読み込み中...中島 みゆき (なかじま みゆき、本名:中島美雪、1952年2月23日 - ) は、北海道札幌市出身(注・公式サイトでは札幌出身となっているが、大手マスコミのほとんどは帯広市出身として扱っており、ファンの間でも帯広出身とするのが常識となっている。詳細は経歴欄参照)のシンガーソングライター、ラジオパーソナリティ。1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」でデビュー。暗く重い作風とラジオ番組などでの明るい語り口とのギャップで1980年代前半に大きな人気を博し、現在も根強い支持を受け続けている、日本を代表する女性シンガーソングライターの一人。公式ファンクラブ名は「なみふく」である。
オリコンで4つの年代に渡ってシングルチャート1位を獲得した(1970年代:わかれうた、1980年代:悪女、1990年代:空と君のあいだに、旅人のうた、2000年代:地上の星)唯一のソロ・アーティストでもある。
祖父は帯広市議会議長なども務めた中島武市、父・眞一郎は産婦人科医。札幌市に生まれ、5歳のときに岩内に引っ越し、11歳までを岩内で過ごす。その後帯広に移り、帯広小学校を卒業。帯広第三中学校に入学。1966年の夏には体調不良の母親が実家で一時療養するのに合わせて山形市に移り市立第六中学校に通うが、高校受験のため4ヶ月で帯広に戻る。その後、帯広柏葉高校を経て、藤女子大学文学部国文学科を卒業。
帯広柏葉高校3年生の時、文化祭で初めてステージを踏む。この時歌ったオリジナル曲は、「鶫の唄」である。大学時代は、放送研究会に所属し、ローカルラジオ局でスタッフのバイトなどをする一方、北大フォークソングのメンバーとも交流を持ち、活発に音楽活動を展開し、「コンテスト荒らし」の異名をとった。1972年には、「フォーク音楽祭全国大会」に出場し、「あたし時々おもうの」で入賞している(なお、この時の音源は大会実況版としてLP化されている)。なお後年、本人はコンテストに出場したのは(交通費や弁当代が支給されるので)、バイト代わりであったと述べている。大学卒業後は帯広に帰り、家業を手伝う傍ら、アマチュア活動を続ける。喫茶ジャズオーディオのマスター、渡辺晃が主催した「自由集団」の企画で多くのステージを踏み、デビュー前に地元では既に多くのファンを獲得していた(デビュー以前、オリジナル曲は既に100曲以上存在していた)。
1975年5月、財団法人ヤマハ音楽振興会の主催による第9回ポピュラーソング・コンテスト(通称ポプコン、現在のTEENS' MUSIC FESTIVAL)に「傷ついた翼」が入賞。同年9月には「アザミ嬢のララバイ」でキャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)から晴れてレコード・デビューを果たす。そして、1975年10月の第10回ポピュラーソング・コンテストに「傷ついた翼」から急遽差し替えた「時代」によってグランプリを受賞。つづけて11月の第6回世界歌謡祭 でもグランプリを受賞した(「時代」は同年12月にセカンド・シングルとして発売)。これをきっかけにミュージシャンとしての実力をヤマハミュージックの川上源一に見出される。その後中島は川上を現在に至るまで師父のように仰いでおり、中島のアルバムには、今日に至るまで、スタッフが記載されたクレジットに「DAD 川上源一」と記載されている。ヤマハ育ちでも、ヒットが出ると離れていくミュージシャンが多い中で、中島はヤマハをそのまま自分の拠点としている数少ないミュージシャンである。
1976年4月、ファースト・アルバム『私の声が聞こえますか』を発表。その後現在まで、1年につきアルバム約1枚のペースでコンスタントに作品を発表し続けている。同年には研ナオコに提供したシングル「あばよ」が大ヒットし、ソングライターとしての名を世間に知らしめる。翌年には歌手としても「わかれうた」が70万枚を超えるセールスを記録し、ミュージシャンとしての地位を確固たるものにした。職業作曲家・作詞家としても、先述の研ナオコに提供した「かもめはかもめ」をはじめ、桜田淳子「しあわせ芝居」、増田けい子「すずめ」など数多くのヒット曲を世に送り出し、大きな成功を収めた。
数少ない出演番組のひとつとして1977年から放送されたコッキーポップがある。その中で披露された「時代」では第6回世界歌謡祭グランプリ受賞の様子がインサートされ、「この空を飛べたら」においては加藤登紀子と共演している。
歌手としてのブレイク曲「わかれうた」が収録されていた1978年発表の4枚目のアルバム『愛していると云ってくれ』には「世情」という楽曲が収められている。この作品は後年にTBS系ドラマ『3年B組金八先生』の劇中に使用されて大きな話題を呼び、シングル・カットされなかったにもかかわらず中島の初期の代表曲のひとつとなっている。なお、『親愛なる者へ』以降、1985年発表のアルバム『miss M.』までの8枚のスタジオ録音アルバムは連続でオリコンのアルバムチャートで1位を獲得している。
