読み込み中...日本教職員組合(にほんきょうしょくいんくみあい)は、日本の教員・学校職員による労働組合の連合体。略称は、日教組(にっきょうそ)。教員労働組合連合体としては日本最大である。日本労働組合総連合会加盟。
日本教職員組合は、日本の教職員組合の中では最も歴史が古く、規模も最大である文部科学省調査によれば、教職員組合加入者(教職員全体の半数弱)全体の中で日教組組合員の占める割合は約6割、新採用教職員の中で教職員組合に加入する者(新採用教職員全体の4分の1強)のうち日教組の占める割合は約8割である。。日本国憲法・教育基本法(改正前)の精神を基本に、民主主義教育の推進と教職員の大同団結を目指すとしている。
教職員の待遇改善・地位の向上、教職員定数の改善をはじめとする教育条件整備などを主な目的として活動を行っている。2007年の教育基本法改定、教員免許更新制導入に反対する運動など、教育課題に直接関係する活動の他、平和運動をはじめとする政治的な数多くの活動を行っており、入学式・卒業式などでの国旗掲揚や国歌斉唱の文部科学省指導に対しては、強制だとして批判的な立場を基本的に採っているしかし1995年から国旗掲揚や国歌斉唱の反対を棚上げし、文科省、自民党との対決路線から対話路線に方針転換している。これにより組織内は一部は混乱しているとも言われている(『報道特集』2007年7月1日TBS)。
かつては社会党・総評ブロックの有力単産であり、組織的に社会党を支持していた。現在では民主党を中心に社会民主党も支持している>現在、日教組の組織内国会議員9名のうち8名が民主党所属、残りが社民党所属である。が、岩手県、大分県など社会民主党を軸に支持するところ、広島県のように新社会党を支援するところもある(大分県の例については大分県教職員組合の項を参照)。地方によっては、自民党議員を支援していることもあり、革新・左翼の側からはもちろん、逆に保守派の一部からも、自民党が日教組に取り込まれることを警戒する批判が見られる。
国際連合経済社会理事会、国際連合教育科学文化機関、ILOなどのNGO諮問団体であるEducation International(EI)に加盟しているEI教育インターナショナルの概要(EIには米国の全米教職員組合など世界のほとんどの教職員組合がメンバーになっていてEducation、政府の操作から自由な教育を推奨している)。
「国立・公立・私立の幼稚園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、大学、高等専門学校、専修学校、各種学校などの教職員で構成する組合と、教育関連団体スタッフによる組合を単位組織とする連合体組織」と、自己規定している。現状では小学校、中学校、高等学校の教職員が、組合員の大半を占めている。
日教組の組織の形態は法人格のない社団であり、その事に起因する活動範囲及び権利能力並びに財産管理等(団体名義による契約締結及び口座開設並びに登記などができない事)の問題を改善するために法人格取得への動きがあるが、その実現は現在もなお難航している。
かつては日本の学校教育に大きな影響力を持ち、文部省(現在の文部科学省)が教育行政によるトップダウン方式で均質かつ地域格差のない教育を指向するのに対し、現場の教員がボトムアップ方式で築く柔軟で人間的な教育を唱え、激しく対立した。その後、1995年(平成7年)に日本教職員組合は文部省(当時)との協調路線(歴史的和解)へと方針転換を表明している。
組織内候補として日本民主教育政治連盟(日政連)に所属する議員を推薦して、国会に送り込んでおり、連合に所属する産別の中では、政治的影響力は大きなものがある。国会議員では衆議院に横路孝弘や鉢呂吉雄、参議院には輿石東、那谷屋正義、神本美恵子らがいる。
本部組織
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地方組織
