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魔裟斗

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

魔裟斗(まさと、男性、1979年3月10日 - )は、日本キックボクサー。本名は小林 雅人(こばやし まさと)。千葉県柏市出身。身長174cm、体重70kg。シルバーウルフ所属。日本人初のK-1 WORLD MAX世界王者。妻は女優タレント矢沢心

来歴

両親の都合で柏市から埼玉県新座市へ引っ越す。埼玉栄高校中退。校則が厳しく、自分に合わないため中退したとされている。

1994年、15歳でボクシングの名門ヨネクラボクシングジムに入門。プロボクサーを志すがプレッシャーからプロテスト受験当日に失踪してボクシングプロテストは不合格に終わる。そのままヨネクラボクシングジムを退会。

1997年、17歳で藤ジムに入門。

2000年1月21日、全日本キック「LEGEND-I」のダブルメインイベント(セミファイナル)でモハメッド・オワリ(ベルギー)と対戦予定であったが、魔裟斗が試合出場を拒否し「試合放棄」とされた。3月14日付けで藤ジムと全日本キックボクシング連盟に退会届を提出し、全日本ウェルター級タイトルも返上。「シルバーウルフ」所属となった。5月26日、「コロシアム2000」でメルチョー・メノーと対戦し、KO勝ち。7月26日、自主興行「Wolf Revolution First Wave」を開催し、メインイベントでクレイトン・コリヤーにKO勝ち。11月1日ムラッド・サリ(王者、フランス)と対戦しKO勝ち、I.S.K.A.世界オリエンタルウェルター級王座獲得。

2001年3月30日マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟「ODYSSEY-1」で伊藤隆の引退試合(エキシビションマッチ)の相手を務めた。

2003年7月5日、「K-1 WORLD MAX 2003 〜世界一決定トーナメント〜」の決勝戦で前年度王者アルバート・クラウスをKOで下し、優勝を果たす。12月15日、「WOLF REVOLUTION meets LUZ」で宇野薫とエキシビションマッチを行った。1Rはキックボクシングルールであったが、2Rは総合格闘技ルールとなりオープンフィンガーグローブでの戦いを披露した。

2004年7月7日、「K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント〜」のジャダンバ・ナラントンガラグアルバート・クラウスをそれぞれ判定で下したものの、決勝戦でブアカーオ・ポー.プラムックと対戦。ダメージの蓄積に加え、ブアカーオの攻撃になすすべもなく3Rにはフラフラの状態で戦っていたのにもかかわらず、3R終了時点判定1-0で延長R突入となり、延長Rで判定負け、準優勝となった。この判定は問題となり、大会終了後の7月9日に「3R終了時点の判定はミスジャッジングであり、不適格かつ不可解」であったとして、角田信朗を始めとした審判員の処分を発表した。また、3R終了時点でブアカーオが3-0の判定勝ちであったことを正式に認証することになったが、公式記録上の変更は行わなかった。12月31日、「K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!」で山本"KID"徳郁とK-1ルールで対戦。1R、KIDにダウンを奪われた直後、ローキックがKIDの金的に直撃し試合が中断する。KID自身「手足が震えた」というほどの致命的なダメージであった。この時、完全に視線が下にいっている魔裟斗のリプレイ映像を見て解説の船木誠勝が故意である事を匂わせる発言をしている。そして5分の休憩の後、精彩を欠いたKIDから2Rにダウンを奪い返し、判定勝ちを収める。

2005年5月4日、「K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜」でイム・チビンと対戦。判定勝ち。7月20日、「K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜」準々決勝でマイク・ザンビディスと対戦。ダウンも奪い判定勝ちしたが、左足腓骨を骨折し準決勝を棄権。12月31日、「K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!」で大東旭に2RTKO勝ち。

2006年2月4日、「K-1 WORLD MAX 2006 〜日本代表決定トーナメント〜」のスーパーファイトでイアン・シャファーに判定勝ち。4月5日、「K-1 WORLD MAX 2006 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜」でレミギウス・モリカビュチスと対戦。2Rに相手陣営のセコンドのタオル投入によりTKO勝ちを収める。6月30日、「K-1 WORLD MAX 2006 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜」準々決勝で小比類巻貴之からダウンを奪い判定勝ち。準決勝でアンディ・サワーに3R終了間際にダウンを喫し判定で敗れベスト4に終わる。12月31日、「K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!」において対戦予定だったボクシング元世界王者崔龍洙が練習中に負傷したことにより、対戦相手がボクシング元日本ミドル級王者鈴木悟に変更。結果は2RKO勝ち。

