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自民党

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

自由民主党(じゆうみんしゅとう、略称:自民党自民Liberal Democratic Party"LDP")は、日本政党

2008年10月1日現在、麻生太郎内閣与党であり、衆議院では第1会派参議院では民主党に次ぐ第2会派を形成している。

概要

1955年自由党日本民主党が合併して成立。戦前二大政党の一つである立憲政友会の流れを汲み、戦後の一時期を除いて結党以来ほぼ一貫して議会で多数を占め、与党の立場にある対米追従型の親米保守政党である。

結成直前の1954年から1964年まで、アメリカ合衆国(米国)政府の反共政策に基づいてアメリカ中央情報局(CIA)の支援を受けていたアメリカ合衆国国務省発行『米国の外交』第29巻第2部 2006年7月18日(Foreign春名幹男『秘密のファイル(下) CIAの対日工作』 共同通信社 2000年3月

鳩山由紀夫らによる民主党小沢一郎による自由党の登場後は、「自由民主党」の正式名を使うと混同される恐れがあるため、「自民党」または「自民」の略称を使う頻度が増えている。機関紙も、それまでの『自由新報』から『自由民主』に改題した。

政治学者北岡伸一の著書『自民党 政権党の38年』読売新聞社 (1995年11月)によると、政党発足当初は吉田派・反吉田派、党人派・官僚派、戦前派・戦後派など複雑な対立要素が絡んでいたため、“保守合同”の立役者となった三木武吉は「10年も一党体制を維持できればマシな方だろう」という程度の認識だったという。

かつては、地方の建設業界(ゼネコン)に対して一定の公共事業を発注するなど特定利権があるものの富の再分配政策(リベラル)を行い、地方の経済を回していくことを重視し、「一億総中流」を唱えるなど平等を重視する経済左派の「保守本流派」が主流で農山漁村小都市など地方を基盤にしており、新住民層が多い大都市やそのベッドタウンでは日本社会党(社会党)や日本共産党(共産党)と票の奪い合いが続いていた。

平成期に入ると経済不況でそれらの諸政策も行き詰まり国と地方も莫大な財政赤字を抱えるようになって建設族の「保守本流派」は人材を野党に流失(最近では郵政民営化問題で大量離党)して影響力を失い始めた。

近年の自民党(1990年代後半以降、特に小泉政権以後)は、東京大都市圏を中心とする大銀行・大企業・外資系企業の利益を重視する金融族のネオコン新自由主義派が圧倒的に主流となっているとされる。また、旧来の地方の組織的動員よりも、東京のマスメディアを利用した大都市圏における候補者個人の大衆的人気に依存している面が大きくなってきている。

2000年代になると自民党は、2005年衆議院の小泉郵政改革選挙でこそ大勝したものの、2007年には小泉三位一体地方改革に反発する地方組織の自民党離れから参議院選挙では民主党に大敗した。固い支持組織が無くなってしまって、公明党とその支持母体である宗教法人創価学会の選挙協力による組織的動員なしには、選挙戦を戦えない不安定な状態になっていると指摘されている。

また最近では、世界的資源争奪の勃発や2008年米国発のサブプライムローン世界金融危機が生じて、アメリカだけに世界経済を頼ることの危険性が顕在化してきている。これまで戦後60年は自由民主党の施策理念は一貫してアメリカ追従型だったと言えるが、少子化に向かう今後の日本を自由民主党が政権政党としてリードして行けるかどうかの正念場を迎えている。

