読み込み中...EXILE(エグザイル)は、日本の音楽(J-POP)とダンスパフォーマンスの融合を目指す14人組のヴォーカル&ダンス・ユニット。「総合エンターテインメント・グループ」と紹介されることもある。音楽に留まらず雑誌・アニメ・劇団・アパレルなど活動を自己制作でする。俳優などのソロ活動をするメンバーもいる。
所属事務所は、リーダーのHIROが社長を務める株式会社LDH。所属レコード会社は、avex(レーベルはrhythmzone)。台湾では「放浪兄弟」の名義となっている。
1991年、ダンスグループ「ZOO」のメンバーだったHIROが「JAPANESE SOUL BROTHERS」を結成し、さらに「BABY NAIL」等で活動していたダンサーMATSU、USA、MAKIDAI、RYUZY、NORIが加入した。この時点ではボーカルはいない。その後1999年、HIROを中心にパフォーマーのMATSU、USA、MAKIDAI、ボーカルSASAの5人で新たに「J Soul Brothers」を結成。3枚のシングルを発売するも2001年にボーカルSASAが脱退。さまざまな経緯を経て新ボーカルATSUSHIとSHUNが加入し、「J Soul Brothers」は「EXILE」と改名、再始動を果たす。
2001年9月27日、デビューシングル『Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜』を発売。ドラマ挿入歌に起用されたこのシングルはオリコン最高4位を記録した。同シングルを収録した1stアルバム『our style』はオリコン最高4位を記録、さらに2003年の2ndアルバム『Styles Of Beyond』は自身初のオリコンチャート1位を獲得した。続けて発売された8thシングル『Breezin'〜Together〜』、10thシングル『Choo Choo TRAIN』はヒットを記録し、これらが含まれた3rdアルバム『EXILE ENTERTAINMENT』がミリオンセールスを達成、「Choo Choo TRAIN」では『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。以降紅白歌合戦には2004、7、8年に出場している。
2004年6月、15thシングル『real world』において自身初のオリコンシングルチャート1位を記録。2005年1月1日に発売された自身初のベストアルバム、『SINGLE BEST』『SELECT BEST』『PERFECT BEST』は最高1位を記録し、出荷枚数は200万枚を超えた。2005年7月には、GLAYとのコラボレーションで『SCREAM』を制作、12月には19thシングル『ただ…逢いたくて』は、共にオリコンシングルチャート1位を獲得し、それぞれ年間シングルセールスチャート5位・6位を記録した。
2006年3月、20thシングル『YES!』を発売。アルバム『ASIA』からの先行シングルでありながら、『ただ…逢いたくて』に引き続き2作連続通算3作目のオリコン1位を獲得。 その後3月29日、ボーカルのSHUNがソロ活動移行のため脱退し、同日発売の4thアルバム『ASIA』とライブDVD『EXILE@LIVE TOUR 2005 PERFECT LIVE〜ASIA〜』をもって、EXILEの第一章は完結した。
2006年4月21日、ファンからの強い要望のため「ミュージックステーション」にて6人が一夜限りの再結集、トリで事実上のラストライブを行い、「YES!」と「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜」を披露。
2006年6月、5人目のパフォーマーとしてRATHER UNIQUEのパフォーマーAKIRAを加えた。同年9月22日、参加者約1万人に及ぶオーディション「EXILE Vocal Battle Audition 2006〜ASIAN DREAM〜」において優勝を飾ったTAKAHIROが新ボーカリストとして加入し7人組ユニットとなる。12月に、21stシングル『Everything』を翌年1月には22ndシングル、『Lovers Again』を発売し、活動を本格的に再始動させた。
2007年2月発売の23rdシングル『道』、3月発売の5thアルバム『EXILE EVOLUTION』は共にオリコン1位を獲得。中でも『道』は2007年2月26日付オリコン週間シングルチャートにて、オリコン史上1000曲目の1位獲得した。さらに12月にもオリジナルアルバム『EXILE LOVE』を発売。ナインティナインの岡村隆史がゲスト出演した影響を受け、自身最大の売上枚数を記録した。なお詳細は「岡村オファーがきましたシリーズ」を参照のこと。
2008年1月1日、「EXILE PERFECT YEAR 2008」を宣言&開幕。新録による第一章のヒット曲を含めた3枚のベストアルバムをリリース、アニメ『エグザムライ』本編発売、『月刊EXILE』創刊、『劇団EXILES』5月公演、5大ドームツアー開催の5つを宣言した。3枚のベストアルバムは全て年間チャートTOP10入りを果たし、オリコン初登場1位を記録、うち2枚はミリオンセールスとなった。9月発売の8周年記念シングル『The Birthday〜Ti Amo〜』は2章最大の売上枚数を記録。12月31日の、2年連続4回目の出場となった 『NHK紅白歌合戦』では「PERFECT YEAR」最後の日かつカウントダウンライブでもあったため札幌からの生中継となった。そして同日、『CDTV年越しライブ2008-2009』にも出演。同じ日にライブ会場から番組中継2回を行ったのは史上初。この年はCD、DVDの年間総売上額が約200億円にも達し、『アーティストトータルセールス(ATS)』を初受賞した。
2009年3月1日、「EXILE GENERATION」を宣言&開幕。
2009年3月1日、「EXILE GENERATION」の全容を発表。新生J Soul Brothersの7人を新たに加え14人となって新生EXILEをスタートさせた。これで2ボーカル・2ボーカル&パフォーマー・10パフォーマー(当面、基本的にボーカルはATSUSHIとTAKAHIROのみ)の大所帯グループとなった。
2009年4月15日に新生EXILEとしては第一弾となる「THE MONSTER ~Someday~」をリリースした。
パフォーマー兼リーダーで、所属事務所LDHの社長。所属アーティストのマネジメントからダンススクール、アパレルブランドの運営まで、ビジネスの舵取りを担う。元ZOOのメンバー。
幼少期から運動神経は抜群に良く、初めてでも補助輪無しで自転車に乗るほどだったという。また、意外にもおニャン子クラブが好きだったという。15歳でディスコに足を踏み入れ、そこで初めて見た黒人のダンスに魅せられ、ダンスの道へと導かれる。横浜市立金沢高等学校卒業。高校在学中からマハラジャやサーカスといった有名ディスコに出入りしており、近くのディスコで年齢を誤魔化してまでアルバイトを始める。現avex社長の松浦勝人は高校の先輩にあたり、今でも良い付き合いをする大切な一人。松浦が当時店長をしていた貸しレコード屋にHIROが足を運んでレコードを借り、文化祭の時にはDJを頼んだという。高校を卒業した後1989年にテレビ番組「DADA」のダンスコンテストでLMDに参加した。結果HIROは準優勝を飾り、そのコンテストを観ていたスカウトに声を掛けられ、ZOOの一員となる。
1990年にリリースしたシングル「Careless Dance」でデビュー。当時のダンサーたちの生活ぶりは「フリーターよりもヒドい」と卑下されるほどであった。しかし、翌1991年に「Choo Choo TRAIN」がミリオンヒットしたことで状況は一変。ダンスが日本に認められ始め、ZOOはスターダムへの階段を一気に駆け上がることとなる。ZOOとして活動していく中で、ニュー・エディションのベル・ビヴ・デヴォーやボビー・ブラウンにダンスを認められ踊ったこともある。1992年12月には初の武道館公演を開催、出す曲も立て続けにヒットし、CMやドラマ、歌番組などの仕事の依頼が次々と舞い込んだ黄金期。HIRO自身も舞い上がっており、仕事が終わればクラブやディスコ・キャバクラに足を運び、シャンパンなどの高級酒を浴びるほど飲み明かし、ギャラも全てギャンブルに注ぎ込むという放蕩三昧の生活を送っていた。しかしながら1995年、メンバー内にギャラの格差、仕事の進め方、待遇の違いなどに対する不満が爆発しZOOは解散。 解散後の1996年に「価値観が似通っている」という理由から、女性ボーカルとHIROを含めた二人のダンサーからなるユニット、「LUV DELUXE」を結成するも仕事がなく、間もなく解散する。HIROは「芸能界的に言えば俺は死んだも同然だった」と話していた。そんな中、1995-6年にDREAMS COME TRUEのコンサートツアーにバックダンサーとして参加。吉田美和の「お客さんは自分のお金でライブに来てくれてるんだから、心を込めて一生懸命やろう」という言葉がHIROに自身の慢心を悟らせるきっかけとなり、自身が変わっていく決心を固めたという。DREAMS COME TRUEのメンバーとは今でも親交がある。ここから「チャンスは二度来ないというが、もう一度俺の手で引き寄せてやる。もう一度武道館に立ってやる」と決意したという。
そして現パフォーマーのMAKIDAI, USA, MATSUと出会う。HIROはこの三人の中の一人と組んでもう一度メジャーデビューをしようと計画を練っていた。ただ、それが起因してメンバー内に亀裂が入るようならば潔く退こうと考えていたが、三人に「HIROさんが選んでください。それが誰でも俺たちは文句ないです」と告げられ、最終的に三人全員を加えJ Soul Brothersを結成することを決意。
事務所に所属したはいいものの、相変わらず仕事は全くなく、来る日も来る日も自主練習の日々だった。松屋の牛皿一つをメンバー全員で分けあって食べたことも。そんなメンバーを見たHIROは、もはや自分だけの問題ではないと考え、リーダーとして現状を変えるために、1998年にかつての先輩である松浦の元を訪れ、「もう一度ダンスで勝負がしたい」と頭を下げた。何度も頼み込んだ結果、J Soul Brothersとしてデビューするチャンスを与えられ、アルバイトとしてAVEXからデビュー前の卵たちのレッスンも任される(その中には倖田來未もいた)。HIROは「松浦さんは人生の恩人。松浦さんがいなかったらJSBもEXILEもなかった」と話している。
デビューしたはいいものの、コアなファンが何人か付く位の鳴かず飛ばずの現実だった。それでも諦めずに年間で100日以上はステージに立つといった活動をしていく。苦しい下積み生活の中でHIROは「明日朝起きてCDが100万枚売れてたらどうする?」とメンバーと冗談を言い合っていたという。そんな中、当時のボーカルであったSASAが「作詞・作曲家としての活動に専念したい」という理由で脱退する旨をHIROに伝える。HIROは当然受け入れたが、歌い手がいなければダンスヴォーカルユニットとしての存在意義はない。「1ヶ月以内に代わりのボーカルを見つけろ」と松浦からも圧力を掛けられ解散の危機に陥ったが、HIROの当時の恋人から「ASAYANに歌の上手い子がいる」と言われ、当時20歳のATSUSHIとの出会いを果たす。そして山口県のオーディションを見ていたスタッフから「凄いヤツがいた」と連絡を受け、SHUNとも対面する。そしてHIROは彼らの歌声に一発で惚れ込み、新生J Soul Brothersを立ち上げることを機に、夢を追いかける放浪者たちという意味を込め、グループ名を「EXILE」と改名する。