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都道府県で組織率に格差があり、山梨県、静岡県、愛知県、新潟県、福井県、三重県、兵庫県、大分県などで比較的高い組織率を保つ一方、和歌山県、愛媛県など、ほぼゼロのところ、栃木県、京都府のように、100人前後を組織するにとどまるところもある。また、2007年10月1日現在の新採用教職員の加入者数は5,560人(約21.7%、前年比0.2ポイント減)。
厚生労働省による「労働組合基礎調査」によれば、私立学校教員や大学教員、教員以外の学校職員を含んだ組織人員は2007年(平成19年)6月30日現在、約29万6000人。
正式な組合歌は「日本教職員組合歌」だが、2007年現在、集会などでよく歌われているのは、日教組が公募して「君が代」に代わる国歌として1951年に選ばれた「緑の山河」である。
1945年12月、連合国軍最高司令官総司令部(SCAP)は民主化の一環として教員組合の結成を指令した。既に11月には京都や徳島で教職員組合が結成されていた。12月には全日本教員組合(全教。翌年より「全日本教員組合協議会」)が、また、翌年、教員組合全国同盟(教全連)が結成された。これら2つの組織に大学専門学校教職員組合協議会を加えて、組織を一本化する機運が生まれ、1947年(昭和22年)6月8日に奈良県橿原市で日本教職員組合の結成大会が開かれた。大会では、日教組の地位確立と教育の民主化、民主主義教育の推進を目指すと定めた3つの綱領を採択し、六三制完全実施・教育復興に向けての取り組みを開始するとした。
1950年6月、朝鮮戦争が勃発し、マッカーサーは国家警察予備隊の創設を指令、再軍備に道を開き、日本を“反共の砦”と位置づけた。一方で、日本政府は独立を前にして、「日の丸」「君が代」「道徳教育」復活など、一部から戦前への逆コースといわれる教育政策を志向し始めた。再軍備や戦後教育を見直す動きの中で、日教組は、1951年1月に開いた中央委員会でスローガン「教え子を再び戦場に送るな、青年よ再び銃を取るな」を採択し、戦後教育に関する運動を開始した。また、1951年11月10日、栃木県日光市で第1回全国教育研究大会(教育研究全国集会=全国教研の前身)を開き、毎年1回の教育研究集会を開催、現在に至っている。
その後も、「教師の倫理綱領」を定めて新しい教員の姿を模索する一方、文部大臣(現在の文部科学大臣)と団体交渉を行ってきた。
教育の国家統制や能力主義教育政策に反対する立場を取り、1956年(昭和31年)における教育委員会が住民による公選制から首長による任命制に移行することへの反対、1958年(昭和33年)における教員の勤務評定を実施することへの反対、1961年(昭和36年)における日本の全国統一学力テスト実施への反対、1965年(昭和40年)における歴史教科書問題をめぐった裁判(家永教科書裁判)運動の展開などを行った。
また、同じく教育の国家統制に反対する立場から1950年(昭和25年)以降、国旗掲揚と国歌斉唱の強制に対して反対し続けている。
国政においては、日教組の政治組織である日本民主教育政治連盟は、1956年の総選挙で日本社会党などから推薦候補20人(うち、日教組組織内候補13人)を当選させ、1956年の参院選では10人を当選させた。一方、政府・与党側では、第5次吉田内閣の大達茂雄文部大臣(自由党)が「日教組征伐」を叫び、1954年5月14日には教員の政治的中立を定めた教育二法を成立させた。また日本民主党も、1955年8月13日に刊行した小冊子『うれうべき教科書の問題』の中で日教組批判を展開した。1960年には自由民主党が「教職員の日教組脱退促進に関する対策」を全国に展開し、集団脱退をさせる目標地域の設定、教組先鋭分子対策、脱退教職員の後援組織の設置、資金網の確立など細かな指示を行った山崎政人『自民党と教育政策』岩波新書、1986年、91頁。。これにより岐阜県などは1万人の組合員の8割が脱退したと言われている山崎政人『自民党と教育政策』岩波新書、1986年、91頁。。こうした対応の背景には思想的対立に加え、社会主義政党を支援する組織に打撃を与えようとする選挙対策としての側面もあった。
