放送禁止用語(ほうそうきんしようご)は、テレビやラジオといったマスメディアにおいて、なにがしかの理由により、その放送における使用を禁じられている言葉のこと。日本では俗に放送局などの自主的な判断、例えば公序良俗に反するなどの理由により、用いない、もしくは用いることに一定の制限を設ける、すなわち自主規制する言葉のことを示す。放送自粛用語さらに放送コードに引っかかる(抵触する)言葉などともいう。
概要
放送は通信と異なり、不特定多数に一斉に情報を伝達することを目的とするものである。このため、その社会的責任は重く、その内容には正確性に加え「健全なもの」が求められる。当然、放送に用いる言葉はこれを阻害するものであってはならない。
国家の体制により違いはあるが、言論・表現の自由を認められた国であれば、概ね「公序良俗」に反する、すなわち差別的あるいは侮蔑的、卑猥、犯罪を肯定しこれを模倣・助長させる意味などを持つ言葉などで、放送の中立性・健全性を阻害する、もしくはその恐れのあるものについて、「放送に用いるのに不適切な言葉」として「解釈」、規制の対象とし、放送に用いない、あるいは放送に用いることに一定の制限を設けるものとしている。しかし、その判断を行う主体などはまちまちで、それぞれの国の歴史的経緯などが反映され、法に「放送禁止用語」として定めている国もあれば、全く自主的なものとしている国もある。
日本では、戦前の放送の国家統制の結果の反省の上に立ち、放送の社会的責任、使命を自覚してそれを遂行することは、放送に対する国民の信頼を保持し、公権力の介入を排除して放送事業者の表現の自由を確保し、放送の自主性を貫くためにきわめて重要なことであるとされ、放送事業者は放送法の定めるところに従い、それぞれ、放送番組の憲法とも言うべき、番組基準(放送基準)(俗にこれを放送コードと呼ぶ)を定め、各放送事業者の自己責任においてこれを運用する。この番組基準の下に「放送に用いるのに不適切な言葉」は取り扱われる。すなわちその判断は、放送局が自ら行い、自ら規制し、中立で健全な放送を維持するものであり、従って厳密には日本の放送において、放送禁止用語というものは存在せず、あくまでも番組基準の「解釈」の中に存在するものである。つまり、第三者によって「禁止」されるものではなく、放送局及び制作担当者の現場判断で放送に用いるか、あるいは「自粛」するかを決めるものであることから「放送自粛用語」とも言われている。
なお、言葉に限らず「表現」、すなわちひとつひとつの言葉は不適切なものではないが、これを組み合わせた「内容」が不適切なものとなるようなコメント、歌や映像なども規制の対象となる。過去、要注意歌謡曲なるものが存在したが、現在は廃止になっている。ただし、電波法に抵触し、放送事故をまねく内容を含むものについては今でも放送されないか、該当部分をカットして放送される。
「自主規制」であることから、第三者により規定された「放送禁止用語リスト」というものがあるわけではなく、テレビ・ラジオ業界ともに、それぞれの番組基準の解釈に従い、「絶対禁止」から「注意を要する」までの段階分けしたリストなどを作り、これに世論動向や番組の種類(教養、娯楽などの分類)、時間帯による視聴者、聴取者層の変化などの要素を加えて判断・規制を行っていることが多い。このため、例えば「注意を要する」の用語、あるいは表現を含んだものについては、時間帯・番組ジャンルなどによって視聴者、聴取者の年齢層などが異なることを考慮し、いわゆるゴールデンタイムでは駄目でも深夜帯では許されるものなどがある。
なお、民放のCMについては「広告」であることから、表現を含めたより多くの規制があり、「事前考査」を経て放送される。金融、煙草、医薬品、健康食品などがその代表例である。
具体的な取り扱い
通常番組など
番組収録中に該当する言葉が出演者から発せられた時は、編集でカットするか無音もしくは「ピー音」に換えて放送する。喘ぎ声や銃声、サイレンなどといったパターンもある。番組にもよるが、いわゆる口パクではなく口元にテロップ処理する場合もある。ただし、生放送では不適切な発言がそのまま放送されてしまうため、その後、司会者などが訂正もしくはお詫びのコメントを読む、あるいはテレビであれば、テロップにより訂正もしくはお詫びのコメントが出される。しかしながら放送の社会的責任の重さから、深刻なものについては、不適切な発言をした出演者を直ちに降板させたり、番組そのものを打ち切りとしなければならなくなる場合もある。これを防ぐため、アメリカなどでは生放送でも数秒〜10秒の時差(ディレイ)をつけて放送(:en:Broadcast delay)し、突発的な発言やパフォーマンスが出た時には、音声または映像をその場でカットするシステムが構築されている。日本でもショップチャンネルなど一部のチャンネルで同様のシステムが採用されている。また、例外として過去の『さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』や『ムハハnoたかじん』などに司会者などがピー音で発言を隠す番組があった。
編集によって作品性・芸術性が大きく損なわれる内容のものでは、その前後に「一部不適切な表現があるが、作品の芸術性を尊重しそのまま放送する。」などの断り書きを表示ないし告知した上で、該当部分を修正せず放送することがある。また、時代背景を表す上でその表現が不可避であると認められる場合にも同様の措置が取られることがある。
アニメーションなど
1970年代までに制作された古いアニメーションなどの再放送では、突如として会話が途切れることがある。具体的には、『巨人の星』における「俺の父ちゃんは日本一の日雇い人夫だ!」という星飛雄馬のセリフや『空手バカ一代』における「アボリジニの土人の酋長ウポルさん」という飛鳥拳のセリフなどがある。
これは、制作された当時は問題にされなかった言葉や表現が、現在では使用を自粛すべきと判断され、そのシーンの音声を消して放送しているためである。前出の『巨人の星』と同じ梶原一騎原作(「高森朝雄」名義)で同時期に制作・放映された『あしたのジョー』についても、リクエストが多く、同様の扱いでCS放送などで幾度となく再放送されているが、フジテレビ721、アニマックスで放映した際に「めっかち」・「脳タリン」・「きちがい」などの語句をことごとくカットした結果、作品として成立しなくなったとの批判を受ける結果となった。また、著作権の一種でもある著作者人格権との関連もあり、カートゥーンネットワークでは「原作者のオリジナリティを尊重し…」の注釈を入れた上で該当語句をノーカットで放映した。
また、近年制作されたアニメーションでも、一部のローカル局において、放送するのに問題があると判断され、該当部分の音声を消して放送するケースも見られた(九州朝日放送でのBLACK LAGOON、テレビ和歌山での魔法少女リリカルなのはStrikerS(第22話)など)。
例外的に禁止用語を用いる例
例えば「原則的に禁止」とされる以上の言葉であっても、その言葉、あるいは表現を含む文学、芸術作品などを取り上げる場合、あるいは、差別・侮蔑用語そのもの(言葉の暴力の問題に関する内容など)を取り上げる場合などでは、その必要性から、例外的に用いることがある。ただしその内容、放送時間帯などには特別な配慮がなされ、また、同じものでも番組により扱いが異なる。
TBSラジオ『BATTLE TALK RADIO アクセス』の2002年2月5日放送のテーマだった「井伏鱒二翻訳の『ドリトル先生』に差別表現で訂正要求。過去に書かれた名作での差別表現は変更したほうがいいと思いますか?」という内容のトーク内で、この発言で嫌な思いをしましたなどと説明するため、例外的に禁止用語を発言しても良いとして発言したことがある。なお、途中で何度も「今日の放送では、説明をするのに必要な場合に、通常では禁止用語になることを言いますが、誰かを差別しようという意図はありません」と説明がなされた。
フジテレビ系列でかつて放送された番組『北野ファンクラブ』のお下劣バンド亀有ブラザーズの替え歌は深夜放送ということもあり編集なしでそのまま毎週放送された。しかしTBS系列の昼2時からのワイドショーで北野武の特集で亀有ブラザーズに関して取り上げた際には、替え歌の不適切な部分はすべてピー音で編集された状態で放送された。
抱える問題
そもそも人の思想・思考による言論、表現とはある特定の目標、目的を持っているものであり、厳密な中立性などを保つことは困難、故に思想・思考、言論、表現の自由は保障されなければならないのである。しかしながら「社会」を持つ人は、故に時として利害関係を生じることになる。ここには「自由」と「責任」の関係が成立する。特に大衆を対象とする放送で、安易に全てをありのまま自由に表現することは、言論、表現の自由が保障されているからこそ、容易に当事者間、第三者間での利害関係を生みやすく、好ましくないというのは、国際的にほぼ共通した認識である。このことから「放送の責任としての言論、表現の規制」が行われる。
さて、放送における言論、表現の自由を制限し「放送の責任」を果たすためには、当然その「根拠」が必要となるが、戦後日本の放送においては、元来曖昧で流動する「公序良俗」の概念と、放送は一般に電波を利用することから、電波法第1条にある、極めて広い概念である「公共の福祉増進」からはじまる各条項にその根拠を求めた。このため日本国憲法に保障された言論・表現の自由とは自然に矛盾が生じる。加えて『放送禁止用語はこの言葉とこの言葉…』などと特に規定されたものはなく、あくまでも放送局の判断により、言葉や表現に対して自主規制がなされているため、ともすれば「言論・表現の自由」と「言論・表現による暴力」が表裏一体の関係になること、さらに「言葉は生き物」であることなどから「放送に不適切な言葉や表現」の解釈などに関する論争は絶えず、場合によっては法廷闘争にまで至ることがある。
現在のところ日本の放送業界では、類似の環境のイギリスで1962年に出された、ピルキントン委員会報告書にある「よいテレビ放送の三大要素」の指摘(以下記述)が、今なお「妥当性を失わない見識」として位置付けられている。無論これはラジオにも適用されるものとされている。
1.番組の企画と内容は可能なかぎり広い範囲の題材の中から選択するという大衆の権利を尊重するものでなければならない。
