『徹子の部屋』(てつこのへや)は、黒柳徹子が司会を務めるテレビ朝日(旧:日本教育テレビ)系列で放送されているトーク番組。BS朝日・朝日ニュースター(CS放送)でも放送中。さらに、2006年12月からはテレ朝チャンネル(CS放送)でも過去の放送回を再放送している。同局が、日本教育テレビと称していた頃『13時ショー』の後番組として1976年2月2日にスタートした長寿番組である。
番組概要
毎回1組のゲストを招いて、テーブル上に広げた資料を元にインタビューしながら対談を進める。毎年8月中旬には『終戦特集』として太平洋戦争(第二次世界大戦)にまつわるトークをおこなう。毎年7月と12月にはその半期に訃報があった過去の出演者を総集編で送る追悼特集がある。超有名人の場合、訃報があった数日後にその人のみの追悼編として放送することもある。その時は故人に縁の深い人がゲストで出演する。12月に行われる総集編は、年内最後の放送日(後述)の前日までに放送される。また、不定期で黒柳のユニセフ親善大使としての活動の様子を特集して放送する回がある。
この番組を始めるにあたり、黒柳がテレビ朝日に出した条件が「スタッフの入れ替えをしないこと」「編集をしないこと(いわゆる撮って出しの手法)」であったという(ただし、プロデューサーのみ、入れ替わっている)。後者の理由は「ゲストのありのままの姿を引き出すため」「番組の質の低下を防ぐため(毎日やる帯番組を編集するのは多大な労力がかかる)」「ゲスト・黒柳・スタッフの三者間で『ここをカットしてほしい』『ここを残してほしい』と編集に関する意見が衝突するのを防ぐため」の3点である[永江朗 『聞き上手は一日にしてならず』 新潮社〈新潮文庫〉、2008年、11-33頁]。
収録は、毎週月曜・火曜日に計6本のペースでおこなわれる。週1本(月4〜5本程度)ぶん多く収録しているのは、黒柳がユニセフの仕事で海外に出かけるため夏休みとして2週ぶん収録を休んだり、黒柳が出演する演劇の舞台稽古で不定期に収録を休んだり、突発的なアクシデントで放送を差し替えたりするときのストックとしてである。収録日の午前中はたっぷりと睡眠をとる。寝不足だとゲストの話が耳を素通りしてしまうからだという。
また芸能界七不思議のひとつと言われるあの「たまねぎ頭」は、毎日髪形を変えると、視聴者の関心が黒柳の髪に集中してしまってゲストの方へ行かない、また襟足が出るので、黒柳の斜め後ろからの画像になってもふんふんとうなずく時に髪ばっかり揺れているという絵にならず、首が見えるので少しは人間味がでる、あるいは和装でも洋装でもちょっとアレンジすれば済むなどの理由で固定しているのだと言う。ただし扮装するときは別である。
話す内容は、黒柳があらかじめゲストについてその日担当のディレクターにレクチャーされた時に記した、特注のメモ用紙(148ミリ×105ミリ)に2Bの鉛筆で縦書きに書いたものを張り合わせたもの(台本や質問稿ではない)をテーブルにおいて進行する。老眼鏡を使わないで読むので、ゲストに驚かれる事がある。
その質問稿の上にゲストがコップを置くとどかしたり、置かないようにくぎを刺す。
もしも質問稿が汚損などして使い物にならなくなった際にはアドリブトークになるらしいが、いまだ実現されていない。(
2008年5月2日OAの
小島よしおの回より)
地上波放送・朝日ニュースターにおいての放送では画面右下にゲスト名とサブタイトルの項目が表示されているが、BS朝日およびテレ朝チャンネルでの放送は表示されていない。
テーマ曲は「徹子の部屋のテーマ」(2000年12月放送分のステレオ放送化によりステレオ収録にアレンジしたものに変わっている)。作曲はいずみたく。テーマ曲は、CD『SHOW WA!バラエティー・レボリューション』の中に収録されているほか、着メロはテレビ朝日の携帯サイトなどでダウンロードできる。
提供クレジットは出す(テレ朝チャンネルは提供クレジットの表示は一切なし)がアナウンサーによるスポンサーの読み上げ(提供コメント)は一切なく、オープニングはゲストの紹介をしていて、エンディングは終了時間までトークする。ただし、地上波では一時期(番組終了時・ローカルセールスでブルーバック画面のみ)、BS朝日では開局から2年ほどは提供コメントを行っていたことがあった。
ゲストと衣装の打ち合わせはせず、「一度着た衣装は二度と着ない」のが殆どの黒柳だが、一年に一度日本橋高島屋で着た服のチャリティセールを行なう。売り上げはユニセフとは関係ない「青少年とともに歩む会」に寄贈される。
ゲスト
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トークは基本的にゲストの活躍している内容について行われるが、常連のゲストのさらに一部の相手とは、"お約束"と言えるような展開で行われる。例えば、小沢昭一がゲストに出る場合は必ず黒柳徹子と小沢昭一が何らかのテーマに沿ったコスプレを行ってトークを行う(1993年 - )。黒柳がセーラームーン、小沢がクレヨンしんちゃんのコスプレをして視聴者の度肝を抜いたこともある(いずれもテレビ朝日系列のアニメ)。この時は東スポの一面トップに黒柳の姿がカラー写真で出た。現在のところ、小沢のゲスト出演時の新作は2007年1月15日放送の七福神だが、2008年8月14日放送でのゲスト時には、太平洋戦争体験を語るためスーツ姿で出演した。