1991年(平成3年)に、日本教職員組合を構成していた多くの組合員や一部の単位労働組合(単組)が脱退し、全日本教職員組合(全教)を結成した(詳しくは、#離脱・独立を参照)。
1994年(平成6年)には、日本社会党の路線変更に伴い、それまで社会党を支持していた日本教職員組合も方針を変更し、文部省(現在の文部科学省)と協調路線をとることに決定し、文部省と和解した。2002年度(平成14年度)から翌年度にかけて施行された文部省告示の学習指導要領では、日本教職員組合がこれまでに取り組んできた「自主的なカリキュラムの編成」運動における「総合学習」の考え方に近いとも考えられる「総合的な学習の時間」が新設された。
時代の変化とともに対立から協調へと変化しており、特に20世紀末から21世紀始めにかけては、日本教職員組合と文部科学省との長期の対立に終止符が打たれたのではないかという捉え方もされているhttp://db.jil.go.jp/cgi-bin/jnk01?smode=dtldsp&detail=S19970609008。
日教組は組合員の多くが小学校や中学校の教職員であることから、小・中学校重視の活動を続けてきた。これに不満を持っていた高等学校組合員も多く、文部省の打ち出した高校教員優遇政策に乗り、多くの高等学校の組合が日教組を離脱。これは当時の高等学校教職員組合のほぼ半数に当たる。1950年(昭和25年)4月8日に全日本高等学校教職員組合(略称は全高教、現在の日本高等学校教職員組合)を組織する。
日本教職員組合から離脱した単位労働組合は、青森県・埼玉県・東京都・岐阜県・奈良県・和歌山県・島根県・山口県・香川県・愛媛県・高知県の教職員組合の11組合である。京都府・大阪府・兵庫県の教職員組合は組合が分裂した。これらの県以外を対象区域としている組合については、各都府県の教職員組合から離脱したことになっている。
日教組は、反主流派の離脱を「日本共産党の分裂策動」として強く非難、脱退単組のうち、義務制にあってはすべての都府県、高校教組にあっては約半数の府県で、日教組方針を支持する組合員による新組織を旗揚げさせたhttp://db.jil.go.jp/cgi-bin/jnk01?smode=dtldsp&detail=S19891218013http://db.jil.go.jp/cgi-bin/jnk01?smode=dtldsp&detail=S19900305010。
反主流派が全教を結成して日教組を離脱するのと相前後して、大学部も日教組大会をボイコット、新たに全国大学高専教職員組合(全大教)を結成し、日教組から事実上独立した。日教組は1990年(平成2年)から翌年にかけて各大学教職員組合の脱退を相次いで承認した。あわせて日教組は日教組方針を支持する大学教職員を組織して日本国公立大学高専教職員組合(日大教)を新たに発足させた。しかし日大教の組織拡大は一部の大学、附属校を除き前進せず、日大教の組織拡大は事実上停止している。現在の日教組と全大教は、全大教の大会や教研集会に日教組が来賓あいさつをしたり、給与問題での日教組、日高教と全大教との共同行動が行われるなどの関係となっている。
連合結成に伴う教組運動の分岐は全教や全大教の結成にとどまらなかった。東京教育労働者組合(アイム'89)1989年、西多摩地区教職員組合として発足、千葉教育合同労組、大阪教育合同労組など、全労協に加盟する小規模の教職員組合もいくつかの地域で結成された。
日教組の活動をめぐっては、教育のあり方や教育行政のあり方を巡って、しばしば議論の対象となってきた。以下、そのような話題となった活動や関連する事件を列挙する。
日教組は教育行政に関する文部省・教育委員会の決定の多くに反対してきたが、その手段としてストライキを用いることがあった。近年では、1998年(平成10年)7月10日の東京都教育委員会による管理運営規則改正に反対した都高等学校教職員組合(都高教)と都公立学校教職員組合(東京教組)による時限ストや、2001年(平成13年)3月21日の北海道教職員組合(北教組)による、1971年(昭和46年)に北海道教育委員会と北教組が結んだ労使協定(46協定)の一部削除に反対する時限ストや、2008年(平成20年)1月30日の北教組による、査定昇給制度導入に反対する時限ストがある。
