読み込み中...政治(せいじ Politics)とは、狭義には、国家・政府によって行われる統治に関するさまざまな活動などをさす。広義には、それ以外の社会の意思決定に関わる活動や、それに伴う社会活動なども含まれる。
未だに政治が何であるのかという議論は決着していないが、一般的に政治とは社会における公共的な意思決定とそれに伴うさまざまな活動を指す概念として捉えることができる。英語版の政治の項目、猪口孝、大澤真幸、岡沢憲芙、山本吉宣、スティーブン・R・リード編『政治学事典』(弘文堂、平成12年)を参考にした定義。政治の定義を巡る論争は後述。政治はあらゆる時代や地域における国家に普遍的に認められるものであり、為政者や人々の正義や利益、政策や文化が関連する非常に複雑な社会現象である。
経済が交換に基づく自由な財の配分という社会的機能を持つように、政治には権威的な財の配分という機能があり、政策の実施によって社会の活動を方向付ける。その際に使用される排他的な強制力を権力と呼び、政府は概ねにこれを独占している。例えば租税や物資を徴集し、兵役制度によって人員を徴兵国防や法執行のために軍隊や警察を編制してこの武力(軍事力)を行使することができる。政治の役割は近代以降に安全保障だけでなく福祉政策や経済政策などにまで広がっていく。このことは社会における政治の影響の拡大につながった。
政治を執り行う為政者をどのように選出するのかという方法と選出された為政者に与えられる権限の分量や性質は政治にとって重大な事柄であり、しばしば政治体制として慣習的、法律的に制度化される。政治体制は政治思想、歴史的な経緯、権力の集約や分立などが関連して成立し、その制度は後述する政治過程に影響する。政治体制は政治の静態的な側面と言える。
一方で政治には政治過程という局面もある。政治は国家などの政治的共同体の行動方針を定めるものであるため、この意思決定は国内外の状況と価値観に基づいて進められる。この過程は政治過程と呼ばれるものである。政治過程ではイデオロギー、政治的リーダーシップ、政治家や圧力団体などの権力や権威の運用、政策形成、政治文化などさまざまな要素が複合的に関連しながら推移する。政治過程は政治の動態的な側面である。
政治という概念には非常に多様な側面があり、普遍的な定義は難しい。日本では戦前に政治概念論争と呼ばれる政治の概念についての論争があったことからも分かるように、政治には多様な側面があるため厳密な定義は困難であると考えられている。時代や地域によって政治の持つ意味はしばしば変化し、絶対的な定義を確立することは不可能に近い。ここでは主な定義をいくつか挙げるにとどめる。
古代ギリシア時代のプラトンは最も初期の政治学者の一人であるが、彼は政治とは正義を実現するための手段であると捉えており、また同時代の政治学者であったアリストテレスは政治を人間の最高善である幸福を達成するための学問または技術であると考えていた。これは政治の目的から政治の概念を規定した定義であるとまとめることができる。
一方で近世のマキアヴェリは人間の利己性や闘争性を重視してこれらを一つにまとめるための権謀術数が政治であると捉えていた。このような政治観は現実主義思想としても知られるものであり、近代の経済学者カール・マルクスも政治とは社会格差において生じる階級闘争であると説明し、政治学者のカール・シュミットも政治とは特殊政治的なな区分とは友と敵との区分であると述べている。またバーナード・クリックは政治とは社会全体に影響を与える利害と価値をめぐって生じる紛争であるとしている。これらの政治観は政治が有する手段としての政治権力から政治の概念を規定した定義である。
しかし政治には価値の再配分という着眼点もある。社会学者のマックス・ウェーバーは政治とは国家権力の分け前にあずかろうとする努力と定義し、政治学者イーストンは政治を社会に対する価値の権威的な配分であると定めている。政治学者ラスウェルも政治とは権力の形成と配分だと示しており、これらの定義は一様にして政治の社会的な機能から政治の概念を規定した定義である。
以上のようなさまざまな学説を包括し、国家の経済、軍事、福祉などの公共的な事柄を大まかに総称して政治と言う場合もある。例えば政治体制、政治家、政治活動などという用語で意味されているところの政治は、そのようなものである。