2.題材のこの広い範囲のあらゆる部分で質の高いアプローチとプレゼンテーションがなされなければならない。
3.これは何よりも重要なことであるが、テレビという強力なメディアに従事する人々はテレビには価値や道徳規準に影響を及ぼす力があり、また、すべての人びとの生活を豊かにする能力があることを十分意識しなければならない。放送事業者は、大衆のさなざまな好みや態度に注意を払い、それらを知っていなければならない。同時に、それらを変化させ成長させていく力があることを自覚し、その意味で指針を大衆に示すようにしなければならない。
表現の自由との関わり
ひとつひとつの言葉や表現には問題はなく、言論・表現の自由の範囲にあるものと判断され、自主規制の対象とならなかったものでも、結果として問題になるものがある。このような例で高度なものについては対応が困難であるのが現実である。最近の例では、橋下徹弁護士(現大阪府知事)が「たかじんのそこまで言って委員会」(讀賣テレビ放送系)で刑事被告人の弁護人に対する懲戒請求を視聴者に呼びかけたことから、弁護人に対して懲戒請求が殺到、この弁護人より業務妨害として提訴され、一審で原告勝訴となる事態に至っている。また過去には逆に、アナウンサーが余った放送時間を使ってアドリブで話した内容が、言論・表現の自由の範囲を逸脱しており、自主規制すべき内容であったとされて会社から懲戒処分を受けたことから提訴、原告勝訴となった例もある。
差別糾弾を表面的に回避する手段の一つとして、商業メディアでは差別用語の言い換えが行われており、主にアメリカで行われているそれをポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)と呼ぶ。日本では、差別用語の一部もしくは全部の言い換えに反対する立場からこの差別用語の言い換えを言葉狩りとして批判する向きもある。
差別に反対する側からも「単なる言い換えでは現実を覆い隠すのみだ」とする批判もある。同様の批判は、英語圏でもポリティカル・コレクトネスに対して行われている。また、当然ながら単なる言い換えで意味するところは同じであるため、時期を経て言い換えた用語そのものが差別用語とされるようになることが多い。
過剰な自主規制
「よいテレビ放送の三大要素」の指摘によれば、すなわち番組の制作は「題材」「質」「人」ということであり、特に「人」の問題は強調されるべきものであるが、日本では法廷闘争を恐れるあまり、この本質的な3つの関係を深く鑑みることなく、特に1980年代後半から1990年代初期にかけて、言葉や表現の表面的な自主規制のみが過剰に行われたと言われている。
この時期を象徴するような例としては、「奴隷」、「下人」、「百姓」などの史実語をその使用の目的のいかんを問わず禁止する、原意に関係なく、使い方によっては問題となる言葉は徹底して規制する、例えば「狂う」という言葉を極端に嫌い、「時計が狂っていた」というセリフを消音、いわゆる「四つ(指)」とは全く無関係なちあきなおみの『四つのお願い』の放送禁止、子供のセリフ「唖(おし)の振りをしていた」を「緘黙児(かんもくじ)の―」と修整する、さらには洋画の戦争ドラマの再放送では、敵が使った閃光弾について「目眩ましを使ってきた」というセリフを、「めくらまし」→「メクラまし」→メクラ=盲目ととらえられるので消音措置、といった過剰な自主規制が繰り返された。
素人出演の生番組で、素人ゲストが職業を聞かれて「百姓です」と答えたところ、リポーターが慌てて「ちょっと不適切な表現があった」と釈明する場面もあった。また、景山民夫の回想では、「屯田兵」も一時自粛対象になっていた時期もあった。
また、制作したものをそのまま発売するのが普通であったビデオソフトなどについても、問題になりそうなセリフ部分を消音・音声処理した上で発売するといったケースも増えた。
当時、この動きは日本社会全体の動きであり、こういった過剰な自主規制は、世論を反映したものであったわけであるが、前述のように、差別、侮蔑等の問題の本質と向き合わず、以前よりある差別語、侮蔑語のみを「ないもの」として、表面的に回避することは、新たな差別、侮蔑語を生み出す、あるいは汎用の言葉の組み合わせにより、新たなかたちの差別を生む結果につながる恐れがある。「メクラはメクラでも可能な範囲で〜」という表現を「目の見えない方は目の見えない方でも可能な範囲で〜」としたところで、本質的に全く変わりはない。
この問題点が指摘、反省され、過剰な自主規制の動きが沈静化するまでにはかなりの期間を要し、「常識的な範囲」にまで落ち着いたのは90年代中頃であった。
近年では、新たに対象とされる言葉が追加される一方でその規制の程度が緩くなったものが多く、結果、放送しない言葉自体は少なくなってきており、前述のラジオ番組のように以前は使わなかった言葉を放送の趣旨や文脈の上から必要と判断し、大胆に使うケースもみられる。しかし一方で、圧力団体などの過敏な反応を恐れたり、部落問題などのデリケートな話題に触れることを嫌い、世論動向などとはあまり関係なく、これらに関連した言葉や表現の規制は緩めない、あるいは対象となる言葉や表現を使うデリケートな内容の番組の制作自体を見合わせる、医療系の番組などでは、コメントや患部の映像などを、その内容のいかんにかかわらず杓子定規にカットする、報道番組などでは、問題となりそうな内容のものについて、他局の動向を見て一斉に似たような内容で追従するといった、すなわち放送局自身の「身の安全」のための規制が増えている。これはデジタル化のための莫大な支出やインターネット普及による収入減などにより人員を削減、(例えば民放各局であれば、1990年当時と比較すると、2008年時点でおよそ半分程度まで人員が削減されている。)最も重要な「人」に問題が生じていることも一因と言われている。こういった実態から、自ら必要と判断した場合には自ら責任を持ち大衆に伝えるという、言論機関としての本姿の弱体化、すなわち自らの発言に自ら責任を持てない「事なかれ主義」が顕在化していることを危機視する向きもある。
放送禁止用語として扱われる言葉の例
1.日本語の例
概ね、日本放送協会、日本民間放送連盟(民放連)放送基準の解釈が根拠となる。方言も対象となることがあるため、各放送局でそれぞれリストを作り、運用している例が多い。( )内に放送基準にある、概ね根拠となる該当条項をそれぞれ示す。
なお、各民放の放送基準は概ね民放連放送基準に準拠したものであるため、日本には概ね2つの放送基準があることになるが、基本となる部分に大差はないため、用語については、NHK、民放ともにほぼ同じ解釈、取り扱いとなる。しかし、NHKはいわゆる「公共放送」、民放は「商業放送」であることから、取り扱う内容について差があり、結果としてNHKのほうが「より厳しい」というものになる傾向がある。ただし近年の傾向として、上述の「事なかれ主義」が民放によくみられるようになったことから、社会問題を扱うような放送内容では、一昔前と逆転、NHKのほうがむしろ大胆に言葉を用いるように感じられるようにもなっている。
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あいのこ(人権)
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過去、人と物の両方に使われていた。明治以降、特に子供に対して差別が顕著になり、現在でも続いていることから、ほぼ全面的に禁止となっている。なお、この言いかえで近年まで「混血」という言葉が使われていたが、近年の国際化に伴い、この言葉も差別目的に用いられる恐れがあることから、原則的に禁止となった。現在のところ、人の場合には「ハーフ」、物の場合には「ミックス」あるいは「ハイブリッド」という言葉に置き換えられることが多い。
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アカ(人権)
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日本共産党党員および信奉者、さらに旧日本社会党とその流れをくむ社会民主党支持者・関係者を侮蔑する意味で使われること、また、放送においては政治に関する用語は正確であることが必要であり、原則的に禁止となっている。ただし、左派への歴史的な弾圧の事実を伝える放送内容の場合などでは用いられることがある。保守系の論客は抗議を嫌い、放送内容に関わらず用いないことが多い。
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あきめくら(人権・表現上の配慮)
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視覚障害の様態のひとつを示す言葉で、古い文学作品中にも登場することのある言葉であるが、医学的にも正確性を欠き、概ね差別的、侮蔑的なものとしてとらえられることから、ほぼ全面的に禁止となっている。なお、この言葉を使っている文章の場合、言葉のみの言い換えをしても、差別的、侮蔑的な意味が残り、そうとわかることが多く、たとえ文学作品であっても、この言葉が使われている文章部分を全てカットすることが多い。「あき」の部分を取った「めくら」についても、視覚障害の様態を示す目的の場合、それぞれの様態について正確な言葉があることからほぼ全面的に禁止となっている。視覚障害の様態を示す目的以外の「めくら〜」(固有名詞など)などについても原則的に禁止か、極めて慎重に扱うべき言葉とされている。また「〜の目はふしあな」などの言い回しについても、ほぼ全面的に禁止となっている。
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あばずれ(人権・表現上の配慮・性表現)
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ほぼ全面的に禁止となっている。
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インチキ(人権)
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特定の商品や人物、団体等を名指しにして用いる場合に限り、禁止となることがある。
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インディアン(法と政治)