会社を設立するに至って、ZOO時代にも確かにあったチャンスを今こそ活かそうと決心し、所属事務所を辞める。会社法はまだ制定されていなかったため、会社を起こすには300万の資本金が必要だった。そこで、メンバー6人で50万ずつ出資し、青山のビルの地下に有限会社エグザイルエンターテイメントを設立。当時はスタッフとメンバー全員が出社すれば酸欠になるほど狭かったという。移動もバン一台でメンバー全員が無理矢理乗り込んだという。当初は事務用品もまともに買えず、CDを出しても利益のほとんどを制作費などに持って行かれ、メンバーの給料を出せない状態になったこともある。2003年に知人の会社と合併し、株式会社LDHとなった。今まで通りでは運営ができないため、プロの経理士とコンサルタントを呼んで、会社運営を手伝ってもらっているという。HIROは設立よりも前に、松浦に「こんなことがやりたい」とメンバー全員で夢を書き込んだメモを見せたという。メモを見せられた松浦は「書くのは簡単。けど、本当にこれがやりたいんならお前が自分の会社を作るしかない」とHIROに会社を作るよう提言した(松浦は後のメンバー増員について、EXILEがデビューする前からメモの中にはグループが合体するという計画があったと話している)。
同事務所の佐田真由美と交際していたが、2007年3月に破局していたことが明らかとなった。
2005年の1月25日に自身が書いた「Bボーイサラリーマン」を出版。7月、自身の経歴を綴ったDVDを発売した(『HIRO ZOO→JSB→EXILE』)。
現在「THE COVER MAGAZINE」を連載中。
以前はヘビースモーカーだったが、J Soul Brothers時代にダンスの練習中に「煙草止めないと死ぬかも」と感じて以降禁煙中。2004年の日本武道館の公演ではメンバーからのサプライズでHIROの母親がステージに上がってきた。その計らいに「泣くまいと思っていたが、自然と涙腺が崩壊してしまった」と話している。
メンバーはHIROについて、「中途半端が嫌いな人で、やると決めたら何が何でもやる人。やらない時は何もやらない人。いつ休んでるんだろうと思う位、俺たちのことと、EXILEのことを考えてくれている。いつも自分のことより、メンバーが良ければそれでいいって思っているから、俺たちとしては感謝してもし切れないくらい。まさに俺たちにとって社長であり、兄貴であり、親分でもある存在」とまで述べている。HIROに一生付いていきたいかという問いには、メンバー全員が肯定した。また、メンバーに対して怒るということをしない。脱退したSHUNも「HIROさんにはなぜか甘えられる。あれだけの器のでかい人はそうそういるもんじゃない。HIROさんが『売れる』と言えば必ず売れるし、『これはやっておいたほうがいいよ』と言ったことをサボると売れない。何よりHIROさんの言葉には嘘がない。メンバーがHIROさんに関して語るなら、一人一冊本を書ける。俺は腹が立つことがあれば、『HIROさんならこういう時、笑ってるだろうな』って思うことがよくある」と話している。
マツ、本名:松本利夫(まつもと としお)、神奈川県川崎市、1975年5月27日 - 血液型:O、身長170cm、体重58kg。
HIROに影響され、16歳のときダンスに出会い、18歳のとき本格的に始めた。1996年、ダンスチーム「BABY NAIL」結成。1998年、「JAPANESE SOUL BROTHERS」加入後「J Soul Brothers」のメンバーとなる。
2005年、東京・中目黒にブランドショップLMD(現・24karats)を立ち上げ、デザイナーを兼務。4thアルバム『ASIA』収録の「Why oh why…?」では初の作詞を手がける。
2007年1月5日深夜にフジテレビで放送された「EXILE〜6年目の真実」の番組内で難病指定を受けているベーチェット病に侵されていることを告白し、左目の視力をほとんど失っていることを明らかにした。高校時代から発病しており、第一章の時点からメンバーも理解はしていたが、具体的な進行具合はこのとき初めて告げられた。HIROはMATSUと話し合い、「今後のお前の人生において、EXILEだけが全てではない」と今後の選択をMATSU自身に任せた。思い悩んだ末、MATSUはHIROに「EXILE続けます。たとえ失明したとしても後悔はないです」とEXILEの続投を宣言。HIROも「MATSUなら必ず続けるって言うと思ってた」と話している。MATSUは「この病気を持っている自分の姿を見せることによって、自分と同じ病気を持っている人やその他の人たちに勇気を与えられたらと思いますし、自分の使命でもあると思ってます」としている。
2007年のツアーの初日の前日に父親を亡くしたが、当日は父の死の二日前に実家を訪れた際にもらった指輪をはめ、ステージに立つ。
NORTH WAVE 82.5FMのラジオ番組「SESSIONS FOUR」の水曜日担当をAKIRAと共に努めている。
2005年9月に自身の単行本「Love Music Dance」を発売した。また、FLOOR netにて「MATSU (EXILE) の"Love Music Dance"」を連載中。
以前は喫煙者だったが、今は非喫煙者である。明治のチョコレート『たけのこ里』のCMに木下優樹菜と共に単独で出演している。
マキダイ、本名:眞木大輔(まき だいすけ)、神奈川県横浜市、1975年10月27日 - 血液型:O、身長180cm、体重65kg。
中学3年生のときの文化祭にてダンスに目覚める。10代の頃から「アンダーグラウンド・ストリート・キッズ」というグループを結成し、都内の駅前で踊っていたという。HIRO曰く、「BABY NAILイチのダークホース」。ZOOのメンバーが講師をしていたダンススタジオの生徒で、高校生の時からよくクラブやディスコに出入りする。神奈川大学経済学部貿易学科に入学するも2年で中退。1996年、MATSUと共に「BABY NAIL」を結成、ニューヨークへ留学しダンスの修養を積む。アメリカのクラブで黒人のダンスを見て、強い影響を受けたという。MISIAのバックダンサーを務めたりMISIA「つつみ込むように…」のPVにダンサーとして出演している。98年、ダンスチーム「Hip Hop Junkeez」を結成、翌99年「J Soul Brothers」に加入し現在に至る。当初、HIROが「J Soul Brothers」を結成するために「BABY NAIL」に声を掛けたメンバーはMAKIDAIではなくRYUJIというダンサーだったが、RYUJIは事情により辞退、MATSUがMAKIDAIに声を掛けたことで加入が決定した。
最初に観たライブがNHKホールで行われたZOOのライブだとしている。
2004年には本名でドラマ「ホットマン2」に俳優として出演し、2007年3月公開の映画「渋谷区円山町」では主演を務める、その他は恋のから騒ぎ 〜Love Stories?〜「金星から来た女」(2008年10月10日、日本テレビ系)。バラエティ番組に本名で時々出演している。2005年にはメンバーであるUSAと共にRATHER UNIQUEを結成し、MC兼リーダーを務める。この時期に同事務所のモデル、長谷川潤との交際が報じられたが、2008年に破局していたことが明らかとなった。
Hip Hop/R&Bに精通しており、クラブDJとしての顔も持つ。2008年8月27日にDJ MAKIDAI名義で初となるMIX CD「DJ MAKIDAI(from EXILE)Tresure MIX」(DOUBLEをフィーチャリングに迎えメアリー・J・ブライジの「Real Love」をカバー)をリリースし、MIX史上初となるオリコン3位を記録。MIX CDの歴史を塗り替えた。2009年5月20日には第2弾「DJ MAKIDAI(from EXILE)Tresure MIX2」(青山テルマをフィーチャリングに迎えマライア・キャリーの「Dreamlover」をカバー)をリリースする。2005年からはJ-WAVEのラジオ番組「OH!MY RADIO」の月曜日担当を務めている。
ブレイク系のダンスを得意とする。以前、岡村隆史とブレイク対決をしたこともある。
ニューヨークに渡っていた頃、語学学校に行っていたため、英語が堪能である。エグザムライでも少しだが、英語を披露する場面があった。ブラック・アイド・ピーズのファーギーやウィル・アイ・アム、R&Bシンガーのアッシャー、エイメリーとも親交がある。
ウサ、本名:宇佐美吉啓(うさみ よしひろ)、神奈川県横浜市、1977年2月2日 - 血液型:AB、身長177cm、体重65kg。
「BABY NAIL」加入後、「JAPANESE SOUL BROTHERS」加入。「J Soul Brothers」のメンバーとなる。EXILEでの活動と並行して、2005年にはメンバーであるMAKIDAIと共に、ラップグループ「RATHER UNIQUE」を結成し、MCを務める。
昔から黒人に憧れていたという。保育園および幼稚園には通っていない。現在居酒屋を経営している父親はかつてディスコで「ファンキー・サミー」と呼ばれたほどの人物で、EXILEのリミックス・アルバムのCMに出演し、EXILEとともに歌番組に登場しダンスを披露したこともある。桜塚やっくんの同級生であり、中学時代は、共にサッカー部に所属していた。またスピードワゴンの井戸田潤はアルバイト先の先輩である(2006年12月4日放送「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」より)。
ダンスのテクニックはEXILEでナンバー1だと言われている。
2006年から毎週木曜にInter FM76.1MHzのラジオ番組「Evolution.D」の司会を務めている。
DANCE EARTH』2008年10月10日好評発売中。舞台『蛇姫様我が心の奈蛇』に2役で出演。
アキラ、本名:黒澤良平(くろさわ りょうへい)、静岡県磐田市、1981年8月23日 - 血液型:A、身長184cm、体重74kg。
静岡県磐田市出身で子供の頃はサッカーに熱中したサッカー少年であった。高校ではサッカーの名門校私立磐田東高等学校に進学(1年先輩にJリーガー・藤ヶ谷陽介、古橋達弥が在籍)し、サッカー部に所属しイギリス遠征なども経験した。ひたむきにサッカーに打ち込んだAKIRAはこの経験を『打たれ強い自分、根性の入った自分、負けず嫌いな自分、協調性』など、今の自分が形成されるのに必要な経験だったと語っている。
ダンスを始めたのはHIROに憧れたのがきっかけで、16歳から本格的に始めた。RATHER UNIQUEの元メンバー(USAとMAKIDAIとは違い、パフォーマーとして務めていた)。RAG POUNDにも所属している。長い手足を使ったパントマイム系のダンスを得意としている。渋谷のクラブで踊っていた時にそれを偶然見ていたMAKIDAIとUSAの目にとまり、「Rather Unique」のパフォーマーとして加入した。その後第二章開幕にあたり2006年6月、メンバーに誘われEXILEに加入する。
MAKIDAIとUSAが初めてAKIRAに会った時、MAKIDAIとUSAはAKIRAのことを黒人だと思い英語で声を掛けたという。当時を振り返ってAKIRA自身も自分が黒人だと思いこんでいたと述べている。1997年に観たSMAPのライブでの岡村隆史のダンスに強い影響を受けたという。
NORTH WAVE 82.5FMのラジオ番組「SESSIONS FOUR」の水曜日担当をMATSUと共に務めている。
2008年、TBS系「Around40〜注文の多いオンナたち〜」でドラマ、「花より男子F」で映画デビューを果たした。
本名ではなく「AKIRA」となったのは「クロサワといえばアキラ(黒澤明)」と言われたため。
女優の長澤まさみは小学校の後輩にあたる2008年10月6日、笑っていいとも! テレフォンショッキングにて長澤まさみ談。
他メンバーの立ち位置は変わらず(HIROとUSAは正面から見て右側、MATSUとMAKIDAIは正面から見て左側)、AKIRAは新たにヴォーカル二人の間の少し後ろがポジションとなった。
モノマネが得意であり、一番の持ちネタは猪木である。他にも三遊亭円楽、竹中直人、輪島幸一のモノマネをしたことがある。
輪島幸一は関根勤を見て始めた。(5月13日放送、「EXILE GENERATION」にて)ケンチ、本名:寺辻健一郎(てらつじ けんいちろう)、1979年9月28日 - 、神奈川県横須賀市出身、O型、身長180cm、体重69kg。