1979年、ニッポン放送『中島みゆきのオールナイトニッポン』(月曜1部)がスタートし、番組においての軽妙な語り口がリスナーのあいだで大きな人気を集めた。1980年代前半にはミュージシャンとして更に大きな人気を集めており、1981年のシングル「悪女」はオリコンのシングルチャートで自身2度目の1位を獲得し、翌1982年の年間チャートでも6位を記録、また、この曲のアルバム・バージョンが収録された1982年発表のアルバム『寒水魚』が同年のオリコンの年間アルバムチャートで1位を記録するなど、1981年から1982年にかけてはその人気はピークに達した。1983年には柏原芳恵に提供した「春なのに」が大ヒットし、第25回日本レコード大賞の作曲賞を受賞した。
しかしながら、それ以降アルバム・セールスは下降線を辿り、1980年代中期から後期にかけてはサウンド・アプローチや作風そのものについてもひたすら模索する時代が続いた。当時中島は、甲斐バンドの甲斐よしひろやクリスタルキングなどをプロデューサーに迎えてアルバムを制作したり、テッド・ジェンセンやラリー・アレキサンダーなどによるニューヨークでのミキシングなどに臨んでいる。また、1985年発表のシングル「つめたい別れ」ではスティーヴィー・ワンダーの吹くハーモニカを大々的にフィーチャーしている。中島は後年になって模索に励んだ1980年代中期を振り返り、「御乱心の時代」と称している。自らのレコード・セールスが伸び悩む一方で、職業作家としては工藤静香の「MUGO・ん…色っぽい」、「黄砂に吹かれて」などの作詞を担当した(作曲は後藤次利)。
そんな「御乱心の時代」は、1988年のアルバム『グッバイ ガール』のプロデュースを手がけた瀬尾一三との出会いによって収まることとなる。中島にとって「これまで自分がやってきたあらゆるスタイルに対処してくれる」という瀬尾は適任らしく、それ以降現在に至るまでの全てのオリジナルアルバムでアレンジ、プロデュース、演奏に携わっている。1989年からは、瀬尾が音楽監督として名を連ねる演劇とコンサートを融合した舞台「夜会」(やかい)をBunkamuraシアターコクーンで毎年12月に上演するようになる。「夜会」は中島にとってのライフワークともいえる舞台となり、1998年に一旦、年一回の公演という形を終了し、その後は不定期で上演されている。
1990年代の日本の音楽業界では、テレビドラマやCMとのタイアップによってミリオンセラーを記録するシングルが後を絶えなかったが、その中において中島みゆきも例に漏れず、「浅い眠り」をはじめとする3枚のミリオンヒットを記録している。この3枚のいずれもテレビドラマの主題歌として起用された楽曲であり、なかでも安達祐実主演の日本テレビ系列『家なき子』の主題歌として書き下ろされた1994年の「空と君のあいだに」は147万枚のセールスを記録した。1983年発表のアルバム『予感』収録曲「ファイト!」との両A面扱いで発売されたこのシングルは、現時点での中島にとっての最大級のベストセラーである。また、この時期のアルバムはシングルほど芳しい成果を上げるわけではなかったものの、それでも1980年代後半よりも安定した成績を収めた(『EAST ASIA』から『パラダイス・カフェ』までの5作は全て20万枚以上のセールスとなっている)。1996年にはベストアルバム『大吟醸』がオリコンのアルバムチャートで1位を獲得し、日本における女性ソロアーティストのアルバムチャート1位獲得の当時の最高齢記録を更新(現在この記録を保持しているのは竹内まりや)。しかし、その後1997年から1999年にかけてのCDセールスは全体的に大きく伸び悩んだ。
一方で、1989年から始めた舞台「夜会」に自身がかけるウェートはより大きくなり、1995年以降に上演されたものは書き下ろしの新曲を中心に構成される、より大掛かりなものへと変貌を遂げた。
また、1999年には文部科学省の国語審議会委員を務めた。現時点でこの審議会の委員を務めた歌手は中島みゆきただ一人だけである。
2000年には25年に渡って在籍したポニーキャニオンを離れ、当時創設されたばかりで自らが取締役・主要株主として経営にも参画するミニ・メジャーのレコード会社、ヤマハミュージックコミュニケーションズに移籍。以降現在までヤマハから作品を発表している。
移籍後最初にリリースされた中島のシングルが、NHKのテレビ番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』の主題歌「地上の星/ヘッドライト・テールライト」である。このシングルは主に中島の作品にこれまで馴染みの薄かった中高年層のサラリーマンを中心に大きな人気を集め、最終的にオリコンのウィークリーシングルチャートTOP100に連続174週に渡ってランクインするという驚異的な記録を打ち立てた。