「太陽を仰ぐ二人の子ども」を広報宣伝用のシンボルマークに用いているが、正式な党章は地に白線で「14枚花弁菊紋の中央に「自民」のモノグラム」が入るものである。

略史

11月15日 保守合同により結成。初代総裁は鳩山一郎
当時より1964年まで、アメリカ中央情報局より「共産主義の影響を排除する為の、プロパガンダ的秘密支援計画」の一環として資金援助を受けるアメリカ合衆国国務省発行『米国の外交』第29巻第2部 2006年7月18日(Foreign春名幹男『秘密のファイル(下) CIAの対日工作』 共同通信社 2000年3月C.I.A. New York Times, October 9, 1994(英語)左派弱体化狙い、秘密資金提供〜CIAが50年前、日本の保革両勢力に U.S. FrontLine, 2006年07月19日自民にCIA資金 しんぶん赤旗 2006年7月20日
6月25日 河野洋平ら6名離党した6名のうち後に自民党に復党したのは・西岡武夫(1980年)、河野洋平(1986年)、山口敏夫(同)。新自クを離党したのは小林正巳(1980年)と、参議院議員の有田一寿(1979年8月)が離党、新自由クラブ結成(1986年8月15日解党)。
12月5日 第34回衆議院議員総選挙で大敗、初めて公認候補の当選者数が衆議院での過半数を割る(実際には保守系無所属議員の追加公認で過半数を確保)
10月7日 第35回衆議院議員総選挙で再び公認候補の当選者数が衆議院での過半数を割り(前回同様、保守系無所属議員の追加公認で過半数を確保)、四十日抗争へ。
6月12日 ハプニング解散以来の政争の中、大平正芳・総裁(首相)急死、6月22日衆参同日選挙では自民党大勝。
12月18日 第37回衆議院議員総選挙で再び公認候補の当選者数が衆議院での過半数を割る(これまで同様、保守系無所属議員の追加公認で過半数を確保)。同月27日、新自由クラブ連立政権第2次中曽根康弘内閣)。
9月19日 自由民主党本部放火襲撃事件。本部ビルの一部が焼失。
7月23日 第15回参議院議員通常選挙日本社会党に大敗、初めて追加公認を合わせても参議院での過半数を失う。
この年、党員数がピーク(547万人)。
6月21日 武村正義ら衆議院議員10人離党した10名のうち後に自民党に復党したのは、三原朝彦(1996年に落選、翌年自民復党、2003年当選)、渡海紀三朗(1998年)、園田博之(1998年離党、1999年自民復党)、岩屋毅(1993年落選、新進党を経て2000年自民復党、当選)、さきがけを離党したのは佐藤謙一郎(1995年離党、1996年民主党結成に参加)が離党、新党さきがけ結成(2002年1月16日解党)。
6月23日 羽田派44名が集団離党離党した44名のうち後に自民党に復党した衆議院議員は、高橋一郎(1996年)、井奥貞雄(1996年)、杉山憲夫(1996年)、北村直人(1997年)、愛知和男(1997年)、船田元(1997年)、増田敏男(1997年)、仲村正治(1997年)、村井仁(1998年)、左藤恵(1998年)、古賀正浩(1998年)、山本幸三(1990年は自民公認で落選、1993年新生公認で当選、1998年自民復党)、松田岩夫(2000年)、魚住汎英(1993年落選、2000年参院議員当選、2001年自民復党)、星野行男(1996年落選、2002年自民復党)、井上喜一(2003年)、二階俊博(2003年)。参議院議員は、河本英典(1996年)、泉信也(2003年)。なお、同時期には鳩山邦夫(2000年自民復党)、山口敏夫も離党している。新生党結成(1994年12月10日、新進党へ合流)、結党以来初めての大規模離党。