J Soul Brothersの中では最年長である。俳優で歌手でもある上地雄輔と幼いころからの友達である。メンバー曰く「器用な性格」とのこと。ダンス甲子園をTVで見て、自分も踊れるようになりたいと思い、18歳の時からダンスを始める。20歳の時に初代J Soul BrothersのLIVEを初めて生で見て、そのパフォーマンスに衝撃を受け、そこからダンスへの向上心はさらに大きくなったという。
2002年地元横須賀にてTETSUYAとともに4人グループのダンスチーム「POLY-3」を結成。横浜、横須賀、東京を中心にクラブイベントにて活動を続ける中で、AKIRAと出会ったことがきっかけとなり、2004年8月EXILE主演ミュージカル「HEART OF GOLD〜STREET FUTURE OPERA BEAT POPS〜」に出演する。AKIRAとはその頃からの付き合いである。
2005年1月、このミュージカルで志を共にしたKEIJI、TETSUYAとともにダンスチームFULCRUMを結成し、本格的にメジャーデビューを目指す。2006年5月〜7月には武者修行ツアーに参加し、、2006年公開映画「バックダンサーズ」に出演。ファッション雑誌でモデルを務めるなど活動の幅を広げ、ダンススクール「EXPG」にてインストラクターとしても活躍するなどの多忙振りだった。同年EXILEの横浜アリーナのライブを観賞、自分もそこに立ちたいという夢を抱くようになる。
2006年にSHUN脱退に伴い、全国各地でEXILEの新ヴォーカリストを決めるオーディションである「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION〜ASIAN DREAM〜」が開催され、最終選考で自分の憧れの存在であるEXILEのヴォーカリストの座を目指すNESMITHの姿に深く感銘を受け、「刺激となり、原動力にもなった」と話している。
2007年1月、新生J Soul Brothersのメンバーに抜擢。
2007年8月、EXILE LIVE TOUR 2007「EXILE EVOLUTION」東京ビッグサイトにて行われたツアーファイナルで初パフォーマンスをする。
2008年5月、劇団EXILE「CROWN」に出演。
2008年10月、J Soul Brothers全国TOUR「武者修行再び」決行。全国各地を回りに回った。
2008年11月〜12月末に開催された、EXILE初のドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」に出演しただけでなく、2009年1月にはJ Soul Brothers Performer陣主演舞台「あたっくNO.1」に出演し、役者への夢を持つようになる。
2009年2月25日、J Soul Brothersメジャーデビューアルバム「J Soul Brothers」releaseをもちメジャーデビューを果たし、初登場にしてオリコン1位の座を獲得する。
2009年3月1日、EXILE Performerとして加入する。
キマグレンは地元の後輩である。
ケイジ、本名:黒木啓司(くろき けいじ)、1980年1月21日 - 、宮崎県出身、B型、身長180cm、体重69kg。
初代J Soul Brothersに憧れを抱き、19歳よりダンスを始める。そしてJ Soul BrothersはEXILEと改名し、23歳の頃に「EXILEみたいなアーティストになりたい」という想いから上京を決意する。上京後、ダンススクールに通い、ストリートでも連日朝までダンスレッスンに励む。その中で宮崎からの仲間2名とともにダンスチーム「SOUL DEMENTION」を結成し、AKIRAとTETSUYA、NAOKIが所属していた「RAG POUND」とはライバル関係にあるチームに所属していた。AKIRA曰く、「もう本当にバッチバチでした」2004年7月にはEXILE主演ミュージカル「HEART OF GOLD〜STREET FUTURE OPERA BEAT POPS〜」のダンサーとして選出され、EXILEのメンバーと身近で接していく中でメジャーデビューへの想いが強くなっていったという。
公演後の2005年1月、このミュージカルで志を共にしたKENCHI、TETSUYAとともにダンスチームFULCRUMを結成し、本格的にメジャーデビューを夢見るようになり、2006年5月〜7月、武者修行ツアーに参加し、着実に実力を付けていった。2006年公開映画「バックダンサーズ」に出演した。同年より、ダンススクール「EXPG」にてインストラクターとしても活躍、ダンスチーム「BIG DOGGS」を結成。2007年1月には昨年の10月にHIROから「EXILEみたいなグループを作ろうと思ってるんだよね」と声を掛けられたことがきっかけで、新生J Soul Brothersのメンバーに抜擢される。
2007年8月、東京ビッグサイトにて行われたツアーファイナル EXILE LIVE TOUR 2007「EXILE EVOLUTION〜SUMMER TIME LOVE〜」で初パフォーマンスを行った。2008年5月、劇団EXILE「CROWN」に出演し、NAOTOとNAOKIに出会う。
2008年10月、J Soul Brothers全国TOUR「武者修行再び」決行。全国各地を回りに回った。2008年11月〜12月末に開催された、EXILE初のドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」に出演した。最終日には「GENERATION」を初披露した。
2009年1月、J Soul Brothers Performer陣主演舞台「あたっくNO.1」に出演し、役者への夢を持つ。
2009年2月25日、J Soul Brothersメジャーデビューアルバム「J Soul Brothers」releaseをもちメジャーデビューを果たす。
2009年3月1日をもってEXILEに加入。メンバー紹介の時には「情熱の男」と呼ばれていた。
料理が得意。得意料理はオムライスであり、調理師免許を持っている(2009年4月6日放送 月光音楽団より)。
テツヤ、本名:土田哲也(つちだ てつや)、1981年2月18日 - 、神奈川県横須賀市出身、O型、身長175cm、体重65kg。
俳優である上地雄輔と幼いころからの友達である。水泳が得意。19歳よりダンスを始める。2002年には地元横須賀にてKENCHIとともに4人グループのダンスチーム「POLY-3」を結成する。KENCHIとはこの頃からの付き合いである。
横浜、横須賀、東京を中心にクラブイベントなどのアンダーグラウンドの世界で活動を行っていたこともあり、そのチームをたまたま見に来ていたAKIRAに出会ったことがキッカケで、NAOKIとも出会い、AKIRAとNAOKIを含めた3人でダンスチーム「RAG POUND」を結成する。徒当時、KEIJIの所属していたダンスチーム「SOUL DENETION」とはライバル関係にあった。共に踊り、プライベートを共にしている中で仲良くなり、その流れで2004年に公演されたEXILE主演のミュージカルに誘われ、初めて間近でEXILEに出会うこととなる。
その時、HIROから「お前らと同じようにアンダーグラウンドシーンで頑張っていたMAKIDAI、MATSU、USAがEXILEになってアリーナツアーが出来るようなアーティストになっているんだから、おまえらも夢を持って頑張れば出来ない事じゃないんだよ」と言われたことで決意を新たにする。
その頃AKIRAと出会い、2004年8月EXILE主演ミュージカル「HEART OF GOLD〜STREET FUTURE OPERA BEAT POPS〜」に出演する。2005年1月、このミュージカルで志を共にしたKENCHI、KEIJIとともにダンスチームFULCRUMを結成。
2006年、AKIRA、TETSUYA含め男性4人からなる「RAG POUND」結成。その後「RAG POUND」にNAOKIが加入。
2006年5月〜7月、武者修行ツアーに参加し、公開映画「バックダンサーズ」にも出演する。
ダンススクール「EXPG」にてインストラクターとしても活躍しながら、A.Iほか様々なアーティストのPVやTV、ライブにてバックダンサーとして活動をする中で、HIROに呼ばれて行った焼鳥屋にて、「J Soul Brothersと言うプロジェクトに参加して欲しい」と持ちかけられ、2007年1月、新生J Soul Brothersのメンバーに抜擢される。「正直泣きました。あの時にEXILEに憧れてから、必死に走り出して、ようやくHIROさんに必要としてもらえた事が何よりも嬉しかったです」と話している。
2007年8月、EXILE LIVE TOUR 2007「EXILE EVOLUTION」東京ビッグサイトにて行われたツアーファイナルで初パフォーマンスを果たし、2008年5月、劇団EXILE「CROWN」に出演する 。2008年10月、J Soul Brothers全国TOUR「武者修行再び」決行。
2008年11月〜12月末に開催された、EXILE初のドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」に出演。
2009年1月、J Soul Brothers Performer陣主演舞台「あたっくNO.1」に出演。幼い頃からの「役者」への夢を果たし、さらに「役者」への可能性を広げる。
2009年2月25日、J Soul Brothersメジャーデビューアルバム「J Soul Brothers」releaseをもちメジャーデビューを果たす。
2009年3月1日、EXILE Performerとして加入した。
ナオト、本名:片岡直人(かたおか なおと)、1983年8月30日 - 、埼玉県所沢市出身、B型、身長170cm、体重65kg。
高校時代に本気でお笑い芸人を目指していたことがあり、友人2人と「人生ほの字組」というトリオを組んでいたこともある。
本人のギャグなのか、胸だけを上下に動かす技を持っている。
高校3年生のとき、ダンス部の部長になったのをきっかけにダンスに目覚める。「当時は高校生だったからクラブやイベントには行けなかった」という理由でスクールには通わず、先輩から借りたビデオを見ながら、独学でダンスの練習を行った。そんな中、初代のJ Soul Brothersのパフォーマンスを見て衝撃を受け憧れを抱くようになる。
2003年には2月男2人・女1人のダンスチーム「JAZZ DRUG」を結成し、さまざまなイベントで活躍。2004年にダンス修行でLAを訪れ、Britney Spears等を手がける振り付け師ANDREのレッスンを受ける。そして、LA最高峰イベントCARNIVALに出演するなど、本場のダンサー達と張り合うことで、ダンサーとしての経験を積んでいく。
帰国後は、浜崎あゆみ、ASUKA、BENNIE Kなどのバックダンサーを務めた。海外アーティストのライブにも参加し、Ashantiと、Missy Elliotの日本でのライブのオープニングアクトに出演した。2006年2月には5人のダンスチーム「SCREAM」を結成し、ストリートやアンダーグラウンドの世界でダンスの修練を積んでいく。活動する内に名前が知れ渡るようになるものの、どこか物足りなさを感じていたという。そんな中、AKIRA, NAOKI, TETSUYAの3人が所属していた「RAG POUND」と一緒に仕事をするようになり、そこから多くの刺激を受けるようになった。