発売当初、このシングルは全くと言っていいほど話題にならなかった。しかし、『プロジェクトX』の人気が高まるとともに注目され、アルバム『短篇集』には、1曲目が「地上の星」、ラストが「ヘッドライト・テールライト」という構成で収録された。このアルバムを発売するにあたっては、ジャケットの仕様をめぐり岩波書店からクレーム(岩波文庫をもじって「山波文庫」=ヤマハ文庫と表記した)がつき、発売直前になって急遽デザインが差し替えられるというハプニングも起こった。
このロングヒットをきっかけに中島は2002年の第53回NHK紅白歌合戦に出演。『プロジェクトX』内でもとりあげられた黒部ダム(黒部川第四発電所)からの中継で「地上の星」を歌った。このとき初めて「動く中島みゆき」を見た人も多く、番組中最高の歌手別視聴率(52.8%:ビデオリサーチ調べ/関東地区)を記録。また、極寒の中で極度の緊張から2番の歌詞を間違えたにもかかわらず反響は大きく、「地上の星/ヘッドライト・テールライト」は翌年1月、発売から2年半近くを経てシングルチャートナンバーワンに輝いた。これはオリコン始まって以来のリリース後最長期間(130週)を経た1位獲得記録である。同時に、1970〜2000年代まで4年代連続の1位獲得となった。
2005年12月28日には『プロジェクトX』の最終回に出演。歌詞以外はほとんど声を発することなく、スタジオで同番組エンディングテーマ「ヘッドライト・テールライト」を熱唱した。その影響で2006年1月16日、「地上の星/ヘッドライト・テールライト」は、2004年2月2日以来のオリコンシングルチャート100位圏内返り咲き(66位)を達成。通算オリコンシングルチャート100位圏内チャートイン記録を183週に延ばした。
『紅白歌合戦』及び『プロジェクトX』の最終回で歌詞以外ほとんど声を発することがなかった(※秒単位で進行する紅白歌合戦の台本には「中島みゆきさんからみなさんへ」というアドリブ項目がわざわざ設けられていたのにもかかわらず)のは、(ファンは知っているのだが)当の本人の「あっけらかん」さが表れるのがいやだった、と本人がラジオ(2006年12月15日『オールナイトニッポン』にて)で話している。
1990年代前半から本格的に行うようになった海外でのレコーディングは2000年代からは主流となり、近年では、アレンジ等にベックの父親として知られるデヴィッド・キャンベルや、ヴィニー・カリウタ、ニール・スチューベンハウス、マイケル・トンプソンなどといった有名スタジオ・ミュージシャンを迎えて毎年アルバムを制作するのが恒例となっている。
1998年に一旦休止した「夜会」は2000年から再び不定期で行われるようになり、2006年の「Vol.14 24時着00時発」は、東京においてはこれまでのシアターコクーンではなく青山劇場で、大阪では初めてシアターBRAVA!において上演された。
2006年、第56回芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞した。「コンサートツアー2005」が評価されてのこと。シンガーソングライターとしては初の受賞者。
また同年には、TOKIOに提供した「宙船」の作詞が評価され、第48回日本レコード大賞の作詩賞を受賞した。
2007年8月から新たに設立されたヤマハミュージックアーティストがマネジメントが行う。同年秋には2年ぶりの全国ツアー「コンサートツアー2007」が行われた。
覚えやすいメロディーラインもあるが、息継ぎがしづらい曲も多い。
中島みゆきの曲には、日常風景の一部を切り取り、そこを行き来する男と女や働く人々をテーマにし、その一人一人にスポットライトを当て、その心情を曲にのせるものが多い。非常に巧みな比喩表現を用いており、聞き手によってそれぞれ異なった意味を受け取ることができる。また、普遍的なテーマを歌詞にしていることも非常に多い。例えば、1991年発売のアルバム『歌でしか言えない』収録曲の「永久欠番」。この曲は、「人は誰しも唯一無二の存在である」ということをテーマにした曲で、東京書籍発行の中学校用の教科書『新しい国語3』に引用されている。
対照的に、工藤静香に提供した「MUGO・ん…色っぽい」や西田ひかるに提供した「きっと愛がある」のように軽いノリの詞も存在する。ただし、この2曲に関しては、いずれもCMのキャッチコピー(「MUGO・ん…色っぽい」 - “ん、色っぽい”(カネボウ)、「きっと愛がある」 - “アイがある”(三菱電機))にひっかける方が望ましいと中島が指示を受けていた経緯がある。
また、「見返り美人」や佐田玲子に提供しセルフカバーした「くらやみ乙女」のように、悲劇に内包される喜劇性を最大限に強調したユーモラスな詞も存在する。中島みゆきの作品世界を自己パロディ化したような内容でもある。
基本的に、深いブレスと力強い声質を生かして朗々と歌い上げる。曲によって、また曲の中でも情景や詞が含む感情によって、いくつもの声色を使い分けている。例として、「地上の星」と「ヘッドライト・テールライト」の歌いまわしの違いが挙げられる。同じアルバムの中でももっと声質の大きく異なる曲が収録されることも多い。歌っているときの声と普段の喋り声とのギャップも著しい。