2007年2月11日、女優・タレントの矢沢心と入籍。4月4日、「K-1 WORLD MAX 2007 〜世界最終選抜〜」でオーレ・ローセンと対戦。終始攻め続け判定勝ち。6月28日、「K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜」でHERO'Sミドル級王者J.Z.カルバンと対戦。的確に攻撃を当て続け、判定勝ち。10月3日、「K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜」の準々決勝ではブアカーオ・ポー.プラムックから1Rに右ストレートでダウンを奪い、判定勝ち。準決勝ではアルトゥール・キシェンコに2Rに左フックでKO勝ち。決勝ではアンディ・サワーと対戦したが、2試合を戦ったダメージの蓄積に加え、サワーの猛攻で足が限界に達し、2R終了時に立ち上がることができずセコンドがタオルを投入しTKO負け。準優勝に終わった。12月31日、「K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!」でチェ・ヨンスと対戦。1Rにダッキングに合わせたハイキックでダウンを奪うと、その後もパンチやローキックで攻め立てて3Rタオル投入によるTKO勝ち。

2008年4月9日K-1 WORLD MAX 2008のトーナメント1回戦でヴァージル・カラコダと対戦し、3R右フックでKO勝ち。

2008年7月7日K-1 WORLD MAX 2008のトーナメント準々決勝でドラゴと対戦し、判定勝ち。

2008年10月1日K-1 WORLD MAX 2008のトーナメント準決勝で佐藤嘉洋と対戦。3Rに左フックでダウンを奪われるが、当時は「優勢選手に必ず10ポイントを付ける」というルールがあったにもかかわらず、優勢と判断された佐藤嘉洋に9ポイントしか付かなかった魔裟斗vs佐藤嘉洋のジャッジについて角田信朗氏が説明為、延長判定勝ち。続くアルトゥール・キシェンコとの決勝戦でも同様の判定が起こり、2Rに右フックでダウンを喫しながらも延長判定勝ち。2度目のK-1 WORLD MAX王者となった。

2009年3月22日東京マラソン2009に出場し、3時間51分14秒で完走した。

2009年4月1日、記者会見を開き、2009年末をもって引退する旨を表明。「大晦日のDynamite!!でトーナメント優勝者と戦いたい」と発言した。

2009年4月21日、引退発表後の「初戦」としてK-1 WORLD MAX 2009HIROYAとエキシビションマッチで対戦した。

戦績

獲得タイトル

  • 全日本キックボクシング連盟ウェルター級王座(0度防衛)
  • ISKAオリエンタル世界ウェルター級王座(0度防衛)
  • K-1 WORLD MAX 2002 日本代表決定トーナメント 優勝
  • K-1 WORLD MAX 2003 日本代表決定トーナメント 優勝
  • K-1 WORLD MAX 2003 世界一決定トーナメント 優勝
  • K-1 WORLD MAX 2004 世界一決定トーナメント 準優勝
  • K-1 WORLD MAX 2007 世界一決定トーナメント 準優勝
  • K-1 WORLD MAX 2008 世界一決定トーナメント 優勝

ファイトスタイル

10代の頃にボクシングジムに通っていた魔裟斗は、元々はパンチを武器とする典型的なインファイターであった。しかし、近年では、左右両方のパンチのコンビネーション・キック・膝蹴りなどの打撃を放つスタイルへと変わった。ディフェンステクニックで相手が放つ大振りなパンチをかわし、カウンターを合わせる。最も得意とするブローは相手の右を左でブロックし、即左フックを返すというものである。

元々はプロボクサーを志していたが、プロテスト受験を諦めてからはキックボクシングを志す。彼にとってボクシングとは若い頃の挫折の象徴であるためかボクシングを意識した発言を繰り返して独特なコンプレックスを窺わせている。しかし、それだけに若い頃からボクシングを経験したことで、ファイトスタイルはボクシング技術を重視したものになっている。

K-1 WORLD MAXにおいて主役級の扱いを受け、第一線で戦える唯一といっていいMAX日本人選手である魔裟斗は、海外の選手から研究され狙われる立場であり、2004年ごろから判定決着が極度に増えてきている。

最近ではボクシング技術に傾倒するあまりに前傾のいわゆるクラウチングスタイルになることが多く、ローキックのカットがうまくできない事が多い。2006年、2007年とも決勝トーナメントはローキックを効かされて負けている。しかし、前傾だからこそ素早い踏み込みとコンビネーションが使えているので、その折り合いをどうつけていくかが課題と思われる。