地方公務員である教職員は、地方公務員法第37条でいかなる争議行為も禁止されている。しかし、教職員の争議行為を一律に禁止すること自体が、憲法第28条に違反するとする反論もある。
日教組の政治色の強い活動に対しては批判や指摘がなされており毎日新聞2006年12月17日付記事より、特に山梨県教職員組合(略称:山教組)が、民主党の輿石東参院幹事長(当時)の2004年夏に行われた参議院議員選挙に向けて、校長、教頭を含む小中学校教職員らから組織的に選挙資金を集めていたことを産経新聞が報道した。
産経新聞が入手した山教組の指令文書からは、資金集めが山教組の九つの地域支部や傘下の校長組合、教頭組合を通じ、「カンパ」や「選挙闘争資金」の名目で半強制的に実施されている実態が明らかにされた。同紙によれば、複数の教員が「資金は輿石東への政治献金として裏口座でプールされた」と証言している。教員組合による選挙資金集めは、教員の政治活動などを禁じた教育基本法に違反する疑いが濃いほか、献金には領収書も発行されておらず、政治資金規正法(不記載、虚偽記載)に抵触する可能性も指摘されている。山梨県教育委員会は、山教組委員長や校長ら19人を処分したが、文部科学省は再調査を求めた。
また国会でもこの問題が取りあげられ、「法令が禁じた学校での政治活動だ」との追究がなされた。その後、山教組幹部ら2人が政治資金規正法違反で罰金30万円の略式命令を受け、県教育委員会も改めて24人に対し、停職などの行政処分を下した。山教組幹部らは「基本法改正を前に狙い撃ちされた」と批判するが、こうした山教組の姿勢には批判も起きている。全国で日教組の組織率が低下している中、山梨県では依然として100%近い組織率を維持している毎日新聞2006年12月17日付記事より。
1996年(平成8年)頃から教育現場において、当時の文部省の指導で日章旗(日の丸)の掲揚と同時に『君が代』の斉唱の通達が強化された。日教組などの反対派は憲法が保障する思想・良心の自由に反するとして、国旗の掲揚、「君が代」斉唱は行わないと主張した。1999年(平成11年)には広島県立世羅高等学校で卒業式当日に校長が自殺し、君が代斉唱や日章旗掲揚の文部省通達を理由として実施を迫る教育委員会とそれに反対する教職員との板挟みになっていたことが原因ではないかと言われた。これを一つのきっかけとして『国旗及び国歌に関する法律』が成立した。同法により国旗・国歌の強制はしないと政府は国会で答弁しているが、文部科学省は同法を根拠に教育現場を「指導」しており、国歌斉唱・国旗掲揚を推進する側との対立は続いている。
日教組傘下では、一部の単組で国旗・国歌の掲揚・斉唱の強制に反対する運動が存在しており、こうした活動を保守派ジャーナリズムがしばしば取り上げるほか、個人の立場で国旗・国歌問題で反対運動に加わる教員について、「日教組の活動」として語られることがある。一方、多くの地域では、日教組加盟組織がそれらの課題に取り組もうとせず、事実上黙認状態であることに対して、反対を貫けと主張する陣営から強い批判を受けている。
日教組は、前述の通り、教育現場での国旗掲揚・国歌斉唱の文部科学省の指導に対して強制だとして強硬に反対してきたが、そのような教育行政と現場の板挟みの立場の校長や関係者に、それが原因と見られる自殺が起こった。2003年(平成15年)3月に広島県尾道市で、同県が進めていた民間登用制により着任した元銀行員の小学校校長が自殺するという事件が起こった。
