読み込み中...TM NETWORK(ティーエム・ネットワーク)は、小室哲哉(シンセサイザー)、宇都宮隆(ボーカル)、木根尚登(ギター)の3人で構成される音楽ユニット。
1984年4月21日にデビュー。1990年、「TMN」にリニューアル後、メジャーデビュー10年目となる1994年4月21日に活動終了。1999年には再びTM NETWORKとして始動。現在はYOSHIMOTO R and C所属。現時点でのシングル、アルバムの売上げ総数は公称1,600万枚を突破している(LP、カセット含む)。
1980年代末よりシンクラヴィアを導入し、現在では一般化されたハードディスクレコーディングを行うといった点も時代を先取りしていたといえる。
デビューアルバム『RAINBOW RAINBOW』は、デビュー前にEPICソニーに持ち込んだデモテープからの曲がほとんどで、1985年の2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』、『TWINKLE NIGHT』までは当時洋楽の主流とされたニューロマンティックの影響が色濃くみられた。1986年の『GORILLA』で、FUNK(ファンク)、PUNK(パンクロック)、FANS(ファン)の要素を組み合わせた「FANKS」という造語を全面に打ち出し楽曲スタイルに変化がみられたが、それでもヒットには繋がらなかった。4thアルバム『Self Control』の頃には小室の楽曲にオリジナル性が確立され、全国ネットの音楽番組に出演するなどしたがそれでもまだヒットと呼べるにはほど遠く、ディレクター小坂洋二をはじめとするスタッフ間で「売れるシングルを」との協議のすえ誕生したのが1987年のシングル『Get Wild』だった。この曲のヒットによりTM NETWORKの方向性が確信的なものとなり、シンセポップの名盤『humansystem』を誕生させている。翌1988年には『COME ON EVERYBODY』で紅白歌合戦に出演。同年リリースの『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』ではブリティッシュロック色を全面に打ち出したコンセプチュアルアルバムとして小説やアニメなどのメディア展開もされ、アコースティック志向なアルバムとなった。1989年のリプロダクションアルバム『DRESS』では、当時海外で活躍していたナイル・ロジャースたちをサウンドプロデューサーに迎え、ユーロビート、ファンクなどのダンスミュージックをリミックスという形でリスナーに浸透させた。1990年、TMNリニューアル後の『RHYTHM RED』ではシンセサイザーをフィーチャーしたプログレッシブ・ロックの流れを汲みハードロック路線を全面に打ち出したが、当時のファンの間では急激な音楽ジャンルの変化と捉える声もあり、賛否が分かれた。1991年の『EXPO』では、テーマを「月とピアノ」と題して、ハウスミュージックを主体としつつも、フォークソング、ハードロックなど様々な音楽性を取り入れTMNのサウンドポテンシャルの広さを実感できるアルバムとなったが、同時にTMN名義としては最後のオリジナルアルバムともなる。
TM NETWORK復活後にリリースしたシングルはテクノ、クラブミュージックの要素が強い。2000年にインディーズよりリリースした『Major Turn Round』は1970年代プログレを意識したハードロックとなっており、アナログシンセを中心とした音構成となっている。2004年の『NETWORKTM -Easy Listening-』では前作の反動からか、トランス要素が非常に強く、収録曲は過去のリメイク曲が多数を占めている。
2004年にCDをリリースした後は、(小室が参加していない)トリビュート・ツアー以外で目立った活動は行われなかったが、2007年10月に小室・宇都宮・木根の3人でTM NETWORKとしての活動を再開し、シングルおよびアルバムが発売された。
サポートメンバー(バックバンド)に、現在はB'zのギタリストである松本孝弘、FENCE OF DEFENSEの北島健二(ギター)・西村麻聡(ベース)・山田亘(ドラム)、そしてaccessのキーボーディストで後に音楽プロデューサーとなる浅倉大介(大ちゃん)や、ギタリストの葛城哲哉(葛G)、マニピュレーターの久保こーじ、白田朗、小泉洋、ドラマーの阿部薫(べーあん)、ベーシストの日詰昭一郎などがライブやツアー、レコーディングに参加していた。
