読み込み中...愛称は「あゆ」や「ayu」など。英語表記は「Ayumi Hamasaki」。芸能事務所・所属レコード会社はエイベックス・エンタテインメント。血液型はA型。日本を代表する女性ポップス歌手のひとりである。
また、自身の暗い心の闇も歌詞に綴り、男女を問わず多くの若者から共感を得た。浜崎あゆみ自身もCREAとして、作曲を手がけたこともあった。
また、名字の「浜崎(濱崎)」の正しい読み方は「はまざき」ではなくて「はまさき」である。犬(小型犬)好きでチワワ、ダックスフントなどを飼っている。仕事場に連れてくるのはもちろん、ライブツアーのMC中にステージに登場することもあった。『タイム』誌アジア版2002年3月25日号の表紙を飾り、2007年から初の海外公演(台北、香港、上海)を含むライブツアーが本格的に行われ、東アジア地域への進出も果たしている。歌手デビュー前にボイストレーニングのために渡米しているが、デビュー当時は英語は不得意だとコメントしていたため、ほとんどの歌詞は日本語であった。しかし、2002年以降は英語詞を含めた楽曲も多く発表している。2006年12月にCNNの日本特集『Japan now』期間中に放送された対談番組『Talk Asia』では、短時間ではあったが英語を披露している。
2001年秋にはアルバムの発売が延期されたとの情報で所属レコード会社エイベックスの株価が下落するなど、エイベックスの看板歌手としての側面も注目されるようになった。また、一時は同社の売り上げの4割を占めたこともあり、同社の経営体質の弱点として「あゆ依存」という言葉も生まれた。現在はCD売り上げ自体は2002年頃までに比べると落ち着いている。
10代前半から地元福岡のモデル事務所に所属、当時は「浜崎くるみ」の芸名で福岡中央銀行のポスターや地元商業広告に登場。その後、東京の大手芸能プロダクションサンミュージックにスカウトされた(都営地下鉄浅草線浅草駅のホームに掲示されているタレント養成所の広告には、加藤晴彦とともにこの頃の写真が掲載されていた)。1993年、テレビドラマ『ツインズ教師』で女優としてデビューし、TOKIOの長瀬智也と知り合う。1994年、芸名を「浜?あゆみ『崎』の異体字『?』」に改名し、テレビドラマや映画等に出演していた。音楽バラエティ番組で歌を披露することはあったが、アイドル色が強かった。1996年末にサンミュージックとの契約が切れ、1997年、本格的に歌手を目指すことになり、ボイストレーニングのためニューヨークへ渡った。
2000年4月より初めてのコンサートツアー CONCERT TOUR 2000 A (第一幕、第二幕と題し全国を2巡)に挑むも、左耳の疾患(内耳性突発難聴)により一部公演を延期。11月、全日本有線放送大賞でグランプリを受賞。以降、2001年と2002年のALL JAPANリクエストアワード、2003年のベストヒット歌謡祭でもグランプリを受賞し、4連覇を達成している。12月13日発売の19thシングル『M』では、CREAとして初めて作曲を手掛けた。12月31日、初のカウントダウンライブを開催。以来毎年の恒例となっている。
2003年3月12日発売のバラードベスト『A BALLADS』ではファン投票により選曲され、多くの曲が別バージョンで収録された。また、5thアルバム『RAINBOW』の初回盤購入者がインターネット上のみで聴くことができたインスト楽曲に、10万人以上のメッセージを読んだ、浜崎あゆみ自身が詞をつけて完成させた「RAINBOW」が収録された。10月、シングル30枚発売記念スペシャルライブ『A museum 〜30th single collection live〜』が行われた。12月17日、初のミニアルバム『Memorial address』を発売する。Bonus Trackの「Memorial address」以外の収録曲全てに対しプロモーションビデオが作られるなど、この頃からプロモーションビデオにも力を入れるようになった。
2006年6月21日に発売された40thシングル『BLUE BIRD』ではソロ歌手および女性ボーカルでは史上初のシングル総売上2000万枚を達成する(総売上2000万枚を達成しているのは他にB'z、サザンオールスターズ、Mr.Children、SMAPの4組のみ)。この年のNHK紅白歌合戦では11月29日に発売された8thアルバム『Secret』より「JEWEL」を選曲し、初めてアルバム曲を披露することになった。