7月18日 第40回衆議院議員総選挙で公示前議席の維持に留まり、初めて追加公認を合わせても衆議院の単独過半数を失う。
7月28日 加藤グループ3名離党(最終的に同グループ6名離党した6名のうち後に自民党に復党した衆議院議員は、吹田愰(1996年山口県知事選に落選、2000年自民復党、衆院選落選)が新生党へ合流)。その後、自民党議員の離党1993年12月、衆議院議員の西岡武夫石破茂笹川尭大石正光ら4名、1994年1月、参議院議員の木暮山人、星野朋市、石井一二ら3名、1994年2月、参議院議員の野末陳平、1994年4月、衆議院議員の小坂憲次、参議院議員の扇千景ら2名が離党。このうち自民党に復党したのは、石破(1997年)、笹川(1997年)、小坂(1998年)、扇(2003年)。が五月雨式に相次ぐ。
8月9日 非自民・非共産連立政権細川護煕内閣が発足し、結党以来初めて野党となる。
4月15日 鹿野道彦清和会代議士5名が離党離党した5名のうち後に自民党に復党した衆議院議員は、坂本剛二(1998年)、佐藤敬夫(2003年落選し、2005年自民復党、同年落選)。新党みらい結成(1994年12月10日、新進党へ合流)
4月21日 柿沢弘治ら自民党離党議員6名離党した6名のうち後に自民党に復党した衆議院議員は、柿沢弘治(1995年)、太田誠一(1995年)、佐藤静雄(1995年)、新井将敬(1997年)、米田建三(1997年)、山本拓(2000年)ら全員である。と無所属の高市早苗を加えて自由党結成(1994年12月10日、柿沢・佐藤静雄を除き新進党へ合流)
6月30日 日本社会党新党さきがけと連立政権(村山富市内閣)に復帰。
7月15日 海部俊樹津島雄二ら自社さ連立政権に反発した自民党離党議員6名離党した6名のうち後に自民党に復党した衆議院議員は、津島雄二(1995年)、保岡興治(1995年)、今津寛(1996年)、野田毅(2002年)、海部俊樹(2003年)。により高志会結成(1994年12月10日、津島を除き新進党へ合流)
1月11日 約2年半ぶりに自民党出身の内閣総理大臣第1次橋本龍太郎内閣)。
9月5日 野党議員の一本釣り工作により、1993年以来4年2か月ぶり衆議院の単独過半数を回復ちなみに単独過半数を回復した241人目は、北村直人である。
1月14日 自由党と連立政権(小渕恵三内閣)。
10月5日 公明党と連立政権(小渕恵三内閣)。
郵政国会から郵政解散に至る中、執行部は衆議院で郵政民営化法案に反対した37人を公認候補とせず。
8月17日 綿貫民輔ら5名で国民新党結成。
8月21日 荒井広幸ら4名で田中康夫を党首に新党日本結成(2007年7月、荒井ら元自民党議員は相次ぎ離党)。
9月11日 第44回衆議院議員総選挙で296獲得議席、61.6%の議席占有率は結党以来最高。自公連立与党は327議席(議席占有率68.125%)を獲得し、55年体制以後初めて衆議院で圧倒的多数(320議席/議席占有率66.667%以上)を確保。
11月22日 立党50周年。記念党大会で「新憲法草案」を正式発表。
12月4日 郵政国会造反議員11名が復党。
7月29日 第21回参議院議員通常選挙で野党第1党である民主党に大敗。結党以来初めて参議院で第1党から転落。