自殺の原因としては職場環境の違いによるストレスや就労時間の多さなどが考えられたが、「現場教員による『突き上げ』」を原因とする主張も、県内保守派を中心としてあった。さらに、広島県は、文部科学省が行った「是正指導」までは広島県教職員組合(広教組)と広島県高等学校教職員組合(広高教組)と部落解放同盟とを中心に、「解放教育運動」の盛んな地域であった。それは文部科学省の「国旗・国歌強制政策」への反対運動にも結びついていた。この運動についてはそれに反発する保守派を中心に「教育現場では校長に対する『突き上げ』となっており、それはいじめにも等しい」と主張された。広島県では1970年(昭和45年)から現在まで12人以上の校長・教育関係者が自殺しており、これらの一部は「解放教育運動の影響は少なからず存在する」とする発言もあった(宮沢喜一の国会発言など)。なお、同事件が発生した後、ネット上の一部で広教組が「殺人集団」と誹謗されたり、広教組本部が入っているビルの玄関に銃が撃ち込まれる事件が起きたりもした。
同様の事件は三重県でも昭和33年の四日市市教育委員会委員長や1999年(平成11年)の県立松阪商業高校校長の自殺などで見られ、どちらの場合も「三重県教職員組合(三教組)の圧力があった」として非難する声があった。ちなみに、三教組の組織率は日教組に加盟している全教組の中で最も高い約95%である。
文部省(文部科学省)・教育委員会と日教組の対立が、教育現場ではこのように管理職と教職員の対立という形で顕在化するのは良く見られるもので、マスコミの報道などもこういった対立の構図を描くことが多い。しかし、「このような見方こそが紋切り型であり、教育問題の本質を的確に反映していない」とする批判もある。例えば、先の尾道市の民間人校長の自殺事件に関しては、校長としての研修期間がわずか2日しかなかったこと、その後も、学校において広教組と対立し孤立しがちで悩んでいた校長に対し、十分なサポートを行わず、教育現場を民間人校長に丸投げした教育委員会の姿勢は、現場教職員の閉鎖性とともに疑問が投げかけられた。そこから、保護者や地域住民、そして、何より子どもたちに与える衝撃を想像せず、地道な対話の努力を怠った教育委員会と教職員(組合)の責任は、ともに大きいという声も存在する。
2006年(平成18年)、政府与党は、「国を愛する心」や「日本の伝統尊重」を盛り込んだ教育基本法改正案を国会に提出した。日教組はこの法案に強く反対し、国会に教育基本法調査会を設けて慎重審議を求める署名運動を展開、200万筆を集めた。また、労働組合・市民団体と共に「教育基本法改悪ストップ!全国集会」とデモを繰り返し開催し、国会前での座り込みなどを行った。また、一部の組合員は、国会前での「ヒューマン・チェーン(人間の鎖)」その他の集会に参加した。この集会には全国の多数の組合員が参加したが、授業のある平日に行われていたため批判もあった。この点について日教組は、「集会に参加した組合員は年休を取り、他の教員に補講等を頼んでいる」と説明している。
「ゆとり教育」については、日教組と違った思惑の推進派も存在する。三浦朱門を参照。
現場教員のほとんどが加入している組織率の高い都道府県では、組合役員を経験することが、管理職や教育委員会への登用など、出世のための定番コースとなるという、民間企業労組の労使協調路線に類似した人事が行われている事例も存在する。このような地域では、組合役員が当局とのトラブルを怖れ、組合員の不満を率先して抑圧し、有効なチェック機能を果たさない、単なる御用組合に堕しているという批判もなされている。
また、日本教職員組合の思想や方針をめぐっては意見の内部統一がとれずに組合の一部が分離・独立したことが何回かあり、そのようにして作られた日教組とは別の教職員組合その中で最大組織である全日本教職員組合は、連合に加盟した日教組を「右転落」し、「教え子を再び戦場に送る」組織に変質した、と批判している。もいくつか存在する。(後述)こうした政治的立場から、自由民主党あきれた教育現場の実態 自由民主党サイトや民主党に所属する保守政治家や保守派の言論人などから、しばしば「左翼的」と批判される思想性の強い団体であり、このような思想を嫌う人々の間では「今日の教育荒廃の元凶」、「教育改革の抵抗勢力」「日教組は日本の教育の癌」とする意見がある。東京都杉並区の山田宏区長は、「自分達の権利だけを主張している日教組は、すでに保護者から見放されており、そのような態度を改めない限り、組織率低下もこのまま続いていくであろう他の教職員組合でも組織率は低下している。http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/12/07122011/001.htm、日本の教育が悪化した原因は日教組にある」と、日教組を批判している2007年7月1日TBS『報道特集』より。