ユーミンこと松任谷由実は、かつて「ライバルは?」と聞かれ「中島みゆきさん」と答えていた。テレビ・ラジオ等でユーミンは「みゆき」と呼ぶ。逆に中島は、『中島みゆき お時間拝借』で「松任谷」と呼んでいた。
1980年代以降、トレンドに合わせた楽曲でヒットを飛ばす松任谷由実と、己の道を行く中島みゆきを「月と太陽」、「光と影」とするような対比が多く見られ、ユーミンは「恋愛歌の女王」、中島みゆきは「失恋歌の女王」、「女の情念を歌わせたら日本一」などとよく形容された。当人同士は、そうした周囲の対比をさほど気にもかけていない様子。同年代で交友もあり(ユーミンの夫松任谷正隆が中島の曲のアレンジを担当したこともある)、互いに認め合っている。
1984年、中島のコンサートツアー「明日を撃て!」のパンフレットに寄稿したユーミンは、「私がせっかく乾かした洗濯物を、またじとーっとしめらせてしまう、こぬか雨のよう」と中島の音楽を評し、「でも、そうやってこれからも一緒に、日本の布地に風合いを出していきましょう」と締めくくっている。一方、中島は自身の著書『愛が好きです』の中でユーミンのことを「尊敬している」と語っている。
二人は今までに雑誌で1回、ラジオで3回対談している。ラジオの1回目は『中島みゆきのオールナイトニッポン』である(1983年6月13日)。ラジオの2回目は『松任谷由実のサウンド・アドベンチャー』の『ユーミン・オータムスペシャル with 中島みゆき』(1994年10月23日)の5時間スペシャル。3回目は、中島がユーミンのインターネットラジオ(『ウィークエンドスペシャル 松任谷由実はじめました』、2001年8月24日)に約7分間飛び入り出演した。ラジオの1回目の対談では、結婚している松任谷由実が独身の中島みゆきの色欲の処理についてからかい「バカヤロー」と呼ばれている。
また、ライバルでは無いが『谷山浩子のオールナイトニッポン』(木曜二部)にたびたび出演していた。谷山浩子にあみんの「待つわ」を無理やりデュエットさせられたこともある。
| 歌手名 | 曲名 | 作詞 | 作曲 | セルフカバー |
| 研ナオコ | LA-LA-LA | 中島みゆき | 中島みゆき | 夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN |
| 雨が空を捨てる日は | 中島みゆき | 中島みゆき | 『みんな去ってしまった』 | |
| 明日靴がかわいたら | 中島みゆき | 中島みゆき | ||
| わすれ鳥のうた | 中島みゆき | 中島みゆき | ||
| あばよ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 | |
| 強がりはよせよ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 | |
| はぐれ鳥 | 中島みゆき | 中島みゆき | ||
| ふられた気分 | 中島みゆき | 中島みゆき | コンサートのみ | |
| さよならを伝えて | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 | |
| 杏村から | 中島みゆき | 中島みゆき | シングル「あした天気になれ」B面 | |
| かもめはかもめ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『御色なおし』 | |
| 窓ガラス | 中島みゆき | 中島みゆき | 夜会1990 | |
| みにくいあひるの子 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おとぎばなし-Fairy Ring-』 | |
| こぬか雨 | 中島みゆき | 中島みゆき | ||
| ひとりぽっちで踊らせて | 中島みゆき | 中島みゆき | 『御色なおし』 | |
| 山内恵美子 | 笑わせるじゃないか | 中島みゆき | 中島みゆき | シングル「悪女」B面 |
| ほっといてよ | 中島みゆき | 中島みゆき | ||
| ちあきなおみ | ルージュ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 |
| 帰っておいで | 中島みゆき | 中島みゆき | ||
| うかれ屋 | 中島みゆき | 中島みゆき | ||
| 桜木健一 | 別れのための子守歌 | 及川恒平 | 中島みゆき | |
| 日吉ミミ | 命日 | 中島みゆき | 中島みゆき | |
| 世迷い言 | 阿久悠 | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 | |
| 桜田淳子 | しあわせ芝居 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 |
