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麿赤児

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

麿 赤兒(まろ あかじ、1943年2月23日 - )は、奈良県桜井市生まれの俳優舞踏家演出家

奈良県立畝傍高等学校卒業、早稲田大学文学部哲学科中退。舞踏家土方巽に師事。唐十郎と劇団状況劇場設立。1972年には独自に大駱駝艦を設立、主宰する。海外公演でも知られ、舞踏を「BUTOH」として広めている。また、俳優活動として映画で存在感を見せている。長男に映画監督の大森立嗣、次男に俳優の大森南朋がいる。

あまりテレビに出ないため、その理由を「スポンサーから赤兒=赤字というイメージがあるからだろう」と、本当か冗談か判らないコメントをしている。

芸名の「赤兒」の由来については、「寒い冬の日に便所で尻を拭いたら、切れ痔で紙が真っ赤っかだった。それを見てつけた」と、これも本当か冗談か判らないコメントをしている。

普段、着流しで散歩することが多く、その恰幅のよさから、「どちらの親分さんで?」とよく声をかけられるそうである。

「舞踏とは死の涯である」とか、「この世に生まれいったことこそを大いなる才能とする」といった哲学的な「名言」を数多く残している。

出演

映画

TVドラマ

トーク番組、他

CM

舞台

外部リンク

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