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年間最終の放送のゲストは1978年から毎年必ずタモリ(初出演は1977年8月11日)で、2008年の出演で32回目を数える。また最近はタモリ司会の『ミュージックステーションスーパーライブ』が放送される金曜日が年間最終放送日となることが多い。タモリとの付き合いは、タモリが当時のNET(現テレビ朝日)の「赤塚不二夫の世界」というお昼の生番組でインチキ牧師役でTVデビューした時に、余りの面白さに黒柳が「今の人、誰?すごいじゃない」と直接TV局の赤塚へ電話を掛けてからだという。これが芸能人からの最初の「面白い!」の電話だったという
[参考『バカは死んでもバカなのだ 赤塚不二夫対談集』毎日新聞社刊p.462]。放送では今ではテレビでほとんど見られなくなったなんらかの「密室芸」の披露をしているが、1980年代の放送では「マヨネーズ石狩鍋」や「たくあんのとぎ汁で作ったクリームソーダ」など、通常では考えられないゲテモノ料理を2人で作って食べるのが恒例となっていた。
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タモリに限らず、芸人がゲストの場合、トーク以外に持ちネタが披露されることも多い。極端な例では、2005年に清水ミチコや友近が出演したときオンエア時間の大半がネタ披露に充てられた。芸人好きの黒柳はそのネタを見ると「おもしろい、おもしろい」と言っていつまでもネタをやめさせない。一方で「今日は面白い話をしてくださるんでしょう」などと言ってハードルを上げる、オチを先に言って話を振るなど、芸人潰しとも言える状況を作り出すことも多い。そのためにガレッジセールはこの番組を徹子の監獄と形容した
[2008年4月10日のアメトークスペシャル・徹子の部屋惨敗芸人にて]。
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デーモン小暮閣下が出演したときは、通常は静かに始まるオープニングが地獄のように演出されており、エンディングも同様だった。
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放送第1回目のゲストは森繁久彌(テレ朝チャンネルでの再放送の第1回目でもやはり森繁久彌がゲストだった回が放送された)。登場時、森繁は黒柳の胸を触った。
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黒柳が司会を務めた『ザ・ベストテン』(TBS)放送期間中はよく同番組にランクインした歌手も登場していた。
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アニメやバラエティー番組のキャラクターがゲストとして出演することもある。1999年12月31日と2000年2月11日の放送ではCG映像でドラえもんが出演した(声は当時、大山のぶ代。声で出演した大山のぶ代は1999年3月4日、2004年3月5日、2005年5月24日、2006年6月2日に出演。2009年4月30日には夫の砂川啓介と夫婦で出演し脳梗塞を患っていたことを告白している)。また、2005年4月6日には藤井隆がマシュー南として(マシューは約1カ月後の『祝30年!SP』にも出演し、このとき黒柳は『白柳リリー』となって進行している)、2006年5月5日にはゴリがゴリエとしてそれぞれ出演してもいる。この時ゴリエに「タモリさんから聞いたのですが」と逆質問され、たまねぎ頭の中に飴などを入れていることを暴露された。
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本来は、グループとして活動しているにも関わらず、松本孝弘(B'z)、木梨憲武(とんねるず)、山口智充(DonDokoDon)、原田泰造(ネプチューン)、田中直樹(ココリコ)、遠藤章造(ココリコ)宮迫博之(雨上がり決死隊)、太田光(爆笑問題)などが単独出演をしたことがある。
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当時巨人軍の監督を退いたばかりの長嶋茂雄、さだまさし、ジャイアント馬場は、2日連続でゲスト出演したことがある。さだについては、あまりにもトークが面白く収録時間を大幅に超過したため。
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テレビ朝日のアナウンサーが出演したこともある。例えば、『ニュースステーション(現:報道ステーション)』『スーパーモーニング』『朝まで生テレビ!』でおなじみ渡辺宜嗣や、かつては『やじうまワイド』MCで現在は『やじうまプラス』でニュースコーナーを務めている吉澤一彦(渡辺アナとは同期)など。しかし吉澤の放送の回は、ABCのみ大山のぶ代出演のものに差し替えられた。これはABCで『やじうまワイド』が放送されていなかったため。
