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New York City

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
ニューヨーク市(ニューヨークし、City of New York、通称:New York City"NYC")は、アメリカ合衆国ニューヨーク州にある。同国最大の都市であり、同国の経済の中心である。1776年から1790年まではアメリカ合衆国の首都だった。

漢字の当て字は「紐育市」「紐約市」など明治期には「新ヨーク」との記載例もある。

近郊を含む都市圏の人口では、東京東京圏)、メキシコシティサンパウロに次ぐ世界第4位の規模であり、トップ水準の世界都市とされる。また国連本部があり、ホワイトハウスのあるワシントンとの対比でニューヨークの一語で国連を示す場合もある。

概要

北アメリカ大陸東海岸に位置し、陸地面積は785.5km?、人口は814万人(2005年)であり、アメリカ合衆国で最大の人口を擁する都市である参考:東京23区:面積:621km?、人口:848万人−2005年国勢調査。世界の経済金融流行医学娯楽メディア及び文化の中心の一つで、多数の博物館美術館劇場、メディアの支部、多国籍企業及び国際金融市場が集積する。また国際連合本部ビルが置かれ、世界的に有名な摩天楼が数多く存在する。

ビッグ・アップル」「ゴッサム」「決して眠らない街」「世界の首都」など多くの異名を持ち、何百もの言語と文化が折り重なり、多くの移民を惹き付けている。人口の約1/3が外国人で、アメリカ合衆国国内からもそれの持つ文化、多様性、生活、世界観およびビジネス・チャンスを求め多くの人が集まっている。

歴史

ニューヨーク湾沿いのこの地域に訪れた最初のヨーロッパ人として、1524年にイタリア人航海士ジョバンニ・ダ・ベラツァーノが上陸した時、先住民のレナペ約5,000人がここに住んでいた。1609年、オランダに雇われて探検航海をしていたイギリス人ヘンリー・ハドソンが、ハドソン川を探検した。彼の名前はこの川の名の由来となった。1613年、オランダ人が先住民レナペからマンハッタン島を購入して入植が始まり、当初は祖国の名にちなんでニューネーデルラント(新オランダ)と呼ばれ、1625年ニューアムステルダムとよばれるオランダの交易所がマンハッタン島の南端にもうけられた。17世紀中ごろにはマンハッタン島は植民がすすみ、ブロンクスブルックリンクイーンズスタテンアイランドにも定住がはじまった。1653年、オランダはこの植民地をイギリスアメリカ先住民からまもるため、防壁をきずいた。この壁(ウォール)はのちにウォールストリートの語源となる。1664年イギリス軍が侵攻してきたためオランダ総督ピーター・ストイベサントは無抵抗で降伏した。第二次英蘭戦争を終結させたブレダの和約でニューアムステルダムを含むニューネーデルラントはイングランドに割譲され、国王チャールズ2世はこれを弟のヨーク公(後のジェームズ2世)に与えたので、ニューアムステルダムはニューヨークと改称された。これがニューヨークの起源である。その後第三次英蘭戦争中の1673年にオランダが一時奪回したが、1674年ウェストミンスター条約でイギリスに再度引き渡された。

ニューアムステルダムはニューヨークと改名された。優れた港湾であるニューヨーク港をもつ新開地は、沿岸貿易や海洋貿易によって発展した。ニューヨークは1765年の印紙税法反対運動など、アメリカ独立戦争にいたるさまざまな事件で重要な役割を担い、ロングアイランドの戦いの後からアメリカ独立戦争が終結するまではイギリス軍に占領された。1776年、アメリカ合衆国は独立してニューヨーク市が首都・州都となり、1789年にはジョージ・ワシントンが合衆国初代大統領として、ここで就任式をおこなった。1790年、首都がフィラデルフィアに移転し、1797年、州都がオルバニーに移転。1825年エリー運河が完成するとニューヨークは飛躍的に発展した。ハドソン川エリー湖をつなぐこの運河は、西部の巨大な市場を開放し、ニューヨークは商取引・金融・海上保険・製造の一大中心地になった。アイルランドドイツユダヤイタリア人などを主とする多数の移民が入国しはじめ、1820-40年に市の人口は2倍以上になり、1850年代にはさらに倍増して51万5547人になった。19世紀末までには、南ヨーロッパ東ヨーロッパ、そして中国からの移民が殺到した。1853年、ニューヨーク万国博覧会開催。1863年7月13日ニューヨーク暴動発生。この間、アメリカにおける中心地として、また第一次世界大戦後は、世界の経済、文化などの中心地として大きな発展を遂げる。橋の建設時代をむかえてさらに発展は加速された。1883年建造のブルックリン橋をはじめとする橋の建設は、1898年における周辺のの合併による、現在の5区制が確立される原動力となった。1904年には各区間の地下鉄網の建設がはじまった。