1988年にはラジオ「小室哲哉のSF Rock Station」(東海ラジオ)内の企画ユニットとして、TMの3人+日詰昭一郎の4人で「ハンバーグ&カニクリームコロッケ」を結成、インディーズでシングル「神社でB/恋のながら族」を限定リリースした(編成は、ボーカル:日詰、ギター:小室、ベース:木根、ドラムス:宇都宮。B面には松本孝弘も参加)。バンド名の由来は当時小室がお気に入りだったファミリーレストランのメニューから。このレコードの価格は東海ラジオの周波数に合わせて1332円だった。
また、2003年、2005年と2007年には、宇都宮と木根の2人と、浅倉大介、阿部薫、葛城哲哉で「TM tribute LIVE」/「SPIN OFF from TM」ツアーが行なわれた。「TM NETWORKのライブではあまり演奏しない曲もセレクション」「オリジナルアレンジを基本に演奏する」コンセプトで、小室公認で行われている。このツアーをはじめるにあたり、小室は自分の代役として浅倉大介を指名している。
KB SPECiAL NO.114(1994年7月号 text by 白田朗)、同誌 NO.115(1994年8月号 text by 白田朗、前田千襟)によると、TM NETWORK、TMNはある種の独特な音楽感を提唱し続けてきた。ただしそれは、海外の最先端の音楽をいち早く吸収し、日本の音楽土壌に合う形で再定義するという形式が一番多い。それをしつづけるのに一番重要な役割を果たしたのはシンセサイザーであった。特にデジタル楽器やMIDIの歩みと一緒にTMも歩みを重ねた。そして彼らの活動は、打ち込みという音楽スタイルを、大衆の音楽として普及させる大きな役割を担うことになった。ちなみに、小室はレコーディングの際のみ、ソフトウェア・シンセサイザーを「楽器として重要な要素であるフィジカルコントロールの面でハードに劣る」「鍵盤の方が手っ取り早い」「マウスが使いづらい」として使用していないリットーミュージック刊 『キーボード・マガジン』 2004年6月号より。。
TMの、というよりも小室哲哉の良くも悪くもある特徴的な曲のスタイルは、TMの時期に確立されたものである。主な特徴を箇条書きにあげれば以下のようになる。
#普通ではない転調の存在 #リフレインの多用 #かなりの曲で展開パターンが一定 #インストゥルメンタル(カラオケ)で聞くに堪えうるバックトラックを先に作り、歌のメロディをその上に乗せる #ブレス(息継ぎ)のタイミングがわからないメロディと早口 #4度音程や9thなどのテンションの多用ちなみに小室が「転調」を多用するようになったのは1980年代後半のTMのレコーディングのとき、ソフトのバグで機材に誤動作が生じた。その勝手に音調が変化し転調してしまった音源を聞き、小室が「意外と気持ちいい」と感じたことがきっかけとなり、以後の制作活動でそのフレーズが定着した。因みにこれらの転調は適当ではなく理論的に説明が付くと小室自身は話している。
「FANKS」提唱前はエレクトリックポップの定番とも言えるようなサウンドであり、アナログシンセが構成するサウンドの主流であった。当時、小室はグループの独自色を出すために、エレキギターのディストーションサウンドをあえて使わないようにしていたと言う。FANKSを提唱するあたりからサンプリング、ヤマハ・DXシリーズ(FM音源)の音色を積極的に使用し始め、音も一気に硬質になる。これらの流れは西欧世界の音楽の流行とほぼ合致するものでもある。
『Self Control』のあたりからサウンドに独自性を帯び、小室がTMとしての独自性が一番あった時期と振り返る(1994年4月21日・オールナイトニッポンより)時期である。デジタルサウンドは『humansystem』である種の到達点に達し、『CAROL』からはアナログへの回帰が始まる。デジタルサウンドはもちろん存在するのだが、サウンドの処理の仕方がアナログ的になっている。同時に、ユーロビートをあからさまに取り入れたサウンド指向も小室の中には現れる。
TMNでは、TM NETWORK時代の『DIVE INTO YOUR BODY』から使い始めたシンクラヴィアによるハードディスクレコーディングが前提になる。そのため小室自身がシンクラビアを個人所有することになった。FM音は影を潜め、縁の下の力持ちとしての役目をすることになる。代わりに当時台頭してきたPCM音源、Memorymoog、Hammond L-112を多用し始める。『EXPO』においてはMoog Modular、Solinaなどさらにビンテージものが数多く登場する。
