読み込み中...つくば市(つくばし)は、関東平野の東部、筑波山の南麓に位置し、筑波研究学園都市を擁する茨城県の市である。特例市、業務核都市、国際会議観光都市に指定されている。
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス(略称:TX)の開通により東京と直結し、各駅周辺では、住宅や商業施設の建築が盛んである。
年間平均気温は13.5℃、年間平均降水量は1235.6mmである(1971年〜2000年の平年値)。
颪(おろし。冬に局地的に吹く北や北西からの冷たく乾いた季節風)の一種である「筑波颪」により冬は寒い。筑波颪は筑波山から吹き下ろしてくると誤解されることが多いが、近くの山の名前を付与しているだけである。市町村別の冬の平均気温で見ても、県内では大子町に続いて2番目に低く、水戸や日立等の県北部と比べても寒いことが分かる。
つくば市の9月の標高は4月の標高より2cm低くなる。市内にある国土地理院の研究によると、5月から8月に田植え用の大量の地下水をくみ上げるためである。
つくば市の中心市街地は、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線つくば駅周辺であり、一般に「センター地区」と呼ばれる。クレオ(西武百貨店、ジャスコ)、Q't、MOG、アイアイモールなどの商業施設、つくば国際会議場、つくばカピオ、ノバホール、茨城県つくば美術館、つくば市中央図書館などの公共施設が集積している。また、地中には総延長約7.4kmの共同溝が埋め込まれ、上水道管、地域冷暖房配管、廃棄物運搬用真空集塵管、電力線、電話線、ケーブルテレビ(ACCS)線などが収容され、これらの工事の際に道路を掘り返す必要がないように配慮されている。近年、研究学園駅周辺をつくば副都心と位置づけて再開発が行われており、北関東最大級のショッピングセンター「iiasつくば」が2008年10月31日にオープンする他、2010年につくば市新市庁舎が完成する予定である。
旧町村の区域である桜、筑波、谷田部、豊里、大穂、茎崎の6地区があり、行政などで地区名として現在も使用される。当初は各地区間で互いに中心地を譲らずに争うことが多々あったが、合併から年月が経過し、この論議は収束に向かいつつある。また、研究学園地域は都市基盤や建物などが国、県、市、公団によって整備されて都市的雰囲気を持つ一方、周辺地域は田畑が多数存在し、昔ながらの風景が残り、緑が豊かな地域が多い。
市内には大手企業の研究拠点が多数存在し、約300に及ぶ研究機関・企業と約1万3千人の研究者(博士号取得者は約5千600人)を擁する。また、外国からきた研究者や留学生が多く、人口の3.6%が外国人である(平成16年現在、126カ国、7,143人)。研究者や大学生が数多く住んでいるため、転勤や入学・卒業に伴って3月末の人口が大きく減少し4月に元に戻る現象が発生する。
人口は約21万人で増加傾向にある。尚、これは茨城県内第2位で、県庁所在地の水戸市の人口より約5万人少ない。平均寿命は男性77.9歳、女性85.1歳である。
1987年11月30日に筑波郡谷田部町、大穂町、豊里町、新治郡桜村の4町村が新設合併し、人口約11万人のつくば市が誕生。むつ市、いわき市、えびの市に次ぐ全国で4番目のひらがな表記の市であり、合併当時、桜村は人口4万人超で、単独市制は不可能であったものの、日本で一番人口の多い村であった。
旧町村役場である谷田部・大穂・豊里・桜・筑波・茎崎の各庁舎および春日庁舎のうち、谷田部庁舎を対外的には市役所としているが、本庁機能は各庁舎に分散している。また、春日庁舎以外の各庁舎は出先機関機能(市民窓口課・窓口センター)も有している。その他、出先機関機能の一部をになう出張所(吉沼・栄・竹園・並木・広岡)が設置されている。
現在、研究学園駅の近く(つくば市苅間2530番地2)に統合本庁舎を建設しており、2010年3月に竣工する予定である。当初は統合本庁舎用地は竹園地区を予定していたが、TX開通に伴い研究学園駅近郊に計画を変更した。
2005年の国勢調査において人口が20万人を突破したことから、特例市移行を検討した。2006年6月の定例市議会において指定申出議案を可決、2006年12月に閣議決定し、2007年4月1日に特例市に移行した。県庁所在地である水戸市に次いで県内で2番目の特例市である。
守谷市の会田市長の考えでは、県南地域(県南総合事務所の管轄地域)の全市町村による政令指定都市「大つくば市構想」を打ち上げている。多くの事務権限が移譲されることで各地域の実情に応じた施設配置が可能となるメリットを挙げ、さまざまな財政制度の特例が設けられ財政力の強化につながると説明。道州制が議論される中で単位自治体の規模が必要だとし、実現に向け県の積極的な関与を求めている。
2006年度決算の時点で、財政基盤の強弱を示す財政力指数は1.10、財政構造の弾力性を示す経常収支比率は85.3%、財政の柔軟性を示す実質公債費比率は15.8%である。実質公債費比率が高めであるのは、つくばエクスプレスの建設費用や沿線開発経費が発生していることなどによるためである。