政策

組織

本部

国会議事堂の北西すぐに党本部がある。財団法人自由民主会館が所有する9階建てのビルで、「自由民主会館」という。

その土地は国有地を借りたものである。延べ床面積は約1万5600平方メートルで大規模な本部ビルもっともかつて”世界一裕福な政党”といわれた中国国民党本部(野党転落を期に現在は売却)やフランス共産党本部(世界的建築家オスカー・ニーマイヤー設計)など、大規模な党本部施設をもつ政党は少なくない。ではあるが、約1万6000平方メートルある日本共産党本部の方が大きく、日本最大ではない共産党の新本部ビル完成

執行部役員表

麻生内閣:2008年(平成20年)9月24日発足後、2008年(平成20年)8月28日時点自由民主党自由民主党

総裁
総裁 麻生太郎 無派閥
幹事長 細田博之 麻生派 幹事長代理
人事局長 浅野勝人麻生派 経理局長 宮路和明町村派 情報調査局長 田野瀬良太郎 町村派
組織本部
組織本部長 坂本剛二町村派
団体総局長 二田孝治古賀派
関係団体委員長 法務・自治 河野太郎麻生派 財政・金融・証券 江崎洋一郎二階派 教育・文化・スポーツ 松野博一森派
社会教育・宗教 北村誠吾古賀派 厚生 大村秀章津島派 環境 川口順子無派閥
労働 岩永峯一古賀派 農林水産 今津寛森派 商工・中小企業 今井 宏津島派
運輸・交通 櫻田義孝津島派 情報・通信 土屋品子 国土・建設 遠藤利明山崎派
安全保障 木村太郎 生活安全 岡田広 NPO・NGO 水野賢一
局長 組織局 金子恭之山崎派 女性局 有村治子高村派 青年局 井上信治麻生派
労政局 遊説局 愛知治郎無派閥
広報本部
広報本部長
局長 広報局 報道局 松野博一町村派 文化・スポーツ局 遠藤利明山崎派
出版局 後藤田正純無派閥 新聞局 田村憲久津島派 マルチメディア局 河野太郎麻生派
写真・映像局 田村耕太郎津島派
政務調査会
政務調査会長 保利耕輔無派閥
部会長 内閣部会 国防部会 総務部会 森山裕
法務部会 桜井郁三 外交部会 松浪健四郎 財務金融部会 吉田六左エ門
文部科学部会 馳浩 厚生労働部会 後藤茂之 農林部会 宮腰光寛
水産部会 経済産業部会 桜田義孝 国土交通部会 福井照
環境部会 西川京子
総務会
総務会長 笹川堯津島派
選挙対策委員会
選挙対策委員長 古賀誠古賀派
自由民主党国会対策委員会
国会対策委員長 大島理森高村派
他役員
人事委員長仲村正治津島派
衆議院議員総会長島村宜伸無派閥
党紀委員長仲村正治津島派
政治倫理審査会長臼井日出男高村派
中央政治大学院長小野晋也町村派
国家戦略本部長麻生太郎無派閥
行政改革推進本部長中馬弘毅麻生派
党改革実行本部長武部勤山崎派
北朝鮮による拉致問題対策本部長
新憲法制定推進本部長麻生太郎無派閥
両院議員総会長谷川秀善森派
参議院自由民主党
参議院議員総会長 尾辻秀久津島派
幹事長 山崎正昭町村派
政策審議会長 吉村剛太郎津島派
国会対策委員長 鈴木政二町村派
# 役員会参加者。

# 総裁は派閥を正式に退会、党四役は形式的に派閥を離脱。

歴代の執行部役員表

自由民主党の政権ポスト

2008年9月29日麻生太郎内閣

派閥

自由民主党の派閥を参照。

以下は現状の派閥構成人数。

町村派津島派 古賀派山崎派伊吹派高村派二階派麻生派無派閥
衆議院61463832191412131357305
参議院2117836232※21983
82636235251615151576388

支持組織

党友団体

政治資金団体

友好団体

自由民主党の友好団体を参照。

事実上の支援団体

大樹全国会議
全国特定郵便局長会(全特)とそのOBで作る政治団体である大樹かつては会員11万人超と自民党最大の支持母体であったが、郵政解散後に大量脱会が相次ぎ現在は数千人規模となっている。大多数は、同組織内議員である長谷川憲正参議院議員(国民新党)が立ち上げた政治団体である大樹全国会議に移った(これとは別に、国民新党自体も職域支部「憲友会」を作っている)。もっとも、政権与党との関係を重視する観点から、大樹全国会議も自民党との関係作りに腐心している状況である。
全国貸金業政治連盟
全国貸金業協会の政治団体。与党を中心に政治献金・パーティー券購入などを行っている
全日本遊技事業協同組合連合会(全日遊連)および日本遊技関連事業協会(日遊協)
自民党遊技業振興議員連盟(自民党パチンコ議連)に所属する35名の議員を通じて、パチンコ業界と関係を築いている。また、25名の議員がパチンコ・チェーンストア協会の政治分野アドバイザーを務めるパチンコ・チェーンストア協会には民主党議員も多数参加しており、また民主党娯楽産業健全育成研究会を中心にパチンコ業界を保護する動きをする等、民主党もパチンコ業界との繋がりがある。
カテゴリー||団体
財界団体日本経済団体連合会(日本経団連)・日本商工会議所(日商)・経済同友会
有力企業・経営者は基本的に自民党支援である。「経済同友会」と、日本経団連の前身の一つである「日本経営者団体連盟」(日経連)は、かつて保守合同を強力に促したことでも知られる。ただし、1993年の非自民による細川政権成立後は、「日本経団連」は公式には必ずしも自民支持ではなかった。しかし、2005年第44回衆議院議員総選挙では、奥田碩会長は自民党単独支持を表明した(より正確には、奥田個人の発言という形を取り経団連としての支持表明ではなかったが、事実上そのように報道された。実際に、奥田会長のトヨタ自動車を始めとして、経団連の主要な企業の多くが自民党を支援した)。
近年は、郵政民営化日本道路公団民営化やホワイトカラーエグゼンプションなど経団連が支持する新自由主義経済政策が積極的に導入・議論されるなど、自民党と経団連の協力関係は一層に強化されており、高齢化等が進んで組織力を低下させている支持団体は自民党によって切り捨てられているとされる。
業界団体
宗教団体創価学会(連立相手の公明党の支持母体)
1999年以降公明党が連立政権に参画し、公明党の支持母体である創価学会と衆院小選挙区・参院比例区を中心に選挙協力が進められている。
政治思想系日本会議
結成当時より党是は改憲であり、「GHQによる押しつけ憲法の廃止―自主憲法の制定」を唱え、また党綱領にもその旨定めている(→押し付け憲法論)。