復活後のTMはプログレッシブ・ロックやトランスなど、導入した段階では必ずしも最先端とは限らない音楽スタイルをTM流に処理してきた。 使用機材も『Major Turn-Round』ではMellotronやMinimoog、Double DecadeではVirus IndigoやFantom-Xだったりと、そのジャンルを代表する楽器を惜しげもなく使ってきた。録音機材は当時からの業界標準であるPro Toolsである。
通常、ライブとCDの音楽世界は違いが少ないようにアレンジがなされるのだが、TMの場合はCDとライブでアレンジが異なるという事が通例で、CDの通りのアレンジで演奏することは非常に珍しい。曲やライブによっては原形をとどめないアレンジがなされる事もあった。TMがコンセプトありきのユニットであること、小室が「飽きっぽい」性格であるからこそこのような行為が行われたが、多くのファンはそのアレンジの違いを楽しんでいた。
使用されるシンセサイザーは物量的にも楽器的にもデビュー当時からかなり贅沢であった。ライブにおいて、小室はほぼ全ての場面(globe他含む)で基本的なことは他のミュージシャン、同期に担当させ、当人は「即興」「おいしいフレーズ」を担当している。このスタイルは初期ライブの「ELECTRIC PROPHET」からのものである。
最初のホールツアーである「Dragon The Festival fraturing TM NETWORK」からステージ上にコンピュータ(PC-8801mk2)や大量のシンセを持ち込んでいた。ただし、シーケンスはまだ「演奏の補助」の段階だったため、シンセ関連だけで小室の他にもサポートミュージシャンが2人付いていた。デジタル楽器自体が黎明期であったのでトラブルも多かったようである。「TOUR`86 FANKS DYNA☆MIX」ではヤマハの協力もあり、いわゆるXシリーズが前面に登場する。この当時からフレーズサンプリングを行い始めていて、小室自身がMIDIリモートで一つ一つ弾いていた。このツアーよりシーケンスはQX1になり、コンピュータはMIDIモニター、イメージの主張としての役割になってきた。
「TOUR`87 FANKS! BANG THE GONG」では小室がステージ上部の中央に位置し、航空機のコックピットのように大量のシンセに囲まれてプレイし、照明もDXからMIDIでコントロールしていた。「FANKS CRY-MAX」は小室自身「ステージ上の楽器が多すぎる」と振り返ったほど多くの楽器が並べられた。また「KISS JAPAN DANCING DYNA−MIX」以降、小室が自らの手で弾いていたフレーズサンプルの大部分をシーケンサーで行う事ができるようになり、小室が直接弾く楽器は激減する。そのため小室のプレイの自由度は増した(この時期から楽器に対し荒っぽい扱いを始める)。これ以降、楽器システムの基本的な考え方、トラブル回避の方法が一定することになる。『CAROL』の予告編ライブとなった「T-MUE-NEEDS STARCAMP TOKYO」から、ベース音はシンセのみとなった。「CAROL 〜A DAY IN A GIRL`S LIFE 1991〜 TM NETWORK TOUR '88〜'89」は1部と2部でステージ上の楽器が変わった。ビジュアル戦略のために意図的に見せていたラック群はステージ脇に置かれていたが、TX16Wだけで11台もあり、楽器の総数は今までで一番多かった。
TMN期になると、「RHYTHM RED TMN TOUR」ではMemorymoogやHammond L-112、「TOUR TMN EXPO」ではさらにMoog System 55やSolinaなどのビンテージ楽器が前面に出てきた。レコーディングで使用する楽器とライブで使用する楽器に差違が無くなった時期でもある。シーケンスは「RHYTHM RED」で一度ほとんど使わない(ベースは浅倉大介がシンセベースの手弾きを行い、音源はSY77)という状態になったが、「EXPO」以降再び多用する。「4001 DAYS GROOVE」は原曲に沿ったアレンジが初めてなされた。この時期から小室はいわゆる「楽器壊し」を行う事となった。「RHYTHM RED」においてはほぼすべての会場で、ショルダーMIDIコントローラーであるKX5を壊していた。ちなみに壊したKX5(売価 65,000円(税抜))は全て小室の自腹で購入したものだと、小室本人が渡辺美里のラジオにゲスト出演した際に語っていた。シンクラヴィアは「RHYTHM RED」では一部楽曲のシーケンスとサンプラー、「EXPO」や「4001 DAYS GROOVE」では小室の手弾きサンプラーとしてのみ使用していた。