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クリーブランド・インディアンスなど、固有名詞の一部として用いられているものなどについては問題ないが、アメリカ先住民族のことを言う場合には原則的に禁止で、正確にネイティブ・アメリカンなどと言う。歴史的な経緯により、侮蔑、差別的な意味を持つこと、元来、ヨーロッパ人が、アメリカ大陸をインドと間違えたことを起源とする誤ったもの、また「インド人」「インドの」を意味する英語表記と混同するなどの理由による。
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裏日本(人権・家庭と社会)
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元々は地理用語だが、侮蔑的な意味合いで使用されていたとの主張があること、またその対義語はほぼ使われなくなり、日本海側、太平洋側という、わかりやすい言葉が普通に使われるようになって久しいことなどの理由により、使わない言葉となっている。
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売れ残り(人権)
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30代後半以上の年齢で結婚歴のない人(特に女性)に対する侮蔑的な言葉とされ、慎重に扱うべき言葉とされているが、本来の意味、すなわち物品(商品)に対して用いる場合については、常識的な範囲で連想を招く恐れがない限り、問題なしとされる。また、ドラマなどのストーリー上、どうしても用いる必要がある場合などでは、慎重な扱いを条件として用いられる。
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うんこなどの排泄物の名称(表現上の配慮)
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以前はほぼ全面的に禁止か、慎重に扱うべき言葉とされ、用いる場合でも正式な医学用語の必要最小限度の使用に限るとされていたが、現在では注意を要する言葉として扱われているものが多くなっている。すなわち排泄は生物のごく自然な生理現象のひとつであり、これらをほぼ全面的に禁止して、いちいち必要以上に言い回しを変えるなどの措置は、本来の自然な生理現象を、かえって不快の感じを与えるような下品、卑猥な表現としてしまう危険性が高く、むしろ放送内容における、用い方の配慮が必要であるという解釈がなされている。具体的な例では、放送時間帯により使い分けがなされることが挙げられる。例えば、正午を挟んだ時間帯では禁止されないまでも、伏せ字にされたり「食事中の方々に迷惑をかけた」という趣旨のお詫びが行われることがある。
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エジプト人(法と政治)
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エジプト・アラブ共和国の民族に対する侮辱あるいは差別と誤解されることがあるようになったことから、原則的に禁止となった。より正確な「コプト人」、「アラブ人」に言い換えられる。ただし古代エジプトの民族に関連する放送内容の場合には問題ない。
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エスキモー(法と政治)
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北極圏に住む先住民族の呼称。森永乳業がアイスクリームのブランドとして使用している。かつてはCMの最後に「by エスキモー」というフレーズを流していたが、ほとんど使われていない時期があった。しかし、最近になって「エスキモー」という単語をCMなどで使うようになり、森永乳業の公式ホームページでは、「エスキモータウン」や eskimo.jp などのように使用されている。イヌイットまたはイヌイトと言い替えられていたことがあるが、特定の部族を指すことなどから現在では推奨されていない。
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えた・非人(人権)
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江戸時代に完成された身分制度、すなわち士農工商よりも下に置かれた身分の人のこと。部落差別は今でも根強く、差別、侮蔑的なものとして使われることがあることから、原則的に禁止となっている。以前は、ほぼ全面的に禁止となっていたが、近年、部落差別問題を扱う放送内容の場合、史実に忠実で差別を助長しないものであることを条件として用いられるようになった。
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唖(おし)(人権・表現上の配慮)
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発話障害者に対する侮辱用語。ほぼ全面的に禁止となっている。ゴルゴ13の劇中のセリフが差し替えられているのはこういう事情から。
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お灸をすえる(人権・法と政治)
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処罰の意味と医療行為の意味があり、鍼灸師の団体から意見が出されたことから、新たに慎重に用いる言葉もしくは注意を要する言葉となった。
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オタク(人権)
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岡田斗司夫が1996年5月に発表した著書『オタク学入門』によると、この言葉は当時のNHKの「放送問題用語」に指定されていた。現在は概ね、注意を要する言葉、すなわち侮蔑的に用いなければ、基本的に問題はない言葉とされている。
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落ちこぼれ(人権)
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近年、極めて慎重に用いる言葉とされた。学校での授業内容の理解度の低い人などに用いる場合に限り、「いわゆる落ちこぼれ〜」という用い方をする。知的障害者などに用いることはいかなる理由があろうとも(知的障害者に対する差別、侮蔑を批判する放送内容であっても)絶対禁止。知的障害者は落ちこぼれではない。誤った用い方である。
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オナニーなどの性に関する言葉(性表現他)
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根拠例として、民放連放送基準11章には「性に関する事柄は視聴者に困惑・嫌悪の感じをいだかせないように注意する。」「全裸は原則として取り扱わない。肉体の一部を表現するときは、下品・卑わいの感をあたえないように特に注意する。」とあり、これに該当するもしくはその恐れのあるものは、ほぼ全面的に禁止となっている。
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「性」はごく自然なものであり、これをいたずらに歪めて表現することに問題の本姿が存在する。性交渉、自慰行為といった言葉を用いる必要がある場合、最も「放送人の良識」により判断すべきものであるという解釈がなされている。すなわち具体的には「自分の家族、子供といっしょに視聴できるものであるかどうか。」ということが判断基準としてよく語られ、同じ言葉でもケース・バイ・ケースで判断される。
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代表的な「セックス」はかつて厳しく規制されていた言葉であるが、バブル期以降はそのまま放送されることが常態化した。(『東京ラブストーリー』の「カンチー、セックスしよう」など。ただし、このセリフのインパクトは大きかったと言われる)。常態化したのは、明石家さんまが、『H(えっち)』という言葉に言い換えたことによるところが大きい。これは「一大発明」であった。
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「セックス」は日本では「性交渉」の意味として一般にとらえられるということから厳しく制限されていたのであるが、性交渉はこの言葉の持つ意味のひとつにしか過ぎないことは周知の事実である。この言葉を厳しく制限することは、より強く原意を曲げることにもなりかねない。大体、性交渉は自然なものであり、むしろ正しく健全なものとして表現することが大切である。しかし当時の世論感情はまだ必ずしもこれを受け入れられる状況にあるとは言えず、「性交」などとんでもない、やや緩い「性行為」ですら反発があり、古語を用いる、あるいは「男女の関係」「夫婦生活」「赤ちゃんができること」といった言い回しで回避せざるを得ないのが実態であった。しかしこれらはやはり「隠語」であり、少しでも用い方を誤ると、直ちに下品、卑猥な感じとなることから、各放送局で議論は絶えず、結論の出せない状況にあった。この突破口として考え出されたのが、世間一般で本来、「変態」の隠語であり、明るくややいたずらな「スケベ」に加え、適度な羞恥心を持つ性交渉のニュアンスを持つものに転じ、本来の意味として用いられなくなっていた「えっち」を、思い切って放送に用いることであった。