| 追いかけてヨコハマ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 | |
| 20才になれば | 中島みゆき | 中島みゆき | コンサートのみ | |
| 加藤登紀子 | この空を飛べたら | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 |
| グラシェラ・スサーナ | さよならの鐘 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『御色なおし』 |
| 髪 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 | |
| 小柳ルミ子 | 雨… | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おかえりなさい』 |
| 根津甚八 | ピエロ | 中島みゆき | 中島みゆき | シングル「りばいばる」B面 |
| 増田けい子 | すずめ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『御色なおし』 |
| 古手川祐子 | 煙草 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『御色なおし』 |
| 郷ひろみ | 美貌の都 | 中島みゆき | 筒美京平 | 『御色なおし』 |
| SCENE21・祭り街 | 中島みゆき | 筒美京平 | ||
| 比呂魅卿の犯罪 | 中島みゆき | 坂本龍一 | ||
| 柏原芳恵 | 春なのに | 中島みゆき | 中島みゆき | 『回帰熱』 |
| カム・フラージュ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『御色なおし』 | |
| 最愛 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『御色なおし』 | |
| ロンリーカナリア | 中島みゆき | 中島みゆき | 『回帰熱』 | |
| 松坂慶子 | 海と宝石 | 中島みゆき | 中島みゆき | シングル「ひとり」B面 『御色なおし』 |
| 三田寛子 | 少年たちのように | 中島みゆき | 中島みゆき | コンサートのみ |
| 愛される花 愛されぬ花 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おとぎばなし-Fairy Ring-』 | |
| 松本典子 | 儀式(セレモニー) | 中島みゆき | 中島みゆき | 『回帰熱』 |
| 前川清 | 涙 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『グッバイガール』(シングルとしてもリリース) ※ 中島版のタイトルは「涙-Made in tears-」 |
| 田中一郎&甲斐よしひろ | あり、か | 中島みゆき | 中島みゆき | 『回帰熱』 |
| 薬師丸ひろ子 | 空港日誌 | 中島みゆき | 中島みゆき | シングル「涙-Made in tears-」B面 |
| 未完成 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『回帰熱』 | |
| おとぎばなし | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おとぎばなし-Fairy Ring-』 | |
| 長山洋子 | 肩幅の未来 | 中島みゆき | 筒美京平 | 『回帰熱』 |
| な・ま・い・き | 中島みゆき | 筒美京平 | ||
| 工藤静香 | FU-JI-TSU | 中島みゆき | 後藤次利 | コンサートのみ |
| 証拠をみせて | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| さよならの逆説 | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| ブリリアント・ホワイト | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| 裸爪のライオン | 中島みゆき | 後藤次利 | 『おとぎばなし-Fairy Ring-』 | |
| MUGO・ん…色っぽい | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| 群衆 | 中島みゆき | 後藤次利 | 『回帰熱』 | |
| 黄砂に吹かれて | 中島みゆき | 後藤次利 | 『回帰熱』 | |
| 秋子 | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| 私について | 中島みゆき | 後藤次利 | コンサートのみ | |