復活後はレコーディングで使用した楽器がほぼそのまま使用されている。ちなみに、「Tour Major Turn-Round」と、「DOUBLE-DECADE TOUR "NETWORK"(ファイナル)」のみ、ゲストベーシストを起用した。
ユニット名の「TM」はメンバーが住んでいたと同時に、音楽活動を始めたホームタウンとも言える東京都多摩地域の「多摩」 (TaMa) がその由来である。小室哲哉がChicagoのように、多摩という地域名を略語化したTMとして入れたいと拘ったのであった。ユニット名の由来があまりパッとしないという理由で、レコード会社・事務所からユニット名の再検討が行なわれ、「メロー・イエロー」、「ピーカーブー」、「スロー・ダンサー」、「ジェニファー・ジェニファー」などの案が出るがどれも採用されず、最終的にユニット名として「TM NETWORK」の「TM」は、公式には「タイムマシン」(Time Machine)の略という事になった。よって、「TM」は「多摩」と「Time Machine」のダブルミーニングとなっていると考えられる。本当の由来は1994年まで公にされなかった(TMデビュー頃までを書いた『電気じかけの予言者たち』にて公表)。また、「NETWORK」の部分に関しては木根尚登の考案で、語呂はメン・アット・ワークからヒントを得たという。
この名前の由来について木根尚登が2006年9月6日放送の「トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜」でも語った。
TM NETWORKアルバムは、オリジナル・アルバム12枚(ミニ含む)に対して、それ以外のベストアルバム、リミックス盤、ライブ盤、そして未発表音源等を収録した、いわゆる「蔵出し」音源集などが22タイトルある。
これらのベストアルバムの発売時期はTM NETWORK (TMN) がメンバーそれぞれのソロ活動に入った時期である1989年と1992年以降に集中している。また、『STAR BOX TM NETWORK』、『STAR BOX TMN』以降のベストアルバムについては所属レコード会社であったEPIC/SONY社がメンバー3人の意志とは別に発売したものだといわれている。
| タイトル | 発売日 | レーベル | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 1st | RAINBOW RAINBOW | 1984年4月21日 | (E) | |
| 2nd | CHILDHOOD'S END | 1985年6月21日 | (E) | |
| 3rd | GORILLA | 1986年6月4日 | (E) | |
| 4th | Self Control | 1987年2月26日 | (E) | |
| 5th | humansystem | 1987年11月11日 | (E) | |
| 6th | CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜 | 1988年12月9日 | (E) | |
| 7th | RHYTHM RED | 1990年10月25日 | (E) | |
| 8th | EXPO | 1991年9月5日 | (E) | |
| 9th | Major Turn-Round | 2000年12月25日 | (R) | 『Major Turn-Round』麻薬・覚せい剤乱用防止キャンペーンソング。 |
| 10th | NETWORKTM -Easy Listening- | 2004年3月31日 | (Y) | シングル曲、過去の曲のリミックスが多い。 |
| 11th | SPEEDWAY | 2007年12月5日 | (Y) | 『ACTION』「オビラジR」12月期エンディングテーマ。 |
| タイトル | 発売日 | レーベル | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 1st | TWINKLE NIGHT | 1985年11月28日 | (E) |
| タイトル | 発売日 | レーベル | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 1st | Gift for Fanks | 1987年7月1日 | (E) | 当時としては珍しくCDのみのリリースである。 |