その後はAKIRAがEXILEに加入するという話を耳にし、NAOTO曰く「羨ましくて仕方がなかった」が、「あるダンスボーカルユニットをつくりたいからその一員にならないか」という知人の一言がきっかけとなり、LDHに所属する。そして憧れてやまなかったHIROとの出会いを果たす。HIROからは「親孝行しよう」と言われたという。それに深く感銘を受けるようになり、連れて行ってもらった「EXILE LIVE TOUR 2007 "EXILE EVOLUTION"〜SUMMER TIME LOVE〜」で更なる衝撃を受ける。それから3ヶ月後の2007年11月10日、HIROから「J Soul Brothersに入ってくれないか。NAOTOにとって絶対にいいことだと思うから信じて欲しい」と言われ、加入することとなる。 2008年5月、劇団EXILE「CROWN」に出演し、パフォーマーだけではなく、役者としての活動の幅も広げるため、積極的に活動する。 2008年10月、J Soul Brothers全国TOUR「武者修行再び」決行。 2008年11月〜12月末に開催された、EXILE初のドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」に出演するだけでなく、2009年1月、J Soul Brothers Performer陣が主演となる舞台「あたっくNO.1」に出演した。 2009年2月25日、J Soul Brothersメジャーデビューアルバム「J Soul Brothers」releaseをもちメジャーデビューを果たし、初登場にしてオリコン1位を記録する。2009年3月1日、EXILE加入が決定した。腹筋がすごいと言われてるNAOKIに対抗して「自分も負けていない」と自らの腹筋を披露することが多々ある。
ナオキ、本名:小林直己(こばやし なおき)、1984年11月10日 - 、千葉県印西市出身、O型、身長187cm、体重74kg。
高校生の頃はバスケ部に所属していた。この時期にヴォーカリストへの夢を持ち、ボイトレに通う中、リズム感をつけるためダンススクールに通い始めることとなる。 高校卒業後、法政大学に入学するがその日々の中で「ダンスで仕事をする」という夢を追求するため、法政大学を中退し、2005年6月より、あらゆるジャンルのダンスレッスンに励む。映画「RIZE」公開記念イベントにて開催されたダンスバトルなどにて、NAOKIの転機となるダンスチーム「RAG POUND」と知り合い、AKIRAと出会う。AKIRAの第一印象は「怪獣みてぇだな」一方NAOKIはAKIRAの第一印象を「何で芸能人がクラブで踊ってるんだろうと思いましたね」と話している。
その後AKIRA・TETSUYAと共にチームを組む。KEIJIのチームとはライバル関係にあった。2006年7月その後「RAG POUND」に加入。 2006年9月22日に行われた「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION〜ASIAN DREAM〜」にてEXILEのステージ、AKIRAの単独パフォーマンスに衝撃を受ける。 2006年10月、同志であるSHOKICHIがヴォーカリストとして選ばれることとなった、J Soul Brothers選出オーディションに挑戦し落選してしまうものの、2007年にJ Soul Brothers Performer追加の話が舞い込み、NAOTOとともに2007年11月10日J Soul Brothersに加入。2007年5月劇団EXILE「太陽に灼かれて」に出演。振り付けも担当し、2008年5月には劇団EXILE「CROWN」に出演。ダンスだけでなく、演劇を行うことで活動の幅を広げることとなる。
2008年10月、J Soul Brothers全国TOUR「武者修行再び」決行。1ヶ月間全国各地のショッピングセンターのモール、クラブ、公園などを回った。HIROは「自分たちの力でどれだけやれるのかを見たかったから、武者修行をさせた」と話していた。2008年11月〜12月末に開催された、EXILE初のドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」に出演。EXILE,COLOR,DOBERMAN INCと共に「24karats」を披露した。
2009年1月、J Soul Brothers Performer陣主演舞台「あたっくNO.1」に出演。 2009年2月25日、J Soul Brothersメジャーデビューアルバム「J Soul Brothers」releaseをもちメジャーデビューを果たす。2009年3月1日、EXILE Performerとして加入。メンバーに「NAOKIは腹筋が凄いんですよ」と言われ、テレビでよく披露しているが特に鍛えてるわけではないという。首を使った倒立も特技である。
HIROに夕飯に誘われた時、「(本当は満腹だが)行きます」と嘘を付いたことがあるという。
アツシ、本名:佐藤篤志(さとう あつし)、埼玉県越谷市、1980年4月30日 - 血液型:A、身長175cm、体重67kg。
4歳より高校卒業時までクラシックピアノを習う。中学の頃から周りに「歌が上手いな」と言われていたという。高校在学中に友人からバンドのボーカルとして誘われ活動をする中で本格的なスタジオでレコーディングする機会があったが、スタジオで歌ってみるとカラオケのように上手くいかなかったのが悔しかったという。この時に本気で上手くなろうと決心し、ヴォーカリストを志すようになる。父親が普段からギターを片手に歌っていたことにも影響を受けたという。高校時代に友達とケンカし、無期停学処分を受けたことがある。
停学期間が終わってから学校に行くと、友人達から露骨に無視されるなどのいじめを受けたが、これに対しATSUSHIは「見返してやろう」という気になったという。 高校卒業後、専門学校(ESPミュージカルアカデミー)でヴォーカリストとしての技術を磨く。在学中に何度かオーディションを経験し、2000年にテレビ番組「ASAYAN」主催の男子ヴォーカリストオーディションで最終選考まで残る。しかし、「可能性を持ったデュオを選ぶ」という主催者側のコンセプトに合わず落選(ちなみに、このとき優勝したのがCHEMISTRYである)。オーディション落選後の半年間は、渋谷のクラブなどで歌う生活を送っていた。当時街を歩いていると、CHEMISTRYの看板が嫌でも目に入ったという。「落ちたことよりも彼らが活躍しているのを見るのが辛かった。あの中に俺が入っていればと何度も思ったよ」と話している。そんな中、ATSUSHIの存在を知ったHIROからコンタクトがありヴォーカルとして加入するよう誘いを受けた。小さい頃からZOOの曲に親しんできたATSUSHIは快く引き受けたという。結果として2001年にEXILEの前身「J Soul Brothers」へ加入することとなる。なお、この時点では1ヴォーカル・4パフォーマーとなる予定であった。HIROは「幼少期から音楽の研鑽を積んでいた男だし、天才としか言いようがなかった。正直に言ってしまえば、ATSUSHIの実力は他の候補者の頭一つ分飛び抜けていた。ATSUSHIが落ちたことを知った時、ATSUSHIには悪いけど、かなり舞い上がったよ」と話している。
ATSUSHIはこのASAYANにおける経験から「辛かった昔を思い出す度に売れ続けることの大切さを思うよ」と話している。HIROもその想いに共感し、「昔は大スターだったヤツが今では訳の分からない仕事をしている。毎朝毎晩、満員電車で会社に通勤して、仕事して、疲れ果てて帰ってくるサラリーマンの人達のことも俺は散々バカにしてた。けど、本当にバカだったのはアーティストぶっていい気になってた俺だよ。その人達の頑張りがあったからこそ、俺はステージに立てていたんだ。サラリーマンの人達もスタッフも、そういうスターも家族を守るため、凄く大切な何かを守るために必死に頑張ってる。それって滅茶苦茶格好いいことだよ。こう思えることは人間的に間違いないことなんだよ」とメンバーに自らの人生観を語ったことがある。浮かれていると足をすくわれるというメンバーに対してのHIROの戒めの言葉だった。
2004年12月、EXILEでの活動と並行して4人組コーラスグループ「COLOR」を結成(2006年12月にメンバーチェンジし自身は脱退、プロデュースに専念)。多くの楽曲を提供している。
坊主頭にサングラスがトレードマーク(2003年5月頃までは坊主頭ではなかった)。坊主にした理由として、格好をつける自分に嫌気がさしたからと述べている。また、髪型を気にしなくて済むからとも話している。サングラスをかけていた理由については、最初「ストレスで顔がむくんだこともあったからそれを隠すため」と話していたこともあった。
愛用のサングラスはデリーゴ社(イタリア)の「POLICE」ブランド。2008年9月には同社と契約を結び、POLICEブランドの日本のイメージキャラクターとなり、11月にATSUSHIモデルが発売される予定。
2005年の終わり頃から喉の酷使により、ポリープを患い、SHUN脱退後から第二章開幕の間に手術を受ける。ATSUSHIはSHUNの口から脱退を告げられたとき、不安に苛まれ酒を飲まなくては寝れない日々が続いたといい、二日酔いの状態のままステージに立っていたことも原因の一つだろうと語っている。入院中、様々なことを考える時間が出来たため、「Giver」や「Yell」といった曲の歌詞を書いたりしていたという。また、この出来事を通じて、「歌うことの喜びを強く感じるようになった」と話しているように、自身を大きく変える出来事となったとしている。
久保田利伸を尊敬しており、2007年3月9日には多数の邦楽歌手が集結した「MTV iCON 久保田利伸 powered by 楽天オーディション」で共演。日本初のi CONに選ばれた久保田利伸と共演、「Indigo Waltz」を披露した。ATSUSHIはASAYANでも、同氏の「Missing」や「Cymbals」を歌っている。なお、「Cymbals」は久保田利伸のトリビュートアルバムで「ATSUSHI from EXILE」として、カバーしている。
第二章としてのCDのリリース前に、2006年10月に憧れていたBoyz ? Menと競演を果たす。Boyz ? Menのウォンヤは「ヴォーカルディレクションでも全く直す所がなかったよ」と絶賛していた。
右胸のタトゥーは『i'm gentle and convey true love』と彫ってある。背中には「EVOLUTION」と掘られている。右腕には19歳の時に入れた、平和の象徴となるバッファローがある。ATSUSHI自身、「タトゥーは見せびらかすために入れたんじゃなくて、何かに逃げたくなったり後戻りしたくなった時、支えてくれるものが欲しかった。それがこのタトゥーで、音楽で生きていこうという自分自身への誓いを立てるために入れた」と話している。
第一章の時は自分が一番年少者だったが、TAKAHIROが入ってきてからそれが変わり、「TAKAHIROを引っ張っていかなくてはいけない」という意味でも責任感が出てきたと話している。TAKAHIROも加入当時、初めてのテレビ出演の前日の晩は不安で仕方がなかったというが、ATSUSHIの「この日を待っていてくれたファンのためにも楽しもう」というメールに励まされたという。TAKAHIRO自身、「メンバーには迷惑を掛けましたけど、その時のATSUSHIさんの気遣いは給料日の倍嬉しかったです」と話している。
viviにて、「ATSUSHIのJAM SESSION」を連載(-2008年)。
喫煙は、止めてはまた吸い始めることを繰り返していたが、HIROの「ATSUSHIが吸うんなら俺も吸うぞ」という一言で喫煙を止めたという。以前はテレビの番組内でも煙草を吸っていた。
「ESPミュージカルアカデミー」ではATSUSHIが学校のポスターの表紙となっている。
総制作期間8年を費やし、日中ボランティア団体が作り上げた、日中合作映画「純愛」のためにノーギャラで詞曲共に自身で作り上げた「INORI」を提供している。リリースの予定は今のところないらしく、「もし出ることになるならば、損得が関わらない形で出したいと思う」と話している。
「ただ…逢いたくて (NEW Ver.)」のレコーディングの時、「SHUNが作った曲だから歌の取り直しはしたくない」と言ったことがある。
