石狩市(いしかりし)は、北海道中央西部、石狩支庁管内にある市。札幌市の北に隣接している。
から旧厚田村・旧浜益村と合併協議会を設置して協議を重ね、に両村を編入合併した。
地理
石狩支庁では唯一の海に面する自治体である。支庁北部の海岸線に沿って、南北に長い市域を持つ。西は石狩湾に面し、石狩川河口を有する。南は発寒川、茨戸川を隔てて札幌市と、東は同じく南北に長い当別町と、北部は暑寒別天売焼尻国定公園の山地で新十津川町や増毛町と接している。南部は標高10m以下の砂丘と低地、石狩川河口より北部には石狩丘陵をはじめとする丘陵地帯が広がっている。
海洋性気候で寒暖差は小さい。
対馬海流の影響もあり冬は比較的温暖ではあるが、北東からの
季節風が
日本海を越えて吹きつけるため積雪が多い。また「石狩湾小低気圧」が発生すると猛烈な吹雪となる。一年を通して風が強いため、市内には多くの
防風林が設けられている。
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山: 郡別岳(1376.27 m)、浜益岳(1257.70 m)、雄冬山(1197.60 m)、浜益御殿(1038.64 m)、知来岳(988.04 m)、黄金山(739.11 m)、別狩岳(726.14 m)、円錐峰(690.17 m)、別狩岳(二番川)(666.24 m)、安瀬山(654.05 m)、濃昼岳(621 m)、丸山(467.65 m)、阿蘇岩山(418.07 m)、摺鉢山(169 m)、紅葉山(17.80 m)
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河川: 石狩川、茨戸川、発寒川、厚田川、望来川、浜益川
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湖沼: 望来ダム
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島:トド島
人口
市名の由来
アイヌ語に由来する。蛇行する
石狩川を表現したものとする考え方が大勢だが、解釈は以下のように諸説ある。
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イ・シカ(ラ)・ペッ i-sikar-pet - 回流(曲がりくねった)川(永田方正・パニングル・中川人説)
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イシ・カ(ラ) isi-kar - 美しく・作る(コタンカラカムイ(国作神)が親指で大地に川筋を描いた)(永田方正・ペニングル・上川人説)
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イシ・カ(ラ)・ペッ isi-kar-pet - 鳥尾で矢羽を作る処(永田方正・和人説)
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エシカリ esikari - 掴む(水源がもぎ取られたように急に地中に消えてしまっている川)(知里真志保「地名小辞典」)
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イシカリ isikari - 閉塞(川が屈曲していて上流の先が見えない)(上原熊次郎・松浦武四郎)
※ (ラ) は促音
歴史
慶長年間に
松前藩により「石狩場所」が設けられて以来、石狩は漁業や
アイヌとの交易の中心地として栄えた、また内陸部で切り出した木材を道外へ運ぶための木場も設けられるなど、江戸時代の石狩は石狩川流域地域との中継点として重要な役割を果たした。
厚田村・浜益村との合併協議
厚田村、浜益村との合併についてに研究会、に法定合併協議会を設置。の住民アンケート(回収率29.9%)では合併賛成35.5%、反対56.1%。に住民の直接請求による住民投票が行われたが、投票率43.34%で開票条件の60%に達せず不成立のため合併推進が確定。1月27日3市村による合併協定書調印、2月8日3市村にて合併議案可決、2月23日北海道へ合併申請書を提出。その後、官報に掲載され、付で2村を編入合併することが確定した。
姉妹都市・提携都市
行政
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市長 : 田岡克介(たおか・かつすけ、任期満了日:)
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予算規模(2007年度当初予算)
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* 一般会計:277.6億円
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* 特別会計・企業会計:221.0億円
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合併後、旧厚田村、旧浜益村区域には地域自治区が設置されている。
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* 厚田区(旧厚田村)
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* 浜益区(旧浜益村)
経済
かつては
サケなどの漁業が盛んだったが、戦後札幌市のベッドタウンとして発達。
また石狩湾新港、工業団地を有する。
立地企業
郵便
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石狩郵便局(日本郵便石狩支店併設)
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石狩北郵便局(日本郵便石狩支店石狩北集配センター併設)
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厚田郵便局(日本郵便石狩支店厚田集配センター併設)
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浜益郵便局(日本郵便石狩支店浜益集配センター併設)
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教育
※若葉小は2005年の小学生クラス対抗30人31脚全国大会で優勝した。
交通
石狩市の交通における積年の課題は鉄道が通っていないことである。札幌へ通勤・通学するにはバスや自家用車を利用しなければいけないが、積雪時に起こる渋滞が問題となっている。石狩市(町)内の鉄道計画は大正期より幾度も持ち上がっていた。鉄道省発足直後の1922年の改正鉄道敷設法では「石狩国札幌ヨリ石狩ヲ経テ天塩国増毛ニ至ル鉄道」が予定路線として盛り込まれたが、1988年の同法廃止により消滅した。1956年には石狩町などが出資して「石狩鉄道株式会社」(1963年に「札幌臨港鉄道株式会社」に社名変更)を設立し、桑園-石狩間の事業免許を取得。1959年に一部区間で着工したが、資金不足により間もなく頓挫した。事実上倒産状態にあった同社はその後も事業免許を保持し続けたが、後述の軌道系交通機関整備構想と競合するため、1998年に免許を返上し、正式に解散した。