2005年、当時の外務大臣であった町村信孝(125代の文部大臣であり、初代の文部科学大臣でもあった)もNHK内の番組において、日本の教育がなぜ近現代史を詳しく取り扱わないのかという疑問に対し、戦後の教職員組合がマルクス・レーニン主義的な教え方をしたがるため、文部省が衝突を避けるために近現代史はあまり取り扱わないようにしたのだ、と語っている2005年8月15日NHK「日本のこれから」。
2008年9月には、就任したばかりの国土交通大臣、中山成彬(第5・6代の文部科学大臣)が、「日教組は日本のガン」「解体しなければいけない」などの批判を行った(例えば、大分県教育委員会汚職事件の直後であったからか、大分県が組織率が高い県であることとを結びつけて、勉強しない先生の子供でも教師になれるなどとも批判した)ことから、日教組や野党だけでなくマスコミ2008年29日05:09産経新聞 【主張】中山国交相辞任 信頼失う言動くり返すな。や、政府与党側からも閣僚として不適切な発言を批判2008年9月28日22時54分 読売新聞 「水差された」自民議員怒り…中山国交相は辞任後も持論「発言として、はなはだ不適切。閣僚になられたら、されない種類の発言だ」と麻生太郎内閣総理大臣は述べた。http://www.asahi.com/politics/update/0928/TKY200809280041.htmlされ、国土交通大臣を辞任する結果となった保守系雑誌の正論2008年9月号では日教組にメスを入れろとの、日教組に対する批判もある。その中で大分県は日教組の影響が強い県としている。中山は他の不適切発言に関しては訂正や謝罪をしたが日教組批判については事実であり、撤回するつもりはないと語った共同通信2008年9月27日。大阪府知事の橋下徹は中山の一連の日教組批判発言に対し「本質を突いている」と支持の立場をとり日教組批判をした「民主政権なら日本は大阪化」=中山前国交相。 JNNの世論調査によればこの発言に関する国民の反応はほぼ半分に割れ、賛否両論となった2008年9月27日,28日JNN世論調査:。
日教組が反教育基本法改正運動に対して約3億円の資金を投入したことや授業のある平日に年休をとって国会や議員会館の前でおこなったデモや抗議活動について、「高い給料をもらいながら政治活動していいのか」(中川昭一)、「民間企業で働く多くの社会人は常識が邪魔してできないでしょうね」(清谷信一)などの批判がある「センセイ方は教育より政治がお好き」日教組、教基法改正阻止に3億円投入。 また、教職員団体である全日本教職員連盟は「国会の後ろで座り込みをやったりデモをやったりするのは、本来の教師の姿ではない」と批判している全日本教職員連盟前委員長・三好祐司のコメント。『報道特集』(2007年7月1日TBS)。 これに対して日教組側は、「教育現場への不当な介入に反対しているだけ」などと反論している日教組公式ウェブサイトより。
特定の単組が独立していない限り、小・中学校の教員の他、障害児担当教員、養護教員、実習教員、現業職員、事務職員、栄養職員、臨時採用の教職員が加盟している。基本的には市町村立の小中学校の教職員が加盟しており、一部の県教組では、高校教員など、義務制以外の教員を組織する部門を、内部の構成組織としている。
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特定の単組が独立していない限り、高等学校の教員の他、特別支援学校教員、養護教員、実習教員、現業職員、事務職員、臨時採用の教職員が加盟している。基本的には都道府県立の高等学校や特別支援学校の教職員が加盟。
高等学校
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