EXILEの看板を背負う唯一無二のヴォーカリストであり、努力家で完璧主義者である。一年が始まる時は自分自身の全ての課題をノートに書き込み、それを達成できているかどうかを他人にそのノートを見せて評価させたりして、自分自身の糧にしているという。最終的な自己評価は一年の最後に行うという。ASAYAN時代には少しでも本物の歌手と歌い方を似せることができるように、歌詞とリズムを細かくノートに書き込んでいた。また、歌詞を書く時の為に、自分がその目で見て、感じたりしたことを常にノートに書き込んでいるという。そんな地道な努力が重なり、メンバーからは「ATSUSHIの声は俺たちの夢」、関係者からは「Mr.EXILE」とも呼ばれ、その歌声は日本音楽界の宝とも評されている。ライブでの登場ではかなり手が込んでいる。ジムに通う以外に空手を習い、心身を鍛えていると話していた。
いつかはソロでやりたいという願望も持っているようで、2004年に放送した「僕らの音楽」では、「歌手として活動している以上、俺もSHUNちゃんもいつかはソロでやりたいという願望は当然持っています」と話していた。ずっと遠くで愛し続けています。
沖縄空手を12年やり、(日本武道館の全国大会に団体戦で出場、5位入賞)有段者。高校卒業後は両親が経営する美容室を継ぐために福岡美容専門学校福岡校に入学。学生時代には、福岡県美容技術選手権大会で優勝。賞金100万円を獲得(そのお金でカットモデルをしてくれた妹と一緒にハワイに行った)、卒業後「MINX」で見習いをしていた時期もある。雑誌でカットモデルをしていた経験も有り。家族は父、母、祖母、妹。親友に「ボンちゃん」がいるという。ボンちゃん曰く、「TAKAHIROは普段、帽子にサングラスを掛けていますが、可愛い女の子が通るとサングラスを外すんですよ」とのこと。
特技は空手(初段)、書道(八段)、絵画と演歌を好み、20歳の頃から、よく演歌(主に前川清、五木ひろし)を聞きながら晩酌すると述べている。絵画、書道については月刊EXILEの自身のコーナーにて、その実力を発揮しており、定評がある。
デビュー当時からEXILEの大ファン。友人に誘われ同伴した2005年のツアー「EXILE@LIVE TOUR 2005 PERFECT LIVE〜ASIA〜」で「運命のヒト」を聴き、「恥ずかしい話、男泣きしました」と言う程、より深く感銘を受ける。その日から「EXILE狂い」と呼ばれ、「家で聴く音楽も、カラオケで歌う曲もEXILE」。この頃から歌手への道を志すようになる。しかし“歌手を目指せば両親の期待を裏切ることになる”と思い悩んでいた時期に「人生は一度しかない、やりたいことをやれ」という父親の一言で美容院を辞め、肉体労働で金を稼ぎ、夜にレッスンに通う。アルバイト中には作業をしながら、「運命のヒト」を歌っていたようで、仕事仲間から「お前うるせーよ、仕事に集中しろよ!!」とよく注意されていたという。2006年7月10日放送の日本テレビのオーディション番組「歌スタ!!」ではメインコーナーである「廻る! 運命のうたちだい」に参加。番組内でEXILEの「運命のヒト」を歌い、林から「ファルセットとか上手くいかなかった部分はあるけど、声質時代は凄く色を持ってる。上手くなるまで時間は掛かりそうだけどね」ということから合格し、作曲家・林哲司から曲の提供を受けメジャーデビューが決まる。審査員の中には現GIRL NEXT DOORの鈴木大輔とMEGADETHの元ギタリストのマーティー・フリードマンがいた。鈴木は「華がある」と評し、マーティは「オリジナルの声量を持っているし、凄く可能性を感じる。今まで聞いてきた中で一番」と評していた。しかし、その後林のHPにて、経緯の詳細は伏せられているが曲提供の件が破談になったと発表されている。この件に関しては「歌手になりたい、というより、EXILEになりたかった」とコメントしている。
同年8月3日にはミュージカル『テニスの王子様』にも海堂薫役として出演する予定で、公式HP上及び関連誌上にも発表されていたが、7月24日に急遽「体調不良」を理由に降板。急遽代役に鯨井康介が決まった。当人の田?は、SHUN脱退後の総参加者数が1万人に及んだ「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006」の開催を聞き付け、「1秒も迷わなかった」と参加する決意を固め、林から約束されていたメジャーデビューの切符も破り捨てた。この降板発表が行われた数日後に7月30日、「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006」 の一次予選東京会場に参戦する。あれよあれよという間に勝ち上がり、2006年9月22日の最終審査で優勝し、EXILE TAKAHIROとしてメンバーに正式加入した(wikiミュージカル・テニスの王子様より引用)。メンバーが「オーディションでアイツを見た時に『キター!!』って思った。格好いいと思ったし、音外さないで欲しいなって応援してたよ。あの時からオーラがあったね」と話していたのを逆手に取ると、最初からTAKAHIROが選ばれることが前提の出来レースだったと言っているようなものだという指摘もある。メンバーはDVD内で「一番存在感があって、キャラ的にも合ってる。第二章を進化させるとしたらアイツしかいない」と話していた。レコーディング審査で歌合わせした際、ATSUSHIは「感動したわ、俺の波動と合ってる」と話していた。その時点でTAKAHIROと共に歩む未来を予感したという。
選ばれた後、TAKAHIROは「頭がおかしくなりそうなくらい嬉しいです。1万人分の責任を背負って、こいつなら仕方がないなと言って頂けるくらいになりたい」と涙ながらに話しており、現在ではEXILEきっての二枚目ヴォーカリストとして若い女性を初めとする層から絶大な人気を誇っている。
2007年3月1日、TAKAHIROの母校、長崎県立佐世保東翔高等学校の卒業式にてサプライズライブが行われた。校長が当時のTAKAHIROを振り返って、「本当に目立つ子だった」と話している。EXILEきっての二枚目ということもあり、女子からも人気があったようで、卒業する時に後輩の女子学生に制服の第2ボタンをプレゼントしたという。
アフリカ系アメリカ人の父と日本人の母親を持つ、黒人のハーフである。幼少期には肌が黒いこともあり、心ない言葉も浴びせられたという。「回りから面白可笑しく言われる対象になったんですよね」と話している。
また、日本語しか話せない。
中学時代に水泳部に所属していたため、メンバーからは「意外」と言われている。以前はロックが好きだったという。2000年当時は高校2年であり、高校を中退して臨んだテレビ東京系列オーディション番組『ASAYAN』の男子ボーカリストオーディションで最終選考まで残り、落選するも、ATSUSHIとの運命的な出会いを果たすこととなる。「このオーディションをきっかけにジャンルとして『R&B』という音楽を知り学んで行こうと思っていて、そこに一番のお手本というか感じさせてくれたのが、ATSUSHIさんで、ビジュアルや歌い方、マインドも僕の中に流れているであろう『DNA』を感じさせてくれました。オーディションの中で一緒に歌わせて頂くにあたっても、わからない僕にわかりやすくアーティストの事を教えてくれたり、常に僕の前を歩いてリードしてくれました。オーディション自体は結果的に落ちてしまいましたが、そこから教わった事や得た物は今でもかけがえのないものですし、今の自分を形成する元になっています」と話している。
合格した川畑要と堂珍嘉邦は後に「CHEMISTRY」を結成。今でも仲が良く、「DREAMERS」名義で活動していた頃にスタジオで偶然会い、つい長話をしてしまったという。
しかし、同番組を見ていた俳優・柏原収史に見初められ、2001年、2人組ボーカルユニット「STEEL」を結成。当時のEXILEのライブにも足を運んだという。同年6月6日、フォーライフより『BECAUSE...』でデビュー。シングル4枚、アルバム1枚をリリースした後、2002年に活動休止。NESMITHは当時を振り返って「完全に道を見失いました」と話し、自分の現状に対する戸惑いと焦りを覚えるようになる。「このままではいけない」と思い、渡米することを決心。半年間ロサンゼルスとニューヨークで語学勉強に励む。主にニュージャージーで過ごし、そこで幼い頃に生き別れた父と出会い、自分の中に流れる黒人のDNAを感じることができたという。
映画『ホテル・ハイビスカス』にてけんじにぃにぃ役で出演し、ケツメイシの「NO LADY, NO LIFE」にコーラスとしても参加、ファッションモデルも経験するなど必死にチャンスを掴もうと懸命に活動をしてきた結果、2005年の9月に知人に現在の所属事務所LDHを紹介され、移籍することが決まった。そして、かつての戦友であるATSUSHIと再会する。2006年4月12日、『追伸』で“NESMITH”としてソロデビュー。レコーディングの最中にATSUSHIに言われた、「ネスには日本人が持ち合わせていないBLACKのDNAがある。他の日本人アーティストがBLACKの曲を歌っても、ただの真似事に過ぎない。でも、ネスは両方を持っている。BLACKの声で日本語の曲を歌える日本人はネスしかいない」という一言がNESMITHが探しあぐねていた答えを見出すヒントになったという。NESMITHは当時を振り返って、「そこから今までの自分を元に、自分の存在意味やDNAを意識したパフォーマンスを自分というフィルターを通して少しずつ出来るようになって行きました」と話している。
2006年5月〜7月、EXILES武者修行ツアーに参加。COLORのTAKAと共に「Fly Away」を披露するなど、全国各地を回りに回る。そして、SHUN脱退に伴う2006年9月22日に行われた【EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 〜ASIAN DREAM〜】にTAKAと共にFINALISTとして参加する。FINALISTとして残ったTAKAHIRO, JONTE, YUICHIRO, WARNER, TAKAとはこの時からの戦友である。3次で落選したメンバーの中にはRYO, KEISEI, SHOKICHIがいた。最終的にはTAKAHIROにヴォーカリストの座を奪われ、惜しくも敗退。その後は落選したFINALIST達でDREAMERSを結成し、シングル「ソングソルジャー 〜明日の戦士〜」をリリースするなど、活動の幅を広げる中、2006年10月にHIROから「実はJ Soul Brothersを再始動させる。ヴォーカルをネスにして、来年のライブで初出ししたい」という話が持ち上がり、2007年1月、新生J Soul BrothersのVOCALとして選出する。 2007年8月、東京ビッグサイトにて行われたツアーファイナル EXILE LIVE TOUR 2007「EXILE EVOLUTION〜SUMMER TIME LOVE〜」で初パフォーマンス。この時はまだメンバーは5人しかいなかった。 2008年10月、J Soul Brothers全国TOUR「武者修行再び」決行。全国各地を回りに回り、2008年11月〜12月末に開催された、EXILE初のドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」に出演し、ファイナルでは「GENERATION」を初披露した。 2009年2月25日、J Soul Brothersメジャーデビューアルバム「J Soul Brothers」releaseをもちメジャーデビューを果たすと同時に初登場にも関わらず、オリコン1位を記録する。2009年3月1日をもって、EXILEに加入。HIROからの話の後、「今まで何度も歌手を辞めようと思ったんですが、全てはこの日のためにあったんだと今なら思えます」と涙しながら話していた。また、「がむしゃらに走りつづけ、挫折や苦悩を繰り返しながら、ただ一つ『夢』を諦めずに来た事が、新しい夢へ導いてくれたと思っています」とも話している。
中学時代は野球に打ち込んでいたが、その頃から歌手になりたいとも思い始める。高校は野球の推薦で入学を決めていたが、歌手になりたいという夢のために親からの大反対を受けながら野球をスッパリと辞め、歌手としての鍛錬を積むことを決意。本人は「ただ、がむしゃらに歌っていました」と話している。その中でEXILEの曲を聴き、衝撃を受ける。「EXILEは常に歌手を目指していた僕の中では憧れであり、そして目標でした」と話している。高校卒業後は大学に進学。在校中に友人とヴォーカルグループ「Jack Pot」を結成する。クラブでの活動を主とした。その後はイベントにて知り合った仲間とR&Bシンガーグループ「symphony」を結成し、DJ、ラッパー、シンガー、ダンサーが集うクルー「WILD STYLE」に所属。札幌内のクラブのイベントにて活躍。アンダーグラウンドの世界で着実に実力を付けていった。