一般支持者

前述されたように自民党は財界や保守層からの支持が根強いが、ベストセラーになった新書『下流社会』等では自民党の政策による恩恵と無縁な下流階層にも、自民党の支持者が多いと指摘されている。特に小泉純一郎政権はワンフレーズポリティクスと呼ばれるマスコミ報道を利用した劇場型政治小泉劇場)が一定の一般労働者層に受け、政治に関心がない層(いわゆる「B層」)を投票場へ動員することに成功し、それにより高い投票率で大勝した選挙が多かった。第44回衆議院議員総選挙からは党広報担当の世耕弘成民間企業広告代理店と協力しながらマスメディア対策を事細かに指揮するようになり、より戦略的なメディア対策がなされるようになった。このような政治手法に対しては、ポピュリズム政治との批判もしばしばなされる。

かつての自民党は貧しい田舎を重視する保守本流派が主流で農村部や小都市からの支持が根強かったが、近年の自民党(特に小泉政権以後)は経済効率を重視し格差社会を肯定する新自由主義経済政策を唱える新保守主義派が圧倒的に主流となっており、地方を軽視する傾向が強くなっている事から、農村部の支持を失いつつある。ただし今でも地方では自民党の支配力が強い地域も多く、その支持層は主として公共事業に依存する土木・建設業関係者であることが2006年に相次いだ自民党系の知事主導の官製談合などからも明らかになっている。だが、自民党の地方組織は弱体化しつつあり、選挙への組織的動員もかつてほど盛んではなくなっており、地方で民主党など野党が予想外に議席を伸ばしたり健闘することが多くなってきている。

組織が崩壊傾向にあることもあって、近年は連立相手である公明党及びその支持母体創価学会への依存が高まりつつあるが、一方で従来自民党を支持していた宗教組織(立正佼成会等)の離反を招いているともされる。

参議院自由民主党

参議院自由民主党は各種業界・団体代表者の割合が高い。1989年第15回参議院議員通常選挙で大敗、過半数割れした結果、歴代の自民党政権・執行部は参院対策に重点を置いてきた。参院自民党の執行部人事は総裁の専権事項ではなく、また閣僚人事も派閥領袖より参院議員会長・参院幹事長の意向が優先される参議院枠が存在する、派閥に対する帰属が衆院に比べて弱い。

地方組織

自民党は選挙区あるいは市区町村ごとに支部を擁しており、都道府県ごとに支部の連合会を設置している。この連合会のことを県連(けんれん)と略しており、正式には「自由民主党○○県支部連合会」という。東京都、大阪府、京都府、北海道においてはそれぞれ都連(とれん)、府連(ふれん)、道連(どうれん)になる。

対外関係

米国

党結成以来、日米同盟を最重視している。また、「米国から郵政民営化ホワイトカラーエグゼンプションなど、ホワイトハウスからの年次改革要望書という形で来る政策要請の実現を最優先している。」という指摘も、小林興起(著書『主権在米経済』)など一部でなされている。

韓国

日韓議員連盟に237名の議員が参加し、森喜朗元首相が現在も会長を務めるなど関係を重視している。

中国

日中友好議員連盟には多数の議員が所属し、高村正彦衆院議員が会長、町村信孝が副会長を務める。また、北京オリンピックを支援する議員の会河野洋平会長など100人以上の議員が参加している。なお日中緑化推進議員連盟には二階俊博らが所属している。