政治を人間による利益や価値を巡る闘争と捉えた場合、権力(Power)の位置や機能は極めて重要である。何故ならば権力政治の立場に立てば、権力を用いることによってのみ人間は社会を支配し、安定的な秩序や国家としての結束を維持することができるからである。権力とは「他者に対してその意志に反してでも従わせることのできる力」と一般的な定義を与えることができる。社会学者のウェーバーも「抵抗に逆らってでも自己意思を貫徹するあらゆる機会」と捉えており、より科学的な定義としてはダールが「他からの働きかけがなければBがしないであろうことを、AがBに行わせることが可能なとき、AはBに対して権力を持つ」という二者関係の権力を定義した。つまり権力とはどのような相手に対しても自らの意志を強制することができる政治的な能力を指す概念である。
そもそも統治するという行為には少なからず強制力が作用せざるをえない。経済に介入せず、社会を維持運営する上で最低限のことだけを行う政府を持つ国家を夜警国家と呼ぶことがあるが、夜警国家でさえ治安維持のための警察と国防のための軍備を保有している。つまり国家そのものが本来的に権力の集合体であり、政府はその権力の管理者であると見ることができる。しかし権力とはどうやって人々を支配し、なぜ発生したのかが問題となる。政治学の権力論は以下のようにこれらを説明する。
まず伝統的な政治学は支配と被支配の関係を収奪する側とされる側という関係として捉えた上で、権力は暴力によって構築されたものであると考える。これは権力の実体説に属する学説であり、マキアヴェリやマルクスは権力をこのように認識している。一方で例えばダールは権力そのものではなく、支配と被支配の関係性の中に権力が存在するという立場もあり、これは権力の関係説と呼ばれる学説である。両方の学説ともに権力という政治現象を説明しており、実体説は権力には権力資源が伴っていることを示している。
被治者に対して政治権力の支配を受容させるためには正義(Justice)が必要である。正義とは人間の行為を正当化する基準であり、政治上で決定される行為の正当性を得るために関連する重要な概念である。プラトンは「国家における正義」として政治家、軍人、市民がそれぞれに務めを果たすことで得られる調和であるとした。またアリストテレスは『政治学』で正義を「国家のもとでの人間たちの紐帯である」と定め、法と平等性の二つの基準を示した。またベンサムやミルが確立した功利主義の観点からは効用が普遍的な正義の原理として提唱されている。さらにウォルツァーは社会の多元性を踏まえた複合的平等を、シュクラールが不正義による被害者の意見に注意することを争点として論じている。
正義が政治権力に与える正当性は支配のありかたに影響を与えている。ウェーバーは『支配の諸類型』の中で支配の正当性として伝統的支配、カリスマ的支配、合法的支配を論じている。伝統的支配は伝統という正当性に裏付けられた信仰や文化に基づいた支配であり、家父長制などが令として挙げられる。さらにカリスマ的支配は指導者の卓越したカリスマ性に基づいた支配であり、合法的支配とは法やそれに則した命令などに基づいた支配である。これら三種類は独立しておらず、相互に関連して作用している。自発的な服従をもたらす権威には正当性が必要であり、物理的な強制力に基づく権力だけでは支配を維持することが難しいために政治権力は権威を目指す。近代以後の政治では合法的支配が中核的な正当性であるが、ハーバーマスは法が形式合理化したために合法的な正当性は形骸化しつつあると指摘する。
政治を人間社会の集合的な意思決定と捉えた場合に、その社会の正義がどのように設定され、どのように達成されようとするのかは非常に重要な問題になってくる。この問題と密接に関わるのがイデオロギー(Ideologie)である。これは国家や階級などの一定の社会集団が保有する政治的な観念である。これは価値体系とも呼ばれ、ある主体の政治的な立場の思想的、理論的な基盤ともなっている。イデオロギーは元々はフランス革命の時代においてデスチュット・ド・トラシーにより『観念学要綱』で用いられた「観念の起源を決定する科学」を意味する概念であった。ダールによれば支配者に正当性を与え、またその政治的影響力を権威に転換させるものである。時代や政治的立場によっては政治的な教義として用いられる一方で、ナポレオンがトラシーを批判して空論家「イデオローグ」と呼んだように、妄想や不毛な思想として蔑視される場合もあった。
イデオロギーはいくつかに分類できる。その最も代表的なものとして挙げられるのが保守主義と進歩主義である。この二分法は革命後のフランス国民公会で保守的な王党派が右側の議席に、革新的なジャコバン党が左側の議席に座っていたことから右と左とも呼ばれえる。このようなイデオロギーは政治勢力の分裂と対立をもたらしうる重要な要素であり、冷戦期においては資本主義と共産主義のイデオロギーを巡る思想の争いが国際政治に影響した。
