読み込み中...島としての北海道は、面積77,981.87 km²(日本では本州に次いで2番目、世界では21番目に大きな島)。アイルランド島よりやや小さく、樺太よりやや大きい。南の本州とは津軽海峡で隔てられているが、青函トンネルにより鉄路で繋がれている。北は宗谷海峡を隔てて樺太と向かい合い、東には千島列島が連なり、間接的にではあるがロシアと国境を隔てている。西の日本海、南東の太平洋、北東のオホーツク海と、3つの海に囲まれており、周辺には対馬暖流とその分枝である津軽暖流・宗谷暖流、及び親潮と東樺太海流が流れている。
北海道は大きく分けて胴体部にあたる菱形の部分と、南西の半島部(渡島半島)よりなる。
胴体部は南北に蝦夷山系と呼ばれる山地群が貫き北海道の脊梁を成している。蝦夷山系は南の日高山脈に始まり、東の石狩山地・北見山地と、西の夕張山地・天塩山地に分岐しており、この二列の間には富良野盆地・上川盆地・名寄盆地等の盆地列が形成されている。頓別平野からこの盆地列を通り、鵡川の河谷に抜ける低地帯を北海道中央凹地帯と呼ぶ。
北海道東部は千島弧の延長である知床半島や阿寒の山々が、それぞれ北東-南西の山列を成しながら全体としては東西に伸びている。この北側は北見山地からなだらかな傾斜が海岸近くまで続き平野は少ないが、南側では十勝平野、根釧台地等の大平野が形成されている。
渡島半島に続く地域は、石狩湾から石狩平野、勇払平野を通って太平洋へと抜ける石狩低地帯である。ここには人口約190万を抱える札幌市や、千歳市、苫小牧市等が並び、北海道で最も人口が集中する地域となっている。渡島半島は東北日本弧内帯の延長部にあたり、石狩低地帯の西に位置する南西部山地、その南に黒松内低地帯、更に南には渡島山地がある。
北海道の主な高峰は、蝦夷山系と千島弧の会合する中央部の石狩山地(大雪山連峰、十勝岳連峰等)と、その南に続く日高山脈に集中している。最高峰は大雪山の旭岳で、その標高は2,290mである。南西部山地には「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山等の山がある(北海道の山の一覧も参照のこと)。
一級水系は13水系ある。石狩川、天塩川、十勝川、釧路川、網走川、常呂川、湧別川、渚滑川、留萌川、沙流川、鵡川、尻別川、後志利別川。
阿寒湖、大沼、屈斜路湖、サロマ湖、支笏湖、洞爺湖、摩周湖、ウトナイ湖、網走湖、能取湖、風蓮湖などの湖がある。
気候は道南から道央沿岸部にかけて西岸海洋性気候が見られるほか、道東や道北など多くの地域は亜寒帯湿潤気候で、夏と冬の温度差が大きく冬の積雪は根雪となる。道内全域が豪雪地帯になっている。
日本海側は日本海側気候、太平洋・オホーツク海側は太平洋側気候に属する。その気候を北見山地・石狩山地・日高山脈が分けている。
気温は夏冬とも一般に日本海側で高く、オホーツク海・太平洋側で低い。 # 日本海側は冬季には低気圧や気圧の谷の他、季節風による降雪が多く、太平洋側・オホーツク海側は冬季には低気圧や気圧の谷のみによる降雪が殆どであるが、強い冬型の気圧配置で季節風が山岳を越えて降雪することがある。 # 太平洋側では夏には霧が発生する。 # 内陸の盆地部は気温の年較差が大きく冬季には記録的な低温を示す事も多い。# 道南地域は道内では最も温暖で東北地方と似通った気候であり植生も類似している。
北海道地方には梅雨がないとされ、気象庁でも北海道の梅雨入りは発表されていないが、梅雨前線が北海道にかかり、2週間ほどぐずついた天気になる事がある。これを蝦夷梅雨という。
また、台風の襲来も少ない。台風として上陸するのではなく、温帯低気圧となってから上陸することが多い。どちらの場合も、一度本州などに上陸したものが、海上で勢力を盛り返し上陸するケースもあり、被害が大きくなることもある。
北海道面積の半分にも満たないが、岩手県と秋田県を併せた面積程度の道南・道央主要部合計の人口は四国4県の合計よりも多くなっており、北海道支庁の半数近くが置かれ細分されている。
