読み込み中...田尾 安志(たお やすし、1954年1月8日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(外野手)・監督・野球解説者。
東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督である。
現役時代は俊足巧打の外野手として鳴らした。イチローが子供の頃に憧れた選手としても知られる。打席での構えでバットをグルグル回す"円月打法"から広角に打ち分け、安打製造機と呼ばれた。
左利き(左投左打・食事も左)だが、ペンは右手。
夫人は歌手のMADAM REY(マダムレイ)。子供が3人(男2人、女1人)おり、歯科医師の田尾耕太郎は長男。次男は俳優として海外を目指し、長女はグラビア・雑誌・モデルとして活躍している。1972年、泉尾高校から、当初は早稲田大学を志すも同志社大学文学部社会学科産業関係学専攻へ進学する。泉尾高校の野球部は田尾の入部時先輩部員は5人しかいない弱小野球部で、キャッチボールで田尾の球が取れないほどのレベルだった。3年の夏には2回戦で近大付属に勝ち、当時もっとも激戦区だった大阪でベスト4になる。同志社大学時代は投手で4番、登板しない日は野手として試合出場することが多かった。大学2年時から3年連続で日米大学野球の日本代表に選出された。
1976年、ドラフト1位指名で中日ドラゴンズに入団。新人王を受賞。1982年、最多出塁。日本シリーズ初出場も西武に2勝4敗で敗れ、日本一ならず。1982年から1984年にかけて3年連続の最多安打もマークするも、1度も首位打者になれなかった。
1985年、杉本正・大石友好両選手との交換トレードで西武ライオンズに移籍。日本シリーズに2度目の出場を果たすも、阪神に2勝4敗で敗れ、またも日本一ならず。このシリーズで、ノーアウト満塁の好機で初球に手を出しあっけなく凡打した事が当時の広岡達朗監督の逆鱗に触れ、翌年もフル出場させてもらえず放出の遠因とされる。1986年、日本シリーズ3度目の出場。広島を4勝3敗1分で下し、「三度目の正直」で初の日本一を経験する(これが選手として経験した唯一の日本一となった)。
1987年、吉竹春樹・前田耕司両選手との交換トレードにより学生時代からの念願だった阪神タイガースに移籍。先発出場の機会は減るもののここ一番の強さを発揮し、1988年には3本のサヨナラ本塁打(うち、巨人・鹿取義隆から2本)を打つなど活躍する。1991年、現役引退。
1991年に現役引退後は、スポーツキャスターに転身。フジテレビ、関西テレビ、東海テレビ、ニッポン放送でプロ野球解説をする他、「プロ野球ニュース」(フジテレビ)、「週刊!田尾スポ」(関西テレビ、関西ローカル)のメインキャスターも務めた。
1992年-2004年、フジテレビ、関西テレビなどの野球解説者の傍ら、芸能界でのタレント活動にも参加。しかし、彼の解説は阪神に肩入れした解説が多く阪神ファン以外のみならず阪神ファンからも評判は悪い。
野球評論の他に、タレント活動も展開。明るく爽やかなキャラクターで、幅広い層に親しまれている。釣りが趣味で、西田敏行主演の映画「釣りバカ日誌9」にも出演した。(鹿児島県の甑島を舞台とした作品で、風吹ジュンの従兄弟役で地元の海の釣り舟の船頭という役)また2005年1月までラジオ番組で共演していた松本秀夫アナウンサー(ニッポン放送)とは一緒に海釣りに出掛けることも多い。
2005年、50年ぶりの新規参入球団・東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督に就任。意外にも自身初の球団の首脳陣の経験となる。しかし、38勝97敗1分と、成績不振を理由に同年シーズン終了を以って解任。解任後、宮城県では解任に反対する団体東北若鷲会が発足、署名活動が行われた。テレビでもみのもんたが、自身が司会を勤める朝の番組で田尾を解任した三木谷オーナー(当時)に対し、「経営者として最悪」と痛烈に批判した。楽天監督を退任した2005年シーズン終了後からは野球解説者として再始動。現在に至る。
2005年3月26日の、記念すべきパシフィック・リーグ公式戦開幕試合(対千葉ロッテマリーンズ戦、千葉マリンスタジアム)では、田尾自らがスターティングナインの発表を行った。なお、監督としてはヒットエンドラン作戦を多用したが、「燃えよドラゴンズ!'79」では「♪7番田尾がヒットエンドラン〜」と歌われている。
2006年9月1日の、田尾が監督時代に残した、楽天球団としても田尾監督自身としても1年目の2005年の楽天球団の勝星である38勝越えの39勝目を懸けたソフトバンク戦に於いて、ニッポン放送の中継の解説を行う。(試合は2対2の延長10回表に大量7点を失い楽天敗戦。以後も連敗で足踏みを続けた。)田尾本人は「2年連続の最下位で寂しい話だけどよく頑張っている」と評し、昨年は他球団在籍で、田尾とは戦いを共にしていないホセ・フェルナンデス、鉄平らで層の厚くなった戦力に目を向ける一方で、田尾が監督時代に既に素質を見抜いていた有銘兼久の先発起用が遅くなった点などの1年目の負の部分が生かされていない点に言及していた。
2007年2月18日の東京マラソン2007に参加し、完走した。その後、同年12月9日のホノルルマラソンにも夫婦で出場(TBSの番組企画)、完走している。