SHUN脱退後の2006年、「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION〜ASIAN DREAM〜」の開催を聞き付け、「『EXILEに入りたい』、以前は雲の上の上の存在でしたが、リアルにそう思えることができましたし、歌手を夢見る僕らに夢と希望を与えてくれました。オーディションでは必死に僕の音楽人生、歌、魂、そしてEXILEになりたいという想いをぶつけようと思いました」という想いから、「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION〜ASIAN DREAM〜」に挑戦する。その中にはTAKAHIRO, COLORのヴォーカリストであるYUICHIRO, RYO, KEISEI、そしてJONTEがいた。全国各地から我こそはと集まった強者たちと肩を並べるほどのパフォーマンスを披露するが、惜しくも三次審査にて落選してしまう。だが、メジャーシーンでのVOCALISTという夢を捨てきれず、帰りの飛行機の中で「見てろよ、東京」と再挑戦する決意を固めたという。MAKIDAIはSHOKICHIのその一言がとても印象的だったと話している。
その後、新生COLORメンバーを決定するオーディションにも挑戦するがここでも落選。普通の人なら諦めたくなる状況だが、SHOKICHIは決して諦めることなく、EXPGの札幌校に歌とダンスの練習に通うようになる。ここでダンスと歌を直向きに練習したという。「惜しくも最終選考に残ることができず、あの時の悔しさは今でも鮮明に覚えてます。それからというもの、来る日も来る日も自分といつの日か訪れる奇跡を信じて、その悔しさをバネに必死に努力しました」と話している。
そんな姿を見ていたのが、HIROを初めとしたJ Soul Brothersのパフォーマー達だった。そんなSHOKICHIの熱意を見て、「凄いヤツがいるな、会ってみよう」とパフォーマー達がSHOKICHIに声を掛けたことから、新生J Soul Brothers VOCALオーディションの話が舞い込む。その後、NESMITHと初めて歌を合わせた。「『ASAYANに出てたNESMITHだ』と思ったら緊張した」と話していた。そして、2007年1月、J Soul Brothersメンバーに決定し、念願の歌手としてのデビューが決まったという。SHOKICHIは当時を振り返って、「『明日から宜しくお願いします』って言われた瞬間、今まで張りつめていたものがパーンって弾けて、勝手に涙が出てきて止まらなかったですね」と話している。
2007年8月、EXILE LIVE TOUR 2007「EXILE EVOLUTION」東京ビッグサイトにて行われたツアーファイナルで初パフォーマンス。人前でパフォーマンスをするのはこれが初めてだった。
2008年10月、J Soul Brothers全国TOUR「武者修行再び」決行するなど、積極的な活動を行う。そして、2008年11月〜12月末に開催された、EXILE初のドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」に出演する。年が明けた、2009年2月25日、J Soul Brothersメジャーデビューアルバム「J Soul Brothers」releaseをもちメジャーデビューを果たす。初登場ながらオリコン1位を記録する。
2009年3月1日、長年の夢であったEXILEに加入。SHOKICHIは「自分の一度敗れた夢が二年越しに叶いました。改めてHIROさん、そしてEXILEに夢は叶うということを教わった瞬間でした」と話している。TAKAHIRO曰く、「SHOKICHIは本当に熱い男で、いつも熱く語り合うことが多いですね」とのこと。ダンスなど始めてのことばかりで戸惑っていたが、TAKAHIROの言葉に胸を打たれたようで、頑張れるキッカケになったとのこと。
メンバー曰く、「眼力がヤバい」とのこと。HIROは「SHOKICHIは眼力が凄いんだけど、パフォーマンスの時にたまに眼力が感じられなくなる瞬間があるわけよ。だから心配な部分はある」と話している。
シュン、本名:清木場俊介(きよきば しゅんすけ)、山口県宇部市、1980年1月11日 - 血液型:O、身長173cm、体重63kg。
幼い頃に父親の影響で尾崎豊と、長渕剛の曲に触れ音楽への道を志すようになり、中学生の頃から地元である山口でバンド活動、ギターの弾き語りを行う。高校中退後、19歳の頃に友人と建設関連の会社を設立。会社の社長として働く一方で、仕事が終われば詞を書き溜め、休みの日は路上で語り弾きをしていた。そしてATSUSHI同様「ASAYAN」の男子ヴォーカリストオーディションを受け、第3次審査まで進むも審査員の態度に腹を立て辞退。その後、最後の覚悟の上、地元テレビ局のボーカルオーディションを受け優勝、偶然その場に居合わせたavex社員の目に止まる。その後、HIROは急遽行った「Your Eyes Only〜曖昧なぼくの輪郭〜」の英語版のレコーディングの時に初めてSHUNの歌を聞き、一発で惚れ込んだという(HIRO曰く、英語版はATSUSHIと初対面の状態でのぶっつけ本番のレコーディングだったようだが、SHUNは英語が不得手ということで、父親にルビを振ってもらいながら一夜漬けで歌詞を覚えてきた)。こうして、当初の予定を変更してボーカルは二人となり、J Soul Brothersの「SHUN」としてデビューすることとなった。
音楽学校で音楽を学び、レッスンを受けてきたATSUSHIとは逆に、ストリートの世界で歌い続け、独学で歌を身につけたボーカルスタイルである。ボイストレーニングはやっていたようだが長続きしなかったという。HIROに出会うまでダンスも全く知らず、また初期には他のメンバーともよく衝突したらしい。しかし、ATSUSHIが喉を悪くした時、煙草を吸っていたスタッフに「止めてもらえますか?」と言ったように、仲間想いの一面もある(ATSUSHIは「6年目の真実」にて、その言葉を思い出して涙していた)。また、MAKIDAI曰く「全裸で倒れていた男を助けたこともあった」という。
EXILE在籍中はシングル曲、アルバム曲問わずEXILEの楽曲の作詞を多数手がけた。初期のライブでは想いを伝えることに重点を置き過ぎるため、歌っている途中に泣き出してしまうことがしばしばあった。
ジムが嫌いなようで、ボクシングをして体を鍛えているという。ATSUSHI曰く、ツアーの際はいつもサンドバッグを持ち歩いていたという。また、EXILE唯一の喫煙家でもあった。テレビ番組においても度々煙草を吸う場面があった。
2005年1月、本名でソロデビュー。EXILEのSHUNとは異なり、ロック路線へ転向している。また尾崎豊のトリビュートに参加し、「ふたつの心」を歌った。参加アーティストの中では「尾崎豊の歌い方にもっとも忠実」と評され、EXILEとは別行動のライブではまるで尾崎がのり移ったかのようなステージを行い、EXILEとはまったく別の路線でファンを魅了した。
2006年3月27日、公式ホームページ上で突如EXILE脱退を発表し、2006年3月29日付で正式脱退。2005年の同時期にメンバーに脱退の意を申し出たという。当時HIROは「まだ時期じゃない」とし、メンバーも動揺する一方「いつかSHUNちゃんがEXILEを出て行くであろうことは予想していた」と話していた。脱退後はソロ活動に専念。脱退の動機として「『SHUN』として納得のいく様に唄えなくなった、このままでは自分が自分としてここに居ることが嘘になってしまうと感じた。そんな気持ちのままで歌うのはEXILEのメンバー、ファン、スタッフにも失礼なことなんじゃないかと思った。ただ、一つだけ言っておきたいのは、EXILEが嫌になったわけでもなければ、単純にソロに集中したいから辞めるわけでもない。自分が自分であるために、貫きたいことを貫くために脱退を決意した'''」と述べている。脱退の理由に関しては様々な憶測が飛び交っているが、音楽性の違いが一番の理由として挙げられている。他にはメンバーとの確執、方向性の違いなどの説が挙げられている。
2004年ごろには既に悩んでいたようで、HIROが出版した『Bボーイサラリーマン』には、かつてSHUNがスタッフとのトラブルが原因で、急にツアーのリハーサルを5日間無断で休んだ後、脱退を申し出たというエピソードが書かれている。SHUN自身はHIROやメンバーの電話やメールを一切無視し、最終的には電源を切ったという。5日後にクビを覚悟で、反面「SHUNちゃん、そんなこと言わないでさ」となだめてくれることも期待しつつHIROの待つスタジオへ出向く。HIROは「俺は今までATSUSHIとSHUNがヴォーカリストとして成長できるように考えに考え抜いてやってきたつもりなのに、SHUNは俺のEXILEに対する本気の想いを軽く見ていたのかと思うと悲しくなった」と激怒し、SHUNが「これは人間としてやってはいけない」と思い、HIROに謝罪して和解。後にHIROは、SHUNと色々な話をする内に「俺は冷静になろうとする余り、メンバーと距離を取りすぎていたし、SHUNとも昔のように熱く語り合うこともしなくなっていた。SHUNは俺のEXILEへの想いを甘く見ていたのではなくて、もっと深いところで俺と語り合いたかったんだと気付いた。人と付き合うというのは一筋縄ではいかない。そのことを自分の存在を懸けてまで教えてくれたのがSHUNだ」と話していた。EXILEを辞めることについては「EXILEのヴォーカルだった人だね。でも今ロックやってるんでしょって一生言われるだけ。俺は嘘を付いてまで歌を歌いたくない。けど、ソロになってからは頼れる人がいないからキツいのよね」とも話している。
脱退してからもEXILEのメンバーとは親交がある。TAKAHIROのことも「最高のヴォーカリスト」と認めている。EXILEを脱退した当時は思い出さないようにガムシャラに仕事に打ち込んでいたようだが、時が経ち冷静になると、2007年のEXILEのライブの大阪会場にも顔を出した。ライブの前日は「自分のライブじゃないのに凄く緊張して、睡眠薬飲んで寝たよ」と話しており、大阪に向かう新幹線の中で「EXILE EVOLUTION」を予習の意味を込め、聴いていたという。ATSUSHIはSHUNが脱退してから2年経った2008年現在でもSHUNのことを語る時は涙することがある。最後の出演となったMUSIC STATIONでタモリに「SHUNはどんなメンバーだったか?」と聞かれた時に、「歌手としての相方としてもそうだが、人間的にも凄く勉強になるところがあったし、本当に最高の相方だった」と話していた。第二章開幕前の最終選考も観覧しに来ていたという。
SHUN自身、「観客としてEXILEを見たらやっぱり格好良くて、以前より益々ファンになった。自分があんな素晴らしいグループにいたことを誇りに思う」と話していた。脱退してもなお、メンバーとは仲が良く、酒を飲むことがあるという。メンバーも清木場のライブは観に行くようで、TAKAHIROも観に行ったと話していた。
2008年9月17日付けで所属事務所LDHとavexからも独立した。
「練習してうまくなるのは好きじゃない。歌は一発の感覚。レコーディングも、ほぼ一発録りです。曲や歌詞からのイメージをふくらませ、突き詰めてから本番に臨む。その新鮮さをずっと求めています。」というポリシーを持っているという。
現在はロック歌手としての活動を続けており、自身が影響を受けた尾崎豊や長淵剛等に通じるともいえる若者を勇気付けるような歌を歌っている。MAKIDAI曰く、全裸男を助けたこともあるという。人物としてはいわゆる「熱い男」であるが、ライブでは知る人ぞ知る稀代のお笑いMCで知られる。