北海道の面積の7割を占める道東および道北(上川支庁の塩狩峠以南は除く)の人口は合計120万人程度。各支庁の人口はいずれも都道府県別最下位の鳥取県(約61万人)の5割強以下。人口密度は概ね、岩手県の1/3、胆振・渡島両支庁の1/4、石狩支庁の1/20程度。
地方自治法155条に基づき、北海道では北海道支庁設置条例で支庁を設置し、各支庁はその管内において、納税証明書の発行および旅券発給等の窓口業務など、管轄地域ごとに行った方が効率のよい業務を担当している。北海道支庁設置条例によれば支庁の所管区域は郡部であり市部は含まれないが、実際には北海道が定めた北海道行政組織規則等によって支庁業務が行われている市部を含め支庁の区域と見なされる事が多い。これら、支庁に関する条例・規則の詳細は北海道の条例・規則のページを参照されたい。
2008年6月28日の道議会で可決された北海道総合振興局設置条例により、14支庁は2008年度末に全廃され、2009年度からの9つの総合振興局と5つの振興局に移行する予定である。
この可決により、檜山・日高・留萌・根室の各支庁所在地では住民の怒りの声が上がっており、地域経済の悪化に拍車がかかることも懸念される。
以下に示す番号は、上で示した図の番号と対応している。管内の市町村の詳細は、各支庁の記事参照。
| 支庁 | 自治体 コード | 庁舎 所在地 | 管内市町村数 | 面積 | 域内人口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 石狩 | 01300-5 | 札幌市 | 6市1町1村 | 3,539.86 km² | 231万0001人 |
| 2 | 空知 | 01420-6 | 岩見沢市 | 10市15町 | 6,558.22 km² | 36万5563人 |
| 3 | 後志 | 01390-1 | 倶知安町 | 1市13町6村 | 4,305.82 km² | 25万0065人 |
| 4 | 渡島 | 01330-7 | 函館市 | 2市9町 | 3,936.32 km² | 44万9371人 |
| 5 | 檜山 | 01360-9 | 江差町 | 7町 | 2,629.88 km² | 4万6999人 |
| 6 | 胆振 | 01570-9 | 室蘭市 | 4市7町 | 3,698.00 km² | 42万6627人 |
| 7 | 日高 | 01600-4 | 浦河町 | 7町 | 4,811.96 km² | 8万1403人 |
| 8 | 上川 | 01450-8 | 旭川市 | 4市16町2村 | 9,852.17 km² | 53万5456人 |
| 9 | 留萌 | 01480-0 | 留萌市 | 1市7町1村 | 4,019.91 km² | 6万1488人 |
| 10 | 宗谷 | 01510-5 | 稚内市 | 1市7町1村 | 4,050.76 km² | 7万5665人 |
| 11 | 網走 | 01540-7 | 網走市 | 3市15町1村 | 10,690.55 km² | 32万4719人 |
| 12 | 十勝 | 01630-6 | 帯広市 | 1市16町2村 | 10,831.24 km² | 35万4147人 |
| 13 | 釧路 | 01660-8 | 釧路市 | 1市6町1村 | 5,997.38 km² | 26万1883人 |
| 14 | 根室 | 01690-0 | 根室市 | 1市4町 | 8,534.13 km² | 8万4035人 |
| 名称 | 位置 | 所管区域 |
|---|---|---|
| 道央総合振興局 | 岩見沢市 | 石狩地域・空知地域(幌加内町は道北総合振興局管内へ) |
| 石狩振興局 | 札幌市 | 石狩地域 |
| 後志総合振興局 | 倶知安町 | 後志地域 |