1995年に石狩町によって調査が行われた建設案には、札幌市営地下鉄南北線麻生駅、または東豊線栄町駅からの石狩モノレール案、そしてJR函館本線発寒駅からの鉄道案の3つがあり、いずれも建設費約800億円、開業から17年での赤字解消という試算が出されているが、具体化のめどは立っていない。
また、軽川(現在のJR手稲駅) - 花畔間の道道石狩手稲線沿いには、1922年から馬車鉄道「軽石軌道」が運行され、さらに親船町付近までの延伸も予定していたが、1937年に営業休止、1940年に廃止されている。
バス
この他、市が保有するバス等を用いた路線がある。石狩市が運行するバスを参照。
道路
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港湾
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中国・韓国との間に定期コンテナ航路が運行されている。
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北海道内での港湾貨物取扱量は6位(1位 苫小牧 2位 室蘭 3位 釧路 4位 函館 5位小樽)
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石狩川の河口付近に位置し、古くは海運と石狩川の水運の連携拠点として重要な役割を果たした。1953年に地方港湾、1973年石狩湾新港と共に重要港湾に指定されるが、2000年地方港湾に指定が戻された。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
文化財
史跡
北海道指定
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石狩弁天社の鮫様(妙亀・法鮫大明神像) - 道指定有形民俗文化財、石狩弁天社蔵
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金龍寺の鮫様(龍神・妙亀菩薩・鮫神像) - 道指定有形民俗文化財、宝珠山金龍寺蔵
市の文化財
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石狩弁天社
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旧二長野商店 - (「二」は四角で囲われている)
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はまます郷土資料館(旧白鳥家鰊番屋)
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金子家文書 (旧花畔村村会関係文書)
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石狩八幡町遺跡ワッカオイ地点第20号墓出土の土器9個 - いしかり砂丘の風資料館
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チョウザメの剥製 - いしかり砂丘の風資料館
観光
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通信
市外局番は0133(市内局番は60〜79)。
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尚、当別町の市外局番も0133(市内局番は20〜39)であるが、MAが異なるため、当別町にかけるには市外局番からかけなければならない(かつて石狩町が01336、当別町が01332だったため)。厚田区、浜益区は旧局番(厚田村:01337、浜益村:013379)時代から同一MA。
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局番変更
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1980年
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* 石狩町および厚田村の一部(01336→0133-62,64,66,73,74)
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*: 石狩電報電話局(現・石狩ビル)の樽川への移転開設に伴い花川南・樽川の3局→73局、花川北の4局→74局、花畔・生振の4局→64局、親船の2局→62局、八幡・石狩高岡の6局→66局に。ISDNの60,71局、花川以南の72,75,76局とNCC系63,65,67,68,70局はその後の割当。現在はNTTの71〜76局は新港および小樽市銭函の一部と花川以南全域で地域を区分せず使用。
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2004年
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* 厚田村および石狩市の一部(01337→0133-77,78)
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* 浜益村(013379→0133-79)
出身の有名人
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マスコミ
関連項目
その他
映画ロケ
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『大地の侍』(1956年)石狩川河口
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『喜びも悲しみも幾歳月』(1957年)石狩灯台
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『あの波の果てまで』(1961年)石狩川渡船場
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『あした逢う人』(1962年)
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『とべない沈黙』(1966年)花川小学校
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『こんにちはハーネス』(1983年)
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『ガメラ2 レギオン襲来』(1996年)厚田区望来
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音楽コンサート
外部リンク