イデオロギーを社会の中でどのように位置づけるのかについてマルクスとエンゲルスは支配階級と被支配階級を前提として、支配階級が自らの支配の正当化を行うための道具だと説明した。これはイデオロギーが空論とする考え方に基づいており、マルクス自身の思想はイデオロギーとは認めなかった。これをカール・マンハイムは批判した。マンハイムは一切の知識は時代的な文脈により制約されているという議論を、知識の存在被拘束性という概念で説明した。さらにアイゼンクはイデオロギーを段階的に発展するものとして捉え、評価の段階である意見、準拠の段階である態度を経て信念の段階であるアイデオロジー(Ideology)が発生するとされる。しかしイデオロギーの終焉を論じる学説もあり、レイモン・アロンは20世紀において経済発展がイデオロギー的な対立を緩和するように働いていることを私的し、ダニエル・ベルは『イデオロギーの終焉』を著してイデオロギーが知識人の指示を近年失いつつあることを論じた。
政治制度は国家において安定的な支配を維持するための体制であり、政府機関の全体を指す包括的な概念である。政治過程においても構造的な影響を与えるものであり、基本的な政治分析の際にも政治体制は注目される。君主制、貴族制、共和制、民主制、独裁制などさまざまな政治形態が歴史上採用されてきたが、大まかな区分として民主主義体制・権威主義体制・全体主義体制の三分類がある。また制度は可変的なものであり、政権交代や指導者の交代のような政府変動や、支配集団全体の交代をもたらす体制変動は権威主義から民主主義へなどのように基本的な体制の変動を伴う。
国家は原則的には一定の限定された領域における統治機構を指すものとして理解できる。政治史において国家はさまざまな形態をとってきたが、政治学において国家は近代の西欧で成立した国民国家を想定している。国家の要件としては、限られた国境線で区分された領域性を持つ領土、領土内で秩序を構築する法律を制定してこれを維持する排他性を持つ主権、そしてそこに居住する住民の言語的、文化的な統合性を持つ国民の三要素が挙げられる。これは国際法において国家の承認を行う際の要件でもある。またジャン・ボダンの『国家論六編』によれば主権には立法権だけでなく、司法権や官職任命権、宣戦布告権や講和権、課税権や貨幣鋳造権などを含む唯一にして不可分の絶対的な権力であると論じられている。
国家論の展開においては小さな政府と大きな政府の議論が重要であった。小さい政府は18世紀にアダム・スミスの経済的な自由主義に始まる「神の見えざる手」の思想が基礎にある。つまり政府は経済活動に介入することなく治安維持と国防だけを行うべきとする議論であり、ラッサールには夜警国家とも呼ばれた。しかし普通選挙制が採用されると市民の政治的な自由が容認され、自由放任の風潮は薄れた。そして格差拡大や貧困の深刻化により政府の役割は社会への介入が増大していき、福祉国家として発展していった。
また近代国家では権力の極端な一元化を避けるための権力の分散の必要性も述べられた。法を制定する立法権、法を適用して判決を下す司法権、そしてそれを除いた国家作用の全てを包括する行政権の三つを分離させて均衡させることをモンテスキューが『法の精神』で論じられた。これが三権分立である。19世紀までの国家は三権の中でも立法権を有する立法府が行政府や司法府に優越する立法国家であったが、20世紀以後には社会福祉政策の充実化が進んで行政府の権限が強化されたために行政国家と呼ばれる。
民主主義(Democracy)は国民の政治参加と自由な活動に価値をおく政治体制であり、社会における多様な利害関係や価値観の対立を政治の場で解決することを重視する。独裁制と対比されることもあり、現代では世界的に重要視されている政治理念でもある。国民が直接的に政治に参加する直接民主制と代議員を国民から選出して政治に間接的に参加する間接民主制がある。民主主義の下では政党制、選挙制度また投票行動などが政治過程に影響するようになる。
ロバート・ダールのポリアーキー論は政治体制の分析において、自由な政府批判を容認する公的異議申し立ての度合いと政治関与可能な国民の割合に注目し、両者を兼ね備えているものがポリアーキーと読んだ。ただしこのような伝統的な民主主義は同質的な国民においてのみ成立するものであり、国民の間に同質性がなければ合意は形成できないとしていた。しかしレイプハルトは多極共存型民主主義の理論を展開してそれに反論した。すなわち民族的な同質性は必ずしも必要なものではなく、大連合の形成、相互拒否権の確保、比例性原理、少数派の自立性に基づいた多極共存型民主主義であれば政治秩序を安定させることは可能であると論じた。
