読み込み中...坂本乙女(さかもと おとめ、天保3年1月1日(1832年2月2日) - 1879年(明治12)8月31日)は、土佐藩士坂本龍馬の姉。土佐藩郷士坂本八平と幸の三女。薙刀がうまかったといわれる。また、剣術・馬術・弓術・水泳などの武芸や、琴・三味線・舞踊・謡曲・経書・和歌などの文芸にも長けた、文武両道の人物だったという。また、身長5尺8寸(約174cm)・体重30貫(約112kg)という当時としてはもちろん、現代的に見ても大変に大柄な女性であった。
1846年に母親・幸が亡くなった後は龍馬の母親代わりを務め、書道・和歌・剣術などを龍馬に教え、又、彼が当時患っていた夜尿症を治した事もあった。1856年、典医岡上樹庵と結婚して一男一女(赦太郎・菊栄)をもうけるが、家風の相違や夫の暴力・浮気などが原因で1867年に離婚し、実家に戻る。龍馬のよき理解者として、相談に乗ったり励ましたりしたと言う。しかし龍馬の妻おりょうとは不仲だったようで、龍馬暗殺後乙女の下に身を寄せたおりょうが程なく乙女の下を去り各地を放浪したといういきさつがある。
晩年は独と改名し、養子の坂本直寛(のち北海道北見市の開拓に従事)と共に暮らす。1879年、壊血病に罹り死去した。コレラ感染を恐れて野菜を食べなかったことが祟ったからといわれる。
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