1929年10月24日ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落し、これは世界恐慌の発端となった。この日は木曜日だったため、後にこの日は「暗黒の木曜日(ブラック・サーズデー)」と呼ばれるようになった。1939年-1940年、「明日の世界の建設と平和」をテーマとしてニューヨーク世界博覧会(第1回) が開催され、ジョージ・ワシントンの大統領就任150周年を記念して催された。ナイロンプラスチックテレビなどが出展され、高速道路網が行き交う20年後のアメリカを表現した精巧な巨大ジオラマ「フューチュラマ」がGMパピリオンに登場し人気を博した。第二次世界大戦中から戦後にかけて、おもに南部諸州から多数の黒人がニューヨークに移住してきた。1950年代までには、プエルトリコをはじめとするカリブ海の各地とラテンアメリカからの移民が増加した。1964年-1965年、「世界を通じての平和」をテーマとしてニューヨーク世界博覧会(第2回) 開催。2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件が発生。ニューヨーク世界貿易センタービルが崩壊し、ニューヨーク証券取引所が4日間も営業停止するなど、世界経済に影響を及ぼした。

地理

Wikipedia画像へのリンク(ニューヨーク上空からの衛星画像)

ニューヨーク市は「ボストン−ワシントン メガロポリス」という超巨大都市圏の中心に位置している。市の総面積は1,214.4km?で、内35.31%は水面である。市域のうち、マンハッタンスタテンアイランド、およびロングアイランド東部に位置するクイーンズブルックリンロングアイランド)が川によって遮られた「島」にあたり、ブロンクスが「大陸の一部」とみなされている。

交易都市としてのニューヨーク市の拠点性はマンハッタン、ブルックリン、スタテンアイランドとニュージャージー州に囲まれたニューヨーク湾の良好な自然港湾の恩恵を受け成立しており、ブルックリンとスタテンアイランドに挟まれたヴェラザノ海峡によって大西洋の荒波から守られている。

ハドソン川ハドソン・バレーからニューヨーク湾に流れ、ニュージャージー州からブロンクスとマンハッタンを切り離す河口になっている。イースト川(実際には海峡)はロングアイランド湾とニューヨーク湾を繋ぎ、ブロンクスとマンハッタンのあるロングアイランドを大陸本土から切り離している。ハーレム川(実際にはイースト川とハドソン川を繋ぐ海峡)は本土の一部であるブロンクスからマンハッタンを切り離している。

市の陸地はオランダの植民地時代以来、川岸に沿って埋め立て工事が進み、天然の状態からはかなり変更された。現代の埋立についてはロワー・マンハッタンのバッテリーパーク周辺のような再開発が注目されている。なお「マンハッタン」という地名の語源は諸説あるが、その一つに「丘の島」を意味するというものがある。事実、マンハッタン島の地形は意外と起伏に富んでいる。

行政区

Wikipedia画像へのリンク(ニューヨークの5つの区
(1) Manhattan(マンハッタン)
(2) Brooklyn(ブルックリン)
(3) Queens(クイーンズ)
(4) Bronx(ブロンクス)
(5) Staten Island(スタテンアイランド))

ニューヨーク市は、行政上の5つの区 (Five Boroughs) から成る。区の至る所には、何百もの地区 (neighborhood) が存在し、それぞれ独自の歴史や特徴を築いている。もし、それぞれの区が独立したなら、すべてがアメリカ合衆国の人口順50位以内の都市に入る。