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山川静夫、徳光和夫、久保純子ら他局出身のアナウンサーはフリーになってからこの番組に出演しているが、露木茂はフジテレビ局アナ時代の1976年5月に当時『小川宏ショー』で共演していた小川宏と共に出演したことがある(今のところ他局の現職アナが出演した唯一の例)。山川と黒柳はNHK紅白歌合戦(1980年・第31回〜1982年・第33回)で司会を担当した。NHK出身者がゲストのとき黒柳は決まって「NHKは地方へ行かされるからいやですよねえ」という発言をする。
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局アナ以外では、当時青森放送(RAB)の社員(ディレクター)だった伊奈かっぺいが出演したこともある。当番組は過去にテレビ朝日系列(日本テレビ系列とのクロスネット)だったRABで放送されていたが、1991年10月以降は青森朝日放送(ABA)で放送されているものの、それ以降も問題なく出演している(青森放送・日本テレビは伊奈のタレントとしての他系列及びNHKへの出演を容認していた他、一時ホリプロにタレントとしてのマネジメントを委託していた)。
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ほとんどの名前が売れている芸能人がこの番組に出演しているが、みのもんた、小堺一機、釈由美子のような未出演者もいる。みのと小堺については当然ながら裏番組に出演している関係があるが、小堺は『徹子』が『ごきげんよう』と被らなかった1996年4月から1年半の間も出演しなかった。これは大分地区で両番組が被っていたこと(当時『ごきげんよう』は大分放送で14時からの時差ネットだった。現在はテレビ大分で同時ネット)に配慮したためと考えられる。黒柳は小堺と関根勤が出演するTBSラジオ『コサキンDEワァオ!』のオープニングに乱入したことがある位なので、小堺と仲が悪い訳ではないようだ。
釈については、グラビアアイドル時代に『世界・ふしぎ発見!』(TBS)に出演した際、黒柳に対し無礼な発言をしたことや、黒柳をおちょくるようなコントを演じたこと(後述)が影響しているという説がある。テレビ朝日のドラマ主演者は番宣も兼ねてこの番組に出演するパターンが多いが、釈の場合はそれ(『生きるための情熱としての殺人』『スカイハイ』『7人の女弁護士』で主演)にも関わらず『徹子』に呼ばれなかった非常に稀有な例。
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長年テレビ朝日にレギュラー番組を持つ田原総一朗は、娘の田原敦子がこの番組のプロデューサーを務めていることもあり、複数回出演。夫人の田原節子(元日本テレビアナウンサー)の病気と死など私事にわたるエピソードを披露したり、自身の著作の紹介などをしている。
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ゲストがそれまで公にしていなかった自身に関する重大事を告白することもある。和田アキ子はこの番組で黒柳さんだから申し上げるんですけれどと、自身の病気が子宮ガンだったことを告白した。小川宏が自らの自殺未遂・うつ病体験を初めて告白したのもこの番組。2001年には伊原剛志が在日朝鮮人であることを告白したほか、2003年には大空眞弓がガンに罹患していることを公表している。また、2009年には赤木春恵が乳がんであったことをこの番組で告白したほか、大山のぶ代が脳梗塞を患っていたことも告白している。さらに、武田鉄矢が初めて鬱病体験を語ったほか、1977年に逮捕された際に在日朝鮮人であることが明らかとなった岩城滉一が自らの口で出自に関する告白をしたのもこの番組である。こうした告白は翌日以降の新聞や雑誌などにニュースとして取り上げられることもある。
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2008年7月8日放送では忌野清志郎をゲストとして迎え忌野の喉頭癌克服に関する話題を扱ったが、奇しくも放送日同日に行われた検査により忌野の癌転移が発見された。また忌野の所属事務所より公式にこのことが発表された8月14日は、BS朝日で『徹子の部屋』同回が再放送され、奇妙な因縁を感じさせる。
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上述の通り、ゲストの大半は芸能人及びその家族、映画監督や脚本家・演出家などの芸能関係者・スポーツ選手・アナウンサーといった人々で占められているが、作家や評論家・芸術家などの文化人、政治家・財界人、更に皇族や海外王族などが出演することも少なくない。これまでに大江健三郎、宮尾登美子、林真理子、島田雅彦、森田実、岡本太郎、鳥山明、野坂参三、本島等、上川あや、?仁親王、?仁親王妃信子、高円宮憲仁親王、高円宮妃久子、島津貴子、エディンバラ公フィリップ、セーラ・ファーガソンらが出演している。2002年11月21日に高円宮憲仁親王が薨去したことを受け、同年12月26日には久子妃を迎えて追悼特集を放送した。