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これを機に「セックス」は本来の広い意味を持つ言葉として、慎重に用いられるようになっていった。ただ現在でも日本では性交渉に限局した用いられ方が多いことから、この言葉を用いる表現内容全体に下品・卑猥の感をあたえないように配慮がなされている。なお現在でもNHKでの扱いは、民放よりもやや厳しい傾向にあるが、性教育や性関連の相談等の番組では、むしろ民放よりも大胆に用いられることがある。
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おまわり(人権・法と政治)
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警察官に対する侮蔑用語。通常用いない言葉であるが、放送内容が犯罪を模倣し、助長させる恐れのないものであれば、映像作品などで用いられることがある。(アニメ『AKIRA』など)。なお、「おまわりさん」とするのは問題ない。
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外人(法と政治)
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外国人の略称として個人的な会話では日常茶飯事で使われているが、原義は「グループ外、縁もゆかりも無い人」であり、主に正確性の点から、用いない言葉である。より正確な「外国人」や「(国家)人」を用いる。ただ、日本語を話すことのできる外国人タレントが自分のことを指して「外人」と言うような場合には、特にカットされずにそのまま放送されることがある。
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片手落ち(人権・表現上の配慮)
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原義は「片-手落ち」(片方のみ裁断される不当な手落ち)であるが、「片手-落ち」と解釈され、“身体障害者差別だ”と槍玉に挙げられることが多くあったこと、またこれを招くような事件、すなわち、ある政治家が傷痍軍人の論敵に対し「肉体の片手落ちは、精神の片手落ち」と攻撃して、名誉毀損に問われた例などから、ほぼ全面的に禁止となっている。一方、NHK大河ドラマ『元禄繚乱』で「片落ち」と言い替えられた事から「言葉狩りだ」と非難の声もあった。なお、この言葉から「手落ち」も現在、通常用いない言葉となっている。
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かたわ(人権・表現上の配慮)
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身体障害者に対する侮辱用語。ほぼ全面的に禁止となっている。
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かったい(人権・表現上の配慮)
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ハンセン病のらい腫(結節)が現れている人。地方では1950年代まで用いられていた。日本ではハンセン病患者への法的対応があまりに遅れたこともあり、改めてほぼ全面的に禁止としている場合が多い。
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気違い(人権・表現上の配慮)
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精神障害者が回復期に「きちがい(気違い)」という語句をテレビなどで耳にすることにより、その回復が遅れる恐れが指摘されていること、医学的に「気が違う」というのは、もはや荒唐無稽な話であるなどの理由から、ほぼ全面的に禁止となっている。また米軍基地などの敷地外を意味する「基地外」が「気違い」に通じることから「基地の外」と言い換えられることが多い。
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ぎっちょ (人権・表現上の配慮)
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左利きの人に対する差別的意味を持ち、これを助長する恐れが出てきたということから1990年代の初め頃から、ほぼ全面的に禁止となった。
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キムチ(法と政治)
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言葉自体に差別的、侮蔑的意味はない。朝鮮民族に対する侮蔑的、差別的な用い方について禁止となっている。「キムチ臭い」など。ダチョウ倶楽部は以前多人数のコント集団「キムチ倶楽部」として活動していたが、ソウルオリンピックなどの当時の社会情勢を考慮して現在のグループ名に改名した
[テレ朝チャンネルダチョ・リブレ第49回放送時にメンバーの上島竜兵が発言。]。
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キンタマ(金玉)睾丸など男性器の俗称
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(性表現・家庭と社会・表現上の配慮・児童および青少年への配慮・暴力表現など)
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現在は慎重に用いる言葉もしくは注意を要する言葉となっている。放送時間帯などによって扱いが異なる。かつては青少年が視聴することの多いゴールデンタイムでほぼ全面的に規制されていたが、1990年代以降は特に規制されることはなくなってきている。ただし女性器と同様に男性器そのものの映像などは現在もほぼ全面的に禁止されている。(ジャッカスの劇場版が放送できないのはこのため。)
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NHKと民放では、扱いに若干の差がある。NHKでは現在も「放送問題用語」の1つであるが、2007年12月31日に放送された第58回NHK紅白歌合戦では、紅組司会・中居正広と白組司会の笑福亭鶴瓶がショートコントをしていた冒頭場面において、笑福亭鶴瓶がSMAPが歌う曲の「弾丸ファイター」を「睾丸ファイター」と言い放った例もある。ビートたけしはラジオ番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」中では規制を避けるために、「タマキン」「コーマン」などをよく用いた。
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組(家庭と社会)
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暴力団関係の言葉としても使われるため、注意を要する言葉となっている。建築業などの企業名としての「○○組」や幕末の新撰組、学校のクラスの「1組2組」や「○年A組」は問題ない。
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狂う(人権・法と政治)
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以前は極めて慎重に用いるもしくはほぼ全面的に禁止とされていたが、元来、人、動物、物に広く用いる言葉であり、この措置がかえって精神障害者に対する差別や偏見を助長する恐れがあることから、現在は慎重に扱うべき言葉もしくは注意を要する言葉となっている。
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黒ん坊(法と政治)
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黒人、または「夏に日焼けした肌の子」。黒人に対する差別的、侮蔑的な意味をもつことがあるとされ、現在、ほぼ全面的に禁止となっている。また、かつては海水浴場などで「黒ん坊大会」などと銘打ったイベントが開かれていたこともあったが、現在では言葉そのものがほとんど使われていないこともあり、通常用いない言葉としている例も多い。
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毛唐(法と政治)
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白人。西洋人。「毛」(頭髪)が「唐」(中国の王朝としての「唐」ではなく、東アジア以外のという意味合い)、つまり金髪・赤毛・栗毛の意味。ほぼ全面的に禁止となっている。
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乞食(人権・法と政治)
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通常用いない言葉となっている。「現在の日本においては、生活保護が行き届いているために物乞いで生計を立てる人は理論的に存在しない。よってこれは死語であり、存在しないものを指す言葉は放送に用いるべきではない」という理論に基づく
[景山民夫 『極楽TV』 新潮社、1990年6月。ISBN 978-4101102139]。ただし『王子とこじき』という作品であれば問題なく、また軽犯罪法第1条22項でも「こじきをし、又はこじきをさせた者」と記載されているため、法令の条文や法律用語で使うのであれば問題はない。
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小人(こびと)(人権・表現上の配慮)
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背の低い人に対する侮辱用語であるため、慎重に扱うべき言葉とされている。「チビ」なども同様。文学作品などの放送では慎重に用いられることがある。
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サツカン(人権・法と政治)