2007年夏の参院選後に、森喜朗元首相、古賀誠元幹事長・二階俊博国対委員長らが新たな日中友好議員連盟の結成を予定していると報じられた。2007年7月4日には、中華人民共和国王毅大使と中国大使公邸で懇談し、協力を求めた。日中国交正常化35周年に合わせて日本と中国が進める「2万人交流」プロジェクトが今秋にも達成されるのに合わせ、双方で記念式典を開催することで一致したとされる毎日新聞』 2007年7月5日 東京朝刊

朝鮮民主主義人民共和国

拉致問題を重視し、解決のための行動をしている政党である。拉致議連には自民党議員が中心となっている。一方、1998-2002年に朝銀信用組合が経営破綻したが、その要因として朝鮮総聯の指揮により「預金を北朝鮮へ不正送金したこととされ、さらに一部は政治献金として日本の政治家にばら撒いた」(http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2002/03/post_248.htmlhttp://chogin.parfait.ne.jp/「これにより親北朝鮮議員が影響力を行使した」(日朝交渉推進の背景)との指摘もあった。

党勢の推移

衆議院

選挙当選/候補者定数備考
|299/-467自民党のあゆみ」によれば、298
第28回総選挙 >|○287/413467追加公認+11
第29回総選挙 >|○296/399467追加公認+4
第30回総選挙 >|○283/359467追加公認+11
第31回総選挙 >|○277/342486追加公認+3
第32回総選挙 >|○288/328486追加公認+12
第33回総選挙 >|●271/339491追加公認+13
第34回総選挙 >|●249/320511追加公認+12、死去-1
第35回総選挙 >|●248/322511追加公認+10
第36回総選挙 >|○284/310511追加公認+3
第37回総選挙 >|●250/339511追加公認+9
第38回総選挙 >|○300/322512追加公認+4、新自由クラブより合流+5
第39回総選挙 >|○275/338512追加公認+11
第40回総選挙 >|●223/285511追加公認+8、離党-3
第41回総選挙 >|○239/355500
第42回総選挙 >|●233/337480
第43回総選挙 >|○237/336480追加公認+4、保守新党より合流+4
第44回総選挙 >|○296/346480翌年の復党合流+11

参議院

選挙当選/候補者非改選定数備考
|118/--250自民党のあゆみ」によれば、115
第4回通常選挙 >|○61/11861250追加公認+2、死去-2、非改選入党+2
第5回通常選挙 >|○71/10162250追加公認+2
第6回通常選挙 >|○69/10073250追加公認+1
第7回通常選挙 >|○71/9569250
第8回通常選挙 >|○69/9368250
第9回通常選挙 >|●63/9472252追加公認+1、繰り上げ当選+1
第10回通常選挙 >|●62/9564252追加公認+1
第11回通常選挙 >|○63/7761252追加公認+3、離党-2
第12回通常選挙 >|○69/7766252追加公認+1、非改選入党+1
第13回通常選挙 >|○68/9069252
第14回通常選挙 >|○72/8371252追加公認+2
第15回通常選挙 >|●36/7873252追加公認+2
第16回通常選挙 >|○69/8239252追加公認+1
第17回通常選挙 >|●46/6665252
第18回通常選挙 >|●44/8759252追加公認+2
第19回通常選挙 >|○64/7647247(保守党5と統一会派)
第20回通常選挙 >|●49/8366242
第21回通常選挙 >|●37/8446242
(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店岩波新書、ISBN 4-00-430904-2)
  • 当選者に追加公認は含まず。追加公認には会派に加わった無所属を含む。
  • 『戦後政治史』にない追加公認は2(衆議院、2003年まで)1(衆議院、2005年)、(2)(2002年まで)(2)(2004年まで)にある、選挙直後の国会召集日の会派所属者数から判断した。ただし、第20回通常選挙直後の召集はなく、国会の記録は、議長就任による党籍離脱が行われたあとで-1となっている。

政党交付金

第19回参議院議員通常選挙第20回参議院議員通常選挙第44回衆議院議員総選挙と議員数に基づく政党交付金
  • 自由民主党 約168億4600万円

脚注

関連項目

外部リンク

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