世界の政治体制には政治秩序だけではなく全体主義と呼ばれる体制を保持している国もある。全体主義とは個人に対する社会の優越を基礎としてあらゆる思想、生活、社会活動などを統制しようとする政治体制である。これはかつての専制政治とはあらゆる観点から異なったものであった。20世紀における近代技術に基づいた大衆社会の操作性に起因するものである。単一の政治勢力が、社会の価値観や生活様式、政治的な言論を含めた社会全体を再構築し、個人を監視して時には拘束した。ドイツのナチズムやイタリアのファシズム、日本の軍国主義やソビエトのスターリニズムなどが歴史的な事例として挙げることができる。
カール・J・フリードリッヒやツビグニュー・ブレジンスキーは全体主義の特徴を挙げており、まず人間生活の全てを包括する教義となる包括的なイデオロギー、そして社会の再構築を行う単一の政治勢力、大衆の忠誠を獲得して反逆者を処分するための秘密警察すなわち組織的脅迫、さらにイデオロギーを宣伝するためのマスコミの独占、反乱を封じ込めるための武器独占、管理が容易で利益を独占できる統制経済、以上の六つである。全体主義にはソヴィエト連邦のイメージが強いために左翼的、またはマルクス主義的な政治体制と考えられている場合があるが、右翼的な全体主義も十分に考えられる。ただし右翼的な全体主義はドイツのナチズムのように、革命的なイデオロギーよりもむしろナショナリズムに依拠し、国家の偉大さや栄光を強調した全体主義社会を構築しようとする。
権威主義と呼ばれる体制も民主主義の対極にある政治体制として論じられるが、全体主義と混用される場合も多い。権威主義は全体主義のように大衆を統制したり教育することは意図しない。だが権威主義の政治体制においては上層部を占める少数の政治勢力によって大衆の政治参加は最低限に抑制される。リンスによって20世紀のフランコ政権のスペイン政治体制を説明するために提唱された概念であり、形式的で無力な議会制と抑圧的で威圧的な官僚制を特徴とする。全体主義のカリスマ性やイデオロギー性はほとんど認められず、同じものではない。国連大使であったジーン・J・カークパトリックは権威主義と全体主義の違いを強調し、全体主義は一度成立すると自己改革の可能性はないが、権威主義ではそうとは限らないと述べている。
発展途上国の多くは民主主義でも全体主義でもない選択肢として、一党支配という権威主義を経験しているが、結果は芳しくない。ジンバブエの政治体制は1980年に二党制で発足したものの、与党のロバート・ムガベが社会主義を主張し、部族の軍事力を以って敵対勢力を打ち倒し、一党制を成立させる。しかし新しい法規制や税制はことごとく失敗に終わり、また批判すらをも封じ込め、貧困をより深刻化させた。1974年からそれまで権威主義や全体主義を採用していた各国が民主化の傾向に進み始め、チリ、韓国、台湾などは市場の自由化とともに民主化を推進することができた。
立法府は政治制度において特に重要な立法権を掌握している政治機関であり、基本的には法案を審議して制定することができる権限を持つ。また憲法改定の提案、条約の批准などの権限を持つ場合もあり、他の政府機関に対して優越的な地位にある。議院内閣制を採用している場合では立法府は行政府に対して直接的な影響力を保有している。
立法府は複数の国民の代表が出席した議会で審議を行うことで成り立っている。議員はエドマンド・バークは18世紀にブリストル演説で国民全体の代表と定めており、単なる選出母体の指示に従って行動する委任代理ではないことを明示した。選挙により選出される議員は提出される法案について審議を行い、多数決の原理に従って制定する。この多数決原理は多数派と少数派との間で妥協のと譲歩の可能性が吟味され、十分に建設的な議論に基づいて行われなければならないとされている。
しかしながら現実の政治ではしばしば政治問題の専門化と複雑化に対する議会の無能力、緊急的な政治問題に対する立法過程の遅滞などの問題が指摘されている。
行政府は立法と司法の機能以外の国家作用を行う政治機関である。国家の政府を指す場合はこの行政府に政府省庁を含んだものであることが多い。各国によって微妙に異なるが、行政府の長である大統領または総理大臣は国家の代表として一般的に認識される。また非常に総合的な権限を持っており、外交権、統帥権、任命権、立法権など、国家の最高指導者としての政治的に重要な権限を含んでいる。
