読み込み中...牧之原台地(まきのはらだいち、牧ノ原台地)は、静岡県中西部、遠州地方東南部にある台地。現在の島田市、牧之原市、菊川市にまたがっている。古代の大井川の扇状地だったようである。
江戸時代までは、麓の村(現在の大字)の入会地、いわゆる草刈り場であった。そのため現在でも、その大字の続きまたは飛び地となっているところが多い。
明治期になって、江戸を追われた幕臣などの士族が中心になって開拓に励み、現在の大茶園が形成された。農家一戸あたりの耕作面積は広いが、人口密度は希薄で、車社会になる前は、バス停から二里も歩かなければならないところもあり、きわめて不便なところであった。
静岡県内の茶の一大生産地。
標高40-200mで、北側から南側へかけて緩く傾斜している。石が多く、水はけが良い赤土で弱酸性であり、気候が温暖で霜が降りることも少ないため、茶の育成に向いている。
米作などには向かない不毛の土地であったが、明治維新の後、無禄士族対策の為、牧之原台地に多くの士族が入植し、開拓作業が始まった。茶樹を植える事が推奨されたため、現在のような茶畑が広がる日本一の製茶地帯になった。
松本丑太郎も率先して牧之原台地を開墾した一人で、静岡を製茶の一大産地とせんことを志し、最新式の製茶工場を建て明治22年(1889年)4月、中内田村の初代村長となった。
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