備考

  • 反逆のカリスマ」なるキャッチコピーを持つが、本人は快く思っていない模様。
  • 度を超えた発言などで物議を醸す事が多い。
  • 相手選手を見下した様な発言をするのがファンの間では人気である。反面、不快感を覚えるアンチファンも多く、一刀両断の評価は難しい。
  • 孝太郎ラボに出演した際に「(日本人の)ヘビー級に俺が勝てるんじゃないかなーと思う奴がいる」と発言した事がある。
  • 普段の体重は75kg前後といわれるが、試合に向けてリミットちょうどの70kgに仕上げることを信条としている。
  • 2002年1月26日に当時2階級下のプロボクシング・スーパーライト級日本ランカー佐々木基樹協栄ボクシングジムにおいてK-1ルールと同じ3R限定のボクシングスパーリングを行っている。その際、顔面に強烈な左フックを受け、背中を向けて戦意を喪失。鼻骨を骨折した。
  • 当時花咲徳栄高等学校のアマチュアボクサーだったスパーリングパートナー大迫亮(現在協栄ボクシングジム所属)にボクシングで圧倒された。ストップをかけるべきか周囲が迷っている場面もあった。
  • 元ボクシング日本王者の前田宏行は自らのブログで「昔は知らないが今の魔裟斗選手のパンチの技術は、蹴り無しでも3Rなら並みの日本チャンピオンクラスではやられる確率は高い」と魔裟斗のボクシングスキルを評価した前田宏行公式ブログ
  • かなりの練習熱心で「これだけ練習したのだから負けることはない」と本人が言う位、練習熱心である。
  • 敗戦後は翌日の会見に姿を見せない事が多い。その事をインターネット等のメディアが「魔裟斗とジム関係者連絡を絶つ」と書き立てる為、失踪を心配するファンも多いが、試合後は勝敗に関係無く温泉に入りに箱根へ行く事を公言しており、失踪では無い。
  • 「ミスターストイック」小比類巻貴之に「六本木で飲んでいる時バッタリ出会った」ことをメディアで暴露している。
  • 小比類巻とは全日本キックボクシング連盟の興行で対戦している。共にデビュー2戦目同士で3回戦の前座扱いであったが、メイン、セミの試合のキャンセルが相次ぎ、繰上げでその日の興行のメインイベントになってしまった。結果は小比類巻が得意の膝蹴りで、小林雅人(本名名義)にKO勝ちしている。この繰上げメインの試合を、雑誌「格闘技通信」(ベースボール・マガジン社)は急遽見開き2ページ、オールカラーで掲載した。この敗戦はお互いがK-1に参戦した後もしつこく取り沙汰されたが、K-1では魔裟斗が小比類巻に判定勝ちしている。
  • テレビ朝日系『愛のエプロン』で、料理を披露した(味は薄かったらしい)。
  • 2001年12月27日に放送された『とんねるずのみなさんのおかげでした』内の『ねるとん紅鯨団』に出演し、来栖あつことカップルが成立した。
  • 現在のようなキャラになったのは、所属事務所社長のHARUに影響されたため。
  • 細木数子から好かれている。が、結婚を報告した時には「あんな女はやめろ!」と言われた上、股間を蹴り上げられてしまった。
  • 細木数子の番組に出演した際、かつてバイト先で昼休みの休憩中に抜け出し、そのまま戻らず辞めた過去を披露。
  • WOWOWエキサイトマッチ〜世界プロボクシングで海外のボクシングばかり見ている。お気に入りの選手はフロイド・メイウェザー・ジュニア
  • 2004年には当時WBAWBCIBF世界ミドル級チャンピオンであったバーナード・ホプキンスに「ラスベガスで対戦したい。ボクシングルールでも勝てる。」と発言したことがある。
  • 近年はフジテレビ放送のK-1 WORLD GPシリーズに解説者としても出演している。
  • スポーツメーカーChampion productsとスポンサー契約を結んでいる。
  • スイスの時計ブランドであるオーデマ・ピゲと提携しオリジナルデザインの時計を発表した。
  • リングネームを決める際に、藤ジムの加藤重夫会長に藤 山海山(ふじ さんかいざん)という名前を提案されるも断り、2番目に提案された魔裟斗に落ち着いた。
  • 「殴られすぎてパンチドランカーになった人を何人も見てきた」ことから、自身の体調管理にはかなり気を使っている。引退の理由も「パンチドランカーになった姿を子供に見せたくない」ことを挙げている。

結婚

出会いはたまたま矢沢心とその友人が魔裟斗の家の裏で車が止まってしまい、更に矢沢心の友人が魔裟斗の友人でもあったため見かねて駆け付けたというのがきっかけである。

出演作品

  • 現在GyaOで『K-1ファイター 魔裟斗のKING SPIRITS』というトーク番組(毎週水曜日更新)を持ち、視聴者から送られてくる悩みや質問に魔裟斗が答えたりしている。ちなみにその番組内で魔裟斗は、相方の岡田眞善や視聴者から「キング」と呼ばれている。

関連項目

外部リンク

脚注

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