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黒柳が長年ユニセフなどの慈善事業に参加していることから、一般には知られていない各種市民運動団体やボランティア団体の関係者が出演することもある。これらの出演者の場合、黒柳は冗談めいた発言をすることは少ない。
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TBS「チューボーですよ!」に黒柳が出演した際、司会の堺正章が「徹子の部屋で気に入らなかったゲストとかいますか?」と尋ねたのに対し、黒柳は「気に入らないゲストはそもそも呼びません。ゲストは私が選んでます」と発言した。
ただ、実際のところ、ゲストは基本的にスタッフが選び、黒柳が関与するのは最終段階のみだという。
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番組開始日や特別番組放送日の当日や前日にゲストとして登場するケースや、祝日を放送することを配意して登場するゲストもいる。また稀に近年はプライムタイムからゴールデンタイムに移行する番組に出演しているタレントがゲストに登場するケースもある。
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2008年9月26日放送では西村京太郎をゲストに迎え、その後テレビ朝日では同日15:00からの再放送枠に西村原作のサスペンスドラマが放送された。
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2009年2月2日から2月5日までは、放送34年目突入とテレビ朝日開局50周年を記念し、その日に放送される『50時間テレビ』の出演者などが出演。2日は『Qさま』からさまぁ〜ずと優香。3日は『ロンドンハーツ』からロンドンブーツ1号2号。4日は『クイズ雑学王』から爆笑問題。5日は『いきなり!黄金伝説。』からココリコ。6日は『スーパーJチャンネル』から小宮悦子が出演。
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*2日は当番組が丁度34年目に突入したため優香が黒柳に花束を渡し、お祝いにさまぁ〜ず・大竹一樹が特技のバイオリンで徹子の部屋の曲を披露した。また、3日のロンブーの回では「ロンハー」と「徹子の部屋」のコラボレーションを展開し、「ロンハー」では狩野英孝が番組に使われているソファーに座り、右側に徹子さんを写すポスターを制作、これは淳の指示で、黒柳の撮影をした。4日は爆笑問題が出演した「GAHAHAキング爆笑王決定戦」の映像と黒柳が出演したドラマの映像を放送。5日は深夜時代の「ココリコ黄金伝説」で放送された名伝説を紹介した。
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開催以来、M-1グランプリの優勝者がどこかしらの回に出演するのが定番となっている。
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*「アメトーーク」内の「徹子の部屋芸人」にて、その時出演が決まっていたサンドウィッチマンへチュートリアルが「M-1の賞金の使い道は絶対聞かれるから、備えた方がいい」とアドバイスした(しかし、チュートリアル曰くこの質問には「備えたところで、鉄板でスベる」とのこと)
番組の歴史
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1976年の番組開始直後は、黒柳と当時大学生だったラビット関根(現:関根勤)が進行する「フラッシュクイズ」という視聴者参加の短いクイズコーナーがあった。これは、地味なトークだけでは視聴率が取れないと懸念されたためだが、番組本編とのテンションの乖離(かいり)が激しく、このコーナーは1年後の1977年3月に終了し、以後は番組全編トークのみで進行している。後に関根の娘の関根麻里が出演した際に、この時のVTRが放送された。その後このクイズコーナーは独立して一つの番組として放送されていた時期がある(参考『「徹子の部屋」の30周年』)。
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1997年の初頭、放送時間が移動したためか視聴率が低迷し、打ち切りが検討されていた。しかし、司会の黒柳が「自分の力が続くまではこの番組を続ける」と強硬な姿勢を打ち出し、番組打ち切りは回避されて、放送時間も同年10月に元に戻り、現在は視聴率も安泰に戻っている。『ザ・ベストテン』の後番組として同じ黒柳司会の『音楽派トゥギャザー』を放送したことも番組を長く育てたいというほぼ同様の趣旨によるものと理解されている。
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2000年12月放送分よりハイビジョン制作。(それ以前にもBSアナログハイビジョン実用化試験放送でも不定期で何度か放送されたことがある)。地上波のみ字幕放送。尚、ABCでは「全国高校野球選手権大会中継」の大阪府大会準決勝と決勝戦、全国大会準々決勝、準決勝の試合が行われる日は放送休止となり別の日に代替放送されることがある(全国大会の決勝戦については全国放送のため番組そのものが休止)。