つくば市の就業者のうち、第一次産業従事者は5,388人、第二次産業従事者は20,170人、第三次産業従事者は64,972人である(2000年現在)。
研究学園地域以外では農業も行われており、特に筑波山麓で収穫される「北条米」は昭和初期に皇室への献上米になるなど高級米として有名である。また、畑面積の約3分の1を占める芝は日本一の作付面積(2,245ha)を誇る。近年では、摘み取り園式のブルーベリー栽培が行われるなど、新しい形の農業にも取り組んでいる。また、日本で唯一搾菜の栽培が行われ、有名中華料理店などに出荷されたり、たまり漬として加工されている。
つくばエクスプレスの開通に伴い、首都圏からの筑波山への観光客が増加している。また市内にはパン屋が多く、近年「パンの街つくば」として振興を図っている。
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かつては筑波鉄道筑波線(旧・関東鉄道筑波線、土浦駅〜筑波駅〜岩瀬駅)が旧筑波町の地区を走っていたが、1987年3月31日に廃線された。現在、跡地はサイクリングロード(県道桜川土浦自転車道線・愛称つくばりんりんロード)となっている。筑波鉄道キハ461として使用されていた旧・キハ41000形式気動車が市内のさくら交通公園に静態保存されていたが、2007年にさいたま市に開館予定の鉄道博物館に展示するため、東日本旅客鉄道(JR東日本)郡山総合車両センター郡山派出所に移送された。横にあったD51 70はそのまま保存されている。
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線の沿線では、「つくばスタイル」の名の元で沿線開発が行われている。詳細はつくばエクスプレス#沿線開発を参照。
JR東日本常磐線と関東鉄道常総線・つくばエクスプレス線の駅を結ぶ路線が市内を経由するほか、つくば駅と筑波山を結ぶ路線など、多数の系統が運行されている。また、つくバス(市が運行するコミュニティバス)が、一般路線バスが不便な地域と公共施設・鉄道駅などを結んでいる。主なバスターミナルに、つくば駅に隣接するつくばセンターや筑波山口がある。
市内には長い名前のバス停留所がいくつか存在する。これは、停留所名に最寄りの研究施設の名称を漏らさず盛り込むことが多いためで、特に「つくばセンター〜荒川沖駅西口」などの路線が停車する「産技総合研筑波東事業所・つくば研究支援センター入口」(さんぎそうごうけんつくばひがしじぎょうしょ・つくばけんきゅうしえんせんたーいりぐち)は日本国内で最も長い名前のバス停とされる。他にも「農業工学研究所食品総合研究所」や「筑波技術大学産業技術学部」などがある。
人間優先の都市計画の概念に基づき歩行者・自転車専用道路(ペデストリアンデッキ)(略称:遊歩道、ペデ)が設置されている。赤塚公園からつくばセンターを経て筑波大学に南北につながる「つくば公園通り」約5kmと、センター地区及びその周辺における約43kmがある。
つくば市は、北部の筑波山麓を除いて大部分が平野であり、1980年代ごろまでに学園都市として幹線道路整備が行われた。「日本の道100選」にも選ばれた学園東大通りを初めとして広く車線の多い道路が数多く存在する。広範囲に分散する研究所の移動手段や通勤手段に自動車が使われることが多く、人口に対して交通量が多くなっている。1999年(平成11年)現在、1世帯あたりの自動車保有台数は2.3台である。
市内中心部においては、土浦学園線および東・西・南・北の各大通りが道路網の中核を成す。それぞれ片側2〜3車線が確保されているが、交通量の増加、つくばエクスプレス線の開通に伴い中心部では近年渋滞が目立ち始めている。このため近年「つくバス」の導入や駐車場の立体化に取り組んでいる。国道354号(かつての県道時代の名称「土浦野田線」と呼ばれることが多い)沿線は片側1車線しかないところに大規模なショッピングモールのオープンが相次ぎ、市内でも有数の渋滞ポイントになっている。郊外では車の流れが速く、運転には注意を要する。
高速道路としては常磐自動車道が市の南部から東部へ走っており、谷田部IC・桜土浦ICの2つのインターチェンジが存在する。市内では圏央道の建設が進められており、常磐道東側につくば牛久ICが開通している。2009年中に、常磐道西側につくばICまでの区間が開通予定である。
ご当地ナンバーである「つくばナンバー」には、当市をはじめ守谷市・古河市・坂東市・筑西市・常総市・結城市など県南・県西地域の13市町が参加している。他のナンバー地域は2006年10月10日に導入されたが、つくばナンバーのみ、茨城県の新県税システムの導入時期に合わせて2007年2月13日からの導入となった。
国際科学技術博覧会の来場客の輸送のために建設しその後恒久的に利用することを目的とした、つくばセンターと土浦駅東口を結ぶ新交通システムの計画が存在したが、万博終了後の利用が十分見込めなかったことから計画中止となり、土浦駅東口からの高架道の一部が土浦ニューウェイとして自動車専用道に転用された。途中には駅設備の遺構を思わせる部分(現在はバス停として使用)があり、鉄道未成線跡の雰囲気が残っている。