マンハッタン区(ニューヨーク郡、人口1,593,200人)
市の経済の中心で五つの区で最大の市街地である。最高の人口密度を擁し、大部分は摩天楼に覆われている。大まかに分けると、ダウンタウンミッドタウン及びアップタウンの三つの地区に分けられる。
ブルックリン区(キングス郡、人口2,486,235人)
最も人口の多い区。1898年までは独立した市だった。強い個性を持っており、中央地区や南東地区には近代的なビジネス街から古い住宅地区まで様々な街並みが見られる。また、アメリカでも初期の遊園地の1つとして有名なロングビーチフロントとコニーアイランドもよく知られている。
クイーンズ区(クイーンズ郡、人口2,241,600人)
最大の面積を持つ区。アメリカで最も多様な民族が住む地域である。ニューヨーク市との合併以前は、オランダ人の築いた小さな町と村で構成されていた。ニューヨーク・メッツの本拠地、区内にニューヨークの主要3空港のうち2つの空港がある。フラッシング・メドウズ・コロナ公園1939年1964年に行われた国際博覧会の開催地であることが有名である。
ブロンクス区(ブロンクス郡、人口1,357,589人)
区南東部のサウス・ブロンクス地区は、ヒップホップ文化誕生の地であり、ニューヨーク・ヤンキースの本拠地・ヤンキー・スタジアムの所在地でもある。
アメリカ最大の共同住宅団地、コープ・シティーでも知られている。小さな島を除くと、北アメリカ大陸に位置する唯一の区でもある。
スタテンアイランド区(リッチモンド郡、人口464,573人)
日本語では「スタテン島」と表記されることもある。5つの区の中で最も郊外に位置する。1964年にヴェラザノ・ナローズ・ブリッジが開通した。2001年まで世界最大のゴミ埋め立て地として悪名高いフレッシュ・キルズ埋立地があったが、現在はアメリカ最大の都市公園の1つとして整備されている。

外国人居住者

ニューヨークはもとより、アメリカ合衆国そのものが移民の手によって開発されたため、外国人によって発展したと言っても過言ではない。ニューヨークには多数の外国人街区があり、そこには多くの米国籍を持たない外国人が居住している。The Asian American Federation of New Yorkによれば26,000人の日本国籍者がおり、61%はマンハッタン区に、23%はクイーンズ区に住んでいる。明確な日本人街というものは存在しないが、マンハッタンのイースト・ビレッジ地区や東41丁目などでは、日本人経営による商店・飲食店の集積が見られる。

気候

ニューヨーク(北緯40度43分)と同様に、大陸東側にあってほぼ同じ緯度である大都市には、北京(北緯39度54分)がある。

ユーラシア大陸では、ヒマラヤ山脈アルプス山脈のような大山脈が東西にのびて、北からの冷気を防いでいるが、北米大陸にはロッキー山脈のような南北にのびる大山脈があっても、東西にのびる大山脈がないため、寒気が簡単に南下する。ニューヨークも北側に大山脈を抱えていないため、平均気温を大きく下回るような寒波が度々襲来する。しかし、暖流メキシコ湾流の影響により平年値では相殺され、1月の平均気温-0.6℃、最高気温3℃、最低気温-4℃となっている。ニューヨークの降雪の深さ合計(累積積雪量)は年間57cmで、雪より雨のほうが多い。ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候(Cfa)になる。

夏季も、メキシコ湾流の上を通る南風が直接吹き込み、大陸東側の同緯度の都市よりも暖かい。8月の平年値で最高気温29℃、最低気温19℃と一日に10℃ほどの較差があり熱帯夜傾向はあまりない。  
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年間
平均最高気温 (℃) 3 4 10 15 22 27 30 29 24 18 12 6
17
平均最低気温 (°C) -4 -3 2 7 12 17 20 19 16 10 5 -1
8
降水量 mm 86 84 99 102 112 95 112 104 99 91 127 99
1124
''出典: Weatherbase

経済

ニューヨークは全米で最も大きな経済規模を持つ都市であり、世界のビジネスを牽引する世界有数の国際都市である。主に金融業界に大きな影響力を持ち、複数の世界的金融機関(大半がアメリカ資本)が本社を置いている。経済規模が1兆ドルを超える都市圏は世界的に見てニューヨークと東京(共に1兆1000億ドル)のみであり、これにロンドン(約4500億ドル)を加え世界3大都市と呼ばれ、これら3都市は世界経済を牽引する重要なハブとされており、株取引、外貨取引などにおいては3都市の地理的な条件から均一に時差が生まれている。全米規模で見ても2位のロサンゼルスが6300億ドルであるので、その巨大な経済を数字が物語っている。なお、同市に働く人材は主にニューヨーク州ニュージャージー州から出勤している。株式市場は米国のみならず全世界に巨大な影響を持ち、ウォール街に本拠地を置くニューヨーク証券取引所上場企業の時価総額において世界一を誇っている。最も歴史が古く最大のナスダックに最も多くの企業が上場しており1日平均の時価総額では世界第2位。