第二章開幕後は、「エグキャッチー」に加え、「Lovers Again」や「彼方から此処へ」のようなミディアム系統の曲を「エグセツナ」と称するようになった。同時に、ATSUSHIによる作詞が大幅に増え、第一章最後のアルバム『ASIA』では3曲だったのに対し、5thアルバム「EXILE EVOLUTION」では15曲中5曲、6thアルバム『EXILE LOVE』では12曲中半分を占めるようになった。
曲をレコーディングする際には、方向性をメンバー同士で打ち合わせをし、レコーディングスタジオにも全員が来る。レコーディングしている際に、ダンスの振り付けも考えるという。特にR&BやHIP HOP系の音をベースした曲を作る際は、トラックメイカーにいくつかトラックを用意してもらい、メンバー内でしっくりと来るトラックを選ぶという。その上で歌詞を書いたり、ハモりを積んでいく。よほどのことがない限り、トラックから先に制作を始めるという。曲によっては、海外でレコーディングすることもある(主にGIANT SWING夫妻の拠点であるアトランタ)。なお、第二章以降ボーカルディレクション、TAKAHIROへの指導も主にATSUSHIによって行われている。パフォーマー達も歌うテーマに関しての意見は言うが、歌に関してはボーカル2人に全て委ねているという。
| ●● | |||||
| 2001年 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 9月27日 | Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜 | ||||
| 12月12日 | Style | ||||
| 2002年 | |||||
| 2月20日 | Fly Away | ||||
| 4月17日 | song for you | ||||
| 8月7日 | Cross〜never say die〜 | ||||
| 11月13日 | EX-STYLE〜Kiss You〜 | ||||
| 2003年 | |||||
| 2月5日 | We Will〜あの場所で〜 | ||||
| 5月28日 | Breezin'〜Together〜 | ||||
| 7月9日 | LET ME LUV U DOWN feat.ZEEBRA & MACCHO (OZROSAURUS) |
||||
| 11月6日 | Choo Choo TRAIN | ||||
| 11月12日 | Eternal... | ||||
| 11月19日 | ki・zu・na | ||||
| 11月27日 | O'ver | ||||
| 2004年 | |||||
| 5月12日 | Carry On/運命のヒト | ||||
| 6月30日 | real world | ||||
| 8月18日 | HEART of GOLD | ||||
| 12月1日 | HERO | ||||
| 2005年 | |||||
| 8月24日 | EXIT | ● | |||
| 12月14日 | ただ…逢いたくて | ● | |||
| 2006年 | |||||
| 3月1日 | YES! | ● | |||
| 12月6日 | Everything | ● | |||
| 2007年 | |||||
| 1月17日 | Lovers Again | ● | |||
| 2月14日 | 道 | ● | |||
| 5月16日 | SUMMER TIME LOVE | ● | |||
| 8月29日 | 時の描片〜トキノカケラ〜/24karats -type EX- | ● | |||
| 11月21日 | I Believe | ● | |||
| 2008年 | |||||
| 2月27日 | Pure/You're my sunshine | ● | |||
| 9月24日 | The Birthday〜Ti Amo〜 | ● | |||
| 11月26日 | LAST CHRISTMAS | ||||
| 2009年 | |||||
| 4月15日 | THE MONSTER〜Someday〜 | ● | |||
| 7月22日 | THE HURRICANE 〜FIREWORKS〜 | ● | |||
| ●● | ||||
| 2005年7月20日 | SCREAM (GLAY×EXILE) | ● | ||
| 2006年11月22日 | WON'T BE LONG (EXILE&倖田來未) | ● | ||
| 2007年8月29日 | 24karats -type S- (Sowelu, EXILE, DOBERMAN INC) | ● |
| 2009年2月17日 | THE NEXT DOOR THE NEXT DOOR -INDESTRUCTIBLE- |
| ●● | |||||
| 2002年3月6日 | our style | ||||
| 2003年2月13日 | Styles Of Beyond | ● | |||
| 2003年12月3日 | EXILE ENTERTAINMENT | ●● | |||
| 2006年3月29日 | ASIA | ● | |||
| 2007年3月7日 | EXILE EVOLUTION | ●● | |||
| 2007年12月12日 | EXILE LOVE | ●● |
| ●● | |||||
| 2005年1月1日 | SINGLE BEST SELECT BEST PERFECT BEST |
● | |||
| 2008年3月26日 | EXILE CATCHY BEST | ● | |||
| 2008年7月23日 | EXILE ENTERTAINMENT BEST | ● | |||
| 2008年12月3日 | EXILE BALLAD BEST | ● |
| 曲名 | タイアップ | 収録 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| できちゃった結婚 | |||||
| Your eyes only 〜曖昧なぼくの輪郭〜 |
フジテレビ系ドラマ/劇中使用曲 | シングル『Your eyes only 〜曖昧なぼくの輪郭〜』 |
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| ASAYAN | |||||
| style | テレビ東京系オーディションバラエティ番組/エンディング曲 | シングル『style』 | |||
| Fly Away | シングル『Fly Away』 | ||||
| REVUE | |||||
| song for you | kanebo/TVCMイメージソング | シングル『song for you』 | |||
| 東京庭付き一戸建て | |||||
| Cross〜never say die〜 | 日本テレビ系ドラマ/挿入歌 | シングル『Cross〜never say die〜』 | |||
| スキンミルク | |||||
| Kiss you | ニベアボディ/CMソング | シングル『EX-STYLE〜Kiss you〜』 | |||
| winners! | |||||
| We Will〜あの場所で〜 | テレビ東京系バラエティ番組6局ネット/エンディング曲 | シングル『We Will〜あの場所で〜』 | |||
| Men's Beauteen 02サマー | |||||
| ESCAPE | CFタイアップソング | アルバム『Styles Of Beyond』 | |||
| 新食感宣言 | |||||
| wishes | 山崎製パン/CMソング | アルバム『Styles Of Beyond』 | |||
| ホットマン | |||||
| Together | TBS系ドラマ/主題歌 | シングル『Breezin'〜Together〜』 | |||
| au A5401CA | |||||
| Time | カシオ計算機携帯電話/TV-CFソング | シングル『Breezin'〜Together〜』 | |||
| 薬用ホワイトニング | |||||
| BLUE〜云えずにいる〜 | ニベアボディ/CMソング | シングル『Breezin'〜Together〜』 | |||
| スポーツうるぐす | |||||
| 砂時計 | 日本テレビ系スポーツ番組/エンディング曲 | シングル『Breezin'〜Together〜』 | |||
| Japan Countdown | |||||
| LET ME LUV U DOWN feat.ZEEBRA&MACCHO (OZROSAURUS) |
テレビ東京系音楽番組/7月オープニング曲 | シングル『LET ME LUV U DOWN feat. ZEEBRA & MACCHO(OZROSAURUS)』 |
|||
| JUST BEAUTY | |||||
| Believe | エステティック TBC/キャンペーンソング | コンピレーションアルバム『99% Radio Show』 | |||
| 内村プロデュース | |||||
| Choo Choo TRAIN | テレビ朝日系バラエティ番組/エンディング曲 | シングル『Choo Choo TRAIN』 | |||
| スキンミルク | |||||
| Eternal... | ニベアボディ/CMソング | シングル『Eternal...』 | |||
| ダウンタウンDX | |||||
| ki・zu・na | 読売テレビ・日本テレビ系バラエティ番組/エンディング曲 | シングル『ki・zu・na』 | |||
| 1.AX MUSIC-TV 2.汐留スタイル! | |||||
| O'ver | 1.日本テレビ系音楽番組/MUSIC BANK 2.日本テレビ系情報番組/Stylish Play |
シングル『O'ver』 | |||
| DYNACITY Mansion Series | |||||
| New Jack Swing | ダイナシティ/TV-CFソング | アルバム『EXILE ENTERTAINMENT』 | |||
| アミノバリュー | |||||
| Carry On | 大塚製薬/CMソング | シングル『Carry On/運命のヒト』 | |||
| 1.奇跡の扉 TVのチカラ 2.DYNACITY Mansion Series | |||||
| 運命のヒト | 1.テレビ朝日系情報番組 2.ダイナシティTV-CFソング | シングル『Carry On/運命のヒト』 | |||
| 一球の緊張感THE LIVE 2004 | |||||
| real world | 日本テレビ系スポーツ番組/イメージソング | シングル『real world』 | |||
| HEART of GOLD | |||||
| HEART of GOLD | ミュージカル「HEART of GOLD」/テーマソング | シングル『HEART of GOLD』 | |||
| アレグリア2 | |||||
| Emotional Beat | シルク・ドゥ・ソレイユ/CMソング | アルバム『HEART of GOLDN 〜STREET FUTURE OPERA BEAT POPS〜』 |
|||
| スキンミルク | |||||
| イノチの理由 | ニベアボディ/CMソング | アルバム『HEART of GOLDN 〜STREET FUTURE OPERA BEAT POPS〜』 |
|||
| ホットマン2 | |||||
| HERO | TBS系ドラマ/主題歌 | シングル『HERO』 | |||
| DYNACITY Mansion Series | |||||
| STAY | ダイナシティ/TV-CFソング | ベストアルバム『SELECT BEST』 /『PERFECT BEST』 |
|||
| DOORS | |||||
| SCREAM | TBSテレビ50周年記念バラエティ番組/テーマソング | コラボレーションシングル『SCREAM』 | |||