行政府の具体的な制度は国によって一様ではない。例えば大統領制と議院内閣制がある。大統領制は独自に選挙を経て大統領を選出する。この過程において議会が直接的に選出に介入することはできない。一方で議院内閣制では議員の中から行政府の長となる人物を選出し、また場合によっては不信任決議によって総理大臣を罷免することにより影響力を行使することが可能である。
またフランスやドイツでは首相と大統領両方が存在するが、これらの国では大統領は名目的な地位に過ぎないことが多い。従って大統領制においては行政府が立法府から独立しており、議院内閣制の下で選出された首相は議会に対して責任を持っている。ただしイギリスのサッチャー首相のように議会に強い基盤を持っていれば大統領でなくても強い権力を発揮することは可能である。また別の制度として半大統領制・議院内閣制・議会統治制・首相公選制などもある。
司法府は立法により制定された法律を適用して裁定する政治機関であり、裁判所から構成される。法には法体系の基礎となる憲法を最高位として、犯罪行為を取り締まる刑法、賠償や商行為などについて定めている民法、政府機関の規則や命令を含む行政法、国家間で合意された条約などを含む国際法などがあり、また慣習法となっているものや成文法として確立されているものもある。国民に対して法を適用するだけではなく、三権分立が確立された国家において立法府にはおおむね立法に対する審査権が付与されている。例えばドイツの憲法裁判所は法律が憲法に違反するかどうかを審査する権限を持っている。
ただし全ての司法府がそうであるとも限らない。アメリカでは最高裁判所に連邦法の違憲審査権について特別に規定されていない。またゲリイが「裁判官を政治家にする」と批判したように、違憲審査権を司法府に与えることも見送られている。しかし立法府の権限を規制するためには、また三権分立の思想を実現するためには、裁判所の権限が必要であった。ただし実際のほとんどの国の司法府には政治的な影響力が認められず、またそれが期待されていることも少ない。何故ならば、最も上位の裁判所である最高裁判所ですら審理される案件はごく一部であり、そもそも司法府の権限は立法府によって規定されている。裁判所の決定を実行するためには行政府の権力が必要となる。そして重要な着眼として、裁判官には「法の下の平等」という思想に基づいて常に公平であることが要求されているからであり、政治的な立場に偏りがあることは望ましくないとされる。
政治過程とは政策の決定を巡る各集団の利益の対立や合意の形成などの政治的な過程を言う。ベントレーが1908年に『統治過程論』で従来の制度論的な政治学を「死せる政治学」と読んで批判し、より動態的な現象として政治を分析することを論じたことに始まる。例えば利益団体の活動は制度的な規定を受けていないにもかかわらず、現実には政治的な影響力を行使している。政治過程論はこのような実態に着目して政治に対する入力や出力を明らかにしようとする。
イーストンは『政治分析の基礎』において政治システム論を展開している。政治を一つのシステムとして捉え、環境からもたらされる入力を変換して社会に価値を権威的に配分し、出力するものというモデルを構築した。政治システムは入力の過程から始まり出力の過程で終る。この入力とは環境からの要求や指示であり、出力とは社会を公的に制御することに関する制作活動である。出力を終えるとフィードバックが始まる。出力された結果は社会に影響を与えてまた新たな支持や要求などの入力過程をもたらす。このフィードバックの循環をフィードバック・ループと言う。
政治システムはアーモンドにより発展させられる。アーモンドは入力機能を政治的社会化と補充、政治的コミュニケーション、利益表出、利益集約があり、出力機能にはルールの作成である立法、ルールの適用である行政、ルールの裁定である司法の三つの機能があるとする。政治システム入力機能である政治的コミュニケーションはマスメディア、利益表出機能は利益団体、利益集約機能は政党が機能を果たしている。
政治行動(Political behaviour)とは政治過程に影響を及ぼす一切の行動を指し、投票行動、立法行動、参加行動、司法行動、行政行動などが挙げられる。