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警察官に対する侮辱用語。他に「ポリ公」や「マッポ」など多くあるが同じ。通常用いない言葉であるが、放送内容が犯罪を模倣し、助長させる恐れのないものであれば、映像作品などで用いられる。一部の漫画・アニメやドラマでは使用されていた(加瀬あつしの漫画「ポリ公マン」など)。また、雑誌Optionでは「K察」、「オマーリ」などの表現を使用していた時期もある。
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ジプシー(法と政治)
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移動型民族を指すが、エジプト人に対する侮辱あるいは差別と誤解されることがあるため、原則的に禁止あるいは慎重に扱うべき言葉となった。近年『DQ4』(スクウェア・エニックスのロールプレイングゲーム)がPS・DSでリメイクされた際、「ジプシーの姉妹」という台詞が「踊り子の姉妹」に変更されたのはそのため。太陽にほえろ!で三田村邦彦がその呼び名で呼ばれているが、制作当時は問題とされなかった。現在地上波ではジプシー刑事のシーンはカットされている(ただし、CS放送では放送している)。また、ゲーム『ポケットモンスター』においては、ジプシージャグラーというトレーナーが登場するなど、差別的で、ほぼ全面的に禁止とされるべきものという認識はされていないのが現状である。
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ジャップ・ニップ(法と政治)
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自国日本人に対しての差別用語であるため、通常用いない言葉。ただし、映画の性質上、演出効果を求めたり宣伝として映画の内容を伝えるためにあえて使用するケースもある。北野武監督作品「BROTHERの名シーン「ファッキンジャップくらいわかるよバカヤロウ」のセリフの部分がこれに当たる。
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ジャパニーズアーミー(法と政治)
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「日本軍」を意味する。海外において自衛隊に対して使う。自衛隊が諸外国から軍隊視されている事の表れ。戦力不保持を定めた第9条第2項との関係で、憲法上使われることが少ない。
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将棋倒し(人権)
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日本将棋連盟などからの意見で、新たに慎重に用いる言葉もしくは注意を要する言葉となった。
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ジュー(法と政治)
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ユダヤ人に対する別称であり、同民族への侮蔑、ナチス・ヒトラー礼賛につながり、また、サイモン・ウィーゼンタール・センターからの強硬な抗議を受けることもあるため、ヨーロッパ等では、ほぼ全面的に禁止とされる、あるいは法律で禁じられた正式な放送禁止用語とされている。日本では通常用いない言葉とされている。
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酋長(法と政治)
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ほぼ全面的に禁止もしくは原則として禁止とされている。現在では言葉そのものがほとんど使われていないこともあり、用いない言葉としている例も多い。
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○○障害を持つ(人権・表現上の配慮)
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注意を要する言葉。NHKのみ「○○障害がある」に言い換える。
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本来の意味で用いる場合には問題ない。
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スチュワーデス(人権)
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客室乗務員の女性を指すが、アメリカでの言い換えの風潮や、女性差別であると強硬に抗議を行う団体があるため、通常使わない言葉になった。フライトアテンダントと言い換えることが多い。他に「看護婦→看護師」「保母→保育士」の言い換えなどがある。トーク番組などでは勢いを削がないために音声はカットせずそのまま流し、テロップで「キャビン(フライト)アテンダント」などと注釈表記する、といった配慮を取っている場合もある。
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正室・側室(人権・法と政治・家庭と社会)
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皇室の制度上は現在も存在するが、男尊女卑の肯定が憚られる現在では、慎重に扱うべき言葉となっている。寛仁親王の側室発言は皇族という身分から社会的非難には至らなかったが、かわりに評判を落とすという代償を払っている。
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精神分裂病(人権・表現上の配慮)
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かつては病名のひとつとして用いられていたが、現在では正式に存在しない病名であり、また精神障害者に対する侮辱あるいは差別と誤解されることから、使わない言葉となった。正式な統合失調症と言う。
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贅六(ぜいろく)(人権)
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「丁稚」を意味する「才六」の江戸訛りで、上方出身者に対する侮蔑語。現代でも愛知県以西(特に関西地方)の人を侮辱する意味をもつ言葉であり、ほぼ全面的に禁止となっている。
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せむし(人権・表現上の配慮)
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ほぼ全面的に禁止となっている。この規制は世界的名作であるユーゴー『ノートルダム・ド・パリ』の別の邦訳『ノートルダムのせむし男』の題名が使用できない、などといった問題をかかえる。ディズニー映画は邦題を『ノートルダムの鐘』とした。また、日本国内向けに表示される英題も『The Hunchback of Notre Dame』(Hunchback=せむしの意)から『The Bells of Notre Dame』と変更されている。)
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在所(人権)
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関西で部落の意味。原義に差別的・侮蔑的意味合いはない。歴史的な経緯により被差別部落の意味合いにも用いられることがあるようになり、かつて、ほぼ全面的に禁止とされた。現在は概ね、慎重に扱うべき言葉となっているが、普通に「地区」「地域」といった言葉を用いるほうがわかりやすいため、使われなくなってきている。
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1969年にフォークソンググループ・赤い鳥が発売した『竹田の子守唄』の歌詞の中に含まれていたが、これが一部で被差別部落のことを歌った曲と見られ、長い間自粛された。1990年代以降は自粛はされなくなった。
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台湾政府 (法と政治)
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1972年日中国交樹立以後、日本政府は台湾政府を認めていないことから、使わない言葉となっている。代替語の「台湾当局」と紛らわしくなるためでもある。現在、「台湾当局」で統一されている。
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ダッチ(法と政治)
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オランダの英称だが「ダッチマン」・「ダッチワイフ」など、侮蔑的、卑猥な意味で用いられていたという歴史的経緯から、原則的に禁止となった。近年レミー・ボンヤスキー(オランダのK-1選手)のリング・フレーズ「フライング・ダッチマン」が使用できなくなったのはこのような事情から。ただしダッチロールやダッチオーブンは問題ない。
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知恵遅れ(人権)
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知的障害者に対する侮辱であるため。ほぼ全面的に禁止となっている。
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チョン(法と政治)
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朝鮮人の蔑称として用いる場合、ほぼ全面的に禁止となっている。