| 2nd | TETSUYA KOMURO PRESENTS TMN BLACK | 1994年6月22日 | (E) | シングルセレクション。 |
| 3rd | TAKASHI UTSUNOMIYA PRESENTS TMN RED | 1994年6月22日 | (E) | ダンスセレクション。未発表曲『OPEN YOUR HEART』収録。 |
| 4th | NAOTO KINE PRESENTS TMN BLUE | 1994年6月22日 | (E) | バラードセレクション。未発表曲『ANOTHER MEETING』収録。 |
| 5th | TIME CAPSULE | 1996年12月12日 | (E) | 2枚組シングルコレクション。新曲『Detour』収録。 |
| 6th | STAR BOX TM NETWORK | 1999年1月30日 | (E) | STAR BOXシリーズ。 |
| 7th | STAR BOX TMN | 1999年1月30日 | (E) | STAR BOXシリーズ。 |
| 8th | BEST TRACKS 〜A message to the next generation〜 | 2000年3月23日 | (E) | |
| 9th | The Legend | 2003年1月1日 | (E) | EPIC25周年企画ベスト。 |
| 10th | Welcome to the FANKS! | 2004年12月22日 | (E) | ファン投票によるベスト。3枚組 |
| 11th | TM NETWORK THE SINGLES 1 | 2008年5月28日 | (G) | 初回盤のみ2枚組で、その2枚目には今回初収録音源がある。 |
| 12th | TM NETWORK BEST OF BEST | 2008年7月2日 | (G) | sony music のインターネットサイトで発売中。 |
| 13th | TM NETWORK SUPER BEST | 2008年7月20日 | (G) | sony music のインターネットサイトで発売中。 |
| 14th | TM NETWORK THE SINGLES 2 | 2008年11月26日予定 | (G) | 初回盤のみ2枚組。 |
| タイトル | 発売日 | レーベル | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 1st | DRESS | 1989年5月12日 | (E) | リプロダクション。 |
| 2nd | CLASSIX 1 | 1993年8月21日 | (E) | |
| 3rd | CLASSIX 2 | 1993年8月21日 | (E) |
| タイトル | 発売日 | レーベル | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 1st | COLOSSEUM I | 1992年8月21日 | (E) | ライブ音源を使った仮想のライブをコンセプトとしたアルバム。 |
| 2nd | COLOSSEUM II | 1992年8月21日 | (E) | 上記同様。 |
| 3rd | final live LAST GROOVE 5.18 | 1994年8月11日 | (E) | 1994年東京ドームでの終了ライヴ。 |
| 4th | final live LAST GROOVE 5.19 | 1994年8月11日 | (E) | 上記同様 |
| タイトル | 発売日 | レーベル | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| BOX | TMN GROOVE GEAR | 1994年5月26日 | (E) | CD3枚とVHS1本の他、ブックレット、Tシャツ、キーホルダーが付属。 |
| BOX | WORLD HERITAGE DOUBLE-DECADE COMPLETE BOX | 2004年3月31日 | (E) | 1994年までの全てのアルバム(ベスト含む)20枚を紙ジャケット・リマスター化したもの。特典ディスク6枚付属。 |
なお、SF Rock Stationでは1987年には小室哲哉が、1988年には木根尚登がそれぞれパーソナリティをつとめていた。