車 だん吉(くるま だんきち、1943年12月6日 - )は、日本のタレント。本名:白沢 力(しらさわ つとむ)。東京都江東区生まれ、千葉県佐倉市在住。浅井企画所属。立正大学経済学部卒業。
略歴
車の芸能生活の出発点は当初芸人としてではなく、裏方(芸能プロダクションの事務員)としてであった。
大学卒業後
コント55号が所属する浅井企画に事務員として入社したが、
萩本欽一が主宰していた劇団・
東京新喜劇の劇団員だった、
いわたがん太(のちに
岩がん太と改名)とコンビを組む事になり、芸人に転身。
コント55号の弟分として「
コント0番地」を名乗っていた。当時の芸名は
たんくだん吉。
しかし、がん太が起業(当初魚屋、のちラーメン店へ転業)のため芸能界を引退する事となり、コンビを解消。結局タレントではなかっただん吉が芸能界に、しかも芸能人として残る結果となった。
1976年から1994年まで放送された中京テレビ系のバラエティ番組『お笑いマンガ道場』で全国的に有名となり、プロ顔負けの漫画を披露し、人気を博した。マンガ道場での共演者であった漫画家 鈴木義司、富永一朗の推薦を受け、漫画家活動も行っており漫画雑誌「わんぱっくコミック」などに漫画を掲載したこともある。
老婆の格好に扮する芸があり、九州を中心に活動したばってん荒川、吉本新喜劇の桑原和男と並ぶ「お婆さんキャラ」を持つ。また、役者としても数多くのドラマ、映画に出演している。
日本テレビ「ぶらり途中下車の旅」では約2ヶ月おきに出演し、「ミスターぶらり旅」の異名を取る。
コント55号全盛時にがん太と共に萩本と「同棲」して彼の身の回り一切を支えた、真の「欽ちゃんファミリー」であり、かつ萩本の一番弟子であるのだが、『お笑いマンガ道場』以降の単独活動の結果、むしろ萩本との関係を知らない人の方が多くなってきている。
現在の連載作品
etc.
現在の出演番組
CM
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関西ローカルで放映。「だん吉以外の『車』高く買います。」という駄洒落な内容。
過去の代表的な出演番組
etc.
テレビドラマ
映画
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男じゃないか 闘志満々(1973年、松竹)
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にっぽん美女物語(1974年、松竹)
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お祭り野郎 魚河岸の兄弟分(1978年、東映)
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金田一耕助の冒険(1979年、東映)
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ブルージーンズメモリー(1981年、東宝)
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胸さわぎの放課後(1982年、東映)
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天城越え(1983年、松竹)
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河童(1994年、日本ヘラルド映画)
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ニッポン競輪アカデミー青春、ジャン!(1997年、キングレコード)
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ジャングル大帝(1997年、松竹)
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けものがれ、俺らの猿と(2001年)
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トワイライト・ファイルvol.1(2005年)
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キャプテントキオ(2007年)
車という名
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略歴にもあるとおり デビュー時の芸名は「たんくだん吉」であり、名付け親は浅香光代である。
改名の経緯は、同じ事務所の坂上二郎が三船敏郎主演のテレビ時代劇『荒野の素浪人』に出演する際に、抱き合わせ出演を依頼したが「たんく」という芸名に難色を示されたことによる。この為に浅香と相談して「たんく」→「戦車」→「車」と改名した。[コサキンDEワァオ! 2001年7月4日 TBSラジオ]
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現在放送中の『ザ!鉄腕!DASH!!』内でのソーラーカー企画「ソーラーカー一筆書き日本一周」では、ソーラーカーの名前が「だん吉」だが、これはもちろん「車だん吉」をもじってつけられた。
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以前『ナイナイナ』の名物企画「クイズナイナイナ」で「『車』だん吉はファーストフードのドライブスルーで注文ができるか?」という実験をやらされたが、店員から店内で注文してくださいと断られた。その後岡村隆史からの「車は走るものだから走りながらドライブスルーに入れば注文できるのではないか?」との提案で試してみるも、やはり店員から店内で注文してくれと断られた。
脚注
外部リンク