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チャンコロ(法と政治)
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中国人への蔑称。ほぼ全面的に禁止となっている。
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朝鮮(法と政治・報道の責任)
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慎重に扱うべき言葉、正確に用いなければならない言葉とされている。差別的、侮蔑的に用いられることがある、また日本統治時代の過去や北朝鮮が朝鮮を正式名称にしており、混同される可能性があるため。「南朝鮮」・「南鮮」・「朝鮮民族」・「朝鮮語」など。朝鮮日報や朝鮮ホテルなど固有名詞及び文化に関する記述であれば問題ない。
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ちんば(人権・表現上の配慮)
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肢体不自由者に対する差別的、侮蔑的言葉。ほぼ全面的に禁止となっている。
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通信制高校または定時制高校(人権など)
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いわゆる「落ちこぼれ」の通う学校という、全く誤った認識が生まれたことから、近年、概ね慎重に扱うべきもしくは注意を要する言葉とされた。高等学校の種類のひとつに過ぎず、通常「通信制・定時制であること」をわざに伝える必要はない。また一方で生徒募集の学校紹介などでは明確に伝える必要があることから議論中。
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聾(つんぼ)(人権・表現上の配慮)
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ほぼ全面的に禁止となっている。聾学校は2007年度より、盲学校・養護学校とあわせ特別支援学校。
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つんぼ桟敷(人権)
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ほぼ全面的に禁止となっている。
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出稼ぎ(人権)
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関東もしくは関西方面在住の東北出身者及び在日の日系外国人に対する差別用語とされるようになった。現在、慎重に扱うべき言葉となっている。
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鉄砲撃ち(人権など)
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銃器を用い、狩猟などを行う人に対する差別、侮蔑語であることから、ほぼ全面的に禁止。もっとも日本の場合、銃器に関する規制が極めて厳しく、正確な言葉がそれぞれにあることから、使わない言葉となっている。
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特殊部落(人権)
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歴史的に部落差別問題を隠蔽する政治的な意図のある言葉で、通常使わない言葉であるが、部落差別問題を取り扱う内容の番組では、明確に、被差別部落の意味として用いることが多い。被差別部落に対し、歴史的にこの言葉が公権力の側ですら差別的に使われたため、本来、差別的意味のない「部落」までも差別的意味を持つ(被差別部落を連想させる)ととらえられるようになり、以前はほぼ全面的に禁止となっていたが、部落差別問題に対し「寝た子を起こすな。」はむしろこれを助長する一因でもあり、言葉のみを規制しても問題の解決にはならないことから、今日、古いドキュメンタリー番組の再放送などではノーカットで放送されることもあるようになった。部落差別は根強く、現在でも多くの隠語を伴って続いていることから、今日ではむしろ、その隠語が問題で、普通に使う言葉が問題となることがある。例えば「川向こう」も被差別部落を示す隠語であり、現在でも使用しない場合がある。
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土方(どかた)(人権)
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土木・建築に従事する作業員などに対する差別的、侮蔑的言葉として、以前はほぼ全面的に禁止となっていたが、現在は慎重に扱うべき言葉となっている。現在はガテン系という言い回しも存在する。なお姓としての土方(ひじかた)などは問題ない。
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床屋(人権)
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江戸時代、売春を副業としていた店があったという俗説があるため。以前はほぼ全面的に禁止となっていたが、現在は慎重に扱うべき言葉となっており、内容によってはそのまま放送される場合も多い。
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土人(人権・法と政治)
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かつてアイヌ民族や、主に熱帯地域の住民を侮蔑する意味で用いられた言葉のため、ほぼ全面的に禁止となっている。鈴木史朗がニュース番組で臨時ニュースの原稿を読む際、縦書きで「十一人」と書きなぐられた文字を見て「土人」と読んでしまうミスを犯したことがある。ただし、差別・侮蔑を伝えるための使用は問題なく、むしろ正確に大胆に使われる。
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原住民(法と政治)
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注意を要する言葉。台湾原住民などの用い方は問題ない。
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どもり(人権・表現上の配慮)
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ほぼ全面的に禁止となっている。2005年放送の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のトークで浜田雅功が発言。生放送ではなかったため音声は編集されていた。
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トルコ(法と政治)
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「トルコ風呂」・「トルコ街」・「トルコ密集地」など、性産業に関連する場合に限り禁止となる。『戦国自衛隊』(秋田書店プレイコミック)が世界文化社によってリメイクされた際、劇中のセリフ「川崎堀の内のトルコよく通ったもんだが」というセリフが「川崎堀の内のソープランドよく通ったもんだが」に変更されたのはそのため。もっとも、この作品が最初に発表された時代には「ソープランド」という言葉が存在していないが、そういった面での違和感はまったく考慮しないようである。現在法律上性風俗で「トルコ」とは用いられない。『嫌われ松子の一生』など、昭和後期の時代背景を重視した作品でまれに劇中で使われることがある。
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奴隷(人権・法と政治)
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注意を要する言葉。差別・侮蔑を伝えるための使用、史実語としての使用は問題ない。
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屯田兵(人権)
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注意を要する言葉。差別・侮蔑を伝えるための使用、史実語としての使用は問題ない。
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日共(人権)
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かつて日本共産党の略称だったが、現在は同党を侮辱する意味をもつこと、略称として使用されていないことから、通常使わない言葉になっている。(現在の略称は共産党・共産)同種の語に、“中華民国こそ中国大陸の正統政府である”という立場からの中共(中国共産党)。なお、“ソ共”(ソビエト連邦共産党)は存在しない語句である。
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バカチョン(法と政治)
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「バカな朝鮮人」の意味。古くからの侮蔑、差別語である。ほぼ全面的に禁止となっている。なお、この言葉を含む言葉は「馬鹿な朝鮮人の〜」という意味になるため、併せてほぼ全面的に禁止となっている。60年代から70年代にかけて自動露出カメラ(コンパクトカメラの頁を参照)が俗に「バカチョン」または「バカチョン・カメラ」と呼ばれていた。このバカチョンは「バカでもチョンと押せば使える」という意味だったが、「バカでもチョンでも使える」という意味に簡単にとらえられること、「バカ」という言葉も注意を要する言葉であることから、当初から各々、正式名称が用いられた。