政治システムは比較政治学に分析の基盤となるモデルを提供したが、そのことによって政治システムにとっての外部環境が政治システムに相違をもたらすことが考えられる。これが政治文化である。アーモンドとヴァーヴァによって著された『現代市民の政治文化』では一般の文化には政治的側面があり、それらの集合体が政治文化として政治に影響していると論じた。そしてアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、メキシコの調査から構成員の認知や評価の志向から未分化型政治文化、臣民型政治文化、参加者型政治文化に類型化された。ただしすべてがこの類型に従うわけでもなく、アーモンド自身がイギリスのような臣民型と参加者型が複合された政治文化があることも重視し、これを市民文化として評価した。
政党とは政治的な理念や目的を共有し、それを達成するために活動する団体を指す。政党は基本的には私的結社であるが、議会に参加する意味で公的主体でもあり、多くの国が政党の活動に助成金を出している。政党にはさまざまな政治的な機能がある。個別的で多様な国民の意志をまとめあげて議会に媒介する利益集約機能は最も代表的なそれである。さらに政治的指導者の選出機能、意思決定の組織化機能、市民を政治的に関与させる機能、政権担当および批判機能の機能などもあり、民主主義体制においてはこのような政党が十分に機能することを想定している。
政党の分類についてはウェーバーが『商業としての政治』で論じている。ウェーバーは政党が貴族主義的正統から名望家政党、そして大衆政党に発展していくと論じた。これは政党を目的から区分したものであり、イギリスの政治史とも合致する。またデュヴェルジェは少数の有力者の下に緩やかに組織されている政党である幹部政党と共産党を典型として一般の有権者を基盤として厳格に組織された大衆組織政党という分類を述べている。政治的な思想傾向を反映して保守政党、中道政党、革新政党、包括政党という類型もしばしば用いられる。
政党が社会において存在している形態を政党制と呼ぶ。デュヴェルジェは政党がいくつ存在するのかによって一党制、二党制、多党制と類型化した。そして『政党社会学』で政党が歴史や社会構造、宗教教義、人種、民族対立などに起因するものである一方、政党制は選挙制度と深い関係があることを論じている。またサルトーリは『現代政党学』で政党制を政党が一党制、ヘゲモニー政党制、一党優位政党制、二党制、限定的多党制、分極的多党制、原子化政党制に分類した。そしてそれまで二党制は安定的な政党制をもたらすと考えられていたが、サルトーリは二党制は例外的な政党制であると論じ、「二党制の神話」を否定した。
政治社会(Political society)とは政治的な利益や価値を取り扱う社会における領域を指す。人間が社会化される課程においては同時に政治的社会化も行われ、社会の構成員はその社会の一般的に受け入れられている政治的な価値観や態度などを習得する。この際に習得される政治に対する考え方や感じ方の総体が政治文化であり、各国の政治を特徴付ける。
市民社会(Civil Society)とは政治において政府の対概念であり、政治に参加する国民の構成員から成る公共的な領域を言う。古代ギリシアのポリスにおける民主主義に起源を見ることが出来るが、近代においては市民革命以後に発生したものとされる。政治的無関心や無責任を示すような政治社会の場合には大衆社会と呼んで区別する場合もある。
市民社会の概念は社会の機能をどこまで含むものとして捉えるべきかで見解が分かれる。ウォルツァーは市民社会を「非強制的な人間の結社の空間」と捉えて家族や宗教、イデオロギーのために形成されるとしたが、これは市民社会を非常に幅広い社会機能の集合として捉えており、市場をも含みうるものとしている。しかしハーバーマスやキーンらは市民社会をあくまで国家権力や市場経済からは独立した人々の活動を基盤とする公的領域として理解する。
政治意識は政治への関心、態度、行動の様式を示す概念であり、政治的社会化によって獲得する。この政治意識は普通選挙の導入による政治参加の拡大を通じて人民の意識が注目されることとなった。特にこの非合理性というものについてウォーラスが論じており、人間が常に合理的に行動するという主知主義の立場を批判し、非合理的な側面、例えば愛情、恐怖、憎悪、疑惑、忠誠などの感情、が重要な役割を果たすことを指摘した。したがって民主主義は常に非合理性により自滅する危険性を持ち、このような政治意識は大衆操作に利用することも可能である。政治教育によって政治意識を合理化する必要性もウォーラスは述べている。
