハネの黙示録での善と悪の対立、最後の審判、千年王国などである。なおマルクスは福音書の積極的な解釈を認める青年ヘーゲル派の出身である。
また、マルクスの時代において阿片は禁止されておらず、ヨーロッパにおいても薬剤として使用されており、「宗教は阿片である」という彼の発言は、阿片が禁止された時代の後世の人間から過剰に解釈されており、これは賛同者・反対者ともに言える事である。
マルクス主義は「共産主義社会では階級闘争が消滅するため、暴力装置である国家や戦争も消滅する」とした。しかしマルクス・レーニン主義を標榜したソ連型社会主義諸国は「現在は社会主義の段階であり、反動勢力から社会主義祖国を防衛するため」として党または国家の軍備を増強した。ソ連が核兵器を保有した時には「西側の核兵器は侵略用、東側の核兵器は平和な核兵器」とも主張され、日本での原水爆禁止運動の分裂にも影響を与えた。
これらは「二重基準、ご都合主義」、「どちらも軍国主義」、「核戦争や代理戦争で喜ぶのは死の商人、犠牲になる大多数は当事者以外」などと批判された。
これへの反論としては「冷戦が続き、西側の冒険主義者による侵略を抑止するため止むを得なかった」「核兵器はダム工事など平和利用もできる」「結果的にせよ第二次世界大戦後は恐怖の均衡によって大規模な戦争は起きなかった」などがある。
なお日本では、民社党は日米安保と自衛隊に積極的に賛成であった。日本社会党は非武装中立論であったが、自社さ連立政権時に容認に転じ、現在の社会民主党では「非武装の日本を目指す」に戻った。日本共産党は自主独立路線であり軍備自体は否定しておらず、従来は「中立自衛」、現在は「(現在の日米安保や自衛隊の)段階的解消論」である。
一部のアナキズムは権力の集中に反対して地域の自治などを主張するが、多くの社会主義潮流は進歩主義であり近代化を推進する。特に計画経済による工業化、政教分離、義務教育、女性の社会進出などである。しかし現在では、近代主義の負の側面である人間中心主義(生態系や環境問題の軽視)、効率主義(中央集権、画一化)なども批判されている。
現在では社会主義・資本主義を問わず、環境問題、反グローバリズム、スローライフなども再評価されている。
社会主義に対する評価は多数のものがある。
資本主義を擁護する立場から一般的と思われるのは「人類の理想を追求した壮大な実験であったが機能せず、戦争や独裁、粛清など悲惨な結果をもたらし、ソ連崩壊によりほぼ消滅した」というものである。
さらに徹底した市場主義を掲げる新自由主義の立場からは「資本主義の優位と勝利が歴史的に確定したため、更に市場原理の徹底を図るべし」とされる。また宗教的な立場から「社会主義(共産主義)も1つの宗教であった」ともされる。
社会民主主義や構造改革などの立場からは「かねて批判してきたソ連型の社会主義(独裁、官僚主導、覇権主義など)は元々間違いであり、資本主義体制でも混合経済や福祉国家など社会主義的政策を部分的に取り入れることはセーフティネットとして今後も必要」とする。
社会主義を掲げる勢力では、旧ソ連などを敵視してきた日本共産党や新左翼の立場からは「ソ連崩壊は歴史の必然であり、本来の社会主義(共産主義)とは全く無縁」とする。
また新自由主義による貧富の差の拡大に際し、旧ソ連や東ドイツ、現在のキューバなどで、政治的自由の制限などはあるものの、貧富に拘わらず一定の医療・教育は保障されていた(いる)側面を再評価する立場もある。
なおソ連などの社会主義が実際には近代化の遅れた地域で発生し、近代化を国家規模で強制的に推進した側面に注目して「(一見すると正反対の存在である)ファシズムや開発独裁と同様に、20世紀に本格化した近代化(産業優先、人類優先、画一化)の潮流の1つであった」ともされる。この側面は、近代化を進展させたとして評価される場合もあり、逆にエコロジーや反グローバリゼーションの立場から、資本主義と並んで批判される場合もある。
社会主義への評価が多数ある背景には、「社会主義」と呼ぶ場合に、旧ソ連型の国家群を典型として語るか、いわゆる社会主義全般(社会民主主義、社会保障など)を含めて語るかによる違いが大きいと思われる。
* a,b,cの三つのリンゴ農家がいた。aは2つ、bは1つのリンゴを収穫した。しかし、cは1つも収穫出来なかった。これらを1つずつそれぞれ分配するのが社会主義、そのままそれぞれ分け前にするのが資本主義である。