| 女王の教室 | |||||
| EXIT(TV dream ver.) | 日本テレビ系ドラマ/エンディング曲 | シングル『EXIT』 | |||
| 薬用ホワイトニングストレッチアップ | |||||
| DIAMOND | ニベアボディ/CMソング | シングル『EXIT』 | |||
| au×EXILEキャンペーン | |||||
| ただ…逢いたくて | KDDICMソング | シングル『ただ…逢いたくて』 | |||
| 1.2月怒涛のサッカー中継 2.音楽戦士 MUSIC FIGHTER 3.薬用ホワイトニング | |||||
| YES! | 1.日本テレビ系スポーツ番組イメージソング 2.日本テレビ系音楽番組/3月オープニング曲 3.ニベアボディ/CMソング |
シングル『YES!』 | |||
| ブラック・ジャック21 | |||||
| careless breath | 読売テレビ・日本テレビ系TVアニメ/エンディング曲 | アルバム『ASIA』 | |||
| マチベン | |||||
| 永遠 | NHK総合土曜ドラマ/エンディング曲 | アルバム『ASIA』 | |||
| 1.dwango.jp 2.mu-mo 3.music.jp 4.全国カラオケ事業者協会 | |||||
| WON'T BE LONG | 1.dwango/TV-CMソング 2.mu-mo/TV-CMソング 3.music.jpTV-CFソング 4.全国カラオケ事業者協会/ デュエット推薦ソング |
コラボレーションシングル『WON'T BE LONG』 | |||
| 家族〜妻の不在・夫の存在〜 | |||||
| Everything | テレビ朝日系ドラマ/主題歌 | シングル『Everything』 | |||
| アドレな!ガレッジ | |||||
| Giver | テレビ朝日系バラエティ番組/エンディング曲 | シングル『Everything』 | |||
| music.jp | |||||
| HOLY NIGHT | music.jp/TV-CFソング | シングル『Everything』 | |||
| プリズン・ブレイク | |||||
| EVOLUTION | 日本テレビ系洋画ドラマ/テーマ曲 | シングル『Everything』 | |||
| au×EXILE第二章キャンペーン | |||||
| Lovers Again | KDDI/CMソング | シングル『Lovers Again』 | |||
| music.jp | |||||
| Change My Mind | music.jp/TV-CFソング | シングル『Lovers Again』 | |||
| 1.music.jp 2.音楽戦士 MUSIC FIGHTER 3.全国カラオケ事業者協会 | |||||
| 道 | 1.music.jp TV-CFソング 2.日本テレビ系音楽番組/2月オープニング曲 3.全国カラオケ事業者協会/卒業シーズン推薦ソング |
シングル『道』 | |||
| あつまるくんの求人案内 | |||||
| Yell | 雇用促進事業会/TVCFソング | アルバム『EXILE EVOLUTION』 | |||
| ラ・パルレ | |||||
| No Other Man feat.NaNa | エステ/CMソング | アルバム『EXILE EVOLUTION』 | |||
| 1.ランチパック 2.スッキリ< | --wikiのほうで「ビックリマーク( | )二つがなんらかの理由で規制されていると思われます。使用できないので「 | 」のみにし、下記に正しい番組名を表記しました」--> 3.GOOD LOOKIN′CLUB 4.音楽戦士 MUSIC FIGHTER 5.music.jp | ||
| SUMMER TIME LOVE | 1.山崎製パン/CMソング 2.日本テレビ系スッキリ!!」/2007年5月度エンディング曲 3.日本テレビ系バラエティ番組/2007年5月度エンディング曲 4.日本テレビ系/2007年5月POWER PLAY 5.music.jp/TV-CFソング |
シングル『SUMMER TIME LOVE』 | |||
| きみに届く声 | |||||
| 響〜HIBIKI〜 | 映画/主題歌 | シングル『SUMMER TIME LOVE』 | |||
| 山おんな壁おんな | |||||
| 時の描片〜トキノカケラ〜 | フジテレビ系ドラマ/主題歌 | シングル『時の描片〜トキノカケラ〜 /24karats -type EX-』 |
|||
| Gold 24karats Diggers | |||||
| 24karats -type EX- | 24karats/ブランドイメージソング | シングル『時の描片〜トキノカケラ〜 /24karats -type EX-』 |
|||
| 音楽戦士 MUSIC FIGHTER | |||||
| 24karats -type S- | 日本テレビ系音楽番組/9月オープニング曲 | コラボレーションシングル『24karats -type S-』 | |||
| 1.music.jp 2.音楽戦士 MUSIC FIGHTER | |||||
| I Believe | 1.music.jp/TV-CFソング 2.日本テレビ系音楽番組/2007年11月POWER PLAY |
シングル『I Believe』 | |||
| 1.TYO 2.The・サンデー | |||||
| 君がいるから | 1.東日本旅客鉄道/CMソング 2.日本テレビ系ニュース番組/2007年12月 - 2008年1月エンディング曲 |
シングル『I Believe』 | |||
| オトナの資格 | |||||
| What Is Love | 日本テレビ系番組/2008年1月エンディング曲 | アルバム『EXILE LOVE』 | |||
| スーパーカップ1.5倍 | |||||
| Beautiful | エースコック/CMソング | アルバム『EXILE LOVE』 | |||
| 月曜映画 | |||||
| Make Love | 日本テレビ系/2008年1月 - 2月オープニング曲 | アルバム『EXILE LOVE』 | |||
| NNN Newsリアルタイム | |||||
| 空から落ちてくるJAZZ | 日本テレビ系ニュース番組 /2007年12月 - 2008年1月SPORTSテーマソング |
アルバム『EXILE LOVE』 | |||
| ラジかるッ | |||||
| love | 日本テレビ系情報番組/2007年12月エンディング曲 | アルバム『EXILE LOVE』 | |||
| 音楽戦士 MUSIC FIGHTER | |||||
| sayonara | 日本テレビ系音楽番組/2008年1月POWER PLAY | アルバム『EXILE LOVE』 | |||
| 1.タントカスタム 2.音楽戦士 MUSIC FIGHTER | |||||
| 変わらないモノ | 1.DAIHATSU/CMソング 2.日本テレビ系音楽番組/2007年12月POWER PLAY |
アルバム『EXILE LOVE』 | |||
| Schick | |||||
| Touch the sky feat. Bach Logic | Schick/CMソング | アルバム『EXILE LOVE』 (DVD付きボーナストラック) |
|||
| 1.LISMO 2.W54S | |||||
| Pure | 1.au/CMソング 2.au/CMソング | シングル『Pure/You're my sunshine』 | |||
| 1.チームバチスタの栄光 2.music.jp | |||||
| You're my sunshine | 1.映画/主題歌 2.music.jp/TV-CFソング |
シングル『Pure/You're my sunshine』 | |||
| 麒麟 ZERO | |||||
| 銀河鉄道999 feat. VERBAL (m-flo) |
KIRIN/CMソング | ベストアルバム『EXILE CATCHY BEST』 | |||
| 2008MLB開幕シリーズ | |||||
| real world (NEW Ver.) | 日本テレビ系スポーツ番組/イメージソング | ベストアルバム『EXILE CATCHY BEST』 | |||
| 北京五輪 | |||||
| Fly Away (NEW Ver.) | テレビ東京系放送スポーツ番組/テーマソング | ベストアルバム『EXILE CATCHY BEST』 | |||
| 1.ラックス スーパーリッチシャイン 2.アドレな!ガレッジ | |||||
| SUPER SHINE | 1.ユニ・リーバ/CMソング 2.テレビ朝日系番組/エンディング曲 |
ベストアルバム 『EXILE ENTERTAINMENT BEST』 |
|||
| ロト6で3億2千万円当てた男 | |||||
| MY FANTASY | テレビ朝日系ドラマ/主題歌 | ベストアルバム 『EXILE ENTERTAINMENT BEST』 |
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| SUPER SOCCER Plus | |||||
| My Buddy | TBS系スポーツ番組/テーマソング | ベストアルバム 『EXILE ENTERTAINMENT BEST』 |
|||
| 音楽戦士 MUSIC FIGHTER | |||||
| So Special -Version EX- | 日本テレビ系音楽番組/2008年7月 - 9月POWER PLAY | ベストアルバム 『EXILE ENTERTAINMENT BEST』 |
|||
| 1.メルティーキッス 2.music.jp | |||||
| Ti Amo | 1.Meiji/CMソング 2.music.jp/TV-CFソング | シングル『The Birthday〜Ti Amo〜』 | |||
| クリスマス手作りチョコレート | |||||
| LAST CHRISTMAS | Meiji/TVCMソング | シングル『LAST CHRISTMAS』 | |||
| Fran Whipps | |||||
| ただ…逢いたくて (NEW Ver.) | Meiji/CMソング | ベストアルバム『EXILE BALLAD BEST』 | |||
| 1.ファイザー 2.ジェネラル・ルージュの凱旋 | |||||
| 僕へ | 1.ファイザーCMソング 2.映画/主題歌 | ベストアルバム『EXILE BALLAD BEST』 | |||
| ストリートファイターIV | |||||
| THE NEXT DOOR | CAPCOM/テーマソング | 配信シングル『THE NEXT DOOR』 | |||
| ストリートファイター ザ・レジェンド・オブ・チュンリー | |||||
| THE NEXT DOOR -INDESTRUCTIBLE- |
映画/主題歌 | 配信シングル『THE NEXT DOOR』 | |||
| WISH | |||||
| Someday | TOYATA/CMソング | シングル『THE MONSTER〜Someday〜』 | |||
| 星の大地に降る涙 | |||||
| 愛すべき未来へ | 「地球ゴージャス」プロデュース公演/主題歌 | シングル『THE MONSTER〜Someday〜』 | |||
| EXILE GENERATION | |||||
| GENERATION | 日本テレビ系バラエティ番組/エンディング曲 | シングル『THE MONSTER〜Someday〜』 | |||
| 『純愛』 | |||||
| INORI | 映画/主題歌 | 未定 | |||
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