交通

ニューヨーク市は、アメリカの中でもとりわけエネルギー効率のよい都市として知られている。アメリカでは平均して90%の人が自動車で通勤するのに対して、ニューヨークでは多くの人が鉄道地下鉄バスなどの公共交通機関を利用する。2000年に行われた国勢調査によると、マンハッタンで自動車を持っている住人の数はわずか25%である(全国平均は92%)。このため、ニューヨーク市のガソリン消費量は 1920年のアメリカの平均水準にとどまっている。しかしガソリン代は他の都市より平均して高く保険代に関しても高いため車所有者にとっては出費が嵩む。マンハッタンは高速道路があまり走っていないものの他の区では高速を使ってすばやい移動ができる。同様の理由により、交通渋滞もシカゴロサンゼルスサンフランシスコなどの都市に比べるとはるかに少ない。

2006年に環境保護団体 SustainLane が行った調査によれば、ニューヨークは原油価格の高騰が起きたときにもっとも持続可能な都市だという。また、鉄道や地下鉄、バスによる通勤客が多いことは、ニューヨーク市内で発行されているローカル紙が発達する要因にもなっている。このことを裏付ける証拠として、2005年の地下鉄ストライキの際にはニューヨークの新聞発行数が減少した。

バス

ニューヨーク市都市交通局のバスは、地下鉄と同様に24時間運行され、料金は均一体系である。市内には12,499ヶ所のバス停があり、全てのバスが障害者車椅子のための昇降機を備えている。年間利用者数は、アメリカ各都市との比較でも突出している(2004年)。MTA #ニューヨーク 7.40億人 #ロサンゼルス 3.67億人 #シカゴ 2.94億人 #フィラデルフィア 1.63億人

タクシー

当局公認のタクシーであるイエローキャブの黄色い車両は、もはやニューヨーク市の風景の一部である。

比較的安価(初乗り運賃;2.50ドル)なこともあり、市民の重要な足の一つとなっている。ただし、空港などの例外を除けば、約1万3000台のイエローキャブの大部分は客足の多いマンハッタンハーレムより南の地区で流しており、その他の地区では一般になかなか捕まらないのが現状である。あげくにそういった地区に行く場合乗車拒否されたりする。そのため住民のためというよりは観光客のためといった感じでニューヨーカー達は無駄に多いと思っている人も多い。

空港

ニューヨーク市にアクセスできる空港は3つある。クイーンズ区に二つ、隣接するニュージャージー州ニューアーク市に一つの国際空港がある。

主に世界各国からニューヨークへの玄関口となる空港であり、日本からの直行便もほとんどここに発着する。マンハッタン中心部からは最も遠い。
ニュージャージー州に所在する空港だが、公共交通機関を使用した場合、マンハッタン中心部からのアクセスが一番いい。コンチネンタル航空のハブ空港で、同社の成田 − ニューヨーク直行便はこの空港から発着する。
主としてアメリカ国内を結ぶ路線が発着する空港。マンハッタン中心部から一番近い。「ラグワディア」と発音しないと通じない場合があるので要注意。

鉄道

船舶航路

  • NY Waterway (西側の通勤船舶)
  • スタテンアイランド フェリー (スタテンアイランドへの多目的船舶、無料、自動車の航送は2005年現在休止されている。自由の女神の鑑賞にもよい。)

観光

有名な建造物

ロウアー・マンハッタン ミッド・タウン 他エリアの建造物

著名な地区

Wikipedia画像へのリンク(世界の交差点とも呼ばれるタイムズスクウェア)

博物館・美術館

劇場・著名なクラブ

ショッピング

ホテル

娯楽施設

教育

大学

図書館

スポーツ

野球

バスケットボール

アメリカンフットボール

アイスホッケー

サッカー

姉妹都市

注釈

外部リンク

公式
日本政府
観光
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