マスメディアは政治社会において人々を政治参加や政治活動に向かわせる。マスメディアは市民社会において議論された公共的な意見である世論を反映し、政府が行う政策を社会に紹介する、媒介者としての役割を担っている。マスメディアの機能は大きく分けて環境の監視、社会部分相互の関連付け、社会的遺産の世代間伝達の三つであるとラスウェルは論じている。マスメディアの問題はさまざまであるが、まず商業主義の弊害が指摘される。マスメディアは中立的な立場を保持しようとしても、企業体である限りは不利益な情報を報道できない場合がある。さらにマスメディアの発達によって政治社会に印象が実体に先行する場合が生まれ、政治的能力と無関係な基準で選挙で選出される政治状況も見られるようになっている。
圧力団体とはキーによれば公共政策に影響力を及ぼすための私的な団体である。具体的には業界団体、労働組合、宗教団体などである。圧力団体は利益集団や利益団体と区別される。利益集団とは単に政治に関心を持つあらゆる集団を指し、利益団体は職業的な利益に基づいて組織化された集団であり、圧力団体はは利益集団がさらに自己の利益を維持、増大させるための圧力を備えた集団である。
圧力団体の機能には利益表出、代表性の補完、政治のフィードバック、情報提供、政治教育などがあるが、圧力はエリートに限定された手段であり、また一部の利益が過剰に政治に影響を与えるなどの逆機能を併せ持つ。ローウィは『自由主義の終焉』においてアメリカ政治において圧力団体が野放しにされている状況を非難しており、これを利益集団自由主義と称した。アメリカでは圧力団体は議員、官僚との密接な関係を作り上げ、この関係は「鉄の三角形」とも呼ばれ、業界団体、族議員、官僚が特定の権益のために政治に影響を及ぼす強い政策ネットワークが構築されていた。
利益集団は多元主義の考えでは競争関係にある。多元主義とは政治を国家の外側に存在する世論や圧力団体などから説明する考えである。利益集団間の協調によって社会秩序が形成されるという考え方があり、これはネオ・コーポラティズムと言う。つまり政策決定の際に主要な利益集団と官僚が協議することにより遂行されている政治状況であり、オーストリアやスウェーデンが具体例として挙げられる。コーポラティズムとは団体協調主義とも言われ、職能別の代表が政治に参加することで政治的な調和を生み出そうとする思想である。ネオ・コーポラティズムは各分野において一元化された全国組織が存在していることが必要となる。これは政府機関との協議を行う慣行を形成するために不可欠な要件である。
近代社会は複雑化が進んでいるために非常に多面的であるが、近現代の政治機構はほぼすべての領域において何らかの影響力を行使することができる。
安全保障は自らの価値を何らかの手段により脅威から守ることである。安全保障でまず問題となるのは国家の存続と独立、国民の生命、財産、つまり国防である。これらは国家安全保障の上で最も基本的な国益として設定されるものであり、これを守るために軍隊が必要とされる。国防は軍事力を抑止力として準備し、また戦争や紛争事態において実際に運用することで行われる。仮想敵国に自国の単独防衛だけで対処できないと思われる場合には同盟を形成して勢力均衡を図ろうとする。その勢力均衡の結果、核戦略が国防において重要な領域となっており、核抑止理論を基礎とした仮想敵国の制圧が目指される。しかしこのような従来の安全保障では十分に平和を保持できず、また戦争が勃発した際に戦火が拡大する恐れがあったため、集団安全保障の体制が国際連盟、国際連合で追求された。集団安全保障は参加国が武力の不行使をお互いに約束し、もしそれを破る参加国がいれば他の参加国がそれに対して制裁を加えることで秩序を回復するものであった。近年は安全保障の概念は広がりを見せており、エネルギー、食糧、人権などが安全保障の対象となり、経済的手段や外交的手段が安全保障において重要視されるようになっている。
宗教は古来より政治との関係がある。宗教は多様な社会的機能の中に規範や理念を提供する機能を持っている。そこから宗教的指導者が政治的指導者を兼ねる神権政治が発生したと考えられる。これは宗教と政治権力が密接に結合した政治であり、政治指導者の権威は神に由来するものとされる。古代エジプトのファラオなど古代または中世にしばしば見出すことができる。また政治と宗教がある程度分離しながらも宗教が政治に強い影響力を持つ政治というのも考えられる。宗教教義を中核として形成されるさまざまな教団が社会において幅広い支持を獲得すれば、世俗的な政府にはない大衆への指導力を発揮することが可能である。インドにおけるガンジーによる独立運動やアメリカにおけるクエーカーによる兵役拒否、また日本においては戦国時代の仏教徒の反乱や江戸時代のキリスト教徒の反乱などが事例として挙げられる。政治が宗教を支配することも考えられる。その最たるものが国教制度である。つまり国民が帰依すべき宗教を国家が指定して政治と宗教を結合させる。これは16世紀以後のヨーロッパで発展する絶対王政やナショナリズムを事例として挙げることができる。
