読み込み中...主人公(しゅじんこう)とは、小説・映画・ドラマ・漫画・アニメ・ゲーム等のストーリーの中心となり物語を牽引していく人物・キャラクター。物語の主観者を指す。主役とも言う。主人公の次にストーリーの中心となるキャラクターの事は準主人公(じゅんしゅじんこう)・準主役(じゅんしゅやく)という。
物語の解釈は受け手により異なる為、万人が納得する主人公を定めることは難しい。また、群像劇など主人公が複数いる物語・主人公がいない物語も考えられる。想定しうる主人公の定義を以下に列挙する。
小説等の文学作品の場合、一人称における主体、つまり文章中の「私」を主人公とする事が一般的である。こう言ったケースの場合、物語を主観的に見る人間は主人公である「私」と「読者」であることが殆どである為、明確に主人公を求める事が出来る。それを逆手にとって、実は主人公ではなかった、実は二者以上の視点が混在していた等のケースで、ミスリードを行う作品も存在する。
制作者が登場人物紹介・あとがき・インタビュー等において主人公であると表明した人物を主人公とする。また、制作者自らが主人公は二人(もしくはそれ以上)だと表明する場合がある。
キャスト表示において主役を先頭に表示する慣習があることから、キャストの先頭に表示されたものを制作者が意図した主人公とする。ただし、制作者が主人公を一人に設定していない場合には演じる役者の格によってキャスト表示の順番が決まることがある。また、洋画においては役者のキャリアや、アルファベット順に表記するのが通例であり、この限りではない。
プロローグを除き、多くの物語では主人公が最初に登場することから最初に登場した人物を主人公とする。ただし、演出やストーリーの都合等から主人公が遅く登場することもある。
広義のドラマ(問題の発生とその問題の解決)を骨格とする物語では、物語上の最大の問題の解決に最も貢献した者を主人公とする(例:化け物退治の物語において、化け物を倒した者)。悲劇では問題は解決しないため被害の描写が多い者を悲劇の主人公とする。
他の物語と差別化する、その物語の固有の個性を象徴するものを主人公とする(例として、人物ではなく沈没船や町の名前など象徴的な物体を『主人公』とする場合がある)。これはキーパーソンに属するものでもある。
コンピューターゲームでは操作可能なキャラクターを主人公とする。格闘ゲーム等、ゲームの種類(ジャンル等)によっては、『登場人物全員主人公』との見解もありうる。
受け手が感情移入できる対象を主人公とする。基本的に少年漫画の恋愛物では男が主人公、少女漫画の恋愛物では女が主人公と考えられる。
主人公は他の登場キャラクターに比べ、ずば抜けて高い能力(高い知力、腕っ節の強さ、人心掌握に長ける等)を持つ場合がある。逆に『ドラえもん』ののびたのように他のキャラターに比べて能力的に見劣りしたり(いわゆる「落ちこぼれ」の主人公)、全くの素人の状態から物語中で経験を積み重ねることで才能を開花させていく主人公もいる。一見平凡に見えて、人をひきつける魅力を持つ主人公もいる。
善良な心・優しい心の持ち主や、正義の味方など。悪人的な設定のある人物が主人公である作品でも、純粋で美しい心の持ち主であったり、主人公以上の悪人が出てきて結果的に主人公は義賊的な存在となるケースが多い。或いは、いたずらっ子・悪ガキを主人公とする作品でも、主人公は兄弟思いだったり小動物には優しいなどとった、柔和なエピソードが組まれることが多い。
不良、暴力団員、ギャングメンバーなどのように、やることや言動は社会的に悪だが、生き様が共感を得る必要悪である場合。完全にアンチヒーローに属するものである。
元は善人であったが多種多様なきっかけにより、罪を犯すことも厭わない悪役に変わってしまう。例を挙げれば「心優しき人物であったが、特異な才能の持ち主であった故に差別や迫害を受け、その者たちに激しい憎悪を燃やすようになる」など。大抵は元仲間や関係のない市民に害を及ぼす存在になったりする。『遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX』第三期の、遊城十代等がこれに当てはまる。
『三国志演義』が有名な例で劉備亡き後、諸葛亮が主役として立つ。近年では、『ぼくらの』がこれに該当しうる。
国内のドラマに関して、制作側は群像劇をこの方式に当てはめて解説しており、上記のように視聴者が感情移入しやすい登場人物を、主人公とさせる手法を計っていた。
主人公と混同されがちなキャラクターに狂言回しがある。狂言回しは物語の登場人物でありながら、物語の受け手に近い立場で描かれることが多い。物語上の立場は物語によって様々で、完全な第三者の場合もあれば、主人公に近しい重要人物の場合もある。(また、稀に主人公自身が担当することもある)推理小説など、文章による媒体では特にその役割故に、読者には混同を招く場合がある(また、そのように著者が先導している)。
準主役は物語の上で、主人公に近しい扱いで描かれる格の登場人物を指す事が多い。立場はヒロインや狂言回し等と同様に様々で、主人公に近しいパートナー役や、主人公と対立する人物など多種に及ぶ。脇役と呼ばれる人物との違いとして、準主人公の主観によって物語の進行が行われるパターンが多々存在する。なお、物語進行上のキーパーソンに割り当てられる事も多いが、この場合はあくまで準主人公としての役が基盤にあるものであり、脇役に重要な役割が当てられているのとは多少立場が異なる。
登場人物の人名が題名になっている作品では、基本的にその人物が主人公となる。ことにオペラや演劇ではその題名役はタイトルロールと呼ばれる。多くの作品では一人の中心人物であるが、複数の主人公を持つ作品もある(アンナ・カレーニナなど)。
例外として、登場人物の人名が題名になっている作品でも、主人公が別にいる場合もある。有名な作品では『ジュリアス・シーザー』(主人公はブルータス)がある。これは、当時、劇中で最も身分の高い登場人物をタイトルロールにする習慣があったためらしい。
子供向けの作品などでは、子供にわかりやすくするための配慮として、青年・一般向けのものでもSF的要素をもった作品では非日常的存在を強調する目的で、「主人公の側に現れた非日常的存在」をタイトルにすることがあるため、主人公と題名が異なることがある。有名な作品では藤子不二雄(藤子・F・不二雄)作品が挙げられ、氏の作品以外にもそれらが主人公の家に居候する「ドラえもん型」というジャンルが確立されている(但し「ドラえもん型」の場合、主題の捉え方によっては居候する側を主人公とする見方もあることに注意)。
作品によっては、あえて主人公の目線からではなく、準主人公の目線から話が進む事もある。有名な作品では『シャーロック・ホームズシリーズ』がある。
当初のストーリー展開から大きくかけ離れてしまった関係で、本来は主人公でない登場人物が実質的な主人公になってしまう場合や、キャラクターの人気の変動から元々はサブキャラクターだった登場人物が、主人公に「昇格」する場合がある。また、原作とその二次作品とで主人公が変更される場合もある。物語の展開上、主人公としての地位が他のキャラクターに継承される作品も少なくない。
『三国志演義』などが有名な例で、明確ではないが劉備の亡き後は諸葛亮が主人公のようになっている。その他にも、1部が終われば主人公が変わってくるという物語も存在する(『ジョジョの奇妙な冒険』など)。また、特殊な一例として、『キャプテン (漫画)』においてはタイトル通り、野球部のキャプテンに就任したキャラクターが主人公となる。