| TEL・・ME | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| つぎはぎのポートレート | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| Embrace | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| 慟哭 | 中島みゆき | 後藤次利 | 『時代-Time goes around-』 | |
| コール | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| 他人の街 | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| そのあとは雨の中 | 中島みゆき | 後藤次利 | ||
| 激情 | 中島みゆき | 中島みゆき | コンサートのみ | |
| 雪・月・花 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『おとぎばなし-Fairy Ring-』 | |
| Clāvis -鍵- | 中島みゆき | 中島みゆき | 『ララバイSINGER』 | |
| 佐田玲子 | くらやみ乙女 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『回帰熱』 |
| 坪倉唯子 | 365の夜と昼 | 中島みゆき | 寺尾広 | |
| 森山良子 | 花束を私のために | 中島みゆき | 倉田信雄 | コンサートのみ |
| 吉田日出子 | あどけない話 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『時代-Time goes around-』 |
| 中江有里 | 風の姿 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『時代-Time goes around-』 |
| パトリシア・カース | Juste une chanson (原題: かもめの歌) |
中島みゆき | 中島みゆき | 『時代-Time goes around-』 |
| 雪村いづみ | 夢見る勇気 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『時代-Time goes around-』 |
| 西田ひかる | きっと愛がある | 中島みゆき | 朝倉紀幸 | |
| 高倉健&裕木奈江 | あの人に似ている | さだまさし 中島みゆき |
さだまさし 中島みゆき |
『おとぎばなし-Fairy Ring-』 (※ duet with さだまさし) |
| 吉田拓郎 | 永遠の嘘をついてくれ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『パラダイス・カフェ』 |
| 小林幸子 | 幸せ | 中島みゆき | 中島みゆき | シングル「愛情物語」c/w曲 |
| 石嶺聡子 | You don't know | 中島みゆき | 中島みゆき | 『わたしの子供になりなさい』 |
| フェイ・ウォン | 人間 | 林夕 | 中島みゆき | 『わたしの子供になりなさい』 (※ 詞を自ら書き直し収録、タイトルは「清流」) |
| 竹中直人 | 紅灯の海 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『わたしの子供になりなさい』 |
| Non | 握手 | 中島みゆき | Non | |
| 由紀さおり&安田祥子 | 帰省 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『短篇集』 |
| 柴咲コウ | 思い出だけではつらすぎる | 中島みゆき | 中島みゆき | 『恋文』 |
| 岩崎宏美 | ただ・愛のためにだけ | 中島みゆき | 中島みゆき | 『ララバイSINGER』 |
| 華原朋美 | あのさよならにさよならを | 中島みゆき | 中島みゆき | 「ララバイSINGER」 |
| TOKIO | 宙船(そらふね) | 中島みゆき | 中島みゆき | 『ララバイSINGER』 |
| 本日、未熟者 | 中島みゆき | 中島みゆき | 『I Love You, 答えてくれ』 | |
| クミコ | 十年 | 中島みゆき | 中島みゆき | |
| 谷山浩子 | 雪虫 Whisper | 中島みゆき | 谷山浩子 | |
| YOKO | 闘りゃんせ | 中島みゆき | 中島みゆき |
夜会のチケットは入手困難な上、高額なことで知られる。また、入場は中学生以上に限定されている。
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