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2005年8月29日から9月4日までの1週間、『ワイド!スクランブル』が1時間拡大のため『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』と共に番組が休止となった。年末年始や高校野球を除いて番組が1週間休止になるのは、番組スタート以来初めてのことである。
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2006年5月17日に放送30周年を迎え、当日から日本橋の高島屋東京店で「徹子の部屋展」が開催された事に合わせて、同店から生放送された。また、同年、番組ホストの黒柳徹子とともに、第54回菊池寛賞を受賞した。同年12月8日に渋谷東急BUNKAMURAオーチャードホールにて南こうせつ・さだまさし・中村紘子・中尾ミエのゲストを迎え、「徹子の部屋 祝30周年記念コンサート」を開催した(2007年2月に放送された特番の公開録画)コンサートの目標は「終電までに終わる」とのこと。同年12月19日には、初めて海外から放送した(ゲスト:シャルル・アズナブール)
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2007年2月1日と2月2日は、放送32周年突入記念として、いつもの黒柳の席に清水ミチコ(1日)さだまさし(2日)が座って黒柳本人がゲストという形を取り、黒柳の幼い頃からの足跡をたどる特別企画を放送した(タイトルも『ミチコの部屋』、『まさしの部屋』になり、『まさしの部屋』ではテーマ曲もさだが歌ったものになっていた)。
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2007年3月2日に放送回数が8000回に到達した。(この日のゲストは永六輔)
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2008年7月7日(ゲスト:加山雄三)から音声多重放送を利用した解説放送を開始(月2回程度、不定期に実施)。時差ネット局のBS朝日では初の解説放送となる。但し、北海道テレビ放送の道央圏以外のアナログ放送エリア(当該エリアでも地上デジタル放送では受信可能)、朝日ニュースターでは行われない。
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2008年12月23日(ゲスト:イル・ディーヴォ)は音声多重放送を利用した2か国語放送を実施。但し、北海道テレビ放送の道央圏以外のアナログ放送エリア(当該エリアでも地上デジタル放送では受信可能)、BS朝日、朝日ニュースターでは行われない。
歴代の部屋(セット)
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初代 1976.02 - 1978.03
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2代目 1978.04 - 1995.03
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3代目 1995.04 - 2005.05.20
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*番組スタートから20年目突入を記念し、セット変更を実施(模様替え)。
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4代目 2005.05.23 -
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*番組スタートから30年目突入を記念し、セット変更を実施(模様替え)。
スタッフ
放送時間
地上波
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1976.02-1996.03 月〜金・13:15 - 13:55
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1996.04-1997.09 月〜金・13:55 - 14:50(『ワイド!スクランブル』開始に伴い移動 この頃、朝日放送は高校野球中継の影響で放送休止になった事があった。)
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1997.10-現在 月〜金・13:20 - 13:55(『ワイド!スクランブル』短縮に伴い再移動)
BSデジタル
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BS朝日