| 日胆総合振興局 | 室蘭市 | 胆振地域・日高地域 |
| 日高振興局 | 浦河町 | 日高地域 |
| 道南総合振興局 | 函館市 | 渡島地域・檜山地域 |
| 檜山振興局 | 江差町 | 檜山地域 |
| 道北総合振興局 | 旭川市 | 上川地域・留萌地域 |
| 留萌振興局 | 留萌市 | 留萌地域(幌延町は宗谷総合振興局管内へ) |
| 宗谷総合振興局 | 稚内市 | 宗谷地域 |
| オホーツク総合振興局 | 網走市 | 網走地域 |
| 十勝総合振興局 | 帯広市 | 十勝地域 |
| 道東総合振興局 | 釧路市 | 釧路地域・根室地域 |
| 根室振興局 | 根室市 | 根室地域 |
国の出先機関(地方支分部局)の支局等が、一般に札幌市・旭川市・函館市・釧路市の4ヶ所のみに設置される場合は、概ね支庁を分割することなく、その支局等が置かれる支庁と近隣の支庁を管轄することとなる(例:釧路支局が釧路支庁と根室支庁を管轄する)が、一部の機関にあっては、歴史的経緯・地理的状況により、支庁を分割して管轄する場合がある(特に空知支庁の北部と中南部であることが多い。例:札幌法務局と旭川地方法務局、札幌運輸支局と旭川運輸支局)。
日銀の管轄は、函館支店が渡島・檜山支庁、釧路支店は釧路・根室・十勝支庁を担当。その他は札幌支店が管轄するが、その中の旭川事務所の管轄が上川・網走・宗谷・留萌支庁となっている。
また、道内の放送局は7地域に分割される。詳細は、北海道の報道機関の一覧にて。
北海道には数万年前の氷河期にシベリアから人類が渡り、温暖となってからは本州からも渡来したようで、旧石器時代を経て、土器を中心とした縄文文化が興った(縄文時代)。
その縄文時代後期の「周溝墓」と推定できる環状土籬が見つかっている。千歳市郊外に周堤の外径が74 mもあるキウス遺跡や知床半島の付け根部にある斜里町でも朱円遺跡など環状土籬が発見されている。
本州以南は多数の渡来人(帰化人)が移住することで弥生時代を迎えたが、北海道にまでは弥生文化が伝播せず、縄文文化が続いた(弥生・古墳時代に相当する続縄文時代は、紀元前2世紀から7世紀まで続いた)。この文化は、北はサハリン南端部、東は国後島・択捉島、南は東北地方から新潟県西部にまで及んでいる。
つづいて、土師器の影響を受けて縄文がなくなり、木片の刷毛で擦ったような文様の擦文式土器を特徴とする擦文時代となって、これが12世紀ごろまで続いた。この文化は和人(本州以南の日本人)との交易によって、12世紀ごろには鉄器を持ち、狩猟のほかに農業、漁労を営むアイヌ文化に成熟した。
オホーツク海沿岸には、アイヌによって擦文時代が営まれていた頃、海獣狩猟を中心とするオホーツク文化を持った人々が移住したが、アイヌ文化が成熟した頃に忽然と姿を消した。アイヌと完全に同化したか、アイヌに追われたものと考えられる。この古代文化は、3世紀から13世紀にサハリン、北海道のオホーツク海沿岸、千島列島に展開された。このうち、北海道に分布するこの文化の遺跡の年代は5世紀から9世紀までと推測されている。
古くは『日本書紀』に渡島(わたりしま)として登場し、阿倍比羅夫と接触を持ち、奈良時代、平安時代には出羽国と交易を行なった。当時の住民は、東北地方北部の住民と同じく蝦夷(えみし)と呼ばれていた。恐らく両者は同一民族で、北海道側の蝦夷が後の蝦夷(えぞ)、現在のアイヌの先祖だと考えられている。
中世以降、北海道の住民は蝦夷(えぞ)と呼ばれ、北海道の地は蝦夷が島、蝦夷地(えぞち)等様々に呼ばれた。古代の蝦夷(えみし)は農耕も生活の柱としていたが、次第に狩猟・漁業に特化し、米や鉄等を日本人(和人)との交易で得るようになっていった。
また鎌倉時代以降になると、後の松前藩や和人地の基礎となった渡党の活動が見られるようになる。
