読み込み中...労働(ろうどう)とは、人間が道具を用いて対象にはたらきかけ、人間にとって有用で価値のあるものをつくりだす行為である。
また、商品としての労働力は、肉体や頭脳を提供する代わりに、賃金を得る行動であるとも定義される。賃金を得ない活動はボランティアと呼ばれる。
道具・機械・建物・交通・通信(労働手段)を用い、土地・森林・水域・地中資源・原料(労働対象)に対して行なわれる。労働手段と労働対象を合わせて生産手段という。
情報通信ネットワークの発展につれ、IT機器等を活用して働くテレワークというワークスタイルなどが出現し、労働の形態は多様化しつつある。
旧約聖書によれば、労働とはアダムとイブが罰として神より与えられたものであるという。キリスト教ではこの解釈をそのまま捉えているが、ユダヤ教では労働は神から命じられた神聖な行為と考えられているユダヤの力(パワー)―ユダヤ人はなぜ頭がいいのか、なぜ成功するのか! (知的生きかた文庫) 加瀬 英明 著。同様に日本の古事記でも高天原では神々が労働をしていたとあり、従って人々の労働も神の行った神聖な行為と同等と考えられていた。これらを「労働懲罰説・神事説」といったように呼称することもある。このことが労働意識の差に繋がっていると主張するものもいる。
プロテスタントは労働そのものに価値を認める天職の概念を見出した。この立場では、節欲して消費を抑えて投資することが推奨される。このようなプロテスタンティズムの倫理こそが資本主義を可能にしたと考えた者にマックス・ウェーバーがいる。
近代経済学では、労働は非効用として捉えられる。この立場では、労働は節約されるべき費用であるにすぎない。反対に余暇は効用として捉えられているが、これは主として個人的な私生活における娯楽を想定したもので、古代ギリシアにおける公共生活に携わるための閑暇とは異なるものである。
労働組合法では、失業者を含むが、労働基準法では含まない。これは、労働基準法が使用者と労働者の間での労働基準を規定した法の観点による。
勤労者財産形成促進法第二条において「職業の種類を問わず、事業主に雇用される者」と定義される。労働者、船員その他これらの者と同等の関係にある国家公務員、地方公務員は勤労者である。自営業主や家内労働者、労働基準法等で労働者として取り扱われない者は、概ね、勤労者ではない。