2000年、初のコンサートツアーの第二幕直前に多忙なスケジュールの積み重ね等の理由によって、左耳の疾患(内耳性突発難聴)を患い、一部公演を延期した。医者からは「すぐ治療にとりかかるべきだ」と告げられていたが、ツアーを強行した。後に左耳の聴覚が弱くなる後遺症を負ったことを公表した。その後も定期健診は受けるが、治療のための休養をとらなかった。そのため、2007年末頃には医者から「治療の術はない」と、左耳の聴覚が完全に失われ治らなくなったことを告白していた。
2002年1月末、インターネット掲示板を発端として、ライブ会場で「浜崎あゆみが身障者の少女を罵倒した」という動画付きの噂が流れた。新聞報道にまで拡大し「浜崎あゆみ 差別発言 騒動で糸井重里氏がHPで代弁」サンケイスポーツ、2002年2月14日。「あゆ暴言」東京スポーツ、2002年2月25日。、公式サイトやファンHPが荒らしにあった。avexの会長兼社長(当時)の依田巽からも声明文を発表。一方、本人の謝罪文でなかったことなどから大炎上に繋がる。しかし、後に言われたとされている少女側のコメントは公になかった日経BP出版センター『日経エンタテイメント!8月号』2002年8月4日号。。雑誌「Free & Easy」とのコラボレーション雑誌『浜崎共和国』において「自分がデマを撒かれたことよりも、そのデマにファンが迷ったり辛い思いをしたのなら、そのほうがよっぽど辛い」とのコメントを発表している。なお、この事件の影響でこの年のアリーナツアーではスポンサーがつかない事態となり(浜崎のライブでスポンサーがつかなかったのはこの時のみである)、2003年1月に発売された問題のカウントダウンライブのDVDはアンコールがほぼ丸ごと(ラストの「Endless Sorrow "gone with the wind ver."」以外)カットされてしまった。
他多数。
| 年度/放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 |
|---|---|---|---|---|
| 1999年(平成11年)/第50回 | 初 | Boys & Girls | 14/27 | 野猿 |
| 2000年(平成12年)/第51回 | 2 | SEASONS | 15/28 | L'Arc〜en〜Ciel |
| 2001年(平成13年)/第52回 | 3 | Dearest | 14/27 | ゴスペラーズ |
| 2002年(平成14年)/第53回 | 4 | Voyage | 15/27 | ポルノグラフィティ |
| 2003年(平成15年)/第54回 | 5 | No way to say | 16/30 | 森山直太朗 |
| 2004年(平成16年)/第55回 | 6 | Moments | 18/28 | ゴスペラーズ |
| 2005年(平成17年)/第56回 | 7 | fairyland | 17/29 | 氷川きよし |
| 2006年(平成18年)/第57回 | 8 | JEWEL | 16/27 | スキマスイッチ |
| 2007年(平成19年)/第58回 | 9 | Together When... | 18/27 | 槇原敬之 |
| 2008年(平成20年)/第59回 | 10 | Mirrorcle World | 1/26 | 布施明 |
| 期間 | ライブ(イベント)タイトル |
|---|---|
| 98年3月15日、26日 | Velfarre Openinng |
| 99年5月8日 | ayumi hamasaki SECRET LIVE at AKASAKA BLITZ |
| 00年4月28日〜6月3日 | ayumi hamasaki CONCERT TOUR 2000 A 第一幕 |
| 00年6月21日〜8月9日 | ayumi hamasaki CONCERT TOUR 2000 A 第二幕6月21日・22日公演は延期された |
| 00年12月9日 | UC SPECIAL LIVE ayumi hamasaki limited stage 2000 winter |
| 00年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki COUNT DOWN LIVE 2000-2001 A |
| 01年6月22日〜7月7日 | ayumi hamasaki DOME TOUR 2001 A |
| 01年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki COUNT DOWN LIVE 2001-2002 A |
| 02年4月27日〜6月15日 | ayumi hamasaki ARENA TOUR 2002 A |