所属事務所 株式会社スカイコーポレーション http://skycorporation.co.jp/ プロフィール http://skycorporation.co.jp/page.php?tl_id=95| 年度 | チーム | 背 番 号 | 試合 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁 打 | 三塁 打 | 本塁 打 | 塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四死 球 | 三振 | 打率(順位) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1976年 >|rowspan="9" style="text-align: center;"|中日 | 2 | 67 | 166 | 19 | 46 | 6 | 3 | 3 | 67 | 21 | 0 | 0 | 0 | 17 | 27 | .277 | |
| 1977年 | 96 | 152 | 19 | 42 | 6 | 1 | 6 | 68 | 19 | 1 | 4 | 1 | 9 | 31 | .276 | ||
| 1978年 | 102 | 339 | 42 | 93 | 12 | 0 | 11 | 138 | 47 | 3 | 2 | 3 | 28 | 62 | .274 | ||
| 1979年 | 123 | 383 | 47 | 96 | 22 | 1 | 13 | 159 | 50 | 0 | 3 | 1 | 32 | 66 | .251(32) | ||
| 1980年 | 122 | 472 | 60 | 141 | 29 | 3 | 7 | 197 | 34 | 16 | 3 | 2 | 21 | 47 | .299(9) | ||
| 1981年 | 124 | 462 | 72 | 140 | 17 | 6 | 15 | 214 | 53 | 7 | 5 | 3 | 43 | 62 | .303(10) | ||
| 1982年 | 129 | 497 | 92 | 174 | 25 | 3 | 14 | 247 | 41 | 9 | 7 | 3 | 58 | 32 | .350(2) | ||
| 1983年 | 130 | 506 | 74 | 161 | 26 | 3 | 13 | 232 | 61 | 9 | 3 | 3 | 62 | 50 | .318(3) | ||
| 1984年 | 130 | 536 | 94 | 166 | 21 | 6 | 20 | 259 | 49 | 7 | 10 | 3 | 54 | 50 | .310(10) | ||
| 1985年 >|rowspan="2" style="text-align: center;"|西武 | 127 | 477 | 66 | 128 | 21 | 5 | 13 | 198 | 60 | 1 | 2 | 3 | 52 | 33 | .268(25) | ||
| 1986年 | 106 | 313 | 42 | 83 | 12 | 2 | 8 | 123 | 28 | 6 | 5 | 2 | 21 | 35 | .265 | ||
| 1987年 >|rowspan="5" style="text-align: center;"|阪神 | 8 | 104 | 249 | 27 | 55 | 8 | 2 | 6 | 85 | 12 | 0 | 4 | 2 | 7 | 28 | .221 | |
| 1988年 | 80 | 140 | 21 | 42 | 9 | 0 | 4 | 63 | 21 | 1 | 2 | 1 | 17 | 18 | .300 | ||
| 1989年 | 84 | 252 | 20 | 72 | 13 | 0 | 5 | 100 | 27 | 0 | 3 | 1 | 10 | 30 | .286 | ||
| 1990年 | 119 | 386 | 41 | 108 | 14 | 0 | 11 | 155 | 50 | 2 | 2 | 0 | 40 | 56 | .280(21) | ||
| 1991年 | 40 | 84 | 2 | 13 | 0 | 1 | 0 | 15 | 1 | 0 | 0 | 0 | 9 | 18 | .155 | ||
| 通算成績 | 1683 | 5414 | 738 | 1560 | 241 | 36 | 149 | 2320 | 574 | 58 | 55 | 28 | 480 | 644 | .288 | ||
| 年度 | チーム||順位 | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | ゲーム差 | チーム 本塁打 | チーム 打率 | チーム 防御率 | 年齢 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年 >|style="text-align: center;"|楽天 | 6位 | 136 | 38 | 97 | 1 | .281 | 51.5 | 88 | .255 | 5.67 | 51歳 |
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