政治が福祉に注目する福祉国家論が登場したのは比較的最近のことである。国家が国民の生活水準を保証するための近代的な社会保障制度を構築し始めたのは現代に入ってからである。所得を喪失した場合に現金給付を受ける所得保障、医療サービスの機会を確保する医療保障、高齢者や母子家庭、障害者等に対する一定のサービス提供を保障する社会福祉サービスの三種類に福祉政策の機能は分類できる。ウィーレンスキーは64カ国の福祉国家の国民総生産に対する福祉支出の割合を調査して福祉国家の度合いを比較したが、その度合いはその国の政策やイデオロギーとは関係なく、経済の発展水準によることを論じた。経済水準の向上は少子高齢化をもたらし、福祉の必要性を増大させると政府は福祉政策を徐々に充実させていくからだと考えられる。しかしこれは政治的要因が考慮されていないことや、福祉支出の国民総生産比だけが問題となっていることなどが批判され、キャッスルズがより研究を精緻化し、政府の財政規模が大きいほど所得再配分がよく行われる一般傾向を示した。
国際政治(International politics)は国内政治と根本的に異なる性質を持っている。政治は国家の内部での事象であったが、国際政治は国家の関係の中で発生するからである。国内政治を観察する場合は国家には主権があり、領域においてその主権は絶対的なものである。しかしながら実際には理論どおりではない。国家の主権が有効である領域においても、例えば外国の軍事力により占領された場合には、もはやその地域の主権の実際の有効性は失われる。その意味で主権は国際政治においては多数が並存する相対的なものとして捉えることができる。世界政府というものは存在しないために主権国家同士は国内政治とはまた異なる種類の権謀術数を行うために、国内政治には見られない同盟や貿易、戦争などの現象も見られる。
各国の政治制度や政治情勢は多様な社会的要因に基づいて形成されている。
アメリカ合衆国は主に北アメリカ大陸の一部を領有する国家であり、国家元首は大統領である。もともとは各地の州が主権を持っていたが、合衆国憲法において連邦制を採用してからは対外的には連邦政府の下に統合し、各地に州政府が設置されている。また厳格な三権分立が取り入れられていることも特徴のひとつである。
その歴史的起源はイギリスの植民地であり、1776年にイギリスから独立戦争で独立を勝ち取って、領土を西方に拡大した。奴隷制の可否をめぐる南北戦争を経た後に産業化が進み、20世紀に経済発展を遂げた。しかし1929年の大恐慌以後は夜警国家から福祉国家に転換を始め、戦後にはソ連と並ぶ世界の大国と成長した。冷戦に勝利した後は引き続き世界の政治、軍事、経済、文化に大きな影響力を持つ。
議会は発生当初より二院制であり、共和党と民主党がある。アメリカ社会では農業や企業、労組など多様な領域で圧力団体が形成されており、ロビング活動などの政治活動を行っている。有名なものとしてはアメリカ農業局総連盟、全国農民共済組合、全国商工会議所、全国製造業者協会、AFL-CEOなどがある。
日本国は主に日本列島を領有する国家であり、国家元首は立憲君主制に基づいて天皇であるが、実際の政治指導者は議院内閣制に基づいて任命される首相である。日本国憲法に基づいて国民主権、民主主義、平和主義などの方針が採られている。
日本の歴史的起源は古代の大和政権にまで遡ることができるが、現在の政体は1945年における第二次世界大戦の敗北を出発点とするものである。占領する米軍の影響下での民主化や非武装化などの変革によって現在の日本の国家体制や政治体制は再構築された。戦後の混乱期が落ち着いた1955年に自民党と社民党が成立し、この二大政党制は55年体制と呼ばれて長期にわたり日本政治を主導して経済成長を進めた。しかし20世紀後期から21世紀にかけてバブル崩壊による経済の停滞や安全保障情勢の変化などの新しい変化に直面している。
議会制度は二院制であり、議員から内閣が選出される。政党は多数あるが、主なものは自民党、民主党、公明党、社民党、共産党などある。ただし政党組織は流動的である。(日本の政党一覧を参照されたい)(日本の圧力団体などについては日本の利益団体一覧、日本の政治団体一覧を参照されたい)