| 02年6月29日・30日 | ayumi hamasaki OPEN AIR LIVE 2002 A |
| 02年7月6日〜28日 | ayumi hamasaki STADIUM TOUR 2002 A |
| 02年8月3日〜9月1日 | a-nation'02 avex summer festa |
| 02年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki COUNT DOWN LIVE 2002-2003 A |
| 03年3月18日〜5月27日 | ayumi hamasaki LIMITED TA LIVE TOUR |
| 03年7月19日〜8月31日 | a-nation'03 avex summer festa |
| 03年10月9日〜31日 | A museum live 〜30th single collection live〜 |
| 03年12月30日〜04年4月25日 | ayumi hamasaki ARENA TOUR 2003-2004 Aこの年のカウントダウンライブはツアーに含まれた |
| 04年7月31日〜8月29日 | a-nation'04 |
| 04年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki COUNT DOWN LIVE 2004-2005 A |
| 05年2月1日〜4月24日 | ayumi hamasaki ARENA TOUR 2005 A 〜MY STORY〜 |
| 05年7月30日〜8月28日 | a-nation'05 powered by ウイダーinゼリー |
| 05年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki COUNT DOWN LIVE 2005-2006 A |
| 06年3月11日〜6月11日 | ayumi hamasaki ARENA TOUR 2006 A 〜(miss)understood〜 |
| 06年7月29日〜8月27日 | a-nation'06 powered by ウイダーinゼリー |
| 06年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki BEST of COUNT DOWN LIVE 2006-2007 A |
| 07年3月10日〜6月10日 | ayumi hamasaki ASIA TOUR 2007 A 〜Tour of Secret〜 |
| 07年7月28日〜8月26日 | a-nation'07 powered by ウイダーinゼリー |
| 07年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki COUNTDOWN LIVE 2007-2008 Anniversary |
| 08年4月5日〜11月2日 | ayumi hamasaki ASIA TOUR 2008 〜10th Anniversary〜 |
| 08年7月26日〜8月31日 | a-nation'08 powered by ウイダーinゼリー8月30日、31日公演のみ出演 |
| 08年12月30日・31日(1月1日) | ayumi hamasaki PREMIUM COUNTDOWN LIVE 2008-2009 A |
| 企業名(年) | 製品名 |
|---|---|
| 薩摩蒸気屋(1980年代) | かすたどん |
| SNK(1993年) | 龍虎の拳II(ユリ・サカザキ役) |
| 森永製菓(1998年〜) | メレンゲショコラ、こんがりショコラ、プチモンブラン、ハイチュウ、ベイク、ウイダーinゼリー |
| 花王(1998年、1999年) | AUBE |
| ホンダ(1999年、2008年〜) | ジョルノクレア(DX)、ゼストスパーク |
| JT(1999年) | 桃の天然水、りんごの天然水 |
| ライコス(2000年) | |
| たかの友梨(2000年、2001年) | |
| ツーカー(2000年〜2002年) | A MODEL、funstyle |
| コーセー(2000年〜2004年) | VISEE |
| キリン(2001年) | サプリ |
| パナソニック(2001年〜) | LUMIX、Dockin'style MD、D-snap、D-dock、デジタルT、DREAM |
| サントリー(2002〜2004年) | BOSSコーヒー、フレシネワイン |
| ミスタードーナツ(2002年) | AYU COMBO |
他。