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*2009年4月現在、月曜日から金曜日の18時30分から19時(原則当日地上波放送分より3回分遅れの放送だが、終戦特集や年末最後の放送などその日の内容によっては同日に放送される場合もある)。2006年3月までは現在の時間で放送されていたが、2006年4月から2008年3月までは月曜日から金曜日の21:30 - 22:00に放送していた。
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*2005年4月から2006年3月までは日曜日の13:00 - 14:00に『徹子の部屋傑作選』としてこれまでの放送の中から2本分連続で放送されていた。
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但し、スーパーベースボール等の野球中継・サッカー中継が予定されている日は放送時間変更・番組休止になる。
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地上波より放送時間が5分短いがCMの放送時間を地上波より短くして抑えているため本編部分が一部カットされるようなことはない。
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スポンサーは地上波と異なり30分通しの1枠のみで(日曜日放送の『徹子の部屋傑作選』はスポンサーなし 平日放送でもスポンサーなしとなることもある)、地上波で行う途中のスポンサーの入れ替えもまったくない。
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*2006年12月24日(日曜日)には青島幸男がゲストだった回が急遽再放送された。本来は日曜日は放送予定にはないが、2006年12月20日に青島幸男が死去したことから故人を偲ぶために急遽再放送がおこなわれた。
CS放送
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朝日ニュースター 月曜日から金曜日の18:10 - 18:45(地上波より1日遅れで放送 ネットスポンサーはそのまま流れるが、CMは差し替えている。)
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テレ朝チャンネル 2006年12月3日(日曜日 11:00 - 11:30ほか)から『徹子の部屋〜Classics〜』として1976年の番組開始から現在に至るまで過去に放送された回から選りすぐりの内容を放送(ノンスポンサー)
スペシャル
受賞歴
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1995年 黒柳が「徹子の部屋」司会者としての業績により第3回橋田賞受賞。
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1997年6月 スタッフ一同に対して第23回放送文化基金賞が贈られた。
パロディなど
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「徹子の部屋」を模したCMが存在する。1978年頃に放送された日立製作所の冷蔵庫のCMにはこの番組パロディと思われる設定で、黒柳とアニメキャラクター、トムとジェリーが共演するCMが、『ザ・ベストテン』などで放送された。また、このCM映像は2006年7月に放送された「ドリーム・プレス社」(TBSテレビ)でも放送された。
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テレビ朝日系で放映の『トリック』のエピソード3において、『哲!この部屋』(渡辺哲司会)が劇中で放送された(渡辺哲はデイリースポーツに於いて、本当に「哲、この部屋」というタイトルの連載をしている)。
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テレビ朝日・シンエイ動画版の『ドラえもん』がスタートして間もない頃の話で(テレパスロボット)、のび太がテレビのスイッチを付けた時に、テーマ曲とともにブラウン管にこの番組のタイトル画面が映し出された回があった。しかしタイトルは『鉄子の部屋』になっていた。
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うつみ宮土理原作、東海テレビ製作の昼の帯ドラマ『女優・杏子』(2001年放送)で、特別出演したうつみ司会のトーク番組に荻野目慶子扮するヒロイン・杏子が出演したシーンがあったが、明らかに『徹子の部屋』を意識したつくりになっていた。
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『わらいのじかん』で、釈由美子が黒柳に扮した、完全に「徹子の部屋」をおちょくった『釈子の部屋』なるコントが放送されたことがある。しかし前述の通り、松本人志のやすしくん同様に黒柳に対し悪印象を与えただけに終わった。なお「わらいのじかん」メインおよび企画はその松本であった。