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白痴(はくち)(人権・表現上の配慮)
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かつて用いられていたが、精神障害者を侮辱する言葉であるため、現在は慎重に扱うべき言葉となっている。田原総一朗が菅直人にテレビ番組で発言されて不快感を示したのが代表例。ドストエフスキーや坂口安吾の作品のタイトルに使われることがある。
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番太(人権・法と政治)
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江戸時代、都市における夜警、浮浪者の取り締まりや拘引、牢獄・刑場などの雑用、処刑などに携わっていた低い身分の人。このことから過去、主に階級の低い警察官に対する侮辱語として用いられていたことがあるが、現在はほぼ死言となっているため、使わない言葉になっている。史実語としての使用は問題ない。
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パンパン(人権・法と政治・家庭と社会)
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性風俗関係者を侮辱する言葉。ほぼ全面的に禁止となっている。
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非国民(人権・法と政治)
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戦中、戦争に反対する人を“政府に逆らう者”として罵る意味で使われた。注意を要する言葉。例えば現在の日本国政府を言論により批判する人を非国民と呼んではならない。
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びっこ(人権・表現上の配慮)
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身体障害者を侮辱する言葉であるため、ほぼ全面的に禁止となっている。
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百姓(人権)
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百の姓という意味で、何ら差別的な意味合いはない。国民(人民)が本来の意味。北宋時代の書物に『百家姓』というものがある。当時の中国における代表的な姓を集めたもので、宋の始祖である太祖・趙匡胤の姓で宋朝の国姓である趙が最初に挙げられている。農家の人が自らこう呼ぶこともよくある。むしろ他人が呼び捨てにするのが“失礼”にあたる、というのが現在の見解で、注意を要する言葉。「お百姓さん」とすれば問題ない。「お巡りさん」も同様。
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部(法と政治・報道の責任)
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正確に用いなければならない言葉。中国語や朝鮮語
[かつては北朝鮮でも使用していたが、1998年の社会主義憲法により部()から省()に変更された。]では、中央政府の行政機関として使う場合、省を意味する語だが日本語では中央省庁の組織の一部門を意味する表現で使用されているため。
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新聞やNHKのニュース番組などでは部→省に言い換えられる(例:国防省、公安省など。外交部は丸ごと外務省になる)。
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部落(人権)
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東北地方などでは「村落」などと同様の意味で問題なく使用される単語だが、いわゆる部落問題の根強い地域においては差別用語と取られかねないため、慎重に扱うべき言葉となっている。かつてはほぼ全面的に禁止となっていた。
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浮浪者(人権・表現上に配慮など)
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近年、ほぼ全面的に禁止となった。
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北鮮(法と政治)
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北朝鮮を示す地理用語だが、侮蔑的な意味合いで使用されたことから、ほぼ全面的に禁止となった。現在では死語となり、使わない言葉になっている。
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ポコペン(法と政治)
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中国人への蔑称。ほぼ全面的に禁止となっている。『ケロロ軍曹』がテレビアニメ化された際、地球のことを「ペコポン」と変更したのはこういう事情による。
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支那(法と政治)
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英語の「CHINA」同様、秦を語源とする言葉。かつてはほぼ全面的に禁止となっていたが、一時、規制がかなり緩和された結果、中国に批判的な人が偏見的に再び用いることが多くなり、現在は再び規制が強化され、慎重に扱うべき言葉となっている。
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「支那料理」が問題となったために言い換えられた「中華料理」も、のちに槍玉に挙げられ、中国料理とすることが多くなった。
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また、ラーメンの具などに用いる「支那竹」もメンマに言い換えることがある。
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英語のChina(チャイナ)に対し、フランス語などでは「シ(ー)ナ」「キーナ」「ヒーナ」と発音されるので、使用するにあたっては問題ないのだが、放送局によっては使わないところもある。
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地理用語の東シナ海、南シナ海はそのまま用いても問題ない。
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ドヤ(人権など)
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慎重に扱うべき言葉となっている。かつてはほぼ全面的に禁止となっていた。使われない言葉となりつつあり、「いわゆるドヤ」という形で用いられることがある。
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「まんこ」など女性器の俗称
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(性表現・家庭と社会・表現上の配慮・児童および青少年への配慮・暴力表現など)
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一般的にもっともよく知られている例がこれであろう。根拠例として、民放連放送基準11章には「性に関する事柄は視聴者に困惑・嫌悪の感じをいだかせないように注意する。」「全裸は原則として取り扱わない。肉体の一部を表現するときは、下品・卑わいの感をあたえないように特に注意する。」とあり、これに該当するもしくはその恐れのあるものは、ほぼ全面的に禁止となっている。問題の性質上、抽象的な根拠にならざるを得ず、男女ともに多くの対象となる言葉がある。
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「性」は、ごく自然なものであり、これをいたずらに歪めて表現することに問題の本姿が存在する。従って数ある基準の中でも、最も「放送人の良識」により判断すべきものであるという解釈がなされている。すなわち具体的には「自分の家族、子供といっしょに視聴できるものであるかどうか。」ということが判断基準としてよく語られる。
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放送のみならず、成年コミックやアダルトゲームでも、大抵「お○○こ」といった伏字にされる。松本明子が生放送で叫び、謹慎処分となった例がある(四文字言葉事件)。
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AVやアダルトゲームでは製造元により聞こえないように編集するメーカーと、しないメーカーがいる。
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かつて、プロ野球の助っ人外国人選手としてロッテオリオンズに在籍したフランク・マンコビッチ選手が、登録時にフランク・マニーという登録名に変更させられた、あるいは沖縄県の「糸満港」を「いとまんぎょこう(糸満漁港)」と言い換えた例もある。これらは名前・固有名称であり、変更することによりそのいきさつを知る視聴者に、むしろ下品・卑わいの感を連想させる、さらに人名であれば、人権の尊重規定に抵触する恐れすらあることから、現在ではそのまま放送することが多い。ただ、全く同じ音である沖縄本島にある漫湖などについては、前後関係でこの言葉のみが突出し、視聴者を驚かせる恐れがある場合には、イントネーションを変えたりテロップで表記することで対処することはある。