室町時代には渡島半島の南端に和人が道南十二館を築き居住地(和人地)を設けた。戦乱を避けて移住する者が増えると、現地のアイヌとの間に対立が起きた。その結果、1457年(長禄元年)に起きたコシャマインの戦いで、武田信広がアイヌの指導者コシャマインを殺し、和人の勝利を決した。信広は蠣崎氏を継ぎ、その子孫は後に松前の氏を名乗り、代々蝦夷地の南部に支配権を築いた(松前藩)。
松前藩の経済基盤はアイヌとの交易にあった。安土桃山時代から江戸時代にかけて松前氏は征夷大将軍より交易独占権を認められ、アイヌとの交易条件を自らに有利なものに変えていった。アイヌはシャクシャインの戦いやクナシリ・メナシの戦いといった反乱を起こしたが、松前藩によって鎮圧された。1784年(天明4年)からは蝦夷地の開拓を始め、沿岸にいくつかの入植地が建設された。
江戸時代後期から、シベリアからロシアが領土を広げつつ日本と通商を求めるようになり、鎖国を維持しようとする日本と北海道近辺で接触した。中にはゴローニンや高田屋嘉兵衛のように相手国の捕虜になった人もいた(ゴローニン事件)。ロシアの脅威に対する北方防備の必要を認識した江戸幕府は、最上徳内、近藤重蔵、間宮林蔵、伊能忠敬といった者に蝦夷地を(樺太・千島列島を含め)探検させ、地理的な知識を獲得した。また、1799年(寛政11年)に東蝦夷地を、1807年(文化4年)には西蝦夷地を松前氏から取り上げた。また、統治機構として1802年(享和2年)に蝦夷奉行を置き、後に函館奉行、松前奉行と名を変える。幕府の統治はアイヌの負担を若干軽減したが、基本的な支配構造には手を付けなかった。ゴローニン事件解決以降、ロシアの領土拡大的な南下が停滞したため、奉行は1821年(文政4年)に廃され、全蝦夷地は松前藩に還付された。
1868年(明治元) に、新政府は蝦夷地に箱館裁判所を置くことを決め、直ぐにその名を箱館府と改めた。但し、戊辰戦争のひとつ函館戦争(一時、「蝦夷共和国」成立)が起こり、すぐには蝦夷地は新政府の下に統一されなかった。榎本武揚総裁の五稜郭の降伏後、蝦夷地は1869年(明治2年)に北海道と改称され、11国が置かれた。同年7月館藩(松前藩)領以外を管轄する開拓使が設けられてから北海道の開拓は本格化した(屯田兵)。1870年(明治3年)、根室国の花咲郡、根室郡、野付郡が東京府に編入されたが、同年末に廃止。明治4年(1871年)7月14日 廃藩置県に伴い館藩の旧領(爾志郡・檜山郡・津軽郡・福島郡)に館県設置。同年9月 館県は道外の弘前県などと合併、弘前県(青森県)の一部となり消滅。明治5年(1872年)10月 福島郡など四郡(旧館県)が青森県から開拓使に移管。これにより北海道全域が開拓史の所管となる。開拓使は1882年(明治15年)に廃止され、代わりに函館県、札幌県、根室県の3県が設けられたが、その行政効率の悪さから1886年(明治19年)には再び統一行政機関として北海道庁が置かれた。明治政府の政策により多くの人が移住し、道内各地に開拓の波が押し寄せた。もっとも、和人の「開拓」はアイヌにとっては土地収奪と強制移住を伴うものであり、「日本による侵略」であったとする見方もある(本多勝一など)。また、鉄道や国道が建設されたが、網走刑務所に代表されるように、懲役刑の一環として行われた面もある。石炭が産出されることから、数多くの炭鉱が開発され、輸送するための鉄道が縦横に張り巡らされた。
| 郡 | 読み |
|---|---|
| 渡島国 | |
| 亀田郡 | かめた |
| 茅部郡 | かやべ |
| 上磯郡 | かみいそ |
| 福島郡 | ふくしま |
| 津軽郡 | つがる |
| 檜山郡 | ひやま |
| 爾志郡 | にし |
| 後志国 | |
| 久遠郡 | くとう |
| 奥尻郡 | おくしり |
| 太櫓郡 | ふとろ |
| 瀬棚郡 | せたな |
| 島牧郡 | しまこまき |
| 寿都郡 | すつつ |
| 歌棄郡 | うたすつ |
| 磯谷郡 | いそや |
| 岩内郡 | いわない |
| 古宇郡 | ふるう |
| 積丹郡 | しやこたん |
| 美国郡 | びくに |