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同じテレビ朝日の『アメトーーク!』では、椎間板ヘルニアで入院していた出川哲朗の快気祝として、病室のセットで出川が見舞い客の芸能人とトークする「哲朗の部屋」なる企画が放送された。なお、釈はこちらには出演している。
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毎日放送(MBSテレビ)で放映中のちちんぷいぷいに2006年に黒柳がゲスト出演した際、番組側の企画で番組メインパーソナリティーの角淳一の名前に準えて「淳一の部屋」と称し、徹子の部屋のセットを摸したセットを番組側が組み、テロップのフォントも本家と似たものを使用した形でインタビューが行われた。(コーナーのOP,EDにも「徹子の部屋のテーマ」が使われた。)この際、黒柳自身は「見事なパクリですね。」とインタビュー中で賞賛した。
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嘉門達夫の替え唄のネタに「徹子の部屋の司会者は それは〜黒柳〜♪」(元ネタは『天才バカボン』主題歌で、その2番はネコヤナギを題材にしている)というのがあり、嘉門がこの番組に出演した際、それを黒柳本人の前で披露している。
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日本テレビで放映のミニ番組『アナちゃん劇場』において、阿部哲子アナ(名前は「てつこ」ではなく「あきこ」と読む)が担当の『哲子の部屋』というコーナーがあった。
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テレビ朝日系列の北海道テレビ放送の番組『水曜どうでしょう』の番組CMで、『洋の部屋』と題し番組内のスポットCM枠において生CMを行ったことがある。徹子役は大泉洋で、ゲスト(ミスター長嶋、ミスタースポック、Mr.マリック)役に鈴井貴之。後に大泉は2008年9月5日放送で出演している。
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よしだみほの漫画馬なり1ハロン劇場の最初期、テスコガビーが黒柳に扮し、ゲストの競走馬にインタビューをする『テスコの部屋』という企画が存在した。ゲストはシンボリルドルフ、トウカイテイオー親子(元ネタは武邦彦、武豊親子)
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『やまだひさしのラジアンリミテッドDX』の木曜に1回限定でやま子の部屋が放送された(ゲストはADタカノ)
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『アメトーーク』ゴールデン2時間スペシャルで、過去に『徹子の部屋』に出演して惨敗した芸人たちの歴史を振り返る企画が放送された。出演したお笑い芸人たちが黒柳徹子のペースに引き込まれ、自分たちの本領を発揮できないまま次々にスベらされたり、過酷な前振りと微妙なシチュエーションでネタをやらされて「大ケガ」をしてきたことから、ゴリは徹子の部屋を「徹子の監獄」と呼んだ。こういった惨敗を繰り返さないために、当時次の出演が決まっていた小島よしおとサンドウィッチマンに傾向と対策を伝授、友近が黒柳のものまねで実際にシミュレーショントークを行った。
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宇宙の彼方からやってきた謎の(実は忌野清志郎率いる)3人組ロックバンドLOVE JETS の1stアルバム『ちんぐろ』のジャケットは、実際のセットを使い黒柳本人も登場した『徹子の部屋』のパロディとなっている。
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テレビ東京系で1995年10月6日〜1996年3月29日に放送されていたアニメ『神秘の世界エルハザード』のレンタルビデオの特典画像として『徹子の部屋』のパロディである『てつやの部屋』が収録されている。これは、主人公「水原誠(みずはら まこと)」の声を演じている声優 岩永哲哉が司会となり、出演しているキャラクターの声優とトークを行うものであった。
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カナリアのネタの一つ、「カナリア日本語教室」(英語を無理矢理日本語に直す、というもの)でこの番組を「comedian panic room」、黒柳本人を「comedian crasher」と表現している。
その他の反響
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伊集院光のラジオ番組等で、黒柳のゲストへの返しがネタになることが多い。
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TV Bros.の読者投稿コーナー『ピピピクラブ』には、主に当番組での黒柳の言動をとりあげるコーナーが、ほぼ常設とされている
脚注・出典
関連項目
外部リンク
前後番組の変遷