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九州地方の方言である「ぼぼ」については、猿の赤ちゃんを意味する飛騨地方の観光客のお土産のひとつ「さるぼぼ」もあるということから、良識の範囲として放送されることも多い。
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○万個や○万戸は数量の表現であり、問題はない。同様にロシアのヤキマンコ通り、スイスのレマン湖なども問題はない。
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あのねのねの『つくばねの歌』のサビはレコード版では暈しつつも○ンコという歌詞があるため放送禁止の歌と言われた。
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つボイノリオの『インカ帝国の成立』は、インカ帝国創設者とされる伝説の英雄マンコ・カパックの功績を讃えた歌であるけれども、ラジオ放送ではピー音が入れられた(すでに1970年代には歌詞が存在していたとされるが、2000年代まで未発表だったためいわゆる「放送禁止歌」を逃れた)。なお、限定版シングルでは、この自主規制バージョンが「学校放送向け」バージョンとして収録されている。
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その他、例外として放送されたものとしては、「北野ファンクラブ」の替え歌コーナー「亀有ブラザーズ」などで、西城秀樹「YOUNG MAN」の替え歌「コーマン」など業界用語風にひっくり返した呼称がカットされずに流された、「きらきらアフロ」で松嶋尚美が「万古焼」という漢字が読めずに「まんこやき」と連呼した、などのケースはあった。ただしDVD版では当該発言箇所にピー音が被せられている。
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めっかち(人権・表現上の配慮)
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ほぼ全面的に禁止となっている。
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めくら・盲目(人権・表現上の配慮)
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視覚障害の様態を示す目的の場合、それぞれの様態について正確な言葉があることからほぼ全面的に禁止となっている。視覚障害の様態を示す目的以外の「めくら〜」(固有名詞など)などについても原則的に禁止か、極めて慎重に扱うべき言葉とされている。また「〜の目はふしあな」などの言い回しについても、ほぼ全面的に禁止となっている。「盲判(めくらばん)」などといった言葉は国会中継などで放送されてしまうケースもある。また「鶴瓶上岡パペポTV」で、「国会中継での『盲判』という発言はなぜカット(言い換え)されないのか」という話題が出た際にも、トークの内容を伝えるために例外的にそのまま放送されたことがある。
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盲縞(人権・表現上の配慮)
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ほぼ全面的に禁止となっている。
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モーテル(表現上の配慮)
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自動車で旅行する人が泊まるホテルだが、日本ではラブホテルを指す卑猥な意味合いで使用されていたため。近年では通常使わない言葉とされている。
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○○屋(人権)
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注意を要する言葉。商店やサービス業などの日銭が入る職業を軽蔑するような用い方は禁止。「○○屋さん」は問題ない。
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テレビ朝日系で放送されたドラマ「菊次郎とさき」では、ドラマホームページおよび各放送のエンディングで『「塗装業」を「ペンキ屋」と表現するように、昭和30年代に一般的に使用されていた名称・呼称を使用しています』とのテロップを流した。
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四つ(四つ指・四つ足)(人権)
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部落関連、極道関係の言葉であるため、ほぼ全面的に禁止となっている。なお、ヨツユビリクガメ(動物)などは問題ない。
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ルンペン(人権・表現上の配慮)
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慎重に扱うべき言葉とされている。住所不定無職という(やや広義の)語を使用する。過去の一部のドラマ(『裸の大将放浪記』など)があまり再放送されないのはこのセリフが頻発するため。また、ヒット曲「ブルーシャトー」の替え歌の一部に♪静かニンジン、眠ールンペン♪の言う部分があるが、現在ではそのまま放送されることが多い。
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ロンパリ、眇(すがめ)、ひんがら目(ひんがらめ)、藪睨み(やぶにらみ)(人権・表現上の配慮)
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「ロンパリ」は、目が「ロンドン」と「パリ」それぞれ別々の方向を向いていることからつけられた『俗語』。ほぼ全面的に禁止となっている。
2.英語の例
日本の英語放送では日本語と同様に扱われるが、海外では法に定められる正式な放送禁止用語とされている場合もある。
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shit(=糞)
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海外での放送禁止用語の代名詞的存在であり、俗に「Sワード」とも呼ばれる。
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piss(=小便)
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fuck(=性交、馬鹿)
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「shit」同様有名な放送禁止用語で、俗に「Fワード」とも呼ばれる。
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cunt、pussy(=女性性器)
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cocksucker(=フェラチオ、ホモセクシュアル、気違い)
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motherfucker(=間抜け、見下げ果てた野郎。字義的には「母子相姦する奴」という意味の、キリスト教文化圏としては最悪の侮辱表現の一つ)
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tits(=女の乳房)
※以上の7つは「The Seven Dirty Words」とも呼ばれている。
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La puta(=売春婦)
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アメリカのみでヒスパニックが住んでいるため、不適切な用語のため。『天空の城ラピュタ』のアメリカ版の英題が『Castle in the Sky』になっているのはこういう事情から。
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Nigger(=黒ん坊)
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黒人を侮蔑する放送禁止用語で、俗に「Nワード」とも呼ばれる。黒人の意味でBlackという単語を使うことも同様に禁忌される(当然ながら、一般的な黒色を表現するBlackは全く問題ない)。
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なおアメリカ合衆国においては、楽曲においてこれらの用語が使用されている場合、放送の際にその部分のボーカル音をカット編集したり「ピー音」を入れることが多い(特にクリア・チャンネル・コミュニケーションズ傘下のラジオ局においてこの傾向が強い。英語版ウィキペディア『:en:KIIS-FM』にある「Editing」も参照のこと)。
参考文献等
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「放送ハンドブック」 社団法人日本民間放送連盟編 東洋経済新報社
脚注
関連項目
外部リンク