読み込み中...山の基盤を構成する地質は第三紀の中新世末から鮮新世に浅い海底に噴出した溶岩でできた西野層である。その後第四紀におきた三度の噴火により安山岩が噴出し山体を作った。山体の大部分は二回目の噴火によっており、そのため藻岩山は幅広い谷をはさんで尾根を東と南東に伸ばす。
山の北東面は直線状斜面を形成し、豊平川扇状地に面している。山麓に近いところが山鼻という地域で、その北方に札幌市中心部が発展している。市街にビルが立ち並ぶ以前に札幌の人々が馴染んだ藻岩山の姿は、この方面から見たものである。
東に伸びる尾根は札幌市街方面から見ると、裾野で長く平らに伸び、先端が急に落ちて見える。古くはこの形から尾根の先端を「軍艦岬」と呼んだ。岬とは呼ばれるが崖下を流れるのは山鼻川である。南東側の尾根も崖で終わり、崖下を豊平川が流れる。長く通行困難で、南の藻岩地区を札幌から切り離していたが、現在は国道230号が通じている。二つの尾根にはさまれた浅い谷は藻岩下という地区で、山鼻川が流れ出る。北西と西は後志山地で、藻岩山は山地の東の端に位置する。
もともと「モイワ」(アイヌ語で「小さな山」の意)は、アイヌの聖地とされた別の山の名であった。明治初期、その山に円山という新たな名がつくと、近くにある山「インカルシペ」(「いつも上って見張りをするところ」の意)に、神聖な「モイワ」の名が引き継がれた。これが現在の藻岩山である。札幌に近いこと、近くの豊平川を用いた水運が利用できることから、明治時代には南側で木材が伐採され、北の沢川から豊平川、創成川を経由して札幌まで流された。
山頂には登山道のほか、北側からロープウェイとシャトルバスの乗り継ぎ、あるいは南側から藻岩山観光自動車道(冬季休業)を通って行くことができる。ともに有料。山頂展望台からは石狩平野、そして石狩湾までを一望することができ、夜には札幌市街の夜景を楽しめる。
藻岩山に最初にロープウェイが建設されたのは、1958年(昭和33年)で、3線交走式で8人乗り小型のゴンドラ30台が片道10分で往復した。1971年(昭和46年)に4線交走式で66人乗りの2台、片道5分に変わった。以前は山上の駅からリフトに乗って頂上に至っていたが、老朽化の為2005年(平成17年)4月より休止し、無料シャトルバスが運行している。冬季には雪上車が運行する。
北東斜面にはシナノキ、ミズナラ、シラカバなどの広葉樹が生い茂る藻岩原始林があり、1921年(大正10年)3月3日に北海道で最初の天然記念物に指定された。一度も人の手が入ったことのないという厳密な意味での原始林ではなく、天然林にあたる。天然記念物になる以前から伐採などの利用が禁止され、今日に至る。291ヘクタール。
藻岩下の上、山頂から南東方に札幌藻岩スキー場がある。札幌の中心部から10km足らずという立地もあって多くの市民でにぎわう。山頂から冬期閉鎖中の観光自動車道を滑り降りることもできる。
1886年(明治19年)に山道がつくられたのを記念する山開きをして以来、毎年6月1日に山開きが行われている。この日の御来光を拝むために前夜から山を登る「藻岩山ナイトハイク」は、北海道大学の学生の名物行事となっていた。
移転前の北海道教育大学が藻岩山の麓にあったことを記念し、寮生が山開きの前日深夜から山を登り、日の出に合わせてその年の抱負を叫ぶ「太陽さんコール」が毎年の恒例行事となっている。