| 古平郡 | ふるひら |
| 余市郡 | よいち |
| 忍路郡 | おしよろ |
| 高島郡 | たかしま |
| 小樽郡 | おたる |
| 郡 | 読み |
|---|---|
| 胆振国 | |
| 山越郡 | やまくし |
| 虻田郡 | あふた |
| 有珠郡 | うす |
| 室蘭郡 | むろらん |
| 幌別郡 | よりへつ |
| 白老郡 | しらおい |
| 勇払郡 | ゆうふつ |
| 千歳郡 | ちとせ |
| 石狩国 | |
| 石狩郡 | いしかり |
| 札幌郡 | さっぽろ |
| 夕張郡 | ゆうばり |
| 樺戸郡 | かばと |
| 空知郡 | そらち |
| 雨竜郡 | うりゆう |
| 上川郡 | かみかは |
| 厚田郡 | あつた |
| 浜益郡 | はまましけ |
| 天塩国 | |
| 増毛郡 | ましけ |
| 留萌郡 | るもい |
| 苫前郡 | とままえ |
| 天塩郡 | てしほ |
| 中川郡 | なかかわ |
| 上川郡 | かみかは |
| 郡 | 読み |
|---|---|
| 北見国 | |
| 宗谷郡 | そうや |
| 利尻郡 | りしり |
| 礼文郡 | れふんしり |
| 枝幸郡 | えさし |
| 紋別郡 | もんべつ |
| 常呂郡 | ところ |
| 網走郡 | あばしり |
| 斜里郡 | しゃり |
| 日高国 | |
| 沙流郡 | さる |
| 新冠郡 | にいかふ |
| 静内郡 | しつない |
| 三石郡 | みついし |
| 浦河郡 | うらかは |
| 様似郡 | さまに |
| 幌泉郡 | ほろいつみ |
| 十勝国 | |
| 広尾郡 | ひろお |
| 当縁郡 | とうふち |
| 上川郡 | かみかは |
| 中川郡 | なかかわ |
| 河東郡 | かとう |
| 河西郡 | かさい |
| 十勝郡 | とかち |
| 郡 | 読み |
|---|---|
| 釧路国 | |
| 白糠郡 | しらぬか |
| 足寄郡 | あしよろ |
| 釧路郡 | くしろ |
| 阿寒郡 | あかん |
| 網尻郡 | あはしり |
| 川上郡 | かわかみ |
| 厚岸郡 | あつけし |
| 根室国 | |
| 花咲郡 | はなさき |
| 根室郡 | ねむろ |
| 野付郡 | のつけ |
| 標津郡 | しへつ |
| 目梨郡 | めなし |
| 千島国 | |
| 国後郡 | くなしり |
| 択捉郡 | えとろふ |
| 振別郡 | ふれへつ |
| 紗那郡 | しやな |
| 蘂取郡 | しへとろ |
| ※得撫郡 | うるっぷ |
| ※新知郡 | しむしる |
| ※占守郡 | しゅむしゅ |
1950年(昭和25年)、北海道を開発するため、調査・立案及び実施に関する事務を担当する北海道開発庁が総理府の外局として設置された。北海道内には北海道開発局と各地方に開発建設部が置かれ、開発の任に当った。第二次世界大戦の復員兵や、旧植民地からの帰還者の受け入れ先として北海道が注目され、人口が急増した。戦後復興と高度経済成長期の初めは、北海道産の石炭が重宝され、多くの炭鉱労働者が北海道で暮らしたが、1960年代に石油へのエネルギー転換が起こり、1980年代までにほとんどの炭鉱が閉山された。これに伴い、不要になった鉄道が相次いで廃止され、市民生活の自動車化が推し進められた。道路網の整備が行われ、道央自動車道を初めとする高速道路が建設された。他の都府県は直轄国道(旧1級国道)以外の整備補修を自ら行うのに対し、北海道は全ての国道を国が管理した。
2001年(平成13年)の中央省庁再編により、北海道開発庁は統合され、国土交通省北海道局となった。それに伴い、北海道開発局は国土交通省の地方支分部局となった。
北海道内総生産の産業別構成比は、第1次産業が3.3%、第2次産業が22.4%、第3次産業が76.7%である(2000年度。この他に控除すべき数値があるため合計は100%を超える)。全国と比べて第1次産業、第3次産業の比率が高く、第2次産業、特に製造業の比率が小さい。
北海道の製造業は、太平洋側に面した大規模港湾のある、苫小牧市(苫小牧港)、室蘭市(室蘭港)、釧路市(釧路港)に発達している。苫小牧市は人口規模で札幌市の1/10未満だが製造品出荷額で札幌市を抜く。この3市の製造品出荷額は北海道全体の実に4割を占め、北海道経済の機関車としての役割がある。なお、道内最大の都市である札幌市は消費依存型の都市で、食品加工業以外目ぼしい製造業はない。
鉄道・バス・道路は以下の項を参照。
北海道の鉄道路線、北海道の乗合バス事業者、北海道地方の道路一覧、北海道の道道一覧| 空港 | 旅客合計 | 国内線 | 国際線 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 旅客数 | 定期便 | 旅客数 | 定期便 | |||
| 新千歳 | 1773万8000人 | 1711万0876人 (911万6627人) |
道内 | 稚内・利尻・女満別・ 釧路 |
62万7124人 | ユジノサハリンスク・ ソウル・釜山・北京・ 上海・大連・香港・ 台北・グアム |
| 道外 | 青森・花巻・秋田・ 仙台・山形・福島・ 羽田・成田・新潟・ 富山・小松・松本 中部・伊丹・関西・ 神戸・岡山・広島・ (出雲・徳島)・福岡 |
|||||
| 函館 | 209万4813人 | 194万2066人 (128万9554人) |
道内 | 旭川・釧路・丘珠・ 奥尻 |
15万2747人 | ユジノサハリンスク ソウル |
| 道外 | 羽田・中部・関西 | |||||
| 旭川 | 120万2693人 | 112万3426人 (88万8488人) |
道内 | 函館 | 7万9267人 | ソウル |
| 道外 | 羽田・中部・(伊丹)・ 関西 |
|||||
| 女満別 | 101万0459人 | 100万8020人 (50万5234人) |
道内 | 新千歳・丘珠 | 2439人 | - |
| 道外 | 羽田・中部・関西 | |||||
| 釧路 | 93万8353人 | 89万0397人 (57万7102人) |
道内 | 新千歳・丘珠・函館 | 4万7956人 | - |
| 道外 | 羽田・(中部・伊丹)・ (関西) |
|||||
| 帯広 | 66万7243人 | 61万2147人 (52万0026人) |
道外 | 羽田・名古屋・(関西) | 5万5096人 | - |
| 丘珠 | 37万5797人 | 37万5797人 | 道内 | 稚内・女満別・中標津・ 釧路・函館 |
0人 | - |
| 稚内 | 23万4981人 | 23万4981人 | 道内 | 新千歳・丘珠 | 0人 | - |
| 道外 | 羽田・(中部・関西) | |||||
| 中標津 | 22万3330人 | 22万3330人 | 道内 | 丘珠 | 0人 | - |
| 道外 | 羽田 | |||||
| 紋別 | 5万5754人 | 5万5754人 | 道外 | 羽田 | 0人 | - |
| 利尻 | 3万5662人 | 3万5662人 | 道内 | 新千歳 | 0人 | - |
| 奥尻 | 1万1786人 | 1万1786人 | 道内 | 函館 | 0人 | - |
| 礼文 | 487人 | 487人 | - | - | 0人 | - |
詳細は北海道の文化財一覧を参照。
2008年第34回主要国首脳会議が北海道洞爺湖畔での開催が安倍政権により打診され、高橋はるみ知事の判断により開催が決定している。2005年における北海道庁の試算では警備費だけで約30億、全体では約70〜80億円となっており、夕張市財政破綻問題を抱え、巨額の積算赤字に苦しんでいる財政難の中でさらに重